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八文字科学技術製作所   作者: ゲーカー
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第四章

第四章 


 港に停泊している原子力空母、シンボルオブピース。神奈川県横須賀市にある在日アメリカ軍基地、そこに二人はいた。

「しかし……暇やなぁ、クリス」

「そうですね、話は変わりますけど、何故関西弁をチョイスしたのですか?」

「ん? なんや、関東弁って弱々しない? 例えば絡まれた時の啖呵の切り方で比較してみよか、関東弁やったらどないゆう?」


「え? う~ん……そうですね、『なに睨んでるのよ! 喧嘩なら買うわよ!』ですかね?」

「まぁ、そんな感じやわな。ほな関西弁ならどうなるかや『ゴラァ! なにいちびってメンチきっとんねん、シバキまわして口から手突っ込んで頭蓋骨ガタガタにしたろか!』と、こうなるわけや」

「…………まぁ、自由ですけどね」

「わざわざ母国を離れて、こんな島国にきとんねんから、めっちゃ暴れたいなぁ」

「でも、昨日の方々とまた衝突してしまいますね」

「そやな、まぁ、マヤ言う奴以外はハナクソやから問題ないんちゃう? そのマヤも、昨日の件でビビっとるやろしな」

「そうですね、資本主義社会は弱肉強食ですから仕方のないことですね」

「暇やし、どっかいこか、クリス?」

「どこにですか?」

「アキバや! うち、メイド服着てみたいねん!」

「良いですね! 私は、鈴宮ハルヒのコスプレしたいです!」

 賢治の言った事は、あながち間違ってはいなかったようである。


時を同じくして、賢治は眠い目を擦りながら部署の扉を開けた。今日の出社は一五分前、室内には誰もいない。賢治はデスクの上に鞄を置いて、後頭部で両手を組み椅子に深く腰掛けた。

「おはよう、ケンジ」

姿の見えない舞夜の声が聞こえはしたが、賢治の姿勢が変わる事はない。

「二日続けて引っ掛かるほどバカじゃないっての」

「はぁ? 意味わかんないし、あんた上司に対して挨拶も出来ないの?」

「はい、はい、もういいから」

人間の数億倍の人口知能なら、もっと捻りなさいサスケちゃん、などと思っていると、サイバールームから、スーツ姿の舞夜が険呑な目つきで両腕を組み現れた。その姿に驚いた賢治は勢い良く立ち上がり、

「お、おはようございます!」 

と、慌てて言ったのであった。舞夜の足元に視線を落とすと、サスケが笑いを堪えて身体を震わせていた。


出社時刻の五分前には五人全てが揃い、開始時刻と共に会議が始まった。最初に口を開いたのは波紋。

「マヤ、昨日の二人組だけど、これからも邪魔して来る可能性はかなり高いわよね」

「そうね、まず間違いないでしょうね」

舞夜の瞳が少し充血しているように見えた。色々な事を考えて眠れなかったのだろう。

「だったらさぁ、ペンタゴンに連絡入れて連れて帰ってもらったら?」

と、愛霧。横に座っている桃子も、その意見に賛成のようで何度も頷いている。

「それも……一つの手段ね」

右手で、ペンをクルクル回しながら舞夜はそう言ったが、その意見に乗り気ではないように見える。


「あ、あの……」

どうやら、賢治が発言するとは思っていなかったのか、全員が驚いたように視線を向けた。その光景に恐怖を感じた賢治は、遠慮しがちに小声で言った。

「……あのですね、彼女たちも目的は同じなわけですよね。ただ、やり方に問題があるだけで……上手い事、共存共栄ってわけには行かない物ですか?」


「モモは嫌です! ぜぇぇぇぇえたい、嫌ですから!」

桃子は頬を膨らませ、キッと賢治を睨む。隣の愛霧も珍しく怒りを露わにしている。


「そうだよケンジ君、あんな奴らと一緒に仕事なんて出来るわけないじゃん!」

愛霧の口調も怒気を含んでいる。

「す、すみません……」

余計な事を言うものじゃないな、と賢治が思っていると顔を曇らせた舞夜が口を開いた。

「……ケンジが言う事にも一理あるのよね。もしも、同時に亀裂が何ヶ所も発生したら、今の現状では対処が出来ない可能性があるわ。これまでそんな事はなかったけれど、これからもそうだとは限らないでしょ。ただ、あの二人を上手く取り込む事が出来るかどうかなのよね……」

「マヤの言う通り、強力な生物が複数現れてしまったら、私や今の斎藤ちゃんでは相手するのは難しいかも知れないわね。でも、あの二人は一筋縄ではいかないでしょうね……」

と、波紋は同意しながらも難しい顔をして髪をかき上げている。


 その後、しばらく沈黙の時間が続いた。

舞夜は、ペンを回しながらデスクの一点をじっと見つめている。

波紋は、そんな舞夜を難しい顔で見つめている。

愛霧は、表情を硬くしたままパソコンのディスプレイをじっと見つめている。

桃子は睡眠が足りなかったのか、目を半開きにして、ゆらゆらと頭を動かし姿勢を維持するのに頑張っていた。

 そうして結論が出ないまま、終わりの見えない沈黙が流れていた。


突如、室内に警報が鳴り響き、『亀裂発生!』とアナウンスが流れた。中央の機械が動き出し映像を映し出す。その場所は静岡県富士の樹海山中。

「会議はこれで終了! みんな映像を確認して!」

舞夜がそう言うと、全員が緊迫した表情で映像に視線を送った。映像は、亀裂の部分をクローズアップしていて、その隙間から生物が現れてきた所を映し出している。

顔や体はキツネのように見えるが毛色は純白。賢治が受け取った資料には載っていなかった生物のようだ。

「二次元の生物ね、九尾の白色狐……愛霧、この生物のデータは!」

「ち、ちょっと待って。こ、これは……一五年前に中国で一度だけ現れてる。その時は……建造物の全半壊を含めた数九千棟、死者約一千人、負傷者約二千人……処断に向かった知的生命体が……五人戦死してる。全長は三メートル。嗅覚と聴覚が異常に発達してるから、私達の位置は正確に認識出来ると思うわ。そのスキルは、死の瘴気。口から吐く毒ガスみたいな物と、意思の力で物体を自由に動かす、念動。もう一つは悪霊を呼びだす、召喚。これ以外は不明、『リスク三』まで行った所でやっと処断出来たみたい……」

