第五話
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ガラッ
次の日、私はいつも通りに教室の扉を開けると元気よく挨拶をする。
「おはよー!」
扉を開けてすぐに黒板の前にいた星野君は私に向かってにこやかに挨拶をした。
「おっす!」
「おはよ、星野君!」
「今日も制服決まってるね!」
「ありがとう! 星野君は私服派だよね」
ニコリと笑みを湛えながら尋ねると「うん」と星野君も笑顔で答える。そう、私の学校は制服がある学校なのだが私たちが入学する二年前に私服登校でもOKになったのだ。しかし女子の意見はというと私服は毎日コーディネートするのが面倒だし、制服の方が女子高生らしくて可愛いとのことでほとんどの女子が制服を着て登校している。一方で男子は半々と言ったところだろうか。制服派の男子に言わせれば、私服は便利だけれどダサいのがバレちゃうからこっちの方が気楽でいいとのこと。しかし私服派の男子の意見を聞いてみると――
「こっちの方が楽だからね。それに学校帰りこの格好でいろいろ寄り道できるし」
そう言いながら今度はいらずらめいた表情を浮かべる星野君。
「もーう、星野君ったら!」
バシッ!
私は笑いながら星野君の背中を軽く平手で叩いた。しかし――
「イッ!」
星野君は苦痛の表情を浮かべながらその場で縮こまる。
「ご、ごめん!」
とっさに謝り、すぐさま星野君の顔を覗きこみ大丈夫かどうか尋ねる私。
「だ、大丈夫? ほんとにごめん、ちょっと冗談のつもりで軽く叩いたはずだったんだけれど……」
「あ、いや、全然平気だよ! 加藤をびっくりさせようと思って、ちょっとオーバーに痛がってみた! はははっ」
星野君はすぐに笑顔を作り、笑いながらそんなことを言ってきた。
「え? でもさっき本当に痛がってたような……」
「まぁ、ちょっとな。でもほんのちょっとだけ。でも加藤の手、大きいよな。俺、小さいからさ、うらやましいよ」
そう言いながら星野君は自分の手を見つめる。星野君の手は本当に小っちゃかった。うらやましいくらいに小さく、白魚のような指で、手首も細くて、まるで女性そのものの手をしていた。しかしなぜだかその瞬間、ものすごく寂しげな表情を浮かべる星野君。まるで私が自分の手を見つめるときと同じように……。
そんな星野君の表情をじっとみていると、彼と目が合ってしまった。そんな彼がキョトンとしながら聞いてくる。
「どうしたの?」
「え? あぁ、いや、私も手にコンプレックス持ってってさ……」
「あ、ごめん! そんなつもりじゃなかったんだけど、ほんとにごめん……。でも本当にその手がうらやましくて……」
「欲しいものはなかなか手に入らない、それが人生ってもんだよね……」
「……」
私が虚空を見つめながらこんなことをぼそり言うと、星野君は神妙な面持ちで数秒の沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「加藤、放課後ちょっと付き合ってくれないか?」
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帰りのホームルームが終わった後、私は昇降口へ行き星野君が来るのを待った。十分後に星野君が駆け足で私のもとへとやってくる。
「ごめんごめん、待ったよね。ちょっと部活仲間に捕まっちゃって……」
「ううん、大丈夫だよ。ところで部活はいいの?」
私が心配な面持ちで星野君に尋ねると彼は頭をかき、苦笑いを浮かべこう答える。
「そう、それで部活仲間に適当に嘘言って今日は休もうと思ったんだけど思うように上手くいかず、ちょっとてこずちゃってね」
「え? それで、大丈夫なの?」
「うん、今日は勘弁してやるって言われた。はははっ」
「それならいいんだけど」
「今日の話は部活よりももっと大事なことだから」
そう言うと星野君は遠くを見つめながら薄い笑みを浮かべた。
「よし、加藤、じゃぁ行こうか」
「どこに?」
「公園」
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「いやー、ブランコ、久々に乗ったよ」
「俺も」
「結構楽しいもんだね!」
そう言いながら私は思い切りブランコをこぐ。すると星野君はそんな私を見て苦笑し私とは正反対にゆっくりと動かしていたブランコをピタリと止める。
「あんまりこいだら話しづらいだろ?」
「そ、そうだね」
星野君に言われ私もブランコの勢いを緩めた。
「そ、それで話って何? もしかして好きな人の相談とか? ってなんちゃって!」
私が冗談半分でそんなことを言うと星野君は、キリッとした面持ちになり一言こう言う。
「もっと重要なこと」
その言葉を聞いて私もようやっとブランコを止めた。そして星野君の方を見る。星野君はまっすぐ前を見て視線をずらそうとはしない。ずっと遠くにある私には見えない何かを見つめているのだろうか?
