第九話
2014年11月1日、最初の病室でのシーンを追加しました。(私のミスでそのシーンが抜けていたため)
■■■
「ここは……」
「ノボル……グスッ……」
「あ、茜?」
この真っ白な空間……
「ここは病室よ。右肘に球が当たって、そのままノボルは病院に運ばれたのよ。今は痛み止めの点滴打ってもらっているの……」
「あぁ、思い出した。本当にひどい悪夢だ……」
つい俺は左手で目を隠してしまう。
「なぁ、茜……」
「……なに?」
そう言って俺を見た茜の目は真っ赤に腫れていた。
「これで俺の人生終わりかな……?」
「……そんなこと言わないで。お願いだからそんなこと言わないで。あきらめちゃ……あきらめちゃダメだよ……」
茜は声を震わせながら必死で俺に訴えた。
「このケガ、手術しなきゃ治んないんだよな?」
「うん。でも……でも、手術したらまた野球ができるようになるんだよ……」
「そうだよな。俺、まだ野球続けたいよ……」
俺は涙をこらえるのに必死で唇を噛みしめた。噛みすぎて唇から血が少しにじんでいた。
「茜……」
「……なに?」
まだ茜の目は腫れている。
「来てくれてありがとう……」
あんなに必死でこらえていたはずが無情にも涙は頬を伝っていった……
八月下旬、俺は茜と球団の後押しもあり、手術することを決心した。そして――――
■■■
「「「「「退院おめでとう!!」」」」」
「ありがとう……これも支えてくれたみんなのおかげだよ」
「手術、本当にうまくいって良かったな! あとは、リハビリだけだ。頑張れよ!」
そう言ってくれたのは、シャークスの間宮監督。
「はい、一日も早くマウンドに立てるように頑張ります!」
今、俺の病室には茜、シャークスのメンバー数人とそして間宮監督。
なんで来ないんだろ……
だがしかし一人、来てもいいはずの人がまだ来ていない。
俺が入院してから一回も見舞いに来てないなんて……何かあったのか……?
俺がそんなことを考えていると――――
コンコンコン
ノックの音がした。
もしかして……!
俺の胸は高鳴る。
「どうぞ!」
茜が俺の代わりに対応する。
そして病室のドアが開かれた瞬間、俺はとっさにその人の名を口に出そうとしたが……
「かあ――」
「ノボル……」
「?!」
なんで……なんでお前が来たんだ……?
なぜか茜が喜んでいる。全くこの状況が読み込めない。
「お義父さん、本当に来て下さったんですね!」
「茜さん、こっちこそ、ノボルの居場所を教えてもらって本当に感謝しています」
深々と茜に頭を下げる親父。
「ノボル……本当に心配していたんだぞ……でも良かった……手術が成功して本当に良かった」
親父が泣いている。目を真っ赤にさせて泣いている。しかし俺が期待していた待ち人ではない。しかしなぜ茜は親父をここに呼んだのか。なぜ茜は親父を知っているのか。
「ほら、ノボル! お義父さんに挨拶ぐらいしたらどう?」
茜が俺の肩を軽くたたいて言う。
「え……? いや、でも……」
俺が戸惑っているのを見かねた茜はなんと親父を俺の側まで連れてきた。
「ほら! せっかくお義父さんがきてくれたのよ? ちゃんと挨拶しなさいよ!」
「ノボル……肘の具合はどうだ?」
「…………」
当然俺は親父の質問に答える気も無く、親父とは反対の方を向き無言を貫く。
しかし俺の態度にあきれ顔の茜は、ハァっとため息をつきながら俺に訴えかける。
「あのねノボル、お義父さんはあなたのことをずーっと見守っていてくれたのよ」
そんな茜の言葉を信用できない俺。なぜなら――――
「な、なんで、茜はそんなこと知っているんだよ……」
「私、ノボルに置手紙を残してしばらく帰ってこなかったでしょ? 私、その間、あなたのお義父さんをずっと探していたのよ」
「え……? 探していた……? な、なんで?」
当然俺は、この疑問が浮かぶ。
「正直言うとね、ノボルのお義母さんと話をしたり、行動を見たりした限り、どうもあまりお義母さんのことを信用できなくなってしまって……お義母さんもノボルも口を揃えて、お義父さんが悪い。って言っていたでしょ? でもね、お義父さんが悪いってことを決めつけたのはお義母さん。そしてノボルは、お義母さんの言葉を鵜呑みにした。真実を見ようともせず」
あ、茜は何を言っているんだ……?
