第一話
「ごちそうさま」
その言葉とともに箸を箸置きに置く音がカチャリと鳴る。その様子を心配そうに見つめる母親。
「由奈、お願い! もう少しだけ、あと少しだけでいいから食べてちょうだい」
「ううん、お母さんごめんね、せっかくおいしい料理作ってくれたのに。でも私もうおなかいっぱいだから」
「由奈……」
「じゃぁ、お風呂入ってくるね」
そういうと由奈は席を立ち、自分の食べた皿を台所に置いた後そっとリビングのドアを閉め出て行った。
バタン
ケース9:過去に戻りたい(由奈編)
ピンポーン
インターホンが鳴ると同時に玄関のドアをガチャリと開ける由奈。
「おはよう、由奈!」
「純、おはよう……」
朝、由奈はスリッパから靴にはきかえ純と一緒に学校へと向かう。エリカの事故があってから幼馴染の星野純は心配して毎日由奈の家まで迎えに行って一緒に登校しているのだ。
「由奈、今日は調子どう?」
「うん、悪くないよ」
その言葉を聞いて安堵の表情を浮かべる純。
「良かった」
「純……いつも心配してくれてありがとうね」
「なんだよ、今更~。照れるじゃんか」
由奈の礼に純はにこりと微笑んだ。しかしそこで由奈はピタリと立ち止まる。一緒に歩いていた純は立ち止まった由奈の方を振り向き首を傾げた。
「ん? どうしたんだ?」
すると由奈は俯き加減だった頭を上げ、薄い微笑を湛えながらこう答えた。
「純、これからは私と一緒に登校しなくてもいいよ」
由奈のそんな言葉に動揺し、一歩先に出ていた純は彼女に近づき疑問をぶつける。
「え? 急に……な、なんでだよ? 一緒に登校したほうが話もできるし楽しいじゃん!」
「私のことはもう気にしなくてもいい。それに純は大切な彼女がすでにいるでしょ? 彼女にこの場面みられたらどうするのよ?」
そう言いながらいたずらめいた笑みを浮かべる由奈。
「いや、でも由奈は……」
純の言葉を遮り由奈はこう話す。
「純は昔から人のこと心配し過ぎるよ? もっと自分を大事にする生き方しなきゃ。ほら! 早く彼女のところに行ってらっしゃい」
「由奈……」
「私はもう一人で十分よ! ほら元気いっぱい!」
そう言うと由奈は純に向かって再びニコリと笑い、拳で純の胸を軽く突く。
「でも……」
まだ渋っている順に頬を膨らます由奈。
「もーう、純ったら! じゃぁ、私が先行くね! バイバイ」
そう言って由奈は走り出そうした。しかし鳥のように痩せ細った由奈の左右の脚が絡まり――――
(はっ!)
「由奈!」
ドンッ!
「由奈! 大丈夫か!」
由奈はつまずいて正面から転んでしまった。
「イタタタッ……ごめん、大丈夫。手が先に着いたから……」
とっさに純が反応して由奈の手を取る。
「だから由奈を一人にさせるのは不安なんだよ……」
その言葉を聞いた途端、由奈はすぐに純の手を払い、自分で立ち上がるとこう言った。
「その言い方やめて! 純は純の心配をして! 私は大丈夫だから……。あ……手、貸してくれてありがとう。じゃぁ、先行くね」
すると由奈はスカートに付いた砂埃をパンパンと払いのけ、この場から早足で立ち去る。しかしその頼りない細い脚はやはりふらついていて今にも先ほどと同じようなことが起きそうだった。
「由奈……やっぱり心配だよ」
■■■
「おはよう」
教室の戸を開けて、可愛らしい小さな声で由奈は言葉を発する。特に誰に向かって言っているわけでもない挨拶。しかし前の由奈の人柄を知っているクラスメイト達数人は由奈に次々と挨拶をする。
「おはよう由奈」「ゆなっち、はよ~!」「グッーモーニン、由奈!」
そして由奈の後ろからも声が聞こえた。
「おはよう由奈」「おはよう由奈ちゃん」
「あ、お、おはよう、純にそれと……ヒカルちゃん」
ヒカルはニコリと微笑むと同時に由奈の健康を気遣う。
「今日は体調どう?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
ヒカルの質問にすでにあるテンプレート的な言葉を反射的に選びだし、それに笑顔で答える由奈。
「良かった。でもまだ運動は出来ないんだよね?」
良かったと言いながらもヒカルは今なお心配な面持ちで由奈に尋ねる。そう、今の由奈の姿はエリカが生存していたころとは比べ物にならないくらいに頬は痩せこけ、適度にあった胸もまな板のように平らになり、脚は鳥のような今にも折れそうなくらいに痩せ細っていた。そんな由奈は現在、親や幼馴染の純の勧めもあって、精神科に通っている。
「うん、それはまだお医者さんに止められているから」
「そっか……。早く一緒にスポーツできるといいね」
「うん、そうだね。ありがとう」
キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴ると同時に周りの女子たちが由奈たちに呼びかける。
「もうすぐ先生が来るから席に付こう!」
「あ、もうそんな時間か」
すると間もなく担任の先生がドアをガラガラッと勢いよく開けて入ってくると元気な声で挨拶をしてきた。
「みなさん、おはようございます!」
「「「「おはようございます」」」」
バレッタで一つにまとめているパーマをあてた長い髪をなびかせながら先生が教壇に立つと今日の日直、加藤ヒカルが進行する。
「では朝の会を始めたいと思います。それぞれの委員会、係でお知らせがある人は挙手お願いします」
「はい」
「では、鈴木さんどうぞ」
「生活委員会からお知らせがあります。来週から――――」
朝の会はいつも通り何事もなく順調に進められていた。それぞれの係の告知が終わり先生の話に入ると、先生は急に真剣な面持ちになった。
「えぇ、皆さんは二年生になってまだ間もないですが真剣に進路を決めるときが近づいてきています。もうすでに決まっている方はそれに向けて準備をし、まだ決まっていない人はもうそろそろ真剣に本腰を入れて考えてみてください。そういうことで明日、進路希望調査を行います。まだ決まっていない方は今日一日、よく考えてきてください。では先生からは以上です」
「え~、進路か~。私、正直まだ全然決めてないんだよな~。ねぇ、由奈はもう決まってるの?」
そう言って入り口側に座っている由奈の前の席の女子が振り返り由奈に尋ねる。
「えぇ、まぁ一応、進学することは決めているんだけどね」
「進学か~。うちも親が大学は出ておけ。っていつも言ってるから私も進学することになるんだろうけど、でも本当は進学なんてしたくないんだよな~……」
そう言いながら切なげな顔で天井を見つめるこの女子生徒。
「そっか……」
由奈も一言そう言うとこの女子生徒と同じく上を見上げた。
(私も今は何のために進学するのかわからなくなってきちゃった……。あんなにアナウンサーの仕事にあこがれていたのに……)
そんなことを思いながら由奈は小さなため息を一つつくと「ねぇ」と先ほどの女子が視線を由奈の後ろに向けながら再び、今度は囁くような小さな声で話しかけてくる。
「青木さんって、高校卒業したらどうするんだろうね?」
「さぁ」
そう言いながら由奈も自身の列の一番後ろに座っている青木芽衣子をちらりと見た。芽衣子は今も相変わらずほつれたクマのぬいぐるみを手にしている。
「だって、あんな感じじゃぁ、進学できたとしても就職はできないでしょ?」
その女子はちょっと小ばかにしたような感じで芽衣子の様子を眺めていた。
「でも青木さん、いい人だよ。私の心配もしてくれるし……」
「それはわかるけどさ、でもなんかミステリアスっていうか何考えてるかよくわかんないじゃん。それに二十六歳でしょ? 私たちと話も合わなそうだし」
「う~ん……」
その女子の言葉に曖昧な返答しかできない由奈。
(でも青木さん、みんなが思っているような変な人ではないと思うんだけどな……。まぁ、あまり話したことはないけれど……)
続く
お久しぶりです! はしたかミルヒです!
本日からケース9:由奈編が始まりました! もうケース9まで来たのか~。残りのケースはあと二つ。気合入れて書くべし!
由奈編は、エリカ編の由奈側から見た視点で描かれている話を中心に書いています。エリカ編と一緒に見ていただければ楽しめるはずだと思いますよ。
ってなことで第一話を読んでいただきどうもありがとうございます<(_ _)>
ではまた明日♪
ミルヒ




