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八文字科学技術製作所   作者: ゲーカー
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第三章

第三章 


 次の日は朝目覚めてからずっと、今日から始まると言われていた戦闘訓練の事で賢治の頭は一杯だった。軽めの朝食を終えてスーツに着替え、マンションを後にした賢治は復習した事を思い出しながら指を折り下を向いて歩いていた。


「えっと、デス・ワームだろ。キング・モスキートだろ。ポイズン・スプリンクルだろ。ハート・ワームがキル・パラサイトになるだろ。キラー・アンクルだろ。悪霊に怨霊に……えっと後なんだっけ……イテッ!」


気付くと一人の女性と肩をぶつけていた。軍服みたいな服装でベレー帽を被り、紺碧色の鋭い眼光で睨みを利かせたブロンドの女性。その横には、少し赤みがかったブロンドで牧師のような服装をし、瞳が瑠璃色の小柄な少女が十字架を持って立っている。

「す、すみません。あ、アイムソーリー」

「しょうもない英語使う位なら、日本語だけにしとかんかい!」

特長のあるハスキーな声だが、流暢な関西弁で捲し立て、ずいと賢治に近寄り顔を近づけ下から睨みを利かせている。横の少女は十字架を両手で握り祈りを捧げ、いきなり賢治の顔目掛けて突き出した。

「さぁ、懺悔なさい!」

「うわっ! す、すみませんでした。以後気を付けます……」

関わらない方が良さそうだ、そう思った直後に軍服ブロンド女は親指を喉元に向け首を切るジェスチャーを始める。

「世が世なら、ハラキリやで!」


 いや、首を切るならギロチンだろ、と突っ込みたくなった賢治ではあったが、そんな事を言えばなんだかとんでもない不幸に見舞われる気がして口に出すのは止めておいた。

しかし、それなりの格好をしていれば、誰もが振り向くほどの美しい容姿を持つブロンド女性である。横の少女と一緒にハリウッド映画に出演していてPRの為に来日した、と言っても嘘には聞こえないであろう。

だが賢治には、コスプレに嵌まっている痛い来日外国人、にしか映らなかったようで、これは逃げるが勝ちだな、と胸中で呟いたのだった。

「あの、本当にすみませんでした。失礼します……」

賢治は一度も振り返る事なく、足早にその場を立ち去った。何度か曲がり角を通過したので、歩行スピードを緩める。

「……そう言えば、外国でもコスプレ流行ってるみたいだしな。しかし、何が楽しいのか俺には分からんな……」

そう、ブツブツ言いながら歩いていると、すぐに会社ビルが見えてきた。スーツを着た大勢の人達が、掃除機に吸い込まれるゴミのように、ビルのエントランスに入って行く。この会社で、自分の与えられた『業務』と呼べるのかどうかは分からないが、それを考えるとなんだか複雑な気分だった。

 

 賢治はエントランスをくぐり、昨日案内してくれた受付の女性と目が合ったので軽く会釈をし、エレベーターホールの人込みを掻き分け細い通路に足を進めた。

そこには、昨日と同じ場所に、昨日と同じ服装で、昨日と同じ無表情の立派な体格をした警備員が後ろ手を組み立っていた。

「おはようございます」

 賢治は少し頭を下げて挨拶をした。年齢は四十歳くらいだろうか。その表情は、昨日と同じく表彰したくなるほどの無表情である。

仮にくすぐったとしても、笑わないんじゃないか? いや、その前にぶん殴られるな、などと考えながらその男の前で立ち止まる。

「おはようございます。では、声紋生体及びDNAコンディクション認証を行いますので、そのままお待ち下さい」

台詞も行動も昨日と同じで、すぐに昨日と同じように賢治の周りを薄い膜のような物が覆って、青や赤や黄色の電気信号みたいな物が飛び交う。またまた同じようにその膜はすぐに消えてなくなる。


――はい、ご苦労様です。それでは通りますよ……ん?


賢治の眼前に、警備員がどんと立ちはだかった。驚いた賢治は警備員の顔を見上げ、

「ど、どう言う事ですか?」と聞いてみる。

「認証が取れませんので、お引き取り下さい」

「……え?」

肝心な所が昨日と違いますけど……。

すると、警備員は目尻にしわを寄せてニコッと楽しそうに微笑みを浮かべた。

「冗談です。どうぞお通り下さい!」

「ちょっと勘弁して下さいよ。ビックリするじゃないですか!」

意外にひょうきんな人だったようで、賢治は一気に親しみが湧いた。そのチャーミングな笑顔に見送られ、透明な床に右足を出したのだが空中でピタリと動きを止める。


「やっぱり、分かってても怖いな……て言うか、透明過ぎだろこれ」

念のために、チョンと右足で確認してから中央に進んだ。すぐに、『シュン』と音がして下降を……いや、落下を開始する。

「グ……グッ……こ、この落下スピードなんとかならんのか……」

すぐに落下は終了し、賢治は呼吸を整え入り口のボタンを押した。室内には誰もいなし、物音もしない。腕時計で時刻を確認すると出社時刻の十五分前。

「意外にみんなギリギリに出社するんだな。ま、新人は一番のりでちょうど良いか」

バッグをデスクの上に置き、椅子に深く座り背もたれを倒し足を組んだ。


「おはよう、ケンジ!」


その声に、賢治は慌てて組んだ足を崩し立ち上がったのだが、ドアは閉まったままだし、辺りを見回したが舞夜の姿は見当たらない。

「ロッカールームか?」

そう思い、ドアの前まで言ってノックをしたが返答はない。

「サイバールームか?」

扉を開けたが誰もいない。

「あんたね、上司に挨拶されたら、すぐに返しなさいよ!」

「す、すみません! お、おはようございます!」


直立不動で声を張り上げて、昨日と同じようにどこからかカメラで見ているのかと思い、賢治は天井をキョロキョロと見まわしてみた。すると、中央の機械の横から尻尾を振ったサスケが現れ、小さな体を震わせ笑いを噛み殺して言った。

「あんた、結構早いわね。良い心掛けだわ」

「サスケの……サスケさんの声マネですか!」

ムカついたけれど、ロボチワワだけれど、一応先輩だし……と、胸中で愚痴る賢治であった。

「ククク、サスケで良いよ。おはようケンジ。昨日は眠れたかい?」

「意外にぐっすり眠れました。今日は二度目ですよ、警備員の方にもからかわれたし」

「ほう、珍しい事もあるんだな、NS-PK3BTがからかうなんて」

「は……?」

「うん? そうか、ケンジは知らないのか。あいつも俺と同じアンドロイドだぜ。ちなみに受付の美人さんもな。この課の業務は極秘だからな」

「な……なるほど……」

 その事実に呆気に取られた賢治であったが、既に信じられない事の連続だったので、意外にあっさりと受け入れる事ができたのであった。

賢治は自分の椅子に戻り、もうじき出社してくるであろう上司の事を考え、やや浅めに腰掛けていた。するとすぐに扉が開いて、愛霧と桃子が顔を出した。


賢治は、その姿を捉えるや否や椅子から立ち上がり姿勢を正す。

「おはようございます!」

「あ、おはよ。ケンジ君!」

今日の愛霧は、昨日左右二つに結っていた栗色の髪をトップで一つに結っていて、その結われた部分からサラサラの髪が、まるでトレビの泉の噴水のように、きらきらと輝きながら流れている。


「ケンちゃん、おはようございます!」

桃子は髪型こそ昨日と同じだが、今日の服装はフリルの付いた白のワンピースで、フランス人の子供のように可愛らしい。二人が席についたと同時にまた扉が開き、モデル歩きの波紋が入ってきた。賢治はまた立ち上がり挨拶をする。

「おはようございます!」

「お! ちゃんと出社したんだ。やるじゃん斎藤ちゃん!」

何故かは分からないが、波紋に褒められるとゾクゾクする賢治であった。波紋が席についた時には既に出社時刻を過ぎていたので、賢治は体をデスクに乗り出し端に座って鞄から書類を出している波紋に聞いてみた。

「あの、舞夜さんはお休みですか?」

「そっか、斎藤ちゃんは知らないか。今日は取締役会があるから、出動がかからないとマヤはこないよ。寂しいの?」

「いや、別に寂しいとかじゃないですよ。そうですか、取締役会ですか」


――舞夜さんは取締役なんだ……やはり父親は、ここの社長なんだろうな。

そんな事を考えていると、デスクの上でなにやら粉のような物を混ぜ合わせている桃子の姿が視界に入り賢治は視線を移す。その視線に気付いた桃子は、とてもキュートな笑顔を見せた。