愛霧は青ざめた表情を浮かべ、その動揺を隠しきれずにいた。

「やっかいな相手みたいね……進化させるわけにはいかないわ。みんな出動よ!」


 その現場には、大方の予想を裏切り昨日の二人組の姿は見えない。賢治達の存在に気付いた九尾の白色狐は、微動だにせずじっと見上げている。

「あいつらいないみたいね。邪魔者が現れる前に早いとこ片付けるわよ。愛霧、ゼロパーツはどこ?」

すでに愛霧の手にはサーチシステムが現れていた。

「目の色が赤と青に別れてるでしょ、その赤眼の方だわ。武器は殺生(せっしょう)(せき)で出来た村雨よ!」

その声と同時に、舞夜の右手に握られた柄の部分から先に、刀身が霧で覆われた日本刀が現れた。それとほぼ同時、地上から遠吠えのような鳴き声が聞こえてきた。


その声に、全員の視線が敵に移動。しかし、なんの変化も起きてはいない。

賢治達の視界の端に入るか入らないか、そのギリギリの場所に変化が見られた。距離にすると、五十メートルほど離れた場所だろうか。

ぼわっと、青白い炎が浮かび上がり、徐々にその姿を形成していった。それが認識出来るや否や、愛霧がサーチシステムを打ち出した。


「召喚を使ったのね……あれは怨念の塊だわ。全長は四メートル。レーダーの役割を果たす霊魂を発生させるから、こいつも敵の位置を認識出来る。スキルは、殺意の幻覚。敵の体から出る煙玉を受けると一定時間は幻覚を見てしまうわ。その他のスキルは不明、ゼロパーツは中心にある赤い顔の部分。武器は神通力を宿した珠玉(しゅぎょく)の刃よ!」


怨念の塊は怒りに歪んだ顔の集合体で、全体はどす黒い血の色をしているが、中心にある般若のような顔の部分だけは鮮血の色をしている。

賢治は、ごくりと息を飲んだ。身体の震えに気が付き、なんとか止めようとしたのだが、どうにもならない。噴き出した汗は、拭っても拭っても流れ落ちてくる。


「波紋、ケンジと怨念の塊を頼むわ! 愛霧とモモは、二人の援護をお願い!」

 その発言に、愛霧は即座に口を開いた。

「なに言ってるのよ、マヤ! 一人じゃ無理だよ、そんな事したら死んじゃうわ! 私も戦う!」

「……その気持ちは嬉しいけど、愛霧は戦闘に向いてないよ。あんたはメカやコンピューターに対するスキルが備わってるんだから。それに、まだケンジ一人じゃ無理だわ。波紋、ケンジをお願いね!」

そう言って、舞夜が敵に向かってゆっくりと下降を開始した。


前回の出現時、五人もの戦死者を出した敵が相手だと言うのに、舞夜は一人で戦うと言っている。――いくら舞夜さんでも無茶だ……俺が、俺が一人で戦うんだ……戦うんだ。

何度も何度も、自分に言い聞かせるように賢治は繰り返した。徐々にだが、身体の震えは治まりつつあった。

「舞夜さん、俺は一人で戦える! 桂木チーフと一緒に戦って下さい!」

その声に、舞夜は動きを止めて振り向いた。ほんの一瞬、ためらいがちに笑顔を浮かべ、すぐに表情は硬くなった。

「ありがとう……でも、あんたはまだ実戦の経験がないんだよ。だから――」

「モモと愛霧ちゃんが、ケンちゃんを守ります! だから、大丈夫です!」

桃子は、小刻みに身体を震わせていた。しかし、その言葉には力強い意思がこもっているように感じられた。

「モモ……わかったわ。ケンジ、負けんじゃないわよ!」

舞夜の声に、賢治は奥歯を強く噛み締め力強く頷いた。

「サスケ、波紋には村雨、ケンジには珠玉の刃を送って! 波紋、ケンジ、一瞬たりとも油断しないで! モモ、愛霧、賢治の援護頼んだわよ!」

そう言うと舞夜と波紋は、九尾の白色狐目掛けて一気に下降して行った。賢治の右手に握られた柄の部分から先に、眩い光沢を放つ刀身が現れた。その刃をじっと見つめ、やってみせる、と呟いた。桃子と愛霧は賢治を援護すると言ってくれた。しかし、戦闘のスキルがない二人に無理をさせるわけにはいかない。


「モモちゃんと愛霧ちゃんは、ここから状況を見ながら援護してくれるかな」

「わかりました! ケンちゃん、無理は絶対にしないで下さい。モモも頑張ります!」

大きな瞳からポロポロと大粒の涙を流しながらも、気丈にそう言った。隣にいる愛霧は小刻みに震えている下唇を噛み締め頷いた。

「ケンジ君、私は状況を把握して、的確なアドバイス送るからね!」

「うん、みんなで力を合わせて頑張ろう!」

身体の震えは止まりはしたのだが、恐怖心を追い出す事はできなかった。相手は戦闘訓練用の敵ではない、一度たりとも相手の攻撃を受ける訳にはいかないのだ。


――『殺意の幻覚』以外の攻撃がどんな物なのかがわかれば良いけど、わからない物を考えていても仕方がないな。

 そう思い、賢治は珠玉の刃を構え敵目掛けて急降下を開始した。

「怨念の塊、お前の相手はこの俺だ!」

その声に対し、敵は樹海全体に響き渡るような怒声を上げた。すると、無数にある歪んだ顔の口から白い煙のような物が吐き出された。

その時、上空にいる愛霧の声が脳に響く。

『ケンジ君、珠玉の刃は煙玉を蒸発させて無力化出来るわ!』

その声に頷き、無数に飛んで来た煙玉を左に交わし、いくつかの煙玉を切り裂き蒸発させた。これが模擬訓練ならば、敵の動きを探るために様子を見る事も出来るが、そんな事をしていればいつ進化するのかも分からない。

賢治は、出来るだけ早く倒して舞夜達の援護をしないといけない、そう思っていた。


「行くぞ、怨念の塊! ウォォ――――――!」

賢治は、切っ先を前方に構え中央の鮮血の顔目掛けて突進した。しかし、無暗に突進した訳ではなく、なんらかの攻撃を予測して身構えながらではあったのだが、敵は唸ってはいるもののなんの変化も見られない。すでに目前にはゼロパーツの部位である般若の顔が迫っていた。

