第二話
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「ただいま」
そう言い、由奈が玄関で靴を脱いでいると、母親が台所から出てきて笑顔で由奈を出迎えてくれた。
「お帰り、由奈」
「あ、お母さん、ただいま」
すると由奈の顔を見てはっと思い出したように母親は由奈にこんな話を始めた。
「あ、そうだ、さっき買い物の途中で実里ちゃんのお母さん会ったんだけど、明日、進路希望調査するんだって?」
「うん、そうだよ」
「由奈は依然と変わらず大学進学志望だものね? どこの大学にするかはもう決めているの?」
母親のその質問を聞き、可愛らしいピンクのスリッパに履き替えると由奈は首を横に振る。
「ううん、まだ……」
「でも前はK大学に行きたいって言ってなかった?」
「うん、でも今の私の偏差値じゃ難しいから……」
「そう……。まぁ、でも無理して難しい大学に行く必要ないかもね。体のこともあるし」
そう言いながら母親は薄い微笑を浮かべ瞳に優しげな色を浮かべながら由奈の体を眺める。
「まぁ、まだ時間はあるんだし、ゆっくり考えなさい。何か悩みがあればお母さんや、お父さんにいつでも相談しなさいね。こういうのは一人で悩むのが一番体に良くないんだから」
その言葉を聞き、また由奈も母親に優しい笑みを湛えた。
「ありがとう。じゃぁ、私、自分の部屋に行くね」
「決して無理はしないようにね。体に毒だから。ねっ?」
すると母親は由奈に向かってウインクをする。しかし無理して出来ないウインクをしたためか両目がつぶられていた。
「うん」
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バタン
由奈は部屋に入るとスクールバッグを部屋の真ん中にある小さい丸いテーブルの上に置き、自身もそこへ座る。
(はぁ……進路のことなんて今は考えられない……。でも真剣に考えないと。お父さんやお母さんは「無理するな」って優しいこと言ってくれるけど、でも心では私が進学することを強く望んでいるに違いない……。だから親の気持ちを裏切ることはできないし……。でもあの日から……)
そう思いながら天井を見つめ由奈はぼそりと呟いた。
「私にはもう夢なんてない……」
「あら? 由奈どこ行くの?」
階段からゆっくりと降りてきた由奈を見てたまたま廊下に居合わせた母親は何気なしに由奈に尋ねる。
「ちょっと、散歩」
「そう。気分転換に外の空気を思い切り吸ってらっしゃい。気持ちいいわよ~」
母親のにこやかな表情を見て由奈も思わずニコリと笑い「そうだね」と一言答える。
「でも車には気を付けてね! それとあまり長い時間歩かないように」
「うん。ちゃんと休憩も入れるから。じゃぁね」
「いってらっしゃい。あ、夕方までには帰ってくるのよ」
「うん。そんなに遅くならないから大丈夫」
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「もしもし かめよ かめさんよ せかいのうちで おまえほど あゆみの のろい ものはない どうして そんなに のろいのか……」
「どうしたの急に歌なんか歌って。しかも童謡なんて」
ドリームショップの実験室で夢子が椅子に座り頬をつきながら童謡「うさぎとかめ」を口ずさむ。そんな夢子を見て月子は苦笑をしながら、負のエネルギーをきれいな紫色の液体に注入していた。
「月子さん、その液体は?」
「もちろんあの方に……」
そう言いながら液体を見つめる月子に物憂いげな面持ちで俯き、夢子はこう言う。
「私たちって、かめだと思います? それともうさぎでしょうか?」
その質問にフッと軽く笑い月子はこう口ずさんだ。
「なんと おっしゃる うさぎさん そんなら おまえと かけくらべ むこうの おやまの ふもとまで どちらが さきに かけつくか」
すると今度は夢子が鼻で軽く笑った。
「月子さん、試験管から私たちのエネルギーが漏れていますわよ」
その時ドリームショップのドアベルが軽やかに鳴る。
カラ~ン
「こ、こんにちは」
店の方から女性の声が聞こえてきた。思わず目を見合わせる二人。
「まさか、ターゲット以外の客?」
「横山梅子さんだったり」
そう言いながら月子はクスリと笑う。
「月子さん、さすがにそれはないですわ。ウフッ。月子さんはここにいてその液体を完成させてください。ワタクシが対応してきます」
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「こんにちわ~」
(っていないか……。散歩の途中に見つけて気になったから入ってみたものの、やっぱりすでに閉店している店だったのね)
そう思いながら由奈は店の扉を閉めようとした。その時、店の奥から奇抜な格好をした夢子が由奈に近づいてきた。
「いらっしゃいませ! ドリームショップへようこそ!」
「あ?!」
そんな奇抜な格好をした夢子に由奈はただただ驚いた。そんな由奈の驚きにもお構いなしに優しい言葉をかける夢子。
「遠慮なく、どうぞ中へお入りください」
「あ、はい……」
そう言われ由奈は夢子の格好に若干引き気味になりながらも恐る恐る足を踏み入れた。
「うわ……こ、これは?!」
店の中に入り、店の外観とは真逆の奇抜で不気味な内壁に由奈はポカンを口を開ける。 そんな由奈に夢子はこの店と同じ内壁のショッキングピンクのミニワンピースの裾を軽くつまみながら感慨深げに由奈と同じく店内をぐるりと見回した。
「この店に足を運んだほとんどのお客様は店の内装に大層驚かれましたわね……」
「これには私も驚きました……」
そして由奈は店内を見回した後この店が一体何の店なのか夢子に尋ねた。すると夢子はいつも通りにこの店の説明をする。
「この店は店名通り夢を売るお店でございます」
しかしそれだけで、由奈に夢の液体を勧めるようなことはしなかった。しかし由奈は夢子のたった一言の説明に食い入るように夢子の瞳を見つめ、夢子にさらに説明するように促す。
「そ、それはどういうことなんですか? じゃぁ、私はここで夢を買うことができるんですか?! いくらなんですか? それはどんな夢もかなうんでしょうか?! 教えてください!!」
「……はい、どんな夢でも叶うことはできますが……」
興奮気味に話す由奈の怒涛の質問に夢子はしぶしぶ答えるも最後まで言うことが出来ず口ごもってしまう。そんな夢子にお構いなしに由奈は話を続けた。
「私、かなえてほしい夢があるんです!」
「……そ、それはどんな夢でしょうか?」
一応夢子は不安げな面持ちを浮かべながらも由奈の夢を聞いてみる。
「私……半年前に大切な人を事故で亡くしてしまいまして……それで……それで……彼女を生き返らせてほしいんです!」
その言葉を聞いて夢子はふとある人物のことを頭によぎらせる。しかしその願いをかなえることはできないと由奈にきっぱりと告げた。
「それはお客様、無理でございます」
「な、なぜですか?!」
当然由奈は驚く。
「だ、だって、どんな夢でもかなえることができるっておっしゃっていたじゃないですか?」
「死んだ人間を生き返らせることは万物の法則に反するからです」
「あ……そっか……。そ、そうですよね。確かに」
そう言ってガクリと肩を落とす由奈。そんな由奈に申し訳なさそうに夢子は深々と頭を下げた。
「大変申し訳ございません。では何かほかに夢ができましたらまたドリームショップにご来店くださいませ」
しかし下に向けた顔にはどこか薄い笑みがこぼれていた。すると由奈ははっと何かに気づき、顔を上げ、夢子に尋ねた。
「あの、店員さん!」
その由奈の声に夢子も顔を上げる。
「はい?」
「か、過去に戻ることはできますでしょうか?」
由奈のその質問に夢子は軽くつばを飲み込み、言葉を復唱した。
「過去に戻る……ですか?」
「はい、過去に戻ってエリカちゃんに会いたいんです! それで――」
「エリカ……」
夢子が由奈の言葉を被せてあの彼女の名前を呟いた。そして息を呑み、何かを思い出す。
「エリカ……ちゃんとは、もしや西園寺エリカ様のことでしょうか?」
「はい……ってなんで店員さん、エリカちゃんの苗字をご存じなんですか?」
「西園寺様はここに来店したことがありますので……」
すると由奈は目を丸く見開き、前のめりになりながら夢子に質問した。
「そうなんですか?! 彼女は何の願いをかなえに来たんでしょうか?」
由奈のその質問に夢子は俯き加減にこう答える。
「そ、それはプライバシーの問題になりますので教えることはできません」
「そうですか……。あ、あのそれでさっきの話に戻るんですけど、過去に戻れますか? 私、過去に戻ってエリカちゃんが事故に合うのを防ぎたいんです!」
由奈の言葉に夢子は顎に手を当ててう~んとしばし考えながら答えを紡ぎ出す。
「過去に行けることは可能ですが、過去を変えることはできません。過ぎ去ったことを変えるのも万物の法則に反することですので……」
「でも……行けるには行けるんですね?」
「はい、しかし今のご自身の気持ちではなく、過去のご自身の気持ちで行動をすることになり、たとえ過去に戻ったとしてもまた同じ世界を見ることになります。すなわち、同じ出来事を繰り返すだけなのです。ですのでこの願いははっきり申しまして無駄に思えます。何一つ変えることはできません」
「変えることはできない……か」
由奈はぼそりと呟くと、再び夢子は話を続けた。
「はい、通常この店はお客様のこれからの夢をかなえて差し上げる店なのです。夢とは本来、将来現実させたいと思っている事柄なのです。それでもこの夢をかなえたいとお思いでしょうか?」
そう夢子に尋ねられ由奈はしばしば考える。そして出た答えは――――
「そ、それでも構いません」
夢子はその答えに少々驚くも「かしこまりました」と言い、店の奥へと入って行った。
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「月子さん、過去に戻る液体をすぐ作ることはできますか?」
「過去に戻る液体ですか……」
夢子は実験室にいる月子にそのことを聞いてみるも月子はなかなかいい返事をしない。
「作ることは可能ですが……というかむしろ簡単に作れますが、はっきりいって本人に何にもメリットはないですよ」
「それでも本人はいいとおっしゃっております。西園寺エリカに会いたい想いが強いようですわ」
「西園寺……あぁ、彼女に……そうですか……。 本人が辛くなるだけだと思われますが……。まぁ、しかし本人がそれでもいいとおっしゃるなら作りましょう。二十分程度で作れると思います」
心苦しい顔をしながらも月子は艶のある緑色の髪の毛をかきあげるとすぐに作業に取り掛かった。
そうして二十分後、月子の「これでバッチリですわ」の言葉と同時に紫色の液体が出来上がった。夢子は液体を確認しこう告げる。
「月子さん、ありがとうございます。では……こちらのほうをお客様に渡してまいりますわ」
続く
こんにちは、昨日、ギリシャ料理レストランに行った はしたかミルヒです!
昨日を含めて三度目の来店です。一番最初に来た時に料理のうまさにハマってしまい、それから来店するようになりました。ギューロスって知ってます? 知らない方はググってみてください! とにかくギリシャ料理はおいしいのでまだ食べたことのない方は是非!
ってなことで第二話を読んでくださりどうもありがとうございます!
また明日もお楽しみに♪
ミルヒ