俺は茜の言ったことが全く理解できずにただただ茫然としていた。
「まぁ、それで私的に何か引っかかるものがあって、ノボルのお義父さんに直接話を聞いてみたくなったの。それで実際に会ってみたら、やっぱり話が違っていて……」
「な、なんで勝手に……なんで勝手に会いに行ったんだよ!!」
俺は茜に対する怒りで全身が震えていた。
「じゃぁ、お、俺たちはこれで……」
シャークスの四番打者でもありリーダーでもある滝川さんが苦笑いしながら帰って行く。他のメンバーも皆揃って滝川さんのあとについて行った。
「リハビリ頑張れよ」
間宮監督も俺に励ましの言葉を言ってからその場を去って行く。
「ノボル……本当にお前はいい人を見つけたな。俺の気持ちすべてを理解してくれたよ」
「ど、どういう意味だよ? 茜も茜だよ! こいつのこと本当に知っているのか?? 女作って出て行ったやつにどう俺は理解しろって言うんだよ!!」
俺は親父を指差し、茜に訴えた。
「本当に女作って出て行ったと思う?」
そう言いながら茜は俺の顔を見つめる。
「そ、それ以外にあるわけないだろ??」
「お義母さんがウソついてたら?」
「はぁ?」
何をこいつはバカなことを言っているんだ? もしかして親父にでも洗脳されたのか?
俺は茜の言葉を信じなかった。というか信じたくはなかった。
「お義母さん、他に好きな人がいたのよ。お義父さん以外に……」
「え……?」
茜がそう言うと親父も口を開く。
「和歌子は不倫していた。それは事実だ。俺は和歌子と男が一緒にいるところを目の前で目撃したよ。その時に、言われたんだ。もうあんたには興味ないから出て行ってほしいって……」
俺は親父の言葉に対して全く言葉が出なかった。ショックと言えばいいのかとにかく信じられない気持ちでいっぱいだった。
「和歌子がそんなに言うのなら、出ていく。けれどもせめてノボルを連れていきたい。と言うことも伝えたんだが、ノボルは私と彼とで育てます。と言われたよ。それでも俺はあきらめきれずにノボルを連れていくことを和歌子に訴えた。でもついてないことに和歌子の不倫相手はヤクザだったんだ。もしノボルを連れていくのなら、あんたの命はないって言われた。俺も人間だ。自分の命は大事だし仕方なく出ていくことにしたんだ。だから……俺は本当にノボルに悪いことをしたと思っている……」
親父は涙声でそういうと俺に頭を下げた……
頭の中が真っ白になっている。何も考えられない。一体この世界では何が本当で何がウソなのか、そしてその中で俺は誰を信じるべきなのか? 今までずっと信じてきた人……それは――――
「う、ウソだ……これは全部ウソだ……ウソだ!!」
「「ノボル!!」」
俺は病室から無我夢中で走り病院の玄関口へ向かった。
「あれって……あっ金子さん! 金子さーん!!」
看護師が俺を呼び止める、が今はそんなことを構っている暇がないほど俺は動揺していた。
俺は病院の外へ出る。そしてそのまま玄関前に止まっているタクシーに乗り込んだ。
自宅のあるマンションの住所を運転手に伝え、俺は後部座背に腰を落とす。
親父の言ったことは全部ウソだ。母さんを悪者にしようと企んでいるんだ。でも……なんで茜まで……やっぱり親父に洗脳された……?