もしかすると、このスピードに対応できないのか、そう賢治は思っていた。

突き出した刃が、ぬるりとした感触を伴い般若の顔に突き刺さる。

「よし、一撃で仕留める事ができたぞ!」

その瞬間はそう思ったのだが、すぐに敵の姿が消滅していない事に気付いた。


『ケンジ君! 切っ先が刺さる瞬間に横の顔と入れ替わってるわ!』

「な、なんだって!」

 切っ先が突き刺さっている部分に視線を戻すと、確かに刺した筈だと思われた鮮血の顔の部分は横に移動していて、身代わりとして突き刺さっているどす黒い顔が苦痛に歪み、口からは白煙が放出されていた。


賢治は、深く濃い霧の中に立っていた。まるで、音と言う表現が存在しない世界のように辺りは静寂に包まれていて、自分の身体さえ首から下は薄らとしか認識出来ない。

「ここはどこなんだ……敵はどこにいるんだ……」

ざわっと、毛穴が開き産毛が逆立つような感じが全身に広がった。左から何者かが近寄って来る気配を感じる。息を殺し、姿の見えない敵に全神経を集中する。

スッと賢治は刀を構えた。


「ケンジ、私だよ」

と、ほんの真近で声が聞こえた直後、右手に村雨を持った舞夜が霧の中に薄らと浮かび上がった。その声に、全身を絡めていた緊張の糸が解れ安堵の声が発せられた。

「舞夜さん……あれ? そう言えば、もう九尾の白色狐は処断したんですか?」

「うん……」

「凄いっすね! やっぱレベルが違うわ。そう言えば、桂木チーフはどうしたんですか?」

「……波紋は、死んじゃった」

「……え……そんな……嘘でしょ?」

「ううん、本当よ……ついでに、あんたも死んじゃえ」

突然、目の前に村雨の刃が姿を現わした。「うわっ!」と声を張り上げた賢治は、なんとかその切っ先を交わし素早く後方へ飛んだ。

「ま、舞夜さん、どうしたんですか!」

そう言葉を発した時には、霧の中から舞夜が浮かび上がり斬りつけてきた刃先を交わすのが精一杯だった。

「な、なにがどうなってるんだ!」 

 舞夜が右手に持った村雨の切っ先を、賢治の喉元目掛けてなんの躊躇もなく突き出した。その表情には笑みさえ浮かべながら。身体は、その攻撃を交わそうと脳からの指令を無意識に具現化し実行させようとする。

その瞬間、賢治はなにかを感じた。そのなにかが分からないまま、その場を一歩も動かなかった。硬直した賢治の喉元を村雨の刀身が貫く。


「ぐっ……」

 が、それは幻。ごくりと息を飲んだ賢治の全身に、どっと汗が噴き出した。

賢治の脳に、微かな、聞き取る事が困難なほどの何かが聞こえた。

『ケ……! す……に、上に……げて!』

ふわっと、身体を覆っていた濃い霧と、村雨を構え直した舞夜が消えた瞬間、眼前に水平に広がった赤黒い刃のような物が迫っていた。避けた賢治の体との隙間は一ミリさえもなかったはずだ。

それは、怨念の塊から伸びている無数の顔で造られた巨大な刃。


『良かった……間に合った。ケンジ君が動きを止めた時に、モモちゃんが覚醒の粉を降り掛けてくれたの。あのまま動き続けてたらどうする事も出来なかった……』

『うぅ……ケンちゃん、死んじゃ、やですからね……うぅ、うわ―――ん!』

賢治は、ふぅぅうぅ、と震える息を吐き出し上空で心配そうに見つめている二人を見て、「ありがとう」と言った。

「二人が助けてくれなかったら、俺は間違いなく死んでいた。これは……この戦いは、そう言う戦いなんだ」

やや離れた所で、九尾の白色狐と懸命に戦っている二人の姿を視界の隅に捉えていた。ここから見る限りでは戦況は劣勢のように窺える。

「次こそ決めてやる、俺はここで負けるわけには行かないんだ!」

敵が無数の煙玉を吐き出した。

が、そこには賢治の意識はなかった。自分が二人いるような、そんな不思議な感覚だった。身体は無意識の思考を具現化し珠玉の刃を天にかざす。

賢治の身体は、その場で回転を始めた。その回転スピードは驚異的に飛躍し、小さな渦を創り上げ、飛来する煙玉目掛けて矢のように頭から突っ込んで行った。

『ケンジ君! ケンちゃん!』

二人の悲痛な声が脳に響いた。迫りくる煙玉は珠玉の刃で切り裂かれ蒸発していく。敵の目前に迫った瞬間、ピタリと回転を止め右手に持った珠玉の刀の切っ先を、醜く歪んだ鮮血の顔に振り下ろし突き刺した。


賢治は呼吸を止め瞬きもせずに、その顔から視線を逸らさなかった。その顔は切っ先が刺さる瞬間、ぬるりと移動し下部の顔と入れ替わっていた。

賢治は柄を握っている右手に左手を添え、肺が破裂する寸前まで酸素を取り込み全身の力と言う力をその両手に注ぎ込んだ。

「この、クソ野郎がぁ――――――――!」

刺さっている珠玉の刃を抜き取る事をせず、両腕に集まった力を解放し一気に引き下ろした。

すうっ、と縦に線が入った直後、恐怖に歪み目を剥き出した鮮血の顔が、断末魔の叫び声を上げてその姿を消した。


『やったぁ――!』

二人の喜ぶ声が頭の中に響いた。賢治は、ゆっくりと深呼吸をし上空を見上げ、二人にVサインを作ると二人もそれを返した。

「次は九尾の白色狐だ。出来る限りの事はやってやる!」

 すぐに賢治を含めた三人は、舞夜と波紋が戦っている場所に移動。

「ケンジ、やるじゃん! こっちも、なんとかいけそうだわ!」

そう言った、舞夜のプロテクトアーマーには無数の傷が付いていて、その傷からは少量ではあるが鮮血が流れ出していた。

「マヤ、敵はかなり弱ってるわ。そろそろ決めましょ!」

やはり、波紋の体も傷だらけだ。九尾の白色狐は、九つある尾の内の五つはだらりと下がり、その部分には生命を感じる事が出来ない。鋭い眼光でこちらを睨んではいるが、息使いは荒く口からは紫色の液体がだらだらと流れ落ちている。