「あのさぁ」
「ん?」
すると星野君は前を見据えたままゆっくりと言葉を紡いだ。
「加藤は……誰かを好きになったことはある?」
ドキッ
思ってもみない星野君からの質問に思わず私は肩をビクリとさせる。私はその質問を照れを隠すため、明後日の方向を見ながら答えた。
「ど、どうしたの? 急にそんな質問しちゃって。も、もちろん十六の乙女ですから恋の一つや二つ……」
「そうだよね。俺ももちろんある」
星野君の視線はいまだに前を見つめたまま微動だにしない。
「俺、ネットで知り合った彼女がいてさ、彼女も俺のことを好きでいてくれて……でもおかしなことに出会ってから一年以上も経つのにまだ一度も彼女に会ったことがないんだ」
それって星野君も私と同じ境遇? でもなんで?
疑問に思ったことがつい私の口から洩れてしまった。
「どうして会わないの?」
「俺は会いたい気持ちでいっぱいなんだ。でも彼女がそれを拒んでいるように感じる」
ドキッ
その彼女……
「彼女、何か俺に言えない悩みを抱えているんじゃないかと思って」
「そ、そうかもね……」
私は苦々しい面持ちで俯きながら小さく頷き同意する。
「俺も実は悩みを抱えていて、でも彼女には俺の本当の姿を伝えたくて、会って伝えたいんだけど彼女は俺になかなか会おうとはしてくれない……はぁ……」
彼は切なげな表情を湛えながらそう嘆く。そんな私は鎖を握っている星野君の小さな手を見てつい口走ってしまった。
「星野君も悩みが……もしかして手のこと?」
すると星野君は、ははっと軽く笑い片方の手を鎖から離し、自身の手を見つめ自嘲気味に薄笑いを浮かべながらこう言った。
「そうだね、この小さな手も悩みの一つだよ。俺の手、女みたいだろ?」
「え?」
どう答えていいのか一生懸命に言葉を探すもなかなか見つからない。私は苦笑したままこの場を適当にみつくろう。
「そ、そうかな? はははっ」
「だって、俺……体は女だから……」
「?!」
言葉を失ってしまった。突如発せられた星野君の衝撃の言葉に頭の中が空っぽになってしまい、完全に思考が停止状態に陥ってしまう。
「あ、ごめん、急にこんなこと告白しちゃってどうしていいのかわからないよね。ほんと、ごめん。でもなぜか加藤にならこのこと言ってもいいのかなって……勝手に思っちゃって」
「いや……全然……」
呆然としてしまい言葉が上手く出てこない。
「このこと実はもう一人知ってるやつがいるんだよ」
「え?」
誰なんだろうと思考回路がまだうまく機能していない状態の中で考えてみる。すると一人だけある人物が頭をよぎる。
「あ、もしかして……」
「小さい時から一緒にいた俺の幼馴染、由奈だよ」
「やっぱり……」
そして次の瞬間またもや星野君の口から衝撃的な言葉が飛び出した。
「由奈も俺と同じ悩みを持っていたんだ」
「え? どういうこと……?」
私は思わず横にいる星野君の顔をまじまじと見る。
「彼女も俺の同じで女性が好きなんだ……」
「あ……だから……」
「そう、由奈はエリカのことが好きだったんだよ。俺も一時期エリカのことがなぜか無性に気になって告白したこともあった。それは由奈にものすごいショックを与えたみたいで……俺もなんで一時的だけだとしてもエリカのことが好きになったのかまったくわからないんだけどね……由奈にもエリカにも申し訳ないことしたと思ってる」
「友達としてじゃなく、由奈ちゃんは恋愛対象としてエリカちゃんのことを見ていたのね……。でも好きな人があんな形で亡くなるって……由奈ちゃん可哀想……」
「今の由奈の姿見ていると、ほんと辛くなってくるよ……」
「……」
私はもう何も言うことができなかった。私と同じ悩みを抱えている人がクラスに二人もいたなんて……。
「あ、俺、ちょっと用事思い出した! 悪い、先帰るね。じゃぁ月曜日、学校で」
そう言いながらブランコを少し漕ぎ、勢いをつけてからヒョイと軽く飛び降りる星野君。そして彼は肩にカバンをかけると斜陽を浴びながらゆっくりとこの場を去って行った。
「星野君……」
私は彼の背中が見えなくなるまでずっと目で追っていた。九月の秋空が哀愁を漂わせる。そして心の中でこう呟く。
星野君の背中、私と同じ……寂しげな背中……。
続く
こんにちは、はしたかミルヒです!
第五話を読んでくださりありがとうございます! 早くもヒカル編佳境に入ってきました! 純も由奈もヒカルと同じことで悩んでいたんですね……。
次回もお楽しみに♪
ミルヒ




