第七話
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「ん……あれ? ここは…… はっ、現実の世界! 戻ってきた……戻ってこれた!」
バサリと掛け布団をはがし、思い切り上体を起こすヒカル。
「加藤様、おはようございます」
その声に気づきヒカルは振り向き横にいた夢子の顔を見つめる。
「あなたは……あっ、ド、ドリームショップの店員さん!」
「はい、夢子でございます」
夢子は驚いているヒカルに微笑を浮かべながらペコリと頭を下げた。
「な、なんで家にいるんですか?」
後ろにのけ反りながらヒカルは未だ驚愕の表情で夢子に尋ねる。そんな夢子はヒカルに今度は深々と頭を下げこう言ってきた。
「加藤様、大変申し訳ございません。夢の液体に不具合が見つかり、その夢が現実になってしまうと加藤様は、とある時点でこの世から急に姿を消すことになってしまいます。ですのでそれを回避するために小瓶を回収しにきました」
夢子の言葉を聞き、ヒカルは目覚めたばかりで頭がまだ働かない状態でありながらも、このままだと自分の未来が恐ろしいものになることを察知する。
「え……それって、私が死んじゃうってこと……ですか?」
「はい、さようでございます。ですがその小瓶をいったん返していただき、今度はもちろん無償でお渡しいたしますので、また夢の液体を飲んでお休みになれば今度こそ、加藤様が思い描いている素敵な未来を見ることができます」
「そ、そうですか……。じゃぁ、早くその小瓶を返さないと」
そう言って、ヒカルはベッドから立ち上がり、机の上に置いてある夢の液体の小瓶を夢子に渡した。
「大変申し訳ございませんでした」
そう言って夢子はヒカルに再び頭を下げた。
「新しい夢の液体はどうすればもらえますか? 今すぐドリームショップに行った方がいいんでしょうか?」
ヒカルは不安げな色を浮かべながら夢子を覗き見るような目で尋ねる。すると夢子はニコリと笑みを浮かべながらヒカルの質問に答える。
「私の手を握ってくださいますか?」
ヒカルは何のことかよく理解できないまま、とりあえず夢子の言う通りに手を握る。
「え? こう……ですか?」
「はい、そして十秒間、目をお瞑りください」
「あ、はい、十秒間ですね」
そして再び言われたとおりにヒカルは目をつむり、数を数えた。
いち
に
さん
し
ご
ろく
しち
はち
きゅう……
じゅう
「十秒たちました。目を開けてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
夢子から確認を取り、ヒカルはそっと目を開ける。
「え?! わっ!! ここは……」
街の片隅にある一軒の小さな店。この目立たない小さな店にほとんどの人は気付かない。しかし夢を叶えたいと強く願うものだけが気づく不思議な店。
「いらっしゃいませ! ドリームショップへようこそ!」
夢子はいつも通りニコリと頬笑みを湛え、ヒカルを出迎えた。
「な、何かいったいどうなっているのやら……」
唖然としながら店の中をぐるりと見回すヒカル。
「では新たな夢の液体をお持ちしてまいります。少々お待ちくださいませ」
その言葉がヒカルの耳には入らないくらい、いまだに口をポカンと開けたままその場に立ち尽くすヒカル。
夢子が店の奥に入ろうとしたとき、緑色の髪と白衣をなびかせ、脚をギィギィと鳴らしながらゆっくりとヒカルのもとへと近づく者。
「月子さん、ちょうど良いところに。加藤様の夢の液体を……」
夢子の言葉を遮り、月子はゆっくりと歩きながらヒカルに衝撃の言葉を告げた。
「その液体はもらうべきではありませんわ。加藤様」
「え?」
その言葉を聞き慌てた夢子は月子に近づきとっさに諌める。
「月子さん、今なんてことを!」
しかしその夢子の言葉を無視し、話を続ける月子。
「加藤様、夢子が申したことはすべて嘘でございます」
「な、なにを!」
夢子の顔が一気に強張る。
「夢の液体を飲んで、その未来が体験できるのは一度きりでございます。もう一度、夢の液体を飲んだところで二度目は未来を夢の中で体験することは不可能であります。ですからあなた様の未来が良いものになるのかそれとも最悪な未来になるのかは、実際にその時になってみないとわかりません。そんなギャンブルに賭けてみたいと思いますか?」
「もう体験できない……そ、それは……」
「それに、夢子は新たな夢の液体を……と言っておりましたが以前作ったものをそのまま渡すつもりでした」
「え?! じゃぁ、結局夢で見た未来がそのまま現実になる……。わ、私死んじゃうじゃないですか!」
ヒカルは夢子に騙されたことに思わず声を張り上げる。
「昨日買っていただいた夢の液体は決して欠陥品ではございません。ただ夢の中の登場人物が何か触れてはいけないことに気づいたのです。それは私たちにとって予想外の出来事でした。なのでその者が気づかないように行動すれば、あなたが突然この世から消え去ってしまうなどということはありません。しかし、その夢は九十パーセント以上の確率で人生が悪い方向に進んでしまうのです。それでもこの液体を欲しいとお思いでしょうか?」
数十秒の沈黙。
そして何かを必死で考えたヒカルは大きな手を握り固め、体を震わせながらながらこう叫ぶ。
「……いらない。決めた! 私はこの体で、たとえ大勢の人に『お前は男だ!』と言われても私はそれを真正面から受け止めて生きる! 生きて見せる! 全員じゃなくていい、でもひとりでも多くの人に一人の人間として認めてもらえるようにしたいの! そのことで困っている人たちの力にもなりたい! みんな性別関係なく幸せに暮らせる世の中にしたい!」
そう言い放ったヒカルの目には大粒の涙が溢れ流れていた。そんなヒカルに月子はピンク色のレースのハンカチを一枚そっと渡し、こう優しく告げた。
「たくさんのいばらの道があるとは思いますが、それを乗り越えればきっと楽園が見えるはずです。加藤様、頑張ってください」
あっけにとられるヒカル。しかしすぐさま笑顔になり、月子からそのハンカチを受け取ると思い切り鼻をかんだ。
ジュルジュル!
「まぁ、大胆ですこと」
その言葉に顔を赤らめながらヒカルは月子にこう話す。
「ごめんなさい、ハンカチは必ず洗って返しますので……。それより……ありがとうございます。なんだかやる気がみなぎってきました! 早く行動に移したいです!」
その言葉を聞いて微笑みを湛える月子。
「それは良かった。その熱気が冷めてしまわないうちに行動してください。あ、ハンカチはどうぞ、差し上げます」
「いえ、こういうのはちゃんと返したいタイプなので! では失礼しました!」
「あ、お待ちください加藤様」
帰ろうとするヒカルを呼び止め月子は白衣のポケットから何かを取り出す。
「忘れていますよ。八万円」
「あっ、そうだ! 瓶を返せば、お金が戻ってくるんでしたよね! すっかり忘れてしまいました」
そして月子はヒカルにその八万円を渡し、ヒカルはそのお金をそっと受け取った。
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カラ~ン
「ご利用ありがとうございました」
ヒカルの背中越しにお礼を言い頭を下げる月子。しかしその後ろでずっと二人のやり取りを眺めていた夢子は月子に近づき怒りを爆発させる。
「月子さん! 一体あなたはどういうおつもりですの!!」
そんな夢子の怒りの言葉にフッと軽く笑い月子は淡々と話す。
「どういうつもりって、ただ本当のことを言っただけですわ。嘘は言いたくありませんから。それより夢子さん、そんな大声を出すとあの者が起きてしまいますわよ」
「ウソは言いたくない? ではなぜ私に嘘をついたのです?!」
夢子は今まで見たことないような顔つきで月子を責めたてた。しかし当の月子は長い髪を指で絡めながら一言こう言う。
「何のことかしら?」
「何のことって、しらばっくれないでください! なぜ負のエネルギーに有効期限があることを教えてくれなかったのです?? 知らなかったとは言わせませんわ」
すると月子は店内にある椅子に座り、ため息交じりにこう答えた。
「それを教えるとあなたは必死になって負のエネルギーを集めようとする。ちがいますか?」
「当たり前じゃない? 負のエネルギーが無くなれば、私たちどちらかから負のエネルギーを採取されるのですよ! 知っていましたか?! 負のエネルギーが取られると、体の衰えが速くなることも!」
「えぇ、もちろん。でもいいじゃない。ねぇ夢子さん、私たちがやっていることに意義はあると思いますか? ただあの者の喜ばせるだけ。私たちはターゲットから負のエネルギーを集めたところで何も利益はない。そうよ、こんな人生楽しいなんて思ったこと一度もない。ここにきている客のほうが私たちより何倍も夢を求めて生きている。せめてそんな人たちだけでも幸せになってほしい。私たちのような不幸な道を歩んでほしくはないのよ」
すると夢子は今にも泣きそうな顔をしながらか細い声でこう言った。
「でも、私はもうこれ以上醜くなりたくはない……。たとえサイボーグだとしてもまだ半分人間だもの……もう醜くなんかなりたくない!」
その言葉を聞いた月子は薄い微笑を浮かべこんなことを夢子に尋ねる。
「今まで負のエネルギーを採取してきた人間、すなわちドリームショップに足を運んだ客の名前、すべて言えますか?」
「何を急に? も、もちろんですわ。記憶力はいいですから」
「ではこの店に来た順番から客の名前を言ってみてください」
なんでそんなことを言い出したのか訝しげな表情を浮かべながらも夢子はしぶしぶその質問の答えに応じた。
「……金子ノボル、西園寺ゆかり、西園寺エリカ、青木直人、横山梅子、中村茜、秋田英治、山田満里奈、そして……加藤ヒカル……」
「その中で本物の夢の液体を渡していないのは?」
「……青木……直人。そう、彼には夢の液体だと言って普通の栄養ドリンクを瓶の中に入れて渡した。だから彼からは負のエネルギーを採取していない」
「どうして? 私はあの時すでに彼のための液体を作り上げていましたよ」
月子は夢子の目をじっと見つめる。その視線に気づいて夢子はとっさに顔を下に向けた。
「……それは……」
「それは?」
ごくりとつばを飲む夢子。その音が静かな店内に響き渡る。そしてゆっくりとその答えを述べる。
「大切な人の弟だから……」
その答えを聞き、月子はゆっくりと立ち上がると夢子にこんなことを言ってきた。
「……夢子さん、話があるわ。この世界の本当の本当のこと教えてあげる」
続く
こんにちは、はしたかミルヒです!
第七話を読んでくださりどうもありがとうございます! 早くも次回でこのケース8の話は終わりを迎えます。ちょっと早過ぎましたかね?
ではまた明日、最終話をどうぞお楽しみに♪
ミルヒ




