第六話
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家に帰ってすぐトイレから出てきたお母さんとばったり会う。
「ただいま……」
「お帰り、ヒカル! 今日は遅かったわね。もう食事ができてるから早く着替えてきなさい」
「わかった……」
「ヒカル? どうしたの? 元気ないみたいだけど」
お母さんが俯き加減の私に対し、心配そうな面持ちで聞いてきた。私はすぐさま顔を上げ、作り笑顔を湛える。
「ううん、なんでもないよ! じゃぁ、着替えてくる」
「そう?」
「ごちそうさま」
私が箸をおいて茶碗を持ち席を立とうとするとお母さんがまたもや心配な面持ちで私に尋ねてくる。
「あら、こんなに残しちゃってどうしたの? 豚の生姜焼きなのに。ヒカルの好物でしょ?」
「うん、でも今日は食欲あまりなくて……。ごめん、残しちゃって。明日食べるから」
するとお父さんが笑いながらこんなことを私に言ってきた。
「はははっ、ちゃんと食べないとナイスバデーな女になれないぞ!」
いつも通りお父さんの何気ない家族を和ませるための言葉。なのに今日はやけに耳に障った。思わずカッとしてしまった私は声を上げる。
「私、女じゃないからいいのよ!」
ポカンと口を開ける二人。あずみは満里奈ちゃんのところにお泊りしているので今日は居ない。私は席を立ちこの場を去ろうとする。
「な、なにを言ってるのよ? ヒカルは女の子でしょ!」
「そうだぞ! お前はれっきとした女だ!」
そんな二人の言葉を背中で受け止め、私はリビングを後にした。
バタンッ
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お風呂に入るため、脱衣所で服を脱ぐ私。一枚一枚脱いでいくと本当の私の姿が顔を出してくる。
「ハァ……」
下着を脱ごうとしたところで思わず手を止めてしまった。自分の裸を見たくはなかったのだ。どんなに周りの人間が私のことを女性だと認めてくれても私の体は相変わらず生まれた時と同じまま……。
「今日はやめとこ……」
臭いかなと思いながらも今日はお風呂に入るのを断念した。
部屋に戻ると私はベッドにダイブする。
「わーーーーーーーー」
頭の中が混乱してしまい意味もない声を出す私。しかしその声は掛け布団に埋もれ、こもった声になる。
自分は今のこの状況に幸せだった。満足していた。なのに、星野君や由奈ちゃんが私と同じ悩みを抱えいて、しかも二人は戸籍は女性のまま。由奈ちゃんはそれでいいのかもしれないけれど、星野君にとってはすごく辛いことだと思う。
私だけが幸せでいいのかな? ずるいよね、一人だけこんな待遇されて……。しかも星野君はそんな自分をちゃんと受け止め、彼女に会ってそれを伝えようとしている。一方で私ときたらこんなに待遇されているのにもかかわらず逃げてばっかり……。
「これじゃ、ダメだよね……」
その瞬間私はある決意をする。体を起こし、ベッドから降りるとスクールバッグからスマホを取り出し、電源を入れメールのアイコンをタッチする。そして私はある人にメールを打った。
「これでよし……」
もう一度その文を読み直し、そして送信ボタンをタッチする。
「彼ならきっとわかってくれる」
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「ごめん、ちょっと遅れちゃった」
「全然、俺も今来たとこだし」
次の日、昨日の星野君と会話した公園に今度は私の方から呼び出した。
「なんかごめんね、せっかくの休みなのに呼び出したりしちゃって……」
「いいや、俺もヒマしてたとこだし。どこに座る?」
星野君がそう聞いてきて私はすぐさま「ブランコ!」と答える。しかしそのブランコを見てみると近所の子供達が遊んでいるのが目に入って来たので私たちはベンチで話をすることにした。
「加藤ってブランコ、ほんと好きなんだな。はははっ」
「い、いやそんな別に、好きってわけじゃ……」
微妙な距離感でベンチに腰を掛ける私たち。
なんでドキドキしちゃうんだろ? これから言うことでドキドキしてるのかな? それとも……っていかんいかん! 私には想い人がいるじゃない……。
「それで、話って何? もしかして昨日の続きとか?」
「まぁ、そうだね。昨日の続き……かな」
私がそう言うと神妙な面持ちで星野君が私に聞いてきた。
「俺がカミングアウトしたこと?」
「……今度は私が星野君に話す番!」
「え?」
かみ合わない会話にキョトンとしている星野君の横で私はスーハーと呼吸を整え、そしてゆっくりと言葉を紡いだ。
「私もね、みんなに隠してたことがあるの。もちろん、星野君にも」
「隠してた?」
まっすぐ前を見ながらそう話すと首を傾げ不可思議な面持ちをしている星野君が私の視界に入ってきた。私はそんな星野君の子犬のようなうるうるとした瞳にドキリとしながらも話を続ける。
「私も星野君と同じでコンプレックスを持っているの」
すると星野君はちょっと言いづらそうにしながらも私の手を見てこう言ってきた。
「もしかして、手がちょっと……お、大きいってこと?」
「ふふふっ、それももちろん!」
「まだあるの? そんな可愛いのに」
ドキッ
星野君のその言葉が胸を熱くさせる。本人はそんなつもりで言っていないのかもしれないが私の心拍数は間違いなく上がっていた。
「か、可愛いだなんて……。そ、それはさておいて……」
胸に手を当て乱れた呼吸をもう一度整える。
「私、男の人が好きなの……」
その言葉を聞いて星野君は不可解な表情を浮かべながらこんなことを口に出す。
「もちろん、それは知ってるよ。加藤は女だから」
その言葉につばを飲み込む私。そして私は一言こう言葉を述べる。
「違うよ」
「どういう…………え?」
星野君は時が止まったように一瞬固まった。
「私、男なの」
「い、いやでも……加藤は女だろう? 体育も女子と一緒に受けてるし」
「私にもよくわからないんだけど、ある日突然、世の中が私を女性だと認めてくれるようになった。もちろん学校もそうで、私を女性として受け入れてくれ……」
「ご、ごめん、ちょっとストップ! 言ってる意味がよく理解できなくて……ちょっと頭の中整理してもいいかな?」
すると星野君はえらく戸惑った様子で私の話を遮り、頭を抱える。
「えぇっと、つまり、加藤は本当は男なのに女性として認めてくれる世の中になってるっていうこと?」
「そう、でもなぜだか私にも理解できない。私の両親も私が女だって思ってる。それに戸籍もいつの間にか女性になってて……」
「何が一体どうなっているんだ? 俺にはまったく理解できないよ……」
星野君は抱えていた頭をクシャクシャと手でかき始め困惑の表情をあらわにしていた。
「もしかしたらこの世界、誰かに操られているのかな? 明日には私はもう女性だと認めてくれない世の中になっているのかも……はははっ。考えただけでも恐ろしいよ」
「加藤」
「ん?」
いつもより声を低くして神妙な面持ちで星野君は私に不思議なことを聞いてきた。
「本当に誰かにこの世界を操られていたとしたら?」
「え? どういこと?」
「この世界、何か不思議なんだよ。俺もエリカが生きているときに不思議な体験をした。なぜか突然、エリカのことが気になり始めて……それでいてもたってもいられなくなって彼女に告白をした。でも告白した途端、急に元の俺に戻って……どういうことなのか自分自身全くわからなかったけれど、エリカが亡くなる前までそんな自分をごまかして毎日を送っていたよ。あの感覚、本当に不思議だった。おそらくエリカ自身も何か不思議な体験をしたと思う。その結果であぁいうことになってしまったのかそれはわからないんだけど……」
「じゃ、じゃぁ私の今も……」
「なにか幻を見ている、いや誰かにその幻を見せられているんじゃないのかなって思って……」
「ま、まさか……」
その途端、何かが歪んだ感覚がした。
「こ、これはなに?! あ、星野君大丈夫?!」
「オエッ」
星野君が急に倒れこみ苦悶に満ちた顔をしながら嘔吐する。
「頭がぐるぐる回ってすごく気持ち悪い……」
「星野君! あぁ……私もめまいが……」
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「緊急事態! 緊急事態! ボス、応答をお願いいたします!! 夢の中の登場人物が何かに気づき始めました! その発言を受けて加藤様もなにか疑いの念を持ち始めましたわ!」
苦しそうな表情で寝ているヒカルを目の前に夢子が冷や汗をかきながら通信機を耳に当てドリームショップのあの者と連絡を取る。そのものは地面に響くようなとても低い声で夢子に指示を出した。
『夢子、今回のターゲットをまず起こせ。今すぐにだ』
「しかし、夢の途中で起こすのはリスクがあるんじゃ……」
『あぁ、リスクがある。夢の液体の瓶を返さないと、今の夢が現実となり加藤ヒカルは今現在見ている夢の未来に実際たどり着いたとき、そこで人生が途切れる。すなわちそれは死を意味することになる。急に人がその場所から居なくなるのだ。不自然極まりない現象。もしそんなことが起こってしまったらあの者が許すはずもない』
その話を聞いた夢子は顎に手を当て神妙な面持ちで何かを考える。
「では、加藤ヒカルには夢の液体の瓶を必ず返してもらう必要があるわけでございますね」
『そのとおりだ』
「かしこまりました」
するとあの者は夢子にある質問を尋ねてきた。
『ところで負のエネルギーは採取できたのか?』
「いえ、少しだけ……」
『今回のミッションは失敗に終わったということだな……いや、まだ早い。もう一度加藤ヒカルに夢の液体を買わせろ。いや、ただでもいいからヤツに渡せ』
そんなあの者の言葉に夢子は不可解な表情を浮かべ、恐る恐るあの者に聞いてみた。
「あの……し、しかし、まだ負のエネルギーは大量に残っていると月子さんがおっしゃっておりましたけれど」
『大量? 何言っておるんだ? 負のエネルギーは一日半しか持たないのだぞ』
その言葉を聞いた夢子はただただ驚くしかなかった。
「え?! たったの一日半だけ? しかし月子さんはそんなこと……」
『月子は何を目論んで夢子にそんなことを言ったのかわからないが負のエネルギーの有効期限は一日半だ。それを過ぎると浄化されてしまう』
「そ、そんな……では今回、あまり負のエネルギーが採取できなかったってことは……」
『あぁ、夢の液体が作れない』
「ではいったいどうするのでしょうか?」
『加藤ヒカルに再び夢の液体を買わせ、もう一度ヤツから負のエネルギーを採取するか、あるいは夢子か月子のどちらかから負のエネルギーを採取する』
「?!」
目を見開き困惑した面持ちで夢子は思わずつばをごくりと飲み込んだ。
「そ、それは……」
『それはあくまでも最終手段だが、しかしこういうときのためにお前たちがいるのであろう? クックック……』
あの者の不敵な笑みを聞き、思わず体が硬直してしまう夢子。何かしゃべろうとしても言葉がうまく出てこない。
「え……」
『では早く加藤ヒカルを夢から起こせ。そしてもう一度ヤツに夢の液体を買わせろ。まだヤツの夢の液体は残っているはずだからな』
「……はい」
続く
こんにちは、はしたかミルヒです!
第六話を読んでくださりどうもありがとうございます<(_ _)>
次回は早くも現実の世界の話になります! 展開がはやすぎますかね?(笑)
どうぞお楽しみに♪
ミルヒ




