第一話
『ジュンイチ君に会いたい……』
『俺も早くヒカリちゃんに会いたい! いつ会えるのかな?』
『高校を卒業したら……かな?』
『そっか……。でもあと一年以上もだなんて待てないよ』
『そうだよね……。でも……今は会えないの……』
その言葉を最後にチャットを終了させたヒカル。終了させたと同時に一階から母親の声が聞こえてきた。
「ヒカルー! 夕食ができたわよー!」
「はーい! 今行くー!」
ケース8:女の子になりたい(ヒカル編