第一話
「ねぇ、聞いた? 夢乃ちゃんの両親、交通事故で亡くなったんだって」
「え? じゃぁ、夢乃ちゃんは? 大丈夫だったの?」
「それが不思議なことに夢乃ちゃんと夢乃ちゃんのお姉ちゃんもその車に乗っていたはずなのに二人の姿は警察の人が来たときには消えていたって」
「えー! なにそれこわーい! 二人はどこに行っちゃったのよ?」
「それがいまだに二人は行方不明らしいよ……。まぁ、あくまでも噂話なんだけどね。でもほんと不思議――――」
ケース9,5:私の友達、夢乃ちゃん
いつもの校舎、いつもの校門、いつもの昇降口、いつもの廊下、いつもの教室、そしていつもの私の席……。廊下側の一番後ろの席にランドセルを置き、私はいつも通り静かに座ったの。そしていつも通り私は自由帳を開き、自分の理想の世界を頭でめぐらせ文章を書き綴っていた。ここでちょっと休憩。周りを見てみると、男子数人がプロレスごっこと言ってお互いに技を掛け合っている。女子数人が笑いながら好きな芸能人の話をしている。女子数人がにこにこと笑顔で自由帳にお絵かきをしている。男子数人がモンスターのまねをしながらゲームの話をしている。そして窓際では女子数人が私を見てなにやら内緒話をしていたの。その光景を見ながら、またいつものことだって思いながら、私は再び自分の自由帳に視線を戻したわ。でもね、何かが足りないの。そんな私の心はぽっかりと穴が空いている。ふと隣の席を見てみる。いつも私の隣で笑ってくれた女の子。なんだか懐かしいな……。一年半前の春、私と彼女は出会ったの。そう、彼女が私の世界をバラ色にしてくれたのよ。彼女の名前は確か……。
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「新四年生のみなさん、おはようございます! 一回り大きくなったみなさん、下級生のお手本となるように一人ひとりが責任ある行動をとって元気よく毎日、先生と共に過ごしていきましょうね!」
「「「「「「「「「「はーーーーーーい!」」」」」」」」」
四年生……。先生は一回り大きくなったなんて言ってたけど私は、去年と何も変わらないと思う。ううん、その前から全然何も変わってなんかいない。みんなも、当然私も……。でもね、この教室の扉が開かれた瞬間から私の中での何かが動き出した気がした――――。
「では、ここで新たなお友達を紹介しましょう! 三國さん、どうぞ入ってきてください」
ガラガラッ
彼女は教室の扉を開けると、ちょっと顔を出して恥ずかしそうにしながらここにいるみんなの顔をちらりと見て、ゆっくりと先生がいる教壇まで歩いてきたの。彼女の顔はここにきて火山のように今でも噴火しそうな勢いで、俯いていてもわかるくらい耳まで真っ赤になっていたわ。
「では三國さん、自己紹介してもらえるかしら?」
真理子先生が優しく彼女の顔を覗き見ながらそう言ったの。すると彼女はコクリと頷き、体をもじもじさせて指を絡めながら、ゆっくりとあいさつをしたわ。
「は、はじめまして……み、みくに……ゆ、ゆめのです。よ、よろしく……お願いします……」
「はい、みなさん、拍手!」
先生はそう言った後、右手の指を左手のひらに打って大きく音を出しながら拍手をする。みんなも先生の後に続けてパチパチと拍手をした。私は遠慮がちに拍手をしながら彼女の顔を見てみたの。するとやっぱり彼女は恥ずかしそうに身を縮めていたわ。その時の彼女は背中に背負っていた赤いランドセルよりも小さく見えたの。そんなかわいらしい彼女を見て二歳になる自分の弟を見るような感じで私は思わず微笑んでしまった。
拍手が鳴り終わると先生は黒板に彼女の名前を書いたの。大きく。「三國 夢乃」って。三國の「國」は「国」じゃないのか~。って心の中で感心していると先生はこんなことを言ってきた。
「三國さんは隣町から引っ越してきたばかりでまだこの町のことを詳しくは知りません。なのでみなさん仲良くして、三國さんにこの町の素晴らしいところやお勧めしたい場所などいろいろ教えてあげてくださいね。あとそれと学校案内もしてあげてくださいね」
先生が言い終えるとなぜか再び拍手が起こったの。パチパチパチって。私もなんでまた拍手するのかわからなかったけど、一応手をたたいた。きっと今の拍手は了解の合図だったんだろうって思う。彼女をふと見てみる。すると彼女は二回目の拍手に大きな目をきょろきょろさせて、おどおどしながらペコリとお辞儀をしたわ。すると彼女の栗色のツインテールがぴょんと揺れたの。なんだかウサギさんみたいに感じてしまった。
「では三國さんの席は……」
そう言いながら先生は、奥のほうを眺める。その時、私は先生と目が合った。すると先生は私にニコリと微笑みかけたあと彼女のほうを向きこう言ったわ。
「廊下側の一番後ろに座っている髪の長い女の子、めいちゃんの隣に座ってくれるかしら?」
先生にそう言われると彼女は「はい」と小さく返事をし、そしてゆっくりとこちら側へ向かって歩いて来たわ。彼女が歩くとクラスのみんなは一斉に彼女に視線を注いだの。特に男子が。それもそのはず。彼女は背が小さく、目がクリクリしていて小動物のように本当にかわいらしかったの。
彼女が私の横の席に到着する。背負っていたランドセルを下して机の横のフックにかけ、そして彼女は着席した。そんな彼女の様子をずっと見ていたら思わず目が合ってしまった。あ、気まずいって思ったんだけど、彼女はちょっと照れながらも私に笑みを投げかけてくれた。すごくうれしかった。だから私も彼女に微笑み返した。ニッコリと。
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一週間くらい彼女の周りには、たくさんのクラスメイトが寄ってきていた。こんなこと言うのは気が引けちゃうけれど、物珍しいものを大勢の見物客が取り囲んでみているようにも思えた。「夢乃ちゃんの趣味は何?」とか「好きな食べ物は? 好きな芸能人は?」とか、揚句の果てには「親は何してる人なの?」「家はお金持ち?」って夢乃ちゃん自身以外の質問をしている人がいたわ。しかし夢乃ちゃんは、やっぱり恥ずかしがり屋さんなのかずっと俯いてどの質問にも「えっと……えっと……」だけしか言わなかったの。そんな反応の鈍い彼女から見物客の興味がなくなるのは本当に早かった。二週目には先週の群がりが嘘のように彼女の周りには見物客が一人もいなくなっちゃったの。横で見ていた私もなんだか寂しい気持ちになっちゃった。
そして一か月たったある日、学校でいつも通り私は一人、休み時間に本を読みながら過ごしていたんだ。そしたらその横でランドセルからガサガサって何かを出す音が聞こえたから思わずわ私は横を振り向いたの。そしたらなんと彼女、ランドセルから手に収まるほどのかわいいクマのぬいぐるみを取り出したの。そしてクマのぬいぐるみを見て彼女は、私に初めてした時と同じ微笑みをそのぬいぐるみにもしたのよ! その瞬間、ものすごく微笑ましく感じちゃった。そんなにこにこしている私を見て、彼女が私にまたその笑みを投げかけてくれたの。彼女が微笑みを私にくれるたびに心が癒されるというか落ち着いてくるんだよね。ほんと不思議な感じ。でもねそんなときにある事件が起こってしまったの。
「あー! 夢乃ちゃん、学校にぬいぐるみなんか持ってきてる! いけないんだー!」
ナナちゃんのこの一言でクラスのみんなが彼女のもとに集まってきた。彼女のもとに再び人が群がったのは一か月ぶりだったわ。
どんどん集まってくるクラスメイト達に彼女は慌ててそのぬいぐるみを机の中にしまったの。
「隠しても見ちゃったもんね~! せ~んせいに言ってやろう!」
その言葉に彼女はえらく動揺し、固まってしまい、声を出せない状態になっていたわ。目だけが誰かに助けを求めるようにキョロキョロさせながら……。私は彼女を助けたかった。でも私もこんな性格だから、ただこの状況につばを飲み込むことしかできずにいたの。本当に自分の性格が嫌い。人ひとり助けることができないんだもの。するとそこに運悪く真理子先生が次の授業のために教室に戻ってきた。すぐにナナちゃんと数人のクラスメイトが先生に駆け寄り、こう言ったわ。
「せんせーい! 夢乃ちゃんが学校にぬいぐるみなんか持ってきてるんだよ!」
先生はその言葉に「あらまぁ」と言い、彼女のもとへと近づいた。そしてこう言った。
「夢乃ちゃん、学校にぬいぐるみを持ってきているってほんと?」
すると彼女は体を震わせながら正直に顔を縦に振った。
「そう……。学校にはね、ぬいぐるみやおもちゃなどの勉強に必要のないものは基本的に持ってきてはいけないのよ。たぶん来たばかりで夢乃ちゃん、寂しいのかもしれないけれど……。でも校則だからね。明日からは持ってこないようにね」
先生は優しげな表情で彼女を嗜めたわ。
「はい」と彼女がか細い声で返事をすると先生は再びニコリと笑い、彼女の頭をやさしくなでた後、教壇へ向かい授業を始める合図をした。
「さぁ、授業を始めるわよ! みんな、宿題ちゃんとやってきた?」
私はふと疑問に思う。校則ってなんなんだろうって。
真理子先生は明るくて優しくて、そのうえ美人で生徒からも人気のある先生だ。もちろん、私もそんな真理子先生が好き。でも時々、先生の言葉に疑問を感じる時がある。よく先生が言うのは「ルールはちゃんと守って」とか「みんな仲良く」「みんなで力を合わせて」なんて言葉をよく言っている。でもなんて言っていいのかよく自分でもわからないんだけれど、こんなことを聞くと、ルールを守らない子、みんなと仲良くできない子、みんなと協力できない子は悪い子なのかな? って思ってしまう。みんな一緒の気持ちを持たないといけないって無理矢理、一つの箱に押しこまれているような気がしてなんだか心苦しい……。でもこれがやっぱり正解なのかな……? 真理子先生は大人だから、やっぱり先生の言っていることは正しいのかもね……。
そんなことを思いながら彼女が気になり、チラリ横を振り向いてみる。すると彼女は机の中にしまってあるあのぬいぐるみをゆっくりと手前に引出し、両手でそのぬいぐるみをギュッと握った。優しげな瞳でずっとそのぬいぐるみを見続けていた。するとまたもや彼女の左横に座っている男子、雄大くんがそれを目にし、先生に訴えたの。
「せんせーい! 三國さんが教科書も出さずにぬいぐるみで遊んでる!」
その言葉とともに急いで彼女はぬいぐるみをまた奥に押し込める。真理子先生は再び彼女のもとへと近づき、彼女が机の中へとしまい込んだぬいぐるみを取り出した。
「あ! だめ!」
彼女は反射的に真理子先生からそのぬいぐるみを奪い返そうとしたわ。けれども先生はぬいぐるみを持っている手を彼女の届かないところまで高く上げこう言ったの。
「夢乃ちゃん、今は授業中です。ちゃんと教科書出して! このぬいぐるみは帰りのホームルームまで先生があずかっておきます」
「え? そ、それは!」
そんな言葉を突き付けられ彼女はひどく動揺していた。彼女の横にいた雄大君はそんな彼女を見てニンマリ笑っていた。それに釣られ他のみんなもクスクスと彼女を見ながら笑っていた。なんだか集団で彼女の行為を嘲笑っているように思えた。私にはそれが耐えられなかった。見ていて辛かった。だから自分が気づかぬうちに、無意識のうちに声を出していた。
「友達をとらないでください、先生!」
その言葉を発した食後、先生もクラスメイトも一斉に私を見た。そして彼女も。水を打ったように静まり返る教室。時が一瞬止まった。
「めいちゃん?」
先生は首をかしげ、不可解な表情で私を見つめる。私はなんてことを口走ってしまったんだろうと今更ながら後悔するも、もう後には引けない状態だったので、緊張の面持ちでこんなことをどもりながら言ったわ。
「み、三國さんにとって、そ、その子はかけがえのない友達なんです」
普段誰ともしゃべらない私がこんな長い文章をみんなの前で言ったのは自己紹介の時以来だと思う。
「めいちゃん、一体どうしちゃったの?」
真理子先生は私の発した言葉の内容よりも私が長い文章をしゃべったことが驚きのようでそっちに興味がいってしまったみたい。先生はうつむき加減の私の顔をじっとのぞき見た。
「い、いや……その……」
私はもうどうしていいのかわからなくなり言葉が出なくなってしまった。すると先ほど先生に彼女の行為を訴えた雄大君がまた声を出す。
「お、おい! 三國が泣いてるぞ!」
「え?」と思い、私はとっさに隣の席の彼女を見たわ。
「三國……さん?」
彼女は声を出さずに泣いていた。頬にはきれいな純粋な涙が一本の筋を通って規律よく流れていたの。そして彼女は私の顔を見て目をウサギのように赤くさせながら屈託のない笑みを浮かべ、一言こう言ったわ。
「ありがとう」
続く
お久しぶりでございます、はしたかミルヒです!
長いことお待たせしちゃいました。<(_ _)> ようやっと書けました。かなり時間がかかってしまったことお詫び申し上げます。難しかった~。なかなかうまくかけなくて(-_-;) でも最終的には満足できるお話になりました。このケース9,5の話も最後まで読んでいただければ幸いです!
ではまた明日♪
ミルヒ