「気になりますか? 気になりますよねぇ? これはですね、スペシャルパウダーの調合をしているのです!」

と言って、右側に三段ある引き出しの一番上を開けたので、賢治がチラッと覗き見してみると、そこには小学三年生の頃に家族旅行でキャンプに行った際、父親の趣味に付き合わされ天体望遠鏡で見たものと同じ、小さな宇宙が広がっていたのだった。

「わっ! な、なにこれ!」

「えっと、このパウダーは地球上に存在しない原子や分子で出来ているのです。だから、色々な星から必要な物を、ここに転送してもらっているのです。みんなの役に立つパウダーを造るのは、モモの仕事なのです!」


得意げな表情の桃子が右手を引き出しの中に入れると、その小さな手の平の中に四角に折られた銀色のアルミのような物が現れた。それをデスクの上で開いて、小皿に盛られた粉に混ぜ合わせ、桃子は小さくガッツポーズ。

「よし、完成なのです!」

「それ、どんな効力があるの?」

結晶みたいな物が輝いていて、とても綺麗に見える粉を指差し、満面の笑みを浮かべている桃子に聞いてみた。

「これはですね、クリーンパウダーって言うのです。小さくて沢山いる生物が相手の時にですね、この粉を振りかけるのです!」

「へぇ、この粉をかけたらどうなるの?」

興味を持った賢治は、そっとその粉に指を近付けようとした。

「あ、触っちゃだめです! 指が溶けちゃいますよ?」

「あ、あぶなっ! もしかして……これって、ポイズン・スプリンクルが出す粉と同じ?」

「分子レベルではちょっと違いますけど、効力は殆ど同じで――す!」


――確か、濃硫酸の一万倍だったよな、もしも俺がくしゃみしてたら一体どうなってたんだ? と、賢治は無意識に頭の中で想像しようとしたが、凄惨な状況が浮かびかけて体が震えてき

たので、頭を振って考えるのを止めたのであった。

「ケンジ君、そろそろサイバースペースで戦闘訓練やろっか?」

桃子の後ろから、ヒョイと顔を出した愛霧は仮想装置の部屋を指差した。その直後から、急に緊張と言う名の姿形の見えない怪物が、賢治の勇気を貪り始める。

「あ、はい。そうですね……」

「斎藤ちゃん、負けずに頑張ってね!」

「ケンちゃん、ガンバです!」


 二人の暖かい声援に見送られ、やや前屈みな姿勢の賢治は、まるで悪さをして職員室に連行される生徒のように、愛霧の後に続いてサイバールームに入室した。

愛霧は、あまりにも不安な表情を浮かべている賢治の顔を覗き込むように、

「……じゃあ、まずはデス・ワームからやってみようか? 大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です。あの……これって、敵にやられた時はどうなるんですか?」

「敵に攻撃されたら体に衝撃が走るようにはなってるけど、別に命に関わるような事にはならないから心配しなくても良いよ。無理そうだったら、言ってくれればポーズかけるからね」

「あ、はい……」

「後は、攻撃の避け方なんだけど、プロテクトアーマーは思考を具現化するでしょ、だから攻撃を察知出来れば、反射で本能が避けようと思考するからその通りになるの。でも、もしも察知が遅れてしまうと、思考が追いつかないから攻撃を受けてしまう事になるわ。今日は攻撃を避ける事から訓練しましょうか」

「そ、そうですね……」


賢治は心の中で、『レギリス』と呟く。すぐに全身が、プロテクトアーマーに包まれた。愛霧がキィボードを操作すると、少し離れた場所に巨大なデス・ワームが出現。場所は昨日と同じくレインボーブリッジの真下。

賢治は心の中で呟く、体重をゼロにして高速で空を飛ぶ、と。

賢治の体はふわっっと浮き上がり、凄いスピードでデス・ワームの頭上まで到達した。

どうやら模擬訓練用のデス・ワームは、賢治の姿が見えるように設定してあるようだ。

賢治は、視覚を慣れさせる事から始めた。じっと頭上からデス・ワームを眺める。


この世に存在する生物のどれとも違うその声を聞くと、精神が削られるような感覚に陥る。人間ならば一飲みできるほどの口を大きく開き、鋭く尖った牙がギラギラと輝いている。目は赤く充血していて、まるで鮮血を浴びたように見え、体の両側に付いている無数の足はウヨウヨと蠢いていて気味が悪い。


こうやってじっくり見下ろすと、いくら作り物だとわかっていてもバカでかいトカゲ顔のムカデはとても恐ろしい。舞夜さんは良く平然と戦ってたな、と思う賢治であった。

「ええぃ、考えても一緒だ! 行くぞ、デス・ワーム!」

賢治は覚悟を決めて、デス・ワーム目掛けて突っ込んで行った。同時に敵も体をうねらせ、賢治目掛けて突っ込んでくる。巨大な口と、ギラつく鋭い牙が目前に迫った瞬間。

「ひいっ!」

と、情けない声を上げ、賢治は恐怖で目を閉じてしまい、『バシッ!』と激しい衝撃音を立て水中に突っ込んでいた。


――く、くるしい! い、息が……出来な……そうか、俺は水中でも呼吸が出来る!


その思考により、すぐに苦しさはなくなった。水面を見上げると、口から大量の気泡を吐き出しながら、デス・ワームが水中に潜ってきたのを視界が捉えた。

「くそ、今度こそ交わしてやるぞ!」

今度は、恐怖に打ち勝ち目を閉じる事はなかった。その思考は見事に具現化され、するりとその攻撃を回避。

すぐに、デス・ワームは体を反転させて突進してくる。一旦態勢を整える為に、賢治は水面目掛けて急速に浮上し、水しぶきと共に空中に舞い上がった。少し遅れてデス・ワームも体をうねらせながら浮上し、賢治に鋭い牙を向けてくる。

が、賢治はその攻撃を紙一重で交わす。


段々とコツが掴めてきたような気がした。グルグルとデス・ワームの周りを飛び回り、その攻撃を回避し続けた。

「これって、良い感じなんじゃないの?」 

と調子に乗った賢治は攻撃を交わした直後、デス・ワームにパンチを一発ぶち込んだ。


「イィ、イダダダダァアア――――――――!」


強烈な電流が全身に流れ、賢治は痙攣しながら落下し、『ポチャン』と音を立て水面を揺らせたのであった。

調子に乗った賢治は完全に忘れていたのである。デス・ワームの体には猛毒がある事を。

アホな賢治が水面に落下した直後、愛霧がポーズをかけてくれたお陰で、デス・ワームは固まったまま動かなくなった。強烈な電流を受けたせいで体が痺れて動く事ができずに、プカプカと水面に浮ぶ賢治。

『ケンジ君、大丈夫?』

愛霧の声が脳に響いた。どうやら受信機から聞こえているようだ。

「ごめん、調子に乗り過ぎた……」

昨日復習した事を忘れていなければ、こんな事にはならなかったんだ。もしもこれが実戦だったならば……俺は死んでいた、そう思うと、ぶるっと身体が震えた。


 リプレイ映像を見てみよう、と言う愛霧の提案で、体の痺れが治まった賢治は一旦コンピュータールームに戻り席についた。

キィボードの操作と共に、仮想空間に飛び出して行く賢治と、迎え撃つデス・ワームが映し出された。すぐに映像の中の賢治は、くるくると体を捻らせて不様に水中に落下して行く。怖くて目を閉じた瞬間を思い出し、賢治は掌で目を押さえた。

「お恥ずかしい……」

「初めてなんだから仕方ないよ。でも、水中に入ってからは凄かったよね」

と、愛霧の声で掌を外すと、デス・ワームの攻撃を見事に回避している映像が映し出されていた。その姿が小さい頃に憧れた地球を守る正義のヒーローと重なって見えて、賢治は興奮を抑えきれず、またも調子に乗ってしまったのである。