「波紋、殺生石の槍でゼロパーツを貫くわ。ただ、今の私ではスピードが足りないから力を貸して!」

「了解! サスケちゃん、お願い!」

舞夜の右手に、二メートルほどの石槍が現れると、波紋が舞夜の後ろに回り構えている槍に右手を添えた。


「マヤ、いつでもいいわよ!」

「オッケ、これで、終わりにするわ! 波紋行くよ!」

掛け声と共に駆け出し、思い切り助走をつけた二人の動きは見事なまでにシンクロしている。

頼むからこれで決まってくれ、賢治は祈るように心の中で呟いた。


「ドォリャアァ――――――――――!」


二人の力で投げ込まれた槍は、空気の層を貫き驚異的なスピードで敵に向かって飛んでいった。その槍先が、弱々しい光を放つ赤眼に突き刺さる瞬間、上空から振り降りて来た光の矢に叩き落とされてしまった。

「ど、どう言う事!」

賢治と波紋は、その一瞬の出来事を理解しきれずにいたが、すぐに舞夜はカッと目を見開き視線を上空に移した。

「あ、あいつら……ふざけやがって!」

その言葉に、波紋も賢治も頭上に視線を移した。危険が及ぶといけないので、やや上空に待機させていた愛霧と桃子がいる遥か上空。太陽から照り付けている日光のせいで、表情まで視界で捉える事は出来ないが、確かにその姿はシンディとクリス、その二人だった。


二人はゆっくりと下降し賢治達の前にその姿を現した。シンディのブロンドの髪が、太陽から降り注ぐ強い光で輝き、その顔には氷の微笑みを浮かべている。

 賢治は、二人を見てパチパチと瞬きを繰り返し、二度目を擦った。

「な、何故にメイド……?」

「どや? めっちゃ似おうてるやろ? しかし、一五年振りに現れた狩りがいのある生物を、進化もさせんと処断したらおもろないやん?」

「あんたら、あいつが中国で現れた時の事を知ってて言ってんの!」

槍を投げきり、残っていた体力を使い切った舞夜は、波紋に肩を貸してもらい立っている事さえ辛そうに見える。


「そんなん、知ってるに決まってるやんか。ヤバなったら、すぐに処断したるがな。しかし、進化もしてへんあいつに苦戦してるようじゃ、あんたらも大した事ないな。転職でもした方が良いんちゃうか? なんやったら、外資系のええ会社紹介したろか?」

完全に軽視した視線を送り、隣にいるクリスが言葉を続けた。

「主は、自らの命を粗末に扱う事を重く禁じておられます。これ以上あなた方に戦う力は残っていません。敵の処断は私達にお任せ下さい。この言葉は主からの言葉でもあるのです」

そう、クリスは話し終えると、十字架を九尾の白色狐にかざし祈りを捧げた。


「ふざけんじゃないわよ! あんたらが邪魔しなかったら処断できてたでしょうが!」

二人に挑みかかろうとした舞夜の体は、大きく態勢を崩しただけだった。

「マヤ、もうリカバリーパウダーは一度使ってるから、ここは二人に任すしか……」

波紋は、下唇を噛み締め悔しそうにそう言った。しかし、舞夜の瞳は怒りに燃えている。

「ふざけないでよ! モモ、私にリカバリーパウダーかけなさい!」

「マヤちゃん、そんな事したら死んじゃいます!」

舞夜の側に降りてきた桃子と愛霧は、必死で舞夜の行動を止めようとしている。

「クリスが言うたやろ、命を粗末にしたらあかんて。ちゃんと処断したるさかいじっとしとき。ほな、クリス、レッツ・ハンティングや!」

二人が九尾の白色狐に向かおうとしたその時に、声は聞こえた。

「召喚やな、ええやん敵が増える言う事は、もっとおもろなるちゅうことや!」

「なに言ってんのよ! 三回鳴いたって事は三体は召喚されるわよ! 今のうちにゼロパーツを破壊しなさい!」

そんな舞夜の必死の叫びは、虚しく空に響いただけだった。前回の召喚とは違い、今回はすぐ間近に三体の生物が出現。

その直後、九尾の白色狐は異様な行動を取った。


現れた一体の生物に、長く伸びた二本の尾を突き刺したかと思うと、みるみるうちに刺された生物は干乾びて行きその姿を消した。

賢治を含め全員が、その異常な光景をたた唖然と見つめているだけだった。どうやら、シンディにも理解出来ない行動のようで、小首を傾げている。

「ワット? クリス、あれはなにしとんねん?」

「なんなのでしょうか……?」

クリスも同様、小首を傾げている。


その時、その毛色に変化が現れた。白色だった毛並みに、赤い血のような物が浮かび上がり広がっていき、瞬く間にその純白の体を鮮血が染め上げた。生命を感じる事が出来なかった五本の尾が活動を開始し、完全に命を吹き返したように見える。

「あれが、あいつの進化よ! 早く残りの二体の生物を処断して!」

そう舞夜が叫んだ時には、既に二体の生物は鮮血に染まった九尾の狐の体に取り込まれ、その体毛は黄金色に輝き異色の両眼は敵意と憎悪に激しく燃え盛り、その姿は進化と言う名の元、絶対的な変貌を遂げていた。


「なるほどな……と言う事は、『リスク三』まで進化したちゅうこっちゃ。おもろなってきたでぇ! クリス、取り敢えずこいつらに被害がいかへんようにしたり」

「主よ、罪深き哀れな迷える子羊達をお守り下さい!」

その言葉と同時に賢治達は光の輪に包まれた。波紋に肩を貸してもらい立っている事がやっとの舞夜は怒りを鎮める事ができず、かと言って思うように身体が動かずどうする事もできない。その悔しさを顔に滲ませていた。

シンディの表情は、舞夜の表情とは対極的で凶悪な笑顔を受かべ喜びに満ち溢れているように窺える。

「ほな、クリスから行ってみよか!」

「宿命を背負いし異次元の住人よ、イエスの名のもとにその罪と罰をあたえん。ホーリー・アロー!」

天から降り注ぐ無数の光の矢は、黄金色に輝く九尾の狐の頭上で粉々に弾け散った。

「ファック、結界張ったみたいやな……ほな、これはどうや? 黒点の剣や!」

シンディの左手に、黒く光る巨剣が現れた。その剣の表面は何か巨大なエネルギーのような物が渦を巻いていて、それが貯め込まれているように見える。大きさはゆうにシンディの二倍はあるだろう。愛霧は、その剣をじっと見つめ、

