第三話
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夢の液体が出来上がるまでの間、由奈は店内を再びぐるりと見回す。すると由奈はあるところでピタリと視線を止めた。
「あ、レジのところにクマのぬいぐるみ……」
由奈は無性にそのぬいぐるみが気になりレジカウンターまで木の枝のような細い脚でゆっくりと歩いた。
「これ売り物なのかしら? でも結構ほつれてる……」
そう言いながら由奈はそのぬいぐるみをそっと手に取る。
(あ、足の部分が焦げてる。なんでなんだろう? ということはさっきの店員さんの私物なのかな……。ボロボロのぬいぐるみなんてだれも買わないものね……。ん? でもどこかで見たことあるような……)
その時、夢子が手に小瓶を持って店の奥から出てきた。夢子を見るや否や由奈は急いで手に持っているぬいぐるみを元の場所に置いた。それを見た夢子は微笑みながら、いつも通りの言葉を述べる。
「お客様、大変お待たせいたしました。夢の……いや、過去に戻れる液体を持ってまいりましたわ」
「す、すいません! 勝手に店の物を触ったりして!」
そんな夢子に慌てた色を見せながらペコリと頭を下げる由奈。
「いえいえ、お気になさらずに。それよりもこの液体をお受け取りください」
再び笑みを浮かべ夢子は過去に戻れる液体の入ったアメジスト色の小瓶を由奈に差し出した。
「あ、ありがとうございます!」
由奈はその小瓶を何とも言えない、とにかくうれしさが前面に出た顔つきで夢子から受け取る。
「綺麗な小瓶ですね~。宝石みたい……」
そう言いながら由奈はその小瓶を、目を輝かせながら指でくるくると回し眺めた。
「そうでございますか。気に入っていただけてうれしいですわ。その小瓶は今までの小瓶と違い、色がついておりますから」
そう、夢子の言う通り、今までの透明な瓶とは違い本物の宝石のようなアメジスト色の小瓶にその液体は入れられていた。なので中の液体の色が良く見えない。
「あれ? でもどこかで見たことあるような……」
その小瓶を見て由奈はぼそりと呟く。
「どうかなさいましたか?」
由奈の言葉に夢子は首を傾げ尋ねてみたが、彼女は「いえ、なんでもないです」とタハハと軽く笑みを湛えながらそう答えた。そんな由奈を不可思議に思いながらも夢子は説明を始めた。
「では、この液体の飲用方法について説明しましょう。これを就寝前にお飲みください。そしてご就寝ください。その夢の中でお客様のお望みの過去を見ることができます。いえ、こう言った方がいいでしょう。もう一度体験することができます。以上です。本来なら夢を見た翌日、その夢が気に入らなければ、夢の液体が入っていた小瓶を私共の店に持ってきて、それと引き換えに現金を返す、というプロセスなのですが過去はもう経験したことなのでそんなことしても意味がないですわね」
その説明を聞くと由奈は納得するように顎に手を当てながらぼそり、「なるほど……」と呟いた。
「あ、そうだ、この液体はいくらなんですか? ま、まさか十万円とかではないですよね?」
由奈は苦笑まじりに夢子に恐る恐る聞いてみる。すると夢子は由奈が思ってもみないことを言ってきた。
「タダで結構ですわ」
「え?」
当然由奈は頭に疑問符を浮かべる。
「で、でもタダって……ここはお店なのだから当然これも商品なんですよね? じゃぁ、お金払わないと……」
そう言って由奈はショルダーバッグから可愛らしい淡い水色の長財布を取り出す。それを薄い微笑を浮かべながら引き留める夢子。
「本当に結構ですのよ。別に未来を変えるわけではなく、ただ単に過去をもう一度見てみたいということですし、その上この液体は通常の夢の液体より簡単に作ることができますので本当にタダで結構ですわ」
「でも……願いをかなえてもらったのに」
由奈は申し訳なさそうに床を見つめる。そしてしばしの沈黙の後、由奈は手に持っていた財布を開け、そこから札を取り出しレジカウンターの上に置いた。
「ごめんなさい、今六千円しか持っていなくて……。じゃぁ、どうもありがとうございました!」
そう言って夢子に頭を下げた後、由奈は顔全体に溢れ出す笑みを湛えながら店を出て行った。
「お客様!」
夢子は由奈の背中に向かって呼び止めるも嬉しさのあまり聞こえなかったのだろうか勢いよく開け、閉められたドアの音に夢子の声はかき消される形となった。
「お金!」
バタンッ
その時の勢いでレジカウンターの上に置いてあった五千円札が宙をひらひらと舞う。
「なぜそんなにも決して性格がいいとは言えない西園寺エリカのことを想うのでしょうか……」
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ガチャ
「ただいまー!」
満面の笑みを浮かべながら家のドアを勢いよく開ける由奈。その音で母親はリビングから出てきて由奈を出迎える。
「お帰り、由奈。食事の準備できてるから早く手を洗ってきなさい」
「はーい! 今日は何?」
「何って?」
主語がない由奈の質問に母親は戸惑う。
「今日の夕食よ!」
「あぁ、とんかつよ。それと大根の味噌汁と近所の奥さんからいただいた茄子の漬物。でもなんで?」
今日の献立を言うと母親はハテ? と首をかしげた。
「とんかつか~! 久しぶりじゃない? あ~、おなかすいてきちゃった! え? だって気になるじゃない?」
「あなた、いつもそんなこと聞かないじゃない?」
「そうだっけ?」
「そうよ。最近はあまり食事に関心ないじゃない? それにおなかすいただなんて珍しい!」
その言葉を言った後母親は半分驚きの表情、そしてもう半分は微笑を浮かべながら由奈を見つめた。
「もーう、なんなのよ? とりあえず先、着替えてくるね!」
母親の表情をいぶかしげに見つめながらも由奈も母親の笑みが移ったのかにこりと微笑んだ。
「とんかつとんかつ~♪ 醤油マヨでとんかつ食べると美味なんだよね~♪」
いつもとは違う軽やかな足取りで部屋に戻ると由奈は鼻歌交じりで部屋着に着替えた。
「あ、そうだ! あの液体、忘れちゃう前にバッグから出しておかなくちゃ」
由奈は膝をつきドリームショップで手に入れた過去に戻れる液体をショルダーバッグから取り出すと部屋の中心にある小さなテーブルの上にコトリと置いた。そして数十秒その小瓶を眺める。
(ほんと、きれいな小瓶。宝石みたいよね。液体飲んだ後で加工してキーホルダーにしようかな? ん? あれやっぱり!)
何かに気づいた由奈はパッと立ち上がり部屋にあるクローゼットからお出かけ用の茶色いシックなハンドバッグを取り出した。
「これ!」
そのバッグについているキーホルダーを手に取る。
「私が駅で拾った小瓶にすごく似ている……」
そうつぶやきながら今、手にしているキーホルダーとテーブルに置いてあるアメジスト色の小瓶を交互に見た。そして目線をキーホルダーに戻す。
(この小瓶、可愛かったからキーホルダーにしてもらってずっとバッグに付けていたんだけど、もしかしたらこれって誰かがドリームショップに行って買ったもので実はこの小瓶には夢の液体が入っていたんじゃ……)
そう思った瞬間由奈は体がぶるっと震えて背筋に悪寒が走った。
(ってことはこの持ち主、将来の夢が気に入らなくて返そうとしていたんじゃ……だから駅のホームに落ちていた……。じゃぁ、その人は気に入らない未来をすでに経験してしまった可能性がある……)
「どうしよう?!」
先ほどの元気はどこへやら由奈の顔は急に真っ青になってしまった。
(と、とりあえず、明日この瓶を持ってあの店に行って返してこなくちゃ……)
その時、母親の声が一階から聞こえてきた。
「由奈ー! ご飯冷めちゃうわよ! 早く降りてきなさい!」
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ゴクッ
「すっぱ甘い! なんか栄養ドリンク飲んでるような……」
夕食の後風呂に入り、歯を磨いた由奈は早速夢の液体をごくりと飲み込んだ。
(まぁ、これで過去に戻れるなら味なんてどうでもいいよね)
「よし早く寝よう!」
そうして由奈はまだ夜の八時だというのに早くも部屋の電気を消し、ベッドに入った。
「おやすみなさい」
すると部屋の窓から小さな物音を立てて何者かがやってきた。そして寝ている由奈の前に二人は立った。
「夢子さん、あれを持ってきましたか?」
「はい、もちろんですわ。月子さん」
そう小さな声で言うと夢子は自身のポケットから金色の懐中時計を取り出す。
「月子さん、あの者にはまだバレてませんわよね」
「えぇ、大丈夫よ。過去に戻れる液体なんて作れるわけがないこと、あの者が知るわけがないわ」
「ウフッ、それならいいですわ。では始めます」
そして夢子は針を何度も指で左に回した。
「あの時の過去へどうぞお戻りください。寺田様」
続く
こんにちは、はしたかミルヒです!
第三話を読んでくださりどうもありがとうございます! 次回は早くも夢の世界、過去の話に入ります! 久々にエリカや直人も出てくるのでお楽しみに♪
ミルヒ




