第四話
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「加藤! もっと力を入れてサーブしないと入らないぞ!」
「はい!」
「ヒカル、もっと腕を伸ばして勢いよくボール打った方が遠くに飛ぶよ」
「確かに。ありがと、マナちゃん!」
今は、体育の授業で男子はバスケットボール、女子は別コートでバレーボールをしている。私は檀上側のコート、すなわち私は女子たちと一緒にバレーを楽しんでいた。
今までは体育の時間は憂鬱でいつも何かしらの理由を付けて休んでいたけれど、二年生になって今はこうやって女子たちと一緒にバレーをやってる! 体動かすのってほんと楽しい!
「そーれ!」
ボンッ!
「おっ、ヒカル! 初めてネット越えたじゃん! すごい!」
「やった! やったよ、マナちゃん!」
私とマナちゃんはお互いの腕を掴みながらピョンピョンと跳ねてサーブが入ったことを喜んだ。その時ちらりと壇上に座っている見学者の顔を見てみる。
由奈ちゃん、エリカちゃんが亡くなってから、痩せ細ってしまって運動できない状態なんだよね……。あれから何か月も経つのに、まだ傷は癒えないって可哀想だな……。
そして由奈ちゃんの横にいる星野君にも目が行ってしまった。
ところでいつも思ってたんだけど星野君って入学してから一度も体育の授業、受けたことないよね……。なんでなんだろう?
「加藤! よそ見するな! ちゃんと練習しろ!」
「あっ、すみません!」
まぁ、星野君は毎日元気良さそうにしてるし、私が心配することでもないか!
「ヒカル、サーブやって!」
「はい! せーの!」
ボンッ!
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「ただいま!」
そう言って台所を覗くといつも通りお母さんがタンタンタンと一定のリズムを刻みながら包丁で何かを切っていた。その横では両手鍋からグツグツと心地よい音がいい匂いとともに私の耳と鼻を刺激する。
「あら、おかえり。そう言えば、ピーチジャンから荷物届いてたわよ」
「おっ! やっと部屋着来た!」
「もーう、まーた無駄遣いして!」
お母さんは包丁を手に持ちながら私の方を見て叱咤する。って包丁を私の方に向けないで! 怖いよ~。お母さんに刺されてはいけないと思い、私はとっさにスクールバッグを胸に抱え防御する。
「無駄遣いじゃないもん! 大事なものだもん! ねぇ、その荷物ってどこ?」
「ヒカルの部屋に置いておいたわよ。でもあなた部屋着いっぱい持ってるじゃない? ってヒカルー!」
バタンッ!
へへへっ! こういう時は逃げたもん勝ちなのよ!
部屋に入り、ドアを閉めると勉強机の上にあるピーチジャンの箱が私の目に入ってきた。私は目を輝かせながらその箱を手に取る。
「ついに来たわね~! 私の可愛い部屋着ちゃん!」
カッターナイフでガムテープを切り、箱を開ける。そしてゆっくりとその中身の物を持ち上げ、感嘆の表情を浮かべながらビニール袋からそれを取り出す。
「あーーー! 可愛い~~~~!!」
私はあまりの可愛さに思わずその部屋着をギュッと抱きしめてしまった。小さいキティちゃんやハートがモコモコの黄色い生地の上にたくさんちりばめられていて、何ともラブリーな部屋着なのだ。我慢できず私は早速着てみることにした。
「キャー! やっぱり可愛い~~~!」
思わず私は姿見の前に立って色々なポーズを決めてみる。指を顎に当てて裏ピースのポーズ、鏡を背にしながら手を腰に当てて振り返るポーズ。
「う~ん、決まってるぅ~!」
すると夕食を知らせるお母さんの声が部屋まで聞こえてきた。
「ヒカルー! 夕食できたわよー!」
「はーい、今行く!」
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下に降り、リビングに入るとすでにお父さんがビールを片手に酒の肴をつまんでいた。
「おっ、ヒカル! 今日の部屋着は可愛いなぁ! 女の子っぽくっていいぞ!」
「ありがと! ってもう酔っ払ってるでしょ~!」
「お父さんは、お酒は強い方だ! 酔っ払ってなんかいませんよっちゃん! ははははっ」
「はいはい、わかりました」
そう言いながらいつもの何気ない会話を楽しむ私たち。でも一つだけ変わったことと言えば――――そう、お父さんはすでに私のことを女性だと認めてくれていること。その上お父さんだけではなく誰もが私のことを女性だと認めてくれているのだ。そんな今の世の中で生きていることを考えると本当に毎日が幸せな気分でいっぱいになる。なんで急に私のことをすべての人が女性だと認めてくれるのか理由はわからないんだけれど……まぁ、なんだかんだ考えるより今のこの素晴らしい世の中に感謝するべきだよね。ありがとう、神様……。
「はいはい、可愛いのはわかったからもう無駄遣いはしないこと。そんなことしていたらいつまでたってもお金が貯まんないわよ。いいわね?」
私が上を見上げて自分が勝手に作りあげた神様に感謝していると、お母さんは私の席にサラダを置きながら私の無駄遣いについて戒める。
「えー! 私ブロッコリー嫌いなのに入ってる!」
「ちょっと、聞いてるの?! もーう、あなたのためにお母さんは忠告してあげてるのに~」
「でもぉ……」
私が困った顔で指と指を絡ませながらちらりとお父さんの顔を見ると、お父さんは顔を赤らめながら高らかに笑い、私を援護してくれた。
「いいじゃないかぁ~! ヒカルも年頃の女の子なんだ。可愛く着飾ったりとか、とにかくおしゃれはしたいものさ。ハハハッ」
「もーう、あなたからもビシッと言ってくれないと困るのにー! 酔っ払ってる場合じゃないわよ!」
「やっぱり、お父さんは私の味方だね~!」
そう言った直後、私はわざとらしく、犬のように鼻をクンクンとさせ、今日の料理を言い当てる。
「う~ん、この匂いはクリームシチューですな~。九月になってちょっと肌寒くなってきましたからね~。グッドチョイスですわ~ん! じゃぁ、お皿にシチュー盛ってくるね~」
「もーう、ヒカルったらすぐ逃げるんだから~」
私は台所に行き食器棚からスープ皿を取り、鍋のふたを開ける。開けた途端に濃厚なチーズの香りが湯気とともに私の鼻を刺激した。我が家のシチューは昔からチーズがたくさん入っており、これが当たり前だと思っていた。しかし友達の家でシチューをごちそうになったある日、チーズの味がしないのを不思議に思いそのことを友達に伝えたら、「え~、ありえな~い」と言われショックを受けたことを今でも覚えている。でもこれがうちのシチューなんだ! やっぱチーズ入ってないと物足りないよね~! あぁ~、この匂い! 最高! ってシチューにもブロッコリー入ってるし……。私は緑色の野菜を取らないように慎重に皿にシチューを盛る。
あぁ、それにしてもお父さん、私のことを何時もかばってくれて優しいなぁ。よくお母さんは、「お父さんはあんな性格だから余計なことは言わないほうがいいのよ。下手なこと言うと後悔するわよ」なんて言ってたけれど、それはお母さんの思い過ごしなんだと気づいたよ。それになんか最近、家族と会話するのもすごく楽しくなってきたし! やっぱりそれもこれも今の世の中が私を女性と認めてくれているからなのよね!
そんなことを思いながら幸せを噛みしめていると、リビングからお母さんがやってきた。
「ちょっと、ヒカル! おたまからシチューこぼれてる!」
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「さて、ジョニーズのテレビ番組も見たしお風呂に入ってこようかなぁ~」
「今日の風呂は、ラベンダーの風呂だったぞ~! 早く入ってこい。そしてお父さんと一緒にアイス食おう!」
そう言いながらもお父さんの手にはすでにカップのアイスあった。
「夕食食べたばっかなのにアイス食べるなんて、絶対太るからイヤ!」
「お父さんはまだまだ乙女心というものがわかっていないのね。ふふふっ」
お母さんはそう言うと抹茶のソフトクリームをぺろりと舐める。
「お前こそアイス食べないほうがいいんじゃないのか? また太るぞ?」
「あ~な~た~!!」
「いやだって、本当のことだろ?」
「あなたこそ、下っ腹がたぬきみたいじゃない!」
「あ~りゃりゃ……これは長くなりそうかな」
そんな言葉を呟きながらトホホ顔でその光景を眺める私。
お父さん、お母さんの逆鱗にそうも簡単に触れるとは……ささ、今のうちにお風呂に入ってこう!
リビングを出て突き当りを右に曲がると脱衣所がありその奥に風呂場がある。
今日は体育があったから汗いっぱいかいちゃった。早くシャワー浴びないと。
そう思いながら私は服を一枚一枚脱いで裸になった。ふと脱衣所にある洗面台の鏡を見てみる。
「……やっぱり男……」
自分の体を見てこの言葉が思わず口からもれた。もう見たくはないのですぐに鏡から目を離し、お風呂場へと入った。
ポチャン
浴槽につかると水の音がお風呂場全体に反響する。
さっきまで楽しい気分だったのに、自分の体を見た瞬間気分が落ち込んでしまった……。
「もう、私ってば、何言ってんのよ! 今の世の中で十分じゃない? 私は幸せ者なの。みんなが自分を女性だって認めてくれるだけで十分……いや、十二分じゃない? 何を落ち込んでるのよ? 今の状況で満足しないでどうするのよ……」
でも考えてしまう。本当に人間というものは欲深い生き物だ。今の状況で満足しなくちゃいけないのにこれ以上を求めてしまうこんな自分がイヤ……。
そう思い私は頭の中を空っぽにするため思い切りもぐってみる。
バシャーン
「プハッ!」
でもやっぱり自分の頭を空っぽにすることはできなかった。
「もーう、サイテー……」
続く
こんにちは、はしたかミルヒです!
第四話を読んでくださりどうもありがとうございます<(_ _)>
早くも夢の中の世界に突入しました! 自分を女性と認めてくれる世の中になったのはうれしいものの結局体は男のまま……。そんなジレンマと戦いながらヒカルの話は続いていきます。
明日もお楽しみに!
ミルヒ