「初めて見る武器だけど、たぶん太陽の黒点エネルギーを封じ込めた剣だと思うわ。だとしたら、そのエネルギーは圧倒的な破壊力を誇ると思う……」

「と言う事は……その剣を使いこなせるあいつのスキルは桁外れって事ね……」

と、舞夜は悔しそうにそう言った。


「結界が、なんぼのもんじゃい!」

シンディは、巨大な剣を頭上で振り回し敵目掛けて一気に下降。敵の眼前で振り下ろされた剣の刃先は、見えない壁に激しい衝突音と共にぶつかった。

その個所には巨大なエネルギーが貯蔵され、青白いプラズマのような物が火花を飛ばし、『ビシッ』と音が聞こえた瞬間に亀裂が入り結界は粉々に砕け散った。

「どないじゃ、ぼけぇ! ビビっておしっこ漏らしたんちゃうか? キツネちゃ――」

言い終える前に、赤眼がギラリと光り一本の尾が鋭く尖った矢のように変化し、シンディに襲いかかった。

「ハッ、当たるかいそんなもん!」

体を反転させたシンディが、その攻撃を楽に交わした直後、クリスが天に祈りを捧げた。

「主よ、シンディをお守り下さい!」

「ん? なんでや……?」

光の輪に包まれたシンディが、クリスに振り向いた瞬間、矢に変化した尾が方向を変え、その光の輪に突き刺さった。

「あ、あぶなっ! サンクス、クリ――」

またもシンディが言い終える前に、全身を覆っている体毛が逆立ち黄金色に輝く鋭い針に変化を遂げ無数の煌きが一気に放たれた。

「主よ、シンディに光の壁をお与え下さい!」

シンディの前に、天まで伸びる巨大な光る壁が出来上がった。その黄金色の針は、次々に突き刺さるものの貫通する事はなかったのだが、その煌きはダムが決壊した時の濁流の如く勢いを増し、ものの数秒で光の壁を崩壊させた。


クリスのいる上空まで戻っていたシンディは、その光景をじっと見つめていた。

『リスク三』まで進化した敵の圧倒的な攻撃力に、さすがのシンディも恐れを感じていると思ったのだが……その紺碧の瞳に異様な光を宿し、薄らと微笑みを浮かべていた。

「こいつは久しぶりにおもろいわ。真綿で首を絞めるように、じわじわと、うちらに牙を剥いた事を後悔させてやらな気がすまんな。クリス、一本だけ尾を残して閉じ込めたって」

 こくりと頷いたクリスは、十字架を天にかざす。

「宿命を背負いし異次元の住人よ、イエスの名のもとに、その罪と罰をあたえん。グリーフ・オブ・クロス!」

天空から現れた巨大な十字架の棺は、眩い光を放ちながら九尾の一尾だけを外界に残し、その姿を封じ込めた。


その直後、敵は全身から激しく燃え上がる炎を浮かび上がらせ、世界が切り裂かれ悲鳴を上げているかのような音圧が樹海全体の空気を激しく振動させた。

目を細めて、それを見ていた愛霧が震える声で言った。

「あ、あれは……体の中で軽い核種同士を融合させて反応させている……原子核融合! サスケちゃん、放出されるプラズマ量を計測して、それを遮断出来るエネルギーウォールを準備しといて!」


「ファック、させるかこのボケがぁ!」

叫び声を上げながら、シンディは黒点の剣を振り上げ恐るべきスピードで敵に迫って行った。その動きに敵は即座に反応、出ている一本の尾を鎖に変化させ向かって来ているシンディに放った。

鎖は小さい輪を描き、飛来するシンディを巻き付け封じ込めようとしたが、シンディのスピードはその速度を完全に凌駕していて、輪をくぐり抜け振りかざした剣で尾の根元を切断。

敵の叫び声と共に、全身から立ち昇る燃え盛る炎が瞬時に消えた。体を囲う十字架が消えた九尾の狐は口から紫色の煙を放った。

「フン、死の瘴気かいな。しょうもな……」

シンディが、黒点の剣を胸の辺りで構え、両手を使って円を描き始めた。その円はみるみるうちに、太陽のように輝き大量の熱を放出し始める。

それにより、九尾の狐の吐いた死の瘴気は蒸発した。


「宿命を背負いし異次元の住人よ、イエスの名のもとに、その罪と罰をあたえん。ティアーズ・オブ・グリーフ!」

クリスの十字架が天にかざされると、天空から一筋の雫が煌きと共に舞い降り九尾の狐の一本の尾に降りかかった。

絶叫する九尾の狐の一尾は焼けただれ消失し、残された尾は七尾。

「やるやん、クリス! ほな、三本目はうちが頂くで!」

そうシンディが言い放った時に、突如地鳴りが起き地上が激しく揺れ出した。その揺れは激しさを増して行き、地表に大きな亀裂が入った。

「な、なんやこれは……」

その亀裂に目を向けた瞬間、燃えたぎったマグマが噴出し空中のシンディとクリスに襲いかかった。

 なんとか、そのマグマを回避した二人は態勢を立て直したが、次々に吹き上がるマグマは九尾の狐を囲んで行き、マグマの防御壁を造り上げた。その中心部にいる九尾の狐の両眼は、まるでマグマを体内に取り込んだかのように燃え盛り、剥きだされた牙は戦慄を感じるほどにギラついている。


 青眼が光った瞬間、マグマの一部が盛り上がり黒い塊に変化し二人に向かって放たれた。その塊をシンディが剣で払うと同時に周りの黒い部分が剥げ落ち、どろりとしたマグマが剣を覆った。

『ブスブス……』と音を立て、その剣はマグマによって溶解を始める。

「シット、使いもんにならんがな……」

シンディは顔を歪めて、その剣を地上に投げ捨てた。その姿を見ていた舞夜が、ありったけの力を込めて声を出した。

「シンディ! これ以上時間をかけたら日本の地殻が異常をきたす可能性があるわ! やれるのならもう処断しなさいよ!」

「やれるのなら? なんや引っ掛かる言い方やけど、それはうちも考えとったしこれでジ・エンドにしよか、クリス」

その発言は、まだまだ余裕があるのだと言わんばかりの内容に聞こえた。コクリと頷いたクリスが十字架を天にかざす。


「宿命を背負いし異次元の住人よ、イエスの名のもとに、その罪と罰をあたえん。ギガ・マイクロ・バースト!」

その声と共に、九尾の狐の上空に暗灰色の積乱雲が発生。数秒後には、部分的にだがマグマが黒く変色していた。その雲の中心からは大量の冷気が振り下ろされていて、その冷気の層の中でキラキラと輝く結晶のような物も見えている。ものの十秒も経たないうちに、全てのマグマは黒い塊となり、その圧倒的な熱量は消失していた。


