第八話
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『来週、三月二十六日、デートしませんか?』
ヒカルはジュンイチにメッセージを送るとするさまその返事が返ってきた。
『もちろんだよ! でもどうしたの急に? ヒカリちゃん、俺に会うの拒んでいたように見えたんだけど』
そのメッセージを見てフッと軽く笑うヒカル。そしてパチパチとキーボードをタッチする。
『伝えていなかったことをジュンイチ君に伝えたくて……今まで勇気が出なかったけれど、今なら言える気がするの』
『ありがとう。俺もヒカリちゃんに伝えたいことがあるから。あと渡したいものもあるし……』
『じゃぁ、来週私の誕生日に!』
『うん、楽しみに待ってるよ!』
ジュンイチの言葉を最後にチャットを終わらせるヒカル。すると一階から母親の京香の声が聞こえてきた。
「ヒカルー! 夕食できたわよー!」
「はーい、今行く!」
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「ふふ~ん♪」
「ピシッ」
「ふふふ~ん♪」
「バシッ」
「ふふふふ~~ん♪ そしてそして最後は思いっきり振り向いて~~」
「チャッキーン!」
「決まってるぅ!」
誕生日当日。姿見の前に立ち、ヒカルは鼻歌と効果音を交互に入れながらポージングをとっていた。ヒカルは鏡に映る自身の姿を見て最後はクールに決めるも、うれしさを隠せない面持ちでつい口角を上げてニコッと笑ってしまう。
(ついにジュンイチ君に会う時が来たのね。楽しみ半分、緊張半分……)
準備を済ませ、自分の部屋を出て、軽やかな足取りで階段を降りると廊下に偶然、パジャマ姿の父親の英寿の姿があった。今日は金曜日。いつもなら出社しているはずの英寿なのだが、今日は会社の創立記念日で休みなのだ。
「お、お前! な、な、なんだその恰好は?!」
寝ぼけ眼で目をこすりながら廊下をとぼとぼと歩いていた英寿はヒカルの格好を見るや否や眠気がすっ飛び、あまりの驚きに目玉が出るほどに驚愕していた。そんなヒカルの格好はというと白と黒のボーダーのカットソーに見た目がスカートに見えるチェックのキュロットスカートを履いていて、いつも以上に女の子っぽい服装をしていた。
「な、な、何をやってる!!」
英寿は驚きの色を見せたまま、顔を赤くして家中の部屋、全て行き渡るほどに声を荒げた。その声で、母親の京香はキッチンからパジャマ姿のままで飛び出してきた。
「朝からいきなり何事よ?!」
そう言った直後、京香はヒカルの姿を見て状況を瞬時に把握し、ハッと口に手を当てる。
「ヒ、ヒカル……だ、だめじゃない」
ヒカルを見ながら震えた声でそう嗜める京香。彼女はそう言いながらも英寿にどう説明したらいいのかわからずにオロオロしていた。
しかし当のヒカルはそんな二人をよそに全くと言っていいほど動揺の色を見せずに、逆に英寿に笑顔でこう言葉を発した。
「私、こういう服が大好きなの!」
「…………」
数秒の沈黙。
そんな言葉に呆気にとられた英寿はもう立っていることさえもできずに壁に寄り掛かってしまう。
「あなた!」
抜け殻のようになっている英寿を支える京香。そしてヒカルの顔を見て今度は京香が声を上げた。
「あなたはいったい何をしてるのよ! 前に言ったでしょ! 家族を大切にしたければ――」
しかしそんな京香の言葉を遮りヒカルは胸に手を当て、こう言い放った。
「私は自分の姿に誇りを持って生きるの! 何年たったって構わない。いつか認めてもらえる日が来るなら! 性別なんて関係ない! だから自分を隠さない! ありのまま、堂々とこの姿で生きてみせる!」
「「ヒカル……」」
その言葉を聞いて、初めて夫婦の言葉が重なった。きれいな音色を奏でていた。
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待ち合わせ場所はとある駅前にある大型モニターの前。ヒカルは落ち着かない様子で何度もその場で足踏みをしていた。明るめのショートブーツを交互に動かすたびに目印となる赤いハンチング帽が揺れる。
(うわー! 緊張してきた! ヤバいよ~! ちゃんと言えるかな? ってかジュンイチ君の顔、どんな顔してるのかな? カッコいいといいなぁ……って贅沢言っちゃいけない……。恋人に求めるのは優しさなのよ!)
そんなことを思いながら五分後、ヒカルの想い人が小走りでやってきた。
「すいません、お待たせしてしまって」
手を膝に当ててゼェゼェと息を切らしながら詫びの言葉を言った後ジュンイチはゆっくりと顔を上げた。
「「?!」」
お互いに顔を見て目を丸く見開く。しかしそのあと二人は大笑いし、お互い何を言うこともなく自然と手をつなぎ歩き始めた。遠くからこんな会話が聞こえてくる。
「私、牛丼食べたいな!」
「え?! デートで? しかもいきなり?! 俺はクレープ食べたいよ!」
「でもでも牛丼、おいしいじゃなーい!」
(そっか、あの二人、付き合っていたんだね……)
その二人のデートを偶然見かけてしまった女性。一瞬切なげな顔をするも、すぐに薄い微笑を浮かべ遠くにいる二人の背中を見つめる。すると彼女の横で何かブツブツ言っている女性が彼女の目に入ってきた。
「純……どうして、どうしてそんなに楽しそうにできるの……?」
「て、寺田さん?」
その声にゆっくりと首を横に向ける彼女。
「あっ、青木さん。す、すいません。今のは聞かなかったことにしてください……」
「寺田さん、大丈夫ですか?」
「えぇ、なんとか……」
そう言って薄い笑いを湛えながら彼女はこの場から今にも折れてしまいそうなほどの細い脚でゆっくりと歩き出す。
「寺田さん……」
END
こんにちは、はしたかミルヒです!
ケース8:女の子になりたい(ヒカル編)最終話を読んでくださりどうもありがとうございます! いかがでしたでしょうか?
次回はケース9:過去に戻りたい(由奈編)をお送りします。2月16日投稿予定です。
お楽しみに♪
ミルヒ