「いやぁ、なんて言うのかな、身体が勝手に反応したって言うかさ」

「うんうん、この辺りなんて、とても今日が初めてとは思えないよ、ケンジ君!」

映像の中の賢治を、愛霧は目を輝かせて見入っている。

「だよね! そう思うよね! 戦ってる最中にさ、これが本来の俺の姿なんじゃないかって思ってさ!」

 と調子に乗りまくった直後の映像は、デス・ワームにパンチを食らわし、電流により哀れに落下して行く賢治を映し出していた。

 バカ満開である。


「ま、まぁ、初めてなんだし気にする事ないよ、ケンジ君!」

「……迂闊でした」

賢治はガックリと項垂れ肩を落とした。その肩にそっと手をあてた愛霧は優しい声で、

「じゃあ、次はポイズン・スプリンクルでやってみましょうか?」と、微笑んだ。

「あの、ポイズン・スプリンクルって、粉を撒き散らす以外に攻撃ってあるんですか?」

「進化しない限り、その攻撃だけだよ。あ、そうか。資料には敵対者が現れた時の事は書いてないんだ。えっとね、通常はあの粉を地上に振り下ろすだけなんだけど、敵対者が現れると、一旦粉を吹き上げた後に、羽を使って竜巻を起こし敵対者を引きずり込むの。だから瞬時に、かなり上空に逃げないと巻き込まれて…………溶けちゃう? みたいな?」


賢治に恐怖心を植え付けないように配慮してか、最後の言葉を可愛らしく言ってくれたようだ。その心遣いは有り難く感じた賢治であったが、怖さは変わらない。

「……了解しました」


 仮想バトル第二戦が幕を開けた。海上にポイズン・スプリンクルが出現。ゆっくりと羽ばたきながら、キラキラと光る粉を振り撒いている。その粉が海面に触れると同時に『ジュワ』っと音がして水蒸気が立ち上がる。

「ケンジ行きま――す!」

怖さを消す為に、チャラけてアムロのマネをして見た賢治であったが、怖さが消える事などある筈もない。

恐怖心が邪魔をしてか、ポイズン・スプリンクルのかなり手前でブレーキをかけた。

が、しかし。

敵は賢治をすぐにキャッチしたようで、大きく羽ばたいたかと思うと頭上で粉が煌き、その直後に体の向きを垂直に変化させ、残像が見えるほどのスピードで羽ばたかせた。

ほんの数秒で、ポイズン・スプリンクルを中心に巨大な竜巻が発生。見上げるほどの大きさで、巨大な空気の渦が大気を切り裂き、まるで悲鳴のような音が聞こえる。


「ちょ、ちょっと、デカ過ぎでしょ!」

その巨大さに愕然とした。気が付くと、賢治の体はズルズルと竜巻に引き寄せられていて、『に、逃げなきゃ!』そう思った時には時既に遅く身体は渦に巻き込まれ、天高く舞い上がっていた。

『やっちゃった……』と思った瞬間。


「イイィイダダダダアァアァア――――――――!」

電流が身体を駆け巡り、クルクルと体を回転させて落下した賢治は、完全に海の藻屑となったのであった。


 しょんぼりと椅子に座って項垂れている賢治に、愛霧は励ましの言葉をかけてくれている。確かに初めてだから仕方がないのかも知れないが、何もできずに海の藻屑となってしまった自分が不甲斐なく、すぐに顔を上げる事ができなかった。

「初日だし、今日はこれ位で止めときましょうか……」

「い、いや……まだ、やれます!」

ポッキー程度の細い心は折れかけていたのだが、完全に折れた訳ではない。

『俺は選ばれた人間なんだ、言わば救世主なんだ!』と、胸中で無理やり自分に言い聞かせ立ち上がった賢治を、愛霧は心配そうに見上げている。

「本当に大丈夫?」

「大丈夫です、上空に逃げれば巻き込まれる事はないんですよね?」

「うん、竜巻は水平な対象物にしか効果がないから」

「了解です、今度こそやってやります。じゃあ、お願いします!」


その言葉と同時に賢治は飛び立ち、先ほどと同じ位置で停止した。賢治の存在に気付いたポイズン・スプリンクルは、すぐに巨大な竜巻を発生させる。

その直後、賢治は敵の上空まで高速で移動。

「お、風がない! よし、このタイミングだな」

すると、視界に映っているポイズン・スプリンクルは、身体を元の形である水平に変化させていた。

「あれ……もしかして、あいつは頭上の敵には攻撃できないんじゃないの?」

と思った瞬間に、羽に付いている目玉が不自然に浮き上がったように見えた。目を凝らし良く見てみると、浮き上がったのではなく羽を高速で上下させていたので、浮き上がったように見えたようだ。

その風圧により、ポイズン・スプリンクルの頭上の粉が一斉に舞い上がり、あっという間に賢治の身体は煌きの中にいた。


「ウギャアァアァァイイダダダダァァ――――――!」

またもや海上に、『ポチャン』と落ちた賢治であった。

「そ、そんな攻撃もあったのね……」

『ケンジ君、ごめんなさい! 頭上で竜巻は起こせないんだけど、粉を巻き上げるって言い忘れてた……』

「いや、油断した俺が悪いんだから謝る必要はないよ。愛霧ちゃん、もう一度お願いします!」

痺れが治まった賢治は、制止しているポイズン・スプリンクルの頭上に移動。

『ケンジ君、頑張って! じゃあ行くよ!』

先ほどと同様、敵は高速で羽を上下させた。賢治はすぐに敵の真後に移動する。それに合わせ敵も体を反転させ垂直にし、巨大な竜巻を造り出す。引き込まれる直前に上空へ移動。上下の羽ばたきが始まったら後方へ。それを何度も繰り返して身体に叩き込んだ。

「よし、タイミングは覚えたぞ!」

『ケンジ君、完璧だね! この調子で次行っちゃおうか!』

「はい! もう油断はしません!」

『次はね、四次元の早疾(そくしつ)()で行ってみましょうか。全長は三メートルってとこね。資料にも載ってたと思うけど、特徴はそのスピード。地上と空中のスピードはほぼ同等。このスピードを上回る事が出来たら、デス・ワームなんか止まって見えると思うよ』

「かなりのスピードって事ですね」

『うん、攻撃を避ける訓練には最適かもね。ちなみに攻撃は金棒と眼力の二種類。金棒は力任せに振り回してくるわ。眼力は厄介なんだけど、早疾鬼は通常瞬きをしないの。でも、眼力を使う時は一度目を閉じるわ。その目が開いた時から、三秒の間に視線を合わせてしまうと金縛りをかけられてしまうの。だから、攻撃を避けながらも早疾鬼が目を閉じるのを見逃さないようにしないと危険だわ』


てきぱきとした声で敵に対する説明が終了した。既に早疾鬼はその姿を現している。体は鉛色で、見た目はパンツ一枚の強面のおっさん。場所は、電車も走っていないし車も人もいない渋谷の駅前である。

「了解です、お願いします!」

賢治はハチ公の銅像前に降り立った。早疾鬼は、すぐにその存在に気付き何故かゆっくりと近づいてくる。

「あれ、やけにゆっくりだな……」

不思議に思っていた賢治の目前で立ち止ると、早疾鬼はスッと目を閉じた。

「こ、これは眼力だ! 確か三秒間だったな……あれ、俺も目を閉じるのか?」

小首を傾げながらも取り敢えず目を閉じた賢治は、『一、二』と数え始めたのだが、数え終わる前に電流が全身を駆け巡った。


「グハギギギィイデデデェエェエ――――――――!」

目を開けると、賢治の頭には金棒が振り下ろされていたのであった。

当たり前である。

痺れの治まった賢治は、目前で制止している早疾鬼にぐっと睨みを利かす。

「目を閉じた瞬間に逃げなきゃいけないんだ。よし、逃げ続けてやる! 愛霧ちゃん、お願いします!」


 その言葉と同時に、早疾鬼がポキポキと音を鳴らして首を左右に振った、と思った瞬間、桁外れのスピードで金棒が振り下ろされた。

が、賢治の反射速度がコンマ何秒か上回っていたようで、その攻撃を右に交わすと瞬時に駆け出しツタヤの前で立ち止る。

と、全身の毛が逆立つような気配を後方から感じた。振り向いた時には眼前に金棒。それに驚き薄皮一枚で交わし後方に飛ぶ。


肌がちりつくような感触。今まで感じた事がない、とてつもない緊張感が賢治を襲う。早疾鬼は、賢治が後方に飛んだと同時にそれについてきている。周りの景色がはっきり見えないほどに速く動いているのに、敵の姿ははっきりと見える。