「しゃあない、これでしまいにしたる。木星の大気の渦を封じ込めた、大赤斑(だいせきはん)の槍や!」

左手で構えられたその槍の表面は、大気の層が何重にも重ねられて渦を巻いているように見える。

それを見た九尾の狐は、攻撃に備えようと体を動かそうとしているのだが、凍てつく大量の冷気によって動きを封じられていた。


「死にさらせぇ――――――――!」

投げられた直後から、その槍は回転を早めすぐに巨大な大気の渦に形を変え、その尖端は固化した黒い玄武岩を破壊し、九尾の狐の赤眼に突き刺さった。

直後、断末魔の叫び声と共に九尾の狐はその姿を消した。

「あ――おもろかった。なぁ、クリス!」

「主も、お喜びのようです……」

クリスが天に十字架をかざすと同時に、賢治達が包まれていた光の輪が消えた。

「どないや、圧倒的なスキルの差を見せ付けられた感想は? ん?」

シンディは、嘲笑を浮かべ左手を耳にかざしている。

それを見た舞夜の顔は歪み、瞳は怒りに燃えたぎり波紋の肩から手を外し、二人の目前で拳に力を込めた。

「あんた達、なにか勘違いしてるんじゃないの? 私達に授けられたスキルは、人類を守る為の物なのよ。その力をひけらかせたり、生物を処断する事を楽しんだりする為にあるんじゃないのよ!」

「そんなん、わかってるわ。でもな考えてみ、うちらが生死を賭けて戦ってるのを、殆どの地球人は知らんねんで。アホみたいに環境を破壊して、アホみたいに金儲けの事ばかり考えて。真面目にやっとったらアホらしなってくるわ、ちゃうか?」

「地球人の混乱を招かないようにしてるんだから仕方ないじゃない! 私達の母親が守ってくれた地球を、死の星にしない為に私達がいるんでしょ! これから先、生体が解明されていないゼロ次元の生物が侵入して来た時に、同じように狩りを楽しんでたら取り返しのつかない事になるかも知れないのよ!」

「うちらは、どんな生物にも負けへんから大丈夫や。心配するんやったら、自分らの無力さを心配した方が良いんちゃうか? マヤとか言うたな、あんたはそれなりに戦闘スキルがあるみたいやけど、その他の奴らはガラクタと同じやんか」

シンディは、糾弾するような敵意も含まれている冷たい視線を、舞夜の後方にいる賢治達に向けた。


「ふざけんじゃないわよ!」

その声と同時に放たれた舞夜の右の拳が虚しく空を切りその場に倒れ込んだ。

「今のあんたじゃ、うちに触れる事もできひんわ。ま、これから弱い生物はあんたらに任すさかい、精一杯地球の為に頑張ってな。ほな、さいなら」

シンディは、そう言い残し二人で上空に消えて言った。

「クソッ、ふざけやがって……」

波紋が近寄り、肩を貸して舞夜を立ち上がらせる。

「みんな……ごめん……ほんとごめんね……私がもっと強ければ、あんな事を言われる事もなかったのに……ごめん……」

その声はいつもの舞夜とは違う、まるで張ったばかりの薄氷のような脆さが窺える、悲しみに満ちた声だった。そして、その瞳から止めどなく溢れ出す大粒の涙。

「マヤが悪いんじゃないじゃん! あいつらが……」

愛霧は、そこで言葉を詰まらせた。波紋も桃子も、悔しそうな表情を浮かべているが、やはり言葉を発する事はない。

もしかしたら、賢治と同じ事を考えていたからかも知れない。

『これから先、今日の生物と同等、もしくはそれ以上の生物が現れた時に、このメンバーで日本を守る事が出来るのだろうか……』と。


 賢治達は社に戻り軽く食事を取った。昨日の昼食時とは異なり、誰一人言葉を発する事はなく室内は重い空気で満ちていた。

各々が、これからの事を考えていたのであろう。賢治は強くなりたかった。人間である自分には限界があるのかも知れないが、シンディにガラクタ呼ばわりされても何も言えずただそれを受け入れるしかできなかった事が情けなかった。そして、全員が無言のまま終業時刻を迎え、無言のまま舞夜は扉を開けて出て言った。


「桂木チーフ、舞夜さん一人にして大丈夫ですかね……」

「大丈夫だと思うよ。多分、今日もトレーニングだろうし」

「え……?」

「ちょうど三年前かな……初めて日本に亀裂が入った時に、私達は招集をかけられたの。本能が私達の存在の意味を教えていてくれたから、驚く事は何もなかったわ。私達にはそれぞれにスキルが備わっているの。私のスキルは、交信と戦闘。戦闘に関してはマヤには遠く及ばないけど、異次元生物の弱点や特徴を知る事で、武器の製造に役立てているの。愛霧はメカに対するスキル。武器の設計や製造も愛霧のスキルによって行われているのよ。モモちゃんは、パウダーの調合と次元の亀裂が見えるスキルね……」

 そこで、波紋の言葉が途切れた。賢治は不思議に思ったのだが、口を挟まずに波紋が話し始めるのを待った。

「……でも、マヤにはこれと言ったスキルが備わっていなかったの……侵入して来る生物が大した事なかったから特に問題はなかったんだけど、なんのスキルも持たないマヤは引け目を感じてたのか、戦闘力を上げる為に毎日朝から晩までサイバールームで訓練に明け暮れてたわ。それが終わると、自宅に戻って基礎体力を上げる為にトレーニングをしていたみたい。そのお陰で、それぞれがスキルを生かせるポジションにつけるようになったんだけどね。たぶん、今でも続けているんだと思うよ……」

波紋は、そう静かに語った。賢治は、シンディの言葉に対し舞夜があれほど悔しそうな表情を見せ涙を流した理由が理解出来た。


その話しを聞いた賢治は体の芯が熱くなり、すぐにでも戦闘訓練を始めたかったのだが、終業時刻を過ぎた状態でそんな発言をする事で、周りのみんなに気を使わせる事になると思い、会社を出た後で愛霧に連絡をして操作方法を教わり一人でやるつもりでいた。

 ビルのエントランスを出た賢治達は、軽い挨拶を交わしそれぞれの方向に別れた。一度自宅へ戻り愛霧に連絡を入れようと思い歩いていると、急に後ろから肩を掴まれた。驚いて振り返ると、息を切らせた愛霧が立ち口許をふっと緩めた。

