第八話
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(私はもう一度あの店に行く!)
そう心に誓い、由奈は登校する道とは真逆の道を歩いた。最寄りの駅に入り、切符を一枚買い、電車に乗った。そして電車に揺られること二十分、ドリームショップのある街へと足を踏み入れた。
「確かここらへんに……」
由奈はバッグを握りしめ、顔を左右に動かしながらドリームショップを探す。その時「ドンッ」という衝撃が彼女を襲った。彼女の軽い体は簡単に吹き飛び、思い切りしりもちをついた。
「イッタ……」
由奈は苦痛で顔を歪めた。そんな由奈に向かって「ごめんなさい」との声がかけられる。由奈はそこで初めて人にぶつかったと気づく。顔を歪めたまま由奈は顔を上げてみた。
「あ、青木さん?!」
由奈とぶつかった相手は青木芽衣子だった。背が高くモデルのようなスタイルの芽衣子は長い髪を耳にかけ、由奈に手を差し出す。
「本当にごめんなさい」
「い、いえ、全然平気ですから」
そう言うと由奈は芽衣子の手を握って、彼女に体を起こしてもらった。そしてお礼を言いながらスカートのほこりを払う。
「すいません、ありがとうございます」
「ちゃんと前を見ずに歩いていたもので……本当にすいませんでした……」
芽衣子は深々と頭を下げ由奈に謝罪の言葉を述べた。
「いいえ、私もよそ見をしていたので……」
「お怪我はございませんか?」
「大丈夫です。見た目は弱そうですけど、結構強いんですよ。私」
心配そうに見つめる芽衣子をよそに、そう言いながら笑みを浮かべる由奈。
「それなら少し安心しました。でも本当にごめんなさい」
「いえいえ、そんな謝らないでください。でも青木さん……?」
由奈はそこで頭に疑問符を抱く。
「なんでこの街にいるんですか?」
「ちょっと用事があって……」
「まさか学校サボるんじゃ……ダメですよ。二年生になって間もないのに! それに私服ならともかく、制服姿でサボったら補導されますよ」
教師のような口調で由奈は笑いながら芽衣子を諌めた。
「午後からは出席しますから心配なさらないでください。先生にも伝えてあります」
ここで由奈はふと思う。
「青木さんって制服派なんですよね?」
「はい、それがどうかしましたか?」
由奈の質問に不可思議な表情を湛えながら芽衣子は返事をする。
「いや、青木さんは私服派っぽい感じだから。はははっ、それだけですけど」
そう言い、笑いながら髪を撫でるように触る由奈。すると芽衣子はニコリと笑った。
「せっかく買ったのに制服着ないともったいないじゃないですか。それよりも寺田さんはなぜここに? 寺田さんもサボるおつもりですか? しかも私と同じ制服姿で」
その言葉に一瞬ドキリとするも由奈は一連の出来事をありのまま芽衣子に話し始めた。
(青木さんなら、彼女なら私のことを信じてくれるはず。それに私の勘では彼女、このことに関して何かを知っている気がする……。ミステリアスな人だから? いや違う、もっと深い何かを秘めている気が……)
由奈は一通りそのことについて話し終えた。
「――――だからその店を、ドリームショップを今探しているんです」
由奈がそう言ったあと、芽衣子は由奈の目を見て淡いピンク色の唇をそっと開ける。
「過去を変えることは神の意思に背くこと」
「え?」
「たとえ過去を変えられたとしても本当にそれで幸せになれるとは限らない。過去を変えたとしてもまた変えたくなる日が絶対来る。そして何度も何度も同じことを繰り返す。それでいいと思いますか?」
「……」
由奈は言葉を返すことができなかった。
「現実を受け止めてください。それで今何ができるのか、これから何をすればいいのか考えるべきだと思います。過去を素直に受け止めてそれを未来に上手くいかすことが人間を一回りも二回りも大きくする……。そう、大事なのは今何をすべきか……」
「そ、そうですよね……。私、私なんでこんなことをしようとしたのかな……? なんてバカな願いを言ったんだろう……」
そう言いながら由奈はポロポロと大粒の涙を流した。そんな華奢な彼女を芽衣子が優しく包み込む。
「私だって過去に戻れるならやり直したいことはたくさんあります……」
ポツリとそうつぶやくと芽衣子は透き通った春の空を見上げた。バンドバッグについているものが太陽の光を反射する。それはきらりと輝く。
そして彼女は、そのキーホルダーを見つめた。そして誰にも聞こえないようなごくごく小さな声でこうつぶやいた。
「二年生じゃない。私たちはもう三年生……」
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あの者の部屋。それはドリームショップの真下、地下一階を丸ごと使った大きな部屋。なかは薄暗く、もちろん地下なので窓一つない。唯一の灯火はあの者が座っている横にある蛇の形をかたどったランプだけだった。
「あの女に過去の液体を飲ませるとは完全な失敗であったな」
「申し訳ございません。しかし彼女にそんな力があるとは思ってもみなかったものですから……」
夢子は体を震わせながらあの者に深々と頭を下げた。
「あの女に液体を売ったのはどっちだ?」
「え? そ、それは……」
その質問に言いよどむ夢子。しかし月子はこんな言葉を言い放った。
「夢子ですわ」
「?!」
その言葉に夢子は耳を疑う。
「い、今、なんて……?!」
「私は止めたのですけれど、夢子はどうしても彼女にあの液体を売りたいといったものですから」
夢子は口を開け呆然と月子を眺めた。
「そ、そんな……」
月子は夢子の視線をよそにあの者を見つめる。
「つ、月子さん……」
硬直状態の夢子。
あの者はゆっくりと近寄る。
「夢子、お前はこの世界から追放だ……」
「ま、待ってください! 月子さん! 一体どういうことなの?! あの液体は? コイツに飲ませるんじゃなかったの? ねぇー!」
夢子はあの者に指をさしながら月子を見て訴える。しかし月子はまっすぐ前を見つめたまま視線を動かそうとはしなかった。
あの者が詰め寄る。
「ドリームショップの店員として、大変危険極まりないことをしでかした。もうお前のような危ない者をここの店員として働かせるわけにはいかない」
「お姉ちゃん……。タスケテよ……」
夢子は目に涙を浮かべ、前を見続けている月子に今にも途切れそうなか細い声で助けを求めた。
あの者が顔を近づける。
「よってお前を時空に閉じ込める。もう一生そこから出てこれまい」
「いや!」
夢子はあの者の顔を思い切り手で払いのけ、月子の肩を掴む。そして彼女の肩を思い切り揺らしながらこう訴えた。
「お姉ちゃん! 私はめいちゃんを助けたいの! せめて彼女を私の手で助けたいの!! お姉ちゃんも知ってるでしょ? 青木芽衣子を! 私の親友なの! 大切な友達なのよ!!」
「……ボス、早急に」
夢子に思い切り体を前後に揺らされながらも冷静にボスにそんな言葉を言い放つ月子。
あの者は首根っこを掴む。
首根っこを掴まえられた夢子は軽々と宙に浮いた。
あの者は呪文を唱える。
そして――――
「時空で一生生き続けるのだ。イケ!」
あの者は腕を勢いよく振り、放り投げる。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」
夢子はあっという間にこの世から消えてしまった。静まり返る部屋。ただ夢子の声だけが未だこの部屋に反響していた。
「ごめん、夢乃……。絶対あなたを助けてあげるから……」
あの者に聞こえないほどの小さな声で月子はつぶやく。そんな彼女の靴には涙のシミができていた。
そして――――
あの者は寝床に入って行った。
その途中、あの者はニヤリと笑った。
END
こんにちは、はしたかミルヒです!
ケース9:過去に戻りたい(由奈編)最終話を読んでくださりどうもありがとうございます<(_ _)>
次の話は、「ケース9,5:私の友達、夢乃ちゃん」です! 楽しみにしていてくださいね♪
※おそらく三月上旬には投稿できる予定です。
ミルヒ