賢治は地を蹴り上空へ。早疾鬼の姿が小さくなるほどに飛び上がったと思った刹那、瞬く間に眼前に現れた。早疾鬼は、ニヤリとした直後に目を閉じた。

賢治は、さらに上空に舞い上がった。三秒間は下を見てはいけない、自分に言い聞かせるように、そう呟く。


もう真下にいるんじゃないか……。

背後に回り込もうとしてるんじゃないか……。

先走る焦燥感が賢治を襲い続ける。

三秒と言う時間が、こんなにも長く感じられたのは初めての事だった。

「……三!」

上昇を止めた賢治は、下にいるはずの早疾鬼に視線を送る。

「……い、いない?」

真上で気配を感じた。戦慄を感じ見上げた刹那、早疾鬼の閉じられていた目が開かれ、賢治の身体は指一本さえも動かなくなった。

そんな賢治を嘲笑うかのように、早疾鬼は凶悪な笑みを浮かべ右手に握られた鉛色の金棒が振り下ろされる。


と、その瞬間に早疾鬼の動きが制止し、同時に賢治の身体は自由を取り戻した。

どうやら、愛霧がポーズをかけてくれたようだ。

賢治は、息を止めていた自分に気付き、慌てて大きく口を開き酸素を体内に取り込んだ。

「……は、早過ぎる」

『ケンジ君、少し休憩入れようか?』

その声に賢治は無言で頷き、コンピュータールームに戻ると崩れるように椅子に腰掛けた。緊張の糸が解けたからか、全身を急激な脱力感が襲う。気付くと、手足は痙攣していた。

「大丈夫? 今日はもう止めとこうか……」

「……そうですね、と言いたい所なんだけど、ここで逃げたら癖になりそうだから。もう少し頑張ってみるよ」

そう言って、立ち上がろうとしたが足が言う事を聞いてくれず、力尽きるようにその場に崩れ落ちてしまった。

「ちょっと大丈夫!」

「す、すいません。俺、カッコ悪いね……」

賢治は情けない気持ちで一杯だった。いくら初日だとは言え、ただ攻撃を避けるだけの訓練なのだ。それも、相手は本物ではない。本当に自分は役に立てるのだろうか、逆に足を引っ張る事にならないだろうか、と考えていると、目の前がキラキラと煌いている事に気付いた。


「ぱらぱらぱら――」

と、聞き覚えのある声が後ろから聞こえたので振り向くと、満面の笑みを浮かべた桃子が立っていて、賢治の頭上で銀色のアルミを開き煌く粉を振りかけていた。


「え? こ、これってさっき……」

賢治は、即座に死を認識した。よもや自分の最後が少女の誤りによる、『溶解死』だとは想像だにしなかったが、これもまた人生、と何故か受け止める賢治であった。

――享年二二歳、若すぎる息子の死を、両親はどう受け止めるのだろうか。そうか、記憶の改竄が行われるから悲しむ事はないのか……。


ごめんよ、母ちゃん。なんも親孝行してやれんかったね。

ごめんよ、父ちゃん。東京に出て行く俺を、「ばかちんが、男が涙ば見せる時は、子供が生まれた時と、家族が死んだ時たい!」そう言って、見送ってくれた父ちゃんの瞳が、涙で潤んどったのを知っとるけん。

ここに入社するまでは、なんの変哲もない平凡な人生だったな。そう言えば、幼稚園の時に仲の良かったカズ君が引っ越して一日中わんわん泣いたっけ……カズ君元気にしてるかな。


そうか、両親に孫の顔見せてやる事ができないんだ……こんなことなら、大学なんて行かずに地元企業にでも就職して、お見合いでも良いから結婚していれば……。

いたたまれない気持ちで胸が一杯だ……ん? 

「あれ? 溶けてない……あれ? 体がなんだか軽い感じがする……」


賢治はすぐに立ち上がった。手も足もちゃんと付いている。視線を移すと、桃子が胸の所で腕を組み、プクッと頬を膨らませていた。

「モモは、そんなドジな子じゃないです! 今のはリカバリーパウダーです。細胞が劣化してしまうので、一日に一度しか使えませんけど、体力を回復させるんです!」

「そんな粉もあるんだ……ありがとう、モモちゃん! よし、体力も戻ったしもう一度お願いします!」


賢治は、勢い良く早疾鬼目掛けて飛んで行った。

『じゃあ、ケンジ君、始めるよ!』

その声と同時に、早疾鬼は動き出した。賢治は全神経を限界まで研ぎ澄ませ、相手の動きを注視する。

早疾鬼が、驚異的な早さで金棒を振り下ろす。賢治はその動きに対応して、素早く左に駆け出す。その動きに敵はなんなく付いてくる。

もっとだ……もっと速く動くんだ、そう自分の身体に指令を出す。

賢治は急速に上昇した。なのに敵は目と鼻の先にいる。

直角に向きを変えて左に飛んだ。が、まだ眼前に敵はいる。


もっともっと速くだ、動け俺の身体! そう細胞に厳命を発する。

振り下ろされた金棒の攻撃を回避、急速に下降。地面すれすれで上昇に転じる。ほんの少しだけ早疾鬼が遅れた気がした。

賢治は上空でピタリと動きを止めた。直後、早疾鬼が眼前で動きを止め瞼を閉じた。


『……一』雲を切り裂き上昇を開始する。

『……二』頭の中で警笛が鳴り響き、全身を恐怖が蝕む。

『……三』瞬時に上昇を止め、祈る思いで真下に視線を送った。


まさに鬼の形相で、早疾鬼が迫ってきていた。たぶん一秒にも満たない差なのだろうが、その差は動けば動くほどに広がって行く。もう早疾鬼に追いつかれる事はなくなった。

『ケンジ君すごいじゃん!』

「フゥ……」

安堵の息が漏れた。それと共に達成感が賢治の全身を包み込んで行き、大空で手足を一杯に広げて喜びを噛み締めた。


「ッシャア―――――――!」


賢治が戻ると、まるで自分の事のように喜んでくれている二人の姿があった。

「二人のおかげだよ。ありがとう」

「ううん、ケンジ君が頑張ったからだよ。そうだ、もう一四時過ぎてるし休憩しようか?」

「え、もうそんな時間なの? ごめん、俺に付き合わせちゃって……」

その時、扉が開いて波紋が顔を覗かせた。

「どうやら、前半戦は終わったみたいね。じゃあ、みんなでご飯にしましょうか?」

「わ――い! ご飯だ、ご飯だぁ!」

桃子は、両手を上げてピョンピョン飛び跳ねている。

「すみません……夢中になって時間の事忘れてました」

みんな、俺が終わるのを待っててくれたんだ、そう思うと、なんだか心の中が暖かくなる賢治であった。

サイバールームを出ると、サスケがメニューを咥えて近寄ってきて、

「お疲れさん。頑張ってるみたいだな。腹が空いただろう、すぐに転送してやるから食べたい物を選びな」と、尾をひゅんひゅん振り回して言った。


しばらくして、「まずは、モモちゃんからだ」と、サスケが言うと、桃子のデスクの一部にモザイクがかかり、すぐにその形がはっきりと現れた。

「モモのお子様ランチきましたぁ!」

歓喜の表情を浮かべ、大はしゃぎだ。次々に各自のテーブルに料理が置かれて行った。全ての料理が届いた事を確認した波紋が両手を合わせ、「では、頂きます!」と声を上げる。