「ハァ、ケンジ君、戦闘訓練したいんでしょ?」

「え、なんでそれを?」

「だって、ケンジ君の顔にそう書いてあったよ。でしょ?」

「うん、そうなんだ。どこまで戦闘力を上げる事が出来るのかわからないけど、それしか俺に出来る事はないからさ。少しでも、みんなの役に立てるように頑張りたいんだ」

「実はね、私も同じような事を考えてたの。戦闘は無理でも、的確なアドバイスで援護出来る事もあると思うんだ。だから、一緒に頑張ろケンジ君!」

その言葉が、賢治の心に強く響いた。みんなの気持ちは同じなんだ。自分達の力で、この日本を守りたいんだ、そう思えた。

 

賢治と愛霧は社に戻り、サイバールームの扉を開けて椅子に座った。

「じゃあ、昨日の続きから行こうか。ケンジ君は、初めて戦う生物だから情報が少ないでしょ。それを、私のアドバイスで補って行くって感じでどう?」

「うん、それで行こう。実際、今日も愛霧ちゃんの言葉がなかったら、俺はこうしてここに座る事が出来なかったからね」

今日の戦いを思い出し、賢治はぶるっと震えた。

「じゃあ、今日の敵と同じ二次元の生物で行きましょうか」

そう言って、キィボードを操作するとサイバースペース中央に人間の形をしているように見えるのだが、その存在は何故かぼやけているように見える物体が現れた。目や鼻や口もあると思うのだが、やはりぼやけていてはっきりと認識出来ない。

「あれは、なんて生物なの?」

「あれは悪霊の使い。特徴としては、空間を自由に移動出来るテレポートのスキルを持ってるわ。攻撃は、呪いの言葉を物質化して発射する、言霊。物質を自由に操れる、念動。最後に、体の中に侵入してきて乗っ取ってしまう、憑依。一度憑依されると、余程の精神力がないと自分で自分を殺してしまう事になるわ……」

急に愛霧の表情が硬くなった。その表情で、多分重い話だろうし聞きたくないな、と思った賢治だったが、心の準備は必要だ、と思い直した。


「あの……今までに、そう言う事があったの?」

「うん……まだこの仕事について間もない頃なんだけどね、マヤが油断して憑依されてしまった事があるの。まだ経験が浅かったからか、なかなか上手く追い出せなくて……刀で自分を刺してしまうギリギリの所まで追い込まれた事があったの。周りの私達はマヤを信じるしか手立てがなくて、あの時は本当に怖かった……」

俯き目を閉じた愛霧を見ると、その時の恐怖がリアルに伝わってくる賢治であった。

「あの……ちなみに、どうやって処断するんですか?」

「慣れれば問題ないんだけど、悪霊の使いは自分の攻撃が通用しないとわかったら、憑依を仕掛けてくるのね。それを交わすのは難しくないんだけど、処断する為にはギリギリまで我慢しなきゃいけないの。それで、憑依される瞬間に武器を使って退魔の早九字を唱えるの。それによって、五行四列の格子が描かれて敵は動きを封じられる事になる。そうしないと、空間を移動するから攻撃が当たらないんだよね」

「なるほど……」


 賢治は、どうやら一度は経験する事になりそうだな、と気が重くなった。

「今回のゼロパーツは頭の天辺、九字の切り方はね……」

九字の唱え方は難しくないのだが、そのタイミングが難しそうである。

「武器は霊力が封印された、草薙の刃を使用するわ。ケンジ君、一度憑依を経験しといた方が良いかもしれないし初回は声かけないから、もしタイミング読み違えて憑依されてもポーズはかけないね」

「はい、わかりました……」

どんなに可愛い笑顔でも、言っている内容は非常に怖い。


「じゃあ、おねがいします!」

乱れ太鼓のように音を立てる心臓の部分を右手でドンと叩き、賢治は悪霊の使いに向かって飛び立った。戦闘場所は何処かの住宅街のようだが、当然何処にも人間の姿はない。右手に握る柄の部分から先に草薙の刃が現れた。

『スタート!』

その声と共に空中にいる敵が、聞きとる事は出来ない何かの呪文のようなものを発した。

口のように見える箇所から出たその言葉は、すぐに物質化し金属の槍に変化して飛来する。

しかし、そのスピードは避けるのが容易いほどの物で、なんなく賢治は攻撃を交わす。すると、地上から破壊音が聞こえたので視線を下ろすと、一つの家屋の瓦や壁が剥がれ落ち、上空の賢治目掛けて飛んできた。しかし、これも大した速度ではなく賢治はするりと回避。

「試しに攻撃してみるか……もしかしたら、俺のスピードなら倒せるんじゃないか?」 

賢治は、草薙の刀を構え敵に向かって飛んだ。姿を消し移動すると思った敵は、何故か目の前にいる。賢治は構えた刀を素早く振り降ろしたのだが、その姿は霧散していき空気を切るような感覚がしただけで、なんの手応えも感じる事はなかった。


「やっぱり駄目か……そりゃそうだよな、そんな簡単に……あれ、敵は何処に行ったんだ?」

きょろきょろと辺りを見回していると、頭の奥の方で誰かが囁いているのに気付いた。


『愛霧、ケンジは正直な所どうなの?』

『……はっきり言って、見込みないと思う』

『やっぱそうよね、初めて会った時から生理的に受け付けなかったんだよね』

『こんな訓練、なんの意味もないんだけど……』


――こ、これは……受信機から舞夜さんと愛霧ちゃんの会話が聞こえてるんだ。


『なんのスキルもない単なる人間のくせに、変にやる気になってるからね。今日の戦いの時に、上手くあいつ一人に出来たから、しめたと思ったんだけど……』

『だよね、奇跡が起きちゃったもんね』


――そうだったんだ。俺が戦いで死ぬ事を二人は望んでいたんだ……。


『あれ? あの単なる人間、まだ訓練してるの?』

『そうなのよ、波紋ちゃん。こんな無駄な事に付き合わされて最悪だよ』

『そっか、今日の戦いであいつ生き延びちゃったしね』


――桂木チーフまで……俺の存在意義なんて初めからなかったんだ。なのに、一人でバカみたいに熱くなって……俺はくだらない平凡な単なる人間なんだ。


『あいつが、生きてる意味は何かあるのかしら?』

『ないでしょ』

『ないわね』

『モモも、全くないと思いま――す!』


 ――あ、あの純粋無垢で汚れを知らないモモちゃんまでもが……すみません……俺は気付かずに、みんなに迷惑をかけてたんですね。こんな俺が、この世に生きてる価値なんて何もないんだ。死んだ方が良いんだ……さようなら。


「イダダダダデディィディアィデェ――――――――!」


強烈な電流により、賢治の意識が覚醒した。すると、口の中から白い液体のような気体のような、スライム状の物が出てきて悪霊の手先を形成した。

『ケンジ君の脳を支配していた悪霊の手先の声聞いてたんだけど、酷い事言われてたね。念の為に言っとくけど、そんな事誰も思ってないから心配しないでね!』


「ごめん、一回休憩入れてもいいかな……結構ヘビーな内容だったから、頭切り替えたいんだよね……」

そうは言われた物の、もしかしたら心の中ではそう思っているのじゃないか、と言う疑念を賢治は断ち切れずにいた。了承を得た賢治はコンピュータールームに戻り、そこに愛霧しかいない事を確認し、ほっと安堵の溜息をついたものの、やはり疑念を打ち消す事が出来ずに、空いている席に腰を降ろし思い詰めたような視線を床に投げかけていた。

そんな賢治を、愛霧が心配そうに見つめている事に気付いてはいたのだが、気持ちの切り替えが上手くいかずに視線を合わせる事が出来ない。

「もしかして、私達が心の中ではそう思っているって、心配してるの?」

「いや、信じられないわけじゃないんだけど……現に俺は大して役に立ってないからさ」

確かに、今日は敵を一体処断した賢治だが、俺じゃなければもっと早く処断できていたはずだ、と思っていた。


「なに言ってるのよ、ケンジ君は、すごく、すご――く、頑張ってるじゃん。みんなその事は分かってるし、期待もしてるよ。今日だって、マヤの事を心配して一人で戦うって言ったでしょ。あの時、すごく胸が苦しくなったの。今まで、恋をした事がないわけじゃないけど、本当の自分を知られたら嫌われるだろうし、とても理解なんてしてくれるはずがないって思ってたから、恋する気持ちを心の何処かに仕舞ってた。でも、あの瞬間に……ケンジ君……私……」

キラキラと輝くつぶらな瞳から発せられる熱視線を、賢治はしかと受け止め息を飲んだ。

「あ、愛霧ちゃん――」

と声を発した直後、サイバールームの扉を開けて舞夜が顔を出した。


「あれ? あんた達まだいたの?」

「あ、うん! 戦闘訓練しようって話しになってね! ね、そうだよね、ケンジ君! マ、マヤこそどうしたの? な、何か忘れ物?」

「……ま、そんなとこね……じゃあね」

ただならぬ空気を感じ取ったのか、舞夜は言葉を濁して帰って行った。しばしの間、重い沈黙が二人を襲った。それに業を煮やしたケンジは意を決して、

「あ、あの……さっきの話しなんだけど……その、続きはなんだったの?」

「ううん、なんでもないよ、続き始めよ!」

その口許に可憐な笑みを浮かべ、左右に顔を振った時に栗色の髪がふわっと浮かび、なんの香りなのかは分からないが、とてつもなく良い香りが賢治の鼻腔と全神経を刺激した。

その瞳は、人里離れた森の奥深くに存在する湖のように、深くそして何処までも透明に澄んでいて、見つめられたらもう二度と逸らせなくなるような、そんな魔法めいた魅力がある。


しかし、これ以上問いただすのは恋のルール違反であり、愛の交通機動隊に反則切符を切られてしまう、そう思った賢治は言葉のシャッターをぴしゃりと閉じたのだった。

「よし、今度はしくじらないよ! 愛霧ちゃん、アドバイスよろしくね!」

その言葉通り、愛霧の的確なアドバイスの協力も得て、賢治は悪霊の手先を見事に処断した。続けざまに、復習も兼ねて昨日模擬訓練で戦った生物達とも一戦交え、全ての生物をノーミスで処断する事ができ、武器に関しても何種類かの違う武器を使い、愛霧のアドバイスの元で上手く使いこなす事ができた。

「愛霧ちゃん、もう二二時をまわってるから、そろそろ終わりにしようか?」

気持ちが入っていると、こんなにも時が経つのは早いのだと、この部署に配属されてから久しぶりに味わった。それほど、賢治が物心付いてからの、なんの目標も待たない人生は、つまらない時間だったんだと実感していた。

「そうだね。じゃあ、終わりにしようか。これからもよろしくね、ケンジ君!」

愛霧が、すっと右手を差し出した。賢治は、その手を優しく握り返す。

「こちらこそ、よろしくお願いします」


――あぁ、なんて柔らかくてぷにゅぷにゅした可愛らしい手なんだ。このままぐっと引き寄せて、あのキュートな唇に俺の唇を重ねた……いかん、いかん、なんて不純な気持ちを出しているんだ! まずは一人前になって、みんなから認めてもらう事だ。恋愛感情はそれからだ!


と、自分を戒めたものの、何かを無意識に期待している賢治の貧困な頭脳は、これまた無意識の言語の選択により選びだされた単語を組み合わせ口から発した。

「遅いから、送って行くよ!」

「ありがとう。でも、表はもう閉まってるから、プロテクトアーマー着てシューターに乗らなくちゃだし、そのまま帰るから大丈夫だよ」

その笑顔は、賢治の言葉の裏側に潜み、チロチロと舌を出している邪な大蛇には気付かなかったようで、屈託のない澄んだ微笑みに見えた。

「あ、そ、そうだね、その方が早いからね! てか、空飛んでるんだから、誰も襲えないっての! あるとしたら、カラスか俺くらいのものだよね。い、いや、俺はそんな事しないんだけどね。ね、ねぇ、愛霧ちゃん!」

愛霧は取り乱している賢治を見て、キョトンとしていた。心の中を見透かされまいとすればするほどに、人間と言う卑しい三次元生物は心の動揺が表に出てしてしまうのだと改めて知る事になった賢治であった。


 愛霧と同じく、そのまま自宅に飛んで帰った賢治は、よほど疲れていたのかベッドに横になるとそのまま眠りについていた。

「……ん? そうか、風呂も入らずに寝てたんだ……」

目を開けた賢治は時刻を確認して、まだ出社時刻まで二時間以上ある事を知り、着替えを箪笥から出して熱めのシャワーを浴びた。

「今日は木曜日だから、配属されてから四日目か……なんだか、早いような遅いような変な感じだな。あ、そう言えば、休日ってどうなってんだろ? 聞いた事なかったな……」

ベーコンエッグをトーストで食べながら、窓の外から見える晴れ渡った空を眺めてそんな事を考えていた。


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