俺は、病室での出来事を頭の中で何度も何度も考えた。だが案の定いい答えは出てはこない。俺は何気なく後部座席の窓に映る景色を眺めた。すると、見覚えのある女性の後ろ姿と体格のいい派手な背広を着た男性が腕を組み歩いていた。
もしかして……
そしてタクシーがそのカップルを横切る――――
「か、母さん?!」
「え? なんですか?」
俺が急に声を出したものだから運転手はとっさに俺の発した言葉を聞き返した。
「すいません! 止めて下さい!!」
慌てて運転手はタクシーを止める。そして俺はタクシーを降り、そのカップルに近づいた。
「母さん!!」
「ノ、ノボル?!」
母さんは俺を見るなり、ひどく怯えた様子を見せている。
「こ、この人は……?」
俺は母さんに恐る恐る質問する。すると男性の方から俺に挨拶をしてきた。
「初めまして。山田と申します」
そう言うと山田と名乗る男は俺に握手を求めてきた。俺はその男の手を軽く握る。
「あっ、いや、実を言うとノボル君が小さいころに何度か会ってるんだけどね。ハハハッ」
俺が小さいころ何度か会っている……?
「あっ!」
俺は思わず声に出す。
そうだ。思い出した……あの時、確か母さんは、この男のことを役所の人だと言っていた! 幼いながらも何で頻繁に役所の人が家を訪ねてくるのか分からなかったけれど、まさか母さんの……
その時、俺は親父の言葉を瞬時に思い出す。
『和歌子は不倫していた』
信じたくない……親父の言葉なんて信じたくはなかった。けれど……
「母さん、説明してよ……」
俺はか細い声で母さんに答えを求めた。
「あ、いや……その……この方とは、父さんと別れた後に付き合いだしたんだよ……」
なんとも歯切れの悪い返答。今日は決して暑くはない日だというのに母さんはハンカチで額の汗を何度も拭っていた。しかし俺は分かっていた。母さんがウソをついていることを。
「この人が家に出入りしていた時、まだ親父は家にいたよ……」
俺は心なしか声が少し震えていた。
「そ、そうだったかね……? で、でもその時は、か、彼とは友達の仲だっただけさ……」
母さんの目が泳いでいる。声が上ずっている。明らかに母さんは動揺している。その時、山田と言う男が口を挟んできた。
「なぁ、込み入ったとこ悪いんだけど、和歌子、俺、もう時間がないから行くわ。アレ宜しく頼むな」
「あぁ、わかってるよ……」
アレってなんだ……?
俺が疑問に思っていると山田が俺の方を振り向いた。
「ノボル君、いや金子投手、その右肘、金子投手にとって生活の糧になるんだからちゃんと治して、早くマウンドに立って、またたくさん稼いでくれよ!」
そう俺に言うと山田はこの場から去って行った。そしてこの場には重たい空気が流れる。
俺と母さん。いつもなら安心できる間柄なのに今日は違っていた。母さんがずっと下を向いたまま俺の顔を見ようとはしない。
「母さん!」
俺はそんな母さんが腹立たしかった。どうして本当のことを言ってくれなかったのか?なぜウソをついていたのか……?
「…………」
沈黙が続く。
母さんは未だに黙り込んだまま口を開こうとはしない。
「母さん……本当のこと教えてよ。俺……俺このままじゃ誰を信じていいのか分からなくなるよ……」
先ほどまで懸命に押し殺していたものが俺の頬を伝う。
「ノボル……ごめん。グスッ……ごめんよ!!」
そして母さんはその場で子供のようにワンワンと泣き崩れた。
■■■
俺は母さんと一緒に自宅へ戻った。母さんをソファに座らせる。しかし母さんはまだ泣きじゃくっていた。俺は母さんの顔を覗き込みこう言う。
「なぁ、母さん、話し合おう」
すると母さんは顔を上げ俺を見つめた。そして先ほどまで泣いていたのがウソのように屈託のない笑顔で俺に言う。
「あぁ、すべてお前に話すよ。母さん、お前にだけは嫌われたくないからね」
つづく
どうもはしたかミルヒです!第九話を読んでいただきどうもありがとうございます!
最近寒くなりましたね。いや、ほんと寒い...私、道産子のくせして寒いの苦手なんです...もうすでに夜は湯たんぽを足元に置いて寝ています(笑)
ってなことで今回の話はいかがでしたでしょうか?ノボルのお母さん、ついに本当のことを話すみたいですね...でもそれは次回までのお楽しみってことで♪
ではまた
ミルヒ