メニューを見た瞬間から、思い出したように腹の虫が鳴き出していた賢治は、声と同時にすごい早さで唐揚げ定食ご飯てんこ盛りを平らげたのであった。


「ケンちゃん、食べるの早いですね!」

あまりの早さに、隣の桃子が驚いている。どうやら、逆に食べるのが遅い桃子のプレートは、まだ半分以上のおかずと日の丸の旗が立っているチキンライスが残っていた。

「だ、駄目ですよ、モモのご飯はあげません! ……でも、どうしてもって言うのなら……このハンバーグ半分あげても良いですよ……」

今にも涙が浮かんできそうな切実な表情で、シュンと俯いた桃子がとても可愛くて、

「違うよ、可愛いご飯食べてるなって思って見てただけだよ。もう俺はお腹一杯だから大丈夫、ゆっくり食べなよ」

と、笑顔を浮かべると、パッと桃子の顔が明るくなり賢治に白い歯を見せた。

「そうだったんですか! でも別に、モモはあげても良かったんですから!」

「ありがとう、その気持ちだけ頂くよ」


そう言って、バッグの中から生物の資料を取り出し後半戦の為に目を通し始めた。

「波紋ちゃん、ケンジ君すごいんだよ! もう早疾鬼の攻撃全て避けれるようになったの」

愛霧は、クリームパスタを皿の上でクルクルとフォークに巻きつけながら、横にいる波紋に

話しかけている。

「マジで、斎藤ちゃんすごいじゃん! さすが日本人代表!」

と、顔を覗かせた波紋が賢治に微笑みかけてた。

「いや、まぁ、かなり苦戦はしましたけど、なんて言うんですか、その、覚醒って言うんですか、でもそんな大した事じゃないですよ、はい」

やはり、波紋に褒められるとゾクゾクする賢治であった。やっぱ俺って結構素質あんのかな? そう思った矢先、その小声が耳に忍び込んできた。


「あ、マヤは三分で早疾鬼を倒したんだったね……」

「ちょっと、波紋ちゃん、ケンジ君に聞こえるでしょ!」

愛霧がチラッと視線を送ったのは視界の端に入っていたのだが、当然聞こえていないふりをした賢治であった。


 小一時間ほど休憩をした賢治は、愛霧に頼みサイバールームに移動した。

「じゃあ、後半戦は攻撃の訓練してみましょうか!」

「はい、お願いします!」

ぐっと奥歯を噛み締め、爪がめり込むほどに拳を強く握り締める。

「基本的には、生命活動ゼロパーツと言う部位がどの生物にも存在するから、そこを攻撃する事になるんだけど、例えば同じデス・ワームでもその部位は違う事が多いの。だから毎回サーチシステム使って調べるのね」

「なるほど」

「まずはデス・ワームからやってみましょうか。ちなみに部位は昨日と同じチャクラの位置ね。武器なんだけど、凍てつく槍は慣れないと命中率が低いから、今回は接近戦用の凍てつく刃にするね。デス・ワームは再生スキルを持っているから、氷系の武器で細胞を凍らせて再生できないようにしてるの。武器は、その腰に付いている柄の部分を引き抜けば、刀身が転送されてくる仕組みになってるからね」

「了解しました! じゃあ、お願いします!」


絶対に一撃で終わらせてやる、そう強く心に誓った。

愛霧の操作と共に、サイバースペースにデス・ワームが出現した。場所も同じく、レインボーブリッジの真下。

賢治は敵目掛けて飛び立ち五メートルほど手前で制止、腰に付いてる刀身のない柄を抜き取り、愛霧の指示と武器の転送を待つ。

敵は賢治の存在に気付き雄叫びを上げている。

すぐに愛霧の声が聞こえてきた。すると降ろしていた右手にほんの少しだけ重みを感じたので、腕を上げ刀身を正面に伸ばした。

長さは一メートル程で、透明の氷で覆われ冷気を上げている。その鋭い光を放つ先端を賢治はじっと見つめた。


「意外に軽いんだな、この切っ先を敵の眉間上部に突き刺せば、クリアだ。行くぞ、デス・ワーム!」

賢治は掛け声と共に猛スピードで突っ込んで行った。迎撃態勢のデス・ワームは鋭い牙を剥き出し雄叫びを上げる。その牙が眼前に迫った瞬間、体を反転させて真後に移動。

まるで、デス・ワームの動きがスローモーションのように感じた。いつでも、ゼロパーツに切っ先を突き立てる事が出来るのだがミスは許されない、と気を引き締め何度も攻撃を交わし続け、敵が賢治を見失った瞬間を見逃さなかった。

上空から急下降している途中に右手で刀を構え、凍り付き鋭く光る切っ先を、デス・ワームのチャクラの部位に突き立てた。

直後、断末魔の叫び声と共にデス・ワームはその姿を消した。


『ケンジ君、完璧ね!』

「次、お願いします!」

少しだけ右手が軽くなった。視線を落とすと、凍り付いた刀身の部分が消えていた。

『スピードは文句なしだから、次はコンビプレイの生物と対戦してみて!』

「コンビプレイですか?」

『四次元の生物で、牛頭(ごず)()馬頭(めず)()のコンビよ。攻撃は牛頭鬼の方が、形状が変化するムチ。敵対者に当たる瞬間に槍になったり、巻き付いた瞬間に鋭いトゲを出したり、全ての変化はまだ判明していないわ。馬頭鬼の攻撃は幻影、敵対者に幻を見せる事が出来るの。ゼロパーツの場所は、牛頭鬼が向かって左の角で、馬頭鬼が人間で言う所の心臓よ。ただし、鬼族の体はとても硬くて、普通の武器では傷一つ付ける事ができないの。でも、火に弱い特性があるから炎系の武器なら貫ける。武器はフレイの刃を送るわ。ちょっと大変だと思うけど頑張ってね!』

「了解です!」


賢治の三メートルほど前方に、牛頭鬼と馬頭鬼が現れた。大きさは早疾鬼と同じで、三メートル位だろうか。牛の顔と馬の顔をした、マッチョな人間の体をしているが、お尻からはちゃんと尾が生えている。

渋谷の街並みが消え、賢治がいる場所から半径二十メートルほどだけ野原が広がり、周りには大きな杉の木がうっそうと生い茂っている。さっきと同じように右手が少し重くなったのを感じたので、視線を落として確認してみると大きさは変わらないのだが、形状はノコギリの刃ようにジグザグになっている赤熱色の刃が現れていた。

『ポワ』っと刃先に炎が灯ったと思ったら、一気に広がり柄の部分から先は油をかけたように燃え盛っている。だが不思議と熱さは感じない。賢治は柄を握る拳に力を込めて、「お願いします!」と、声を出した。


賢治は、まず敵の動きを見極める事から始めた。

牛頭鬼が右腕を上下に動かすと、手に持っているムチがしなり、そのムチ先が賢治に襲いかかる。ギリギリまでその動きを見つめる。

それほど早くはないな、と思いながら上空に避けた瞬間、先が網のように広がった。

「うわっ、もう少し遅れてたらヤバかったな……」

十メートルほどの上空で賢治は制止していた。その直後、突如上空に巨大な竜巻が発生。

「あれ? ポイズン・スプリンクルも参戦するって言ってたっけ?」

しかし、その竜巻の大きさは、さきほどの物とは比較にならないほどに大きかったので、このまま上空にいる事に危険を感じた賢治は、すぐさま下降を開始。

並んで立っている敵の少し離れた場所に着地した時、馬頭鬼がニヤッと顔を歪めたように見えた。


直後、腹部に軽い振動と違和感があり、視線を落としその事実に愕然とした。

「ム、ムチなんて使ってないぞ!」

すぐさま前方の牛頭鬼に視線を戻すと、ゆらゆらと揺れて消えていった。

驚愕を浮かべ即座に振り向くと、胴体に巻き付いている黒いムチは、二メートルほど後方に立つ本物の牛頭鬼の右手につながっていた。どうにか脱出できない物かと思考を開始した直後、胴体に巻かれたムチから金属のトゲが飛び出し賢治の体に突き刺さった。


「イィィダァダァダダダィイデエェ――――――――!」


『ケンジ君、気付いた? 上空の竜巻も馬頭鬼が作り出した幻影だったのよ』

「そうか、だからあんなに大きかったんだ……もう一度お願いします!」

『ケンジ君、ヒントは洞察力よ!』

「洞察力? どう言う事だろう……」


考えがまとまらなかった賢治は、取り敢えず十メートルほど上空へ舞い上がった。上空から敵を見下ろすと、離れていた二体が並んで賢治を見上げている。

「あいつらの動きに、なんらかのヒントがあるんだろうな……」

そう思案していると、急に辺りが暗くなりゴロゴロと地鳴りのような音が鳴り響き、幾本もの青白い閃光が地上を襲い始めた。

「模擬訓練中でも天候は変わるのか? 取り敢えず地上に降りるか……」

視線の先にいる二体は、その場所を動く事なくじっと賢治を見上げている。急速に下降して五メートルほど離れた二体の正面に着地しようとした。その動きに合わせて、馬頭鬼が先の尖った大木をぶん投げてきた。鬼族は怪力なのか、そのスピードに余裕を感じる事はできない。

大きな杉の木が視界の右隅に映っていたので、素早く左に避けた瞬間、牛頭鬼が放った黒いムチの尖端が槍に形を変え迫り来る。


「う、うわっ!」

ぎりぎり追い付いた思考は、反射的に身体を右に移動させる。

既に、馬頭鬼が投げた大木はその場所を通過していたのだが、視界の隅に映った大きな杉の木の存在を忘れていた。ぶつかると思って体に力を入れたのだが、賢治の身体はその杉の木をすり抜けていた。


「こ、これは幻影だったのか……もしかして、ぶん投げて来た大木も幻影だったんじゃないか?」 

そう思い、後方に広がる平原に視線を移した。やはり、それは存在していない。

確信を得るまでには達していないが、脳裏に一つの推測が浮かび上がった。 

馬頭鬼が幻影を使い、賢治の行動範囲を狭めて動きを予測する。なんらかのサインを牛頭鬼に送り、そこに攻撃を仕掛けてくる。考えてみれば単純な作戦ではあるが、実物との見分けがつかない幻影攻撃は十分にその威力を発揮する。


賢治は、攻撃をギリギリで避けながら馬頭鬼の動きを注視していると、ある事に気付いた。――そう言えば、一度も瞬きをしていない。そして、幻影を仕掛けてくる時には必ずと言っ

ていいほど、その眼球の動きと牛頭鬼の動きが一致している。

その推測に確信を得るためにも、しばらく攻撃を避け続けていると、二体が賢治の五メートルほど先で立ち止まった。直後、牛頭鬼がしなるムチを賢治に放った。


しかし、賢治は馬頭鬼の眼球から視線を離さない。横に牛頭鬼がいて攻撃しているのに、馬頭鬼の目は左の森から賢治に向けられた。

――攻撃している牛頭鬼は幻影で、本物の牛頭鬼は右手の森の中に身を潜めている!


目前に、鋭く光る金属の矢に変化したムチ先が迫っていたが、賢治はその場から一歩も動かず柄を握る右手の拳に力を込めた。

寸前まで迫った金属の矢先を賢治は避けようとしない。違和感を感じ取ったのだろう、馬頭鬼はすぐさま森に視線を向け雄叫びを上げたが、既に牛頭鬼は森の中から姿を現し右手に持ったムチを黒い短剣に変化させ、賢治に襲いかかってきていた。

賢治は牛頭鬼に身体を向け、フレイの刃を上段で構えた。刀身からは深紅の炎が浮かび上がり、その炎は賢治の心を映し出しているかのように勢いを増す。


 牛頭鬼の攻撃を屈むように左に交わし、深紅の炎に包まれたフレイの刃で赤い剣筋を閃かせた。鬼族の体は硬いと言われていたので、多少の衝撃があるものだと思っていたのだが、軽微な振動さえ伝わる事はなく、牛頭鬼の右の角は真二つに切断された。

断末魔の叫び声と共に牛頭鬼は姿を消した。


「後は、お前だけだな」

燃え盛るフレイの刃を構え直した賢治を見て、馬頭鬼は森の中に逃げ出した。賢治は瞬時にその後を追いかける。スピードの差は歴然で、すぐに馬頭鬼の背中を視界に捉えた。逃げていた馬頭鬼が立ち止って振り返り、右足で土を後方に蹴り上げ唸り声を上げて威嚇している。

賢治はフレイの刃を下段で構えたまま、その場で制止していた。威嚇はするものの、襲いかかって来る気配は感じられない。

それは何故か……賢治には理由が分かっていた。


 賢治はフレイの刃を構え直し、視線を頭上に移した。その視線の先には、尖った太い枝を手に持ち鼻息を荒くした馬頭鬼が迫ってきていた。

「お前が幻影を作り出して、木の上に飛び乗ったのは見えてたんだよ。残念でした」

賢治は炎に包まれたフレイの刃を、馬頭鬼の心臓に突き立てた。

断末魔の叫び声と共に、馬頭鬼とフレイの刃も姿を消して、「……フゥ」と息を吐き出した賢治は、その場にしゃがみこんだ。


「……疲れたぁ」

『すごいじゃん! やったねケンジ君!』

「いやいや、愛霧ちゃんのヒントのおかげだよ」

『ケンジ君、もう少しで退社時刻だし、今日はこれで終わりにしましょ』

「了解です、戻ります!」


――もうそんな時間か……しかし、殺陣なんか経験もないのに上手い事いくものだな。これも思考の具現化ってやつなのか?

そんな事を考えながらサイバールームを出ると、何故か舞夜が席に座っていて出てきた賢治に鋭い視線を送っていた。

「あれ、なんで舞夜さんがいるんですか?」

「こっちは会議で忙しいのに、あんたがどの程度やれるのか見に来てやったのよ。あんたがヘマしたら私にまで危険が及ぶんだから不安になるでしょうが」

そう言って、手に持った書類をデスクで叩き整えた。

「そうですよね。不安になりますよね……」

「今の戦いをモニターで見てたけど、進化もしてない生物相手であんな調子じゃ話しにならないわよ。ま、初日だからあんな物かも知れないけどね。じゃ、お疲れ様」


整えた書類をバッグに入れて、舞夜は立ち上がり扉を開けて出て行った。

「ケンジ君、マヤはあんな言い方してるけど、かなり飲み込み早いと思うし、明日もこの調子で頑張りましょうね!」

と、愛霧が賢治の横に立って笑顔を見せた。

舞夜に追いつく事は並大抵の事ではないとは分かっていたが、最低でも援護が出来る位にはならないといけない、賢治はそう強く思っていた。

「はい! 頑張ります!」

 すぐに退社の時間になり、四人は会社を出てそれぞれの方向に別れ、賢治は人混みの中を歩いていた。周りにいるスーツ姿のサラリーマンと同じ格好をしている賢治だが、やっている仕事の内容はかけ離れている。

賢治を見て、地球の為に戦ってる人なんだ、と分かる人は誰もいない。異次元の生物を処断したからと言って、日本の人達に拍手される事も表彰される事もない。

仮に異次元の生物に殺されたとしても、誰もそれに気付く事はないし親族や友人は賢治が存在していた記憶を消されてしまう。

そう思うと、無性に切なくなった。


沈んでいた気持ちをなんとか切り替え自宅に戻り、その足で風呂場に行き汗を流した賢治は、ガッツリと晩飯を食べて床に寝ころんでいた。

「いやぁ、今日は疲れたな……しかし、プロテクトアーマーってのは凄いな。あれだけ追い詰められた早疾鬼のスピードに、数時間で追い付いて追い越しちゃうんだからな。しかし、ある一定まで思考を具現化するわけだろ。と言う事は、身体能力と動きは無関係って事なのかな? じゃなかったら、すぐにスピードが変化するのはおかしいしな……でも、反射速度は身体能力に比例すると思うけどな……ま、分かんない事考えても意味ないか……まだ寝るには少し早いけど、明日に備えて布団に入るとするか!」


部屋の電気を消して、布団にもぐり込み瞼を閉じた。明日の模擬訓練の事や、いつ実家の福岡に帰ろうか等と考えている内に、その思考は遮断され始めた。

「えっと、デス・ワームを……ゼロパーツが……転送…………それが…………」

突如、けたたましいサイレンが頭の中で鳴り響いた。


『非常招集発令! 次元の亀裂発生! 直ちに集合せよ!』


「うぅわわっ!」

驚いた賢治はすぐに布団から起き上がり、「レ、レギリス!」と声を張り上げた。寝ぼけていたせいか、プロテクト・アーマーの上からスーツを着始めたのである。

「な、何やってんだ俺は!」

急いでカギを手に持ち玄関を開けて施錠をし、会社に向かって走り出した。

「ん? なんで俺は走ってるんだ? 高速で会社に移動だ!」 

賢治は会社に向かって慌てて飛んで行ったのであった。


 既に、賢治を除いた全員は席に着き映し出されている映像に目を向けていた。

「お、遅くなってすみません……」

怒鳴られるかと思い委縮して席についたのだが、舞夜の表情はそれとは対照的な物だった。その視線の先に浮かんでいる映像とデータを見て、なるほどな、と賢治は思う。

どうやら、相手がデス・ワームであり、その現場が群馬県の民家のない山間部なので、今回の処断は楽に終える事が出来ると踏んでか、余裕の表情を浮かべているようだ。


「しかしさぁ、こいつ等には種族間での情報交換ってないのかしら? どうせすぐに処断されちゃうのにさ……そうだ、今日はケンジが処断しなさいよ! デス・ワームなら楽勝でしょ? じゃあ、みんな出動よ!」

その声に、引きつった表情を浮かべた賢治の返事を聞く事もなく五人は現場に急行した。


――まぁ、デス・ワームなら大丈夫だろ。たぶん……。


 五人が現場上空に到着する手前で、賢治は人影が二つ浮かんでいる事に気付いた。

「ん……?」

「……あの二人はなに?」

その存在に気付いた舞夜も、二人の正体が分からないようだ。

浮かんでいた人影が雲の隙間から射し込んだ月明かりで照らされ、うっすらとだがその姿形を映し出した。


一人は、ベレー帽を被り軍服を着たブロンドの女性。

「……ん?」


もう一人は、牧師の格好をした十字架を手に持つ少女。

「あ……れ?」


向こうも賢治達の存在に気付いたようで、視線を投げかけてきた。

「あっ! あいつらこの前のコスプレ女だ!」

「誰が、コスプレ女やねん! しばいたろか!」

その特徴のあるハスキーな声で鋭く言い放ち、怒りを露わにした軍服ブロンド女は、稲妻のような閃光を放つ青眼を剥き出し賢治を睨んだ。


「ま、それはえぇとしてや、日本のプロテクトアーマーは遅れてんなぁ。うちらの見てみ、アメリカのはファッション重視やから透明やで」

そう言って、クルリと体を回転させた。続いて隣の少女が、十字架を両手で握り締め祈りを捧げる。

「主よ、罪深き哀れな迷える子羊達をお許し下さい……」

 二人の発言を聞いた舞夜は、驚きを隠せずにいた。


「あ、あんた達……もしかして、アメリカの特殊部隊に所属してる二人組……」

「マヤ、それどう言う事……」と、波紋が聞いた。

「アメリカは国土が広いから、日本のように少人数ではないのよ。ペンタゴン(アメリカ国防総省)が管轄している特殊部隊があって、そこでこの二人は抜けた存在みたいね。ただ、スキルはずば抜けてるんだけど、性格に問題があって謹慎処分を受けたらしいの。まさか日本に来ていたなんて……」


舞夜は、露骨に顔をしかめ突き刺すような視線を二人に送っている。

――そうか、単なるコスプレ女じゃなかったんだな……でも、仲間なんだから問題ないんじゃないの? 


「ま、謹慎処分受けたんはほんまやけど、日本に来た理由はちゃんとあんねんで。これから先、ゼロ次元の生物が現れた時に、あんたらだけではとても日本を守れへんやろうって事で、『日米安保条約第五条:日本国の施政の下にある領域における、いづれか一方に対する武力攻撃に対しては、共通の危険に対処するように行動する』に基き、大統領の指示を受けてうちらが派遣されたんや。せっかくやから自己紹介しとこか。うちが、シンディ・アンダーソン。ちなみにうちのおとんは、海軍の特殊部隊ネイビーシールズの大尉や!」


さすがに軍隊の敬礼がさまになってる。しかし、何故関西弁なのかは不明である。


「私は、クリスチャン・ミラーと申します。ちなみに、ひいおじい様はプロテスタントバプテスト派のキング牧師で御座います。あなたがた懺悔なさい……主はお許し下さいます」

「はぁ? 懺悔するのはあんたらでしょうが! 日本の事は私達がちゃんとやるから、さっさと地元に帰りなさいよ!」

と、舞夜が人差し指を立てて空にかざした。


ふと、賢治がかざされた指先に視線を送ると、雲の切れ間に浮かぶ夜空にまるで時を忘れてしまうほどの美しさで、沢山の星達が煌いていた。その中でも、一際その存在を主張しているのが、獅子座を形成する一等星のレグルスだ。まだ幼い頃に、父親に教えてもらった星の名前を未だに覚えているものなんだ、となんだか心がほんのりと暖かくなった。


――確か獅子座の人の特徴は……親分肌で姉御肌……あ、舞夜さん、もしかして獅子座じゃね? ズバリ当たったら驚くかな?

「舞夜さんの星座は獅子座じゃないですか?」

「はぁ? あんた死んだら」

 その瞳には、哀れな生き物を見る眼差しと、濃い軽蔑の色が混じり合わさっていた。

 完全に今の状況を忘れていた賢治であった。


「す、すみません……」


「ぐ、ぐひゃひゃひゃひゃ、めっちゃおもろいペットこうてるやん。それ何処で売ってんの? ドンキか? 百均か? ま、うちはよう買わんけどな。クリス、この珍獣含めて、うちらが狩りをする間だけ、じっとしといてもらおか?」

そう、シンディが言うと、クリスと名乗る少女はこくりと頷き手にした十字架をスッと天にかざした。

「主よ、罪深き哀れな迷える子羊達に休養をお与え下さい!」

すると、その十字架から大量の光が放出された。あまりの眩しさに掌で目を隠そうとしたがピクリとも身体が動かない。

「……あれ、あれ、なんだこれ?」

「あんたらは、うちらの狩りを見物しとき。狩りが終わったら動けるようにしたるさかい」

「ふざけた事言ってんじゃないわよ!」

と、もの凄い剣幕で怒鳴り声を上げる、舞夜。


しかし、それに臆する素振りは微塵もなく左眉をピクリと上げて、シンディは嘲笑を浮かべ、

「えっと、なんやったっけ……お漏らしする子供ほど夜中にジュース飲む。いや、ちゃうな……偉そうに、やれば出来る言う奴ほどほんまのアホ。これもちゃうわ……そや! 思いだしたわ、確か日本では、弱い犬ほどよう吠えるって言うらしいな?」


その挑発的な発言に対し配属初日に垣間見た、あの般若と阿修羅が美少年にダブル憑依したらこうなるのか、と言う表情を舞夜が浮かべかけた時、一瞬だけその視線がデス・ワームに向けられた。

「……まぁ、いいわ。じゃあ、あんたらのお手並み拝見と行こうじゃない。デス・ワームは、『リスク三』まで進化してるわ。これ以上進化させたら厄介な事になるし、さっさと処断しなさいよ」


賢治には、舞夜は人間に被害が及ぶ可能性がある事を危惧して、そう言っているように見えた。他の三人は、舞夜とシンディとのやり取りの行方を見守っているようだ。

 その時、デス・ワームが奇声のような声を発した。


「『リスク四』の進化を遂げたみたいね……」

舞夜が不安な表情を浮かべ、地上を見つめている。その視線の先にいるデス・ワームは、両側に着いているおびただしい数の足が長く伸びていて、その間にはコウモリのような黒い翼がつながっている。体からは剣山のように、無数の細長いトゲが突出していて、その先からは紫色の液が滴っている。さらに体の後部が蜘蛛のように膨らんでいた。


「ほな、クリスから行くか?」

シンディは、まるでその進化を喜んでいるような顔付きだ。こくりと頷いたクリスは、

「宿命を背負いし異次元の住人よ、イエスの名のもとに、その罪と罰をあたえん。ホーリー・アロー!」

と言い放ち十字架を天空にかざすと、まるで闇夜を切り裂くかのように大量の光る矢がデス・ワームに降り注いだ。

身体に無数の矢が突き刺さり、デス・ワームは悲鳴を上げている。


「す、すげぇ……あれ? ゼロパーツが破壊されたら消えてなくなるんじゃなかったっけ? 舞夜さん、デス・ワームが消えてませんよ?」

舞夜は、表情を硬くして無言で二人を見つめている。


「今度は、うちの番やな! 今日は、プルトニウムスピアで行ったろか!」

シンディの左手に、白銀色に輝く長大な金属の槍が現れた。その時に、デス・ワームの長く伸びた無数の足が高速で上下運動を始め、大量の土煙を巻き上げその長い巨体をくねらせながら飛翔を開始した。

「飛んで逃げようなんか、ガムシロップと蜂蜜入れたココアより甘いわ! ファッキュー!」

その掛け声と同時に放たれた槍は、その圧倒的なスピードで空気との摩擦熱によって燃え盛る炎を纏い、耳を劈くような音を立て片方の翼を貫きそのまま巨木に突き刺さった。

片方の翼の自由を奪われたデス・ワームは巨木にぶら下がる格好になったが、その翼を自らの力で引き千切り、すぐさま飛翔を開始。


「あ、あいつら、わざとゼロパーツを外して狩りを楽しんでる……」

舞夜が、ギリリと歯を鳴らした。偶然なのかは分からないが、デス・ワームは体をくねらせ姿の見えていない筈の二人に向かって来ている。

その後方に賢治達はいる、指一本動かぬまま。


「こ、これ、ヤバいんじゃないですか! 俺達動けないんですよ!」

なんとか体を動かそうと試みたが、ピクリとさえしない。

「クリス、あいつら可哀そうやし守ったってな」

そう言って、シンディが左瞼を一瞬だけ閉じると、コクリと頷いたクリスが声を出す。


「主よ、罪深き哀れな迷える子羊達をお守り下さい!」

天空に十字架が掲げられた瞬間、賢治達の周りに何処からともなく光の球体が浮かび上がった。続けざまにクリス。

「宿命を背負いし異次元の住人よ、イエスの名のもとに、その罪と罰をあたえん。グリーフ・オブ・クロス!」 


デス・ワームの頭上に、巨大な十字架の形をした棺が浮び上がった。目を覆いたくなるほどの眩さを放つ棺は、瞬時にデス・ワームを空中で閉じ込めてしまった。

デス・ワームはもがいているが、その棺から出る事ができないようだ。


「はぁ……なんや、ねむなってきたわ……弱過ぎておもんないし、これで終わりにしよか……フリーズキャノン」

なんだかダルそうに言ったシンディの右肩に、一メートル程度の濃緑色をした大砲が現れ、「ふわぁ」と欠伸をしたと思ったら爆発音と共に尖端の鋭い氷の塊が飛び出した。

その尖端が、デス・ワームの喉元に突き刺さると同時に、全身を氷の稲妻が走り抜け、断末魔の叫び声を上げたデス・ワームは姿を消した。同時に巨大な十字架の棺も消失し、賢治達の体は自由を取り戻した。


「やっぱ、いくら進化した所でデス・ワームやと狩りがいがないなぁ、クリス」

その声に、横でクリスがこくんと頷く。

身体の自由を取り戻した舞夜は怒りを露わにして、シンディの眼前に立ち眉宇を細め睨み付けた。

「あんたらが謹慎処分を受けた理由が理解出来たわ。でも、デス・ワームだからあれで済んだかも知れないけど、危険な生物だったらどうなってたか分からないのよ!」

「あんたらにとっては危険な生物でも、うちらにとっては危険でもなんでもないわ」

今の今まで眠たそうな顔をしていたシンディは、舞夜の言動に触発されたのか、その瞳に青白い炎を燃やした。


一触即発の危険を孕んだ空気の中、鼻と鼻がくっついてしまうほどの距離で二人は睨み合った。サアッ、と吹いた夜風で、シンディのブロンドの髪が揺れ、その下の青眼から妖しい光が漏れ殺気が漂い始めた。

「なんや、うちらとやるんか?」

「最初からそのつもりだけど?」

「えらい余裕かましてるやん、二対五か。手頃なハンデやわ、ちょうど良いんちゃう? なぁ、クリス」


シンディは、やけに自信たっぷりだ。その挑発に対して、振り返った舞夜の視線が賢治に突き刺さり何故か真横に飛んできた。

「はぁ? あんたらの相手なんか、この珍獣とで十分だわ」

「そうそう、この珍獣様が……って俺ですか――――!」


「そんな、ベタな乗り突っ込みしてるような、しょうもない男で大丈夫かいな……どうなっても知らんで? ま、その無謀なまでの勇気だけはこうたるわ。同じ種族同士殺しおうても仕方ないし、今日は勘弁しといたる。ほな行こか、クリス」

「主は、あなた方を御救い下さるようです。感謝なさい……」

「はぁ? ふざけた事言ってんじゃないわよ! サスケ、(らい)(きり)(とう)!」

舞夜の右手に握られた柄の部分から先に、怪しい光を放つ日本刀が現れた。


 クリスと飛び去ろうとしていたシンディが、ピタリとその動きを止め、ゆっくりと振り

向いた。

「……それ、確か雷を切ったと言われてる伝説の日本刀ちゃう? えぇのん出すやん、うちもやる気が出てきたわ。ほなうちはこれでいこか、ダーインスレイブや!」


シンディの左手に現れたのは、無数の血が水滴のように滴り、禍々しい光を放つ長剣だった。

「血を求めるとされる伝説の剣ね……面白いじゃない、ッシャ――――!」

「ファッキュ――――!」

二人の刀と剣の刃が激しくぶつかり合い、強烈な火花が飛び散った。そのまま二人の力比べが始まる。力が拮抗しているのか、時間が停止したかのように感じられる。その数分間が何時間にも感じられて、重い沈黙に押し潰されそうになる。


シンディが左下から右上に逆袈裟に切り上げた。舞夜は、飛燕の翻しで交わし最上段からの切り下げ、弾かれたとみるや刺突へと変化、心の臓を目掛けて容赦のない一撃を繰り出す。

すると、シンディは身を捻って交わし振り向きざまに上段から斬り降ろす。

二人とも一歩も引かない。空気がより一層重みを増したように感じる。

舞夜が雷切刀を天にかざした直後、天空から一筋の稲妻が刀に振り降りた。瞬時に、青白い光と音を立てた刃が振り下ろされる。シンディは体を翻しその一太刀を交わした直後、長剣を地面に突き刺した。


突如地鳴りが起きて、地面から無数の血玉が浮かび上がった。その血玉はシンディが抜き上げた剣に付着して行き、その全てが鮮血で染まった。

「意外にやるやん、うちも本気ださなあかんみたいやな」

シンディは、鮮血で染まった剣を上段で構えた。

舞夜は、未知なる攻撃に対し下段で迎撃態勢を取る。瞬きさえも躊躇う重苦しい沈黙。

その沈黙を先に破ったのはシンディ。


「しばくど、ゴラァァァ―――――――――!」

その剣を振り下ろした瞬間、鮮血で出来た刃が舞夜に向かって弾け飛んだ。

「なめんなぁ、ッシャアア―――――――――!」

下段で構えていた舞夜が、そのまま雷切刀を真上に振り上げると熾烈な轟音と共に稲妻の刃が発生し、血飛沫を上げながら飛来した鮮血の刃と激しく衝突した。


その二つの刃は、まるで世界がブレたような衝撃音を発し、大量の閃光と共に消失した。

 誰一人、言葉を忘れてしまったかのように喋らなかった。いや、あまりの激しさに口を開く事が出来なかったのかも知れない。


突如、二人の間に天まで届く光の壁が出来上がった。それでも二人は睨みあったまま動

かない。十字架をかざしたクリスが、少し悲しい色を帯びた声音で静かに言った。

「シンディ、主は同種族間の争いをお望みではありません。主のお導きに従いましょう」

「シット、しゃあないな。この勝負はお預けちゅうこっちゃ。生物はうちらが処断したんやし、亀裂ふさぐんはあんたらや」

「フンッ、あんた、命拾いしたわね」

「ハッ、口のへらん女やわ」

そう言うと、シンディとクリスは飛び去って行き、みんなが舞夜の周りに集まった。既に、桃子は泣いている。


「うぅぅ……モモ怖かったですぅ……うぅ」

「舞夜さん、すみません……俺、なにも出来なくて……」

賢治の肩に、重い無力感がのしかかっていた。そして、何も出来なかった自分に苛立ち歯噛みした。

「ううん、感情的になった私が悪いのよ。でも……クリスが止めてくれなかったら、マジでヤバかったかも知れないわ。取り敢えず、次元の亀裂を塞ぎましょ。モモ、亀裂の場所は何処?」

「グスン……ふぁい。あそこです」

指を差した場所に愛霧が移動して、サスケに転送してもらったジプサムを塗り付けた。

「取り敢えず今日は遅いから、この件に関しては明日話し合いましょ」

舞夜の言葉で、賢治達は東京に向かい自宅へ戻った。

ベッドで横になった賢治は、今日の出来事を思い出していた。時計の針は深夜一時を差していたが睡魔が襲う事はなく、じっと天井を見つめ考えていた。


「あの二人は、とんでもなく強いんだろうな。目的は同じなのにいがみ合うのは変だけど、あの二人のやり方が危険なのが問題なんだな……でも、次の出動でもあの二人とかち合ったらどうするんだろう……」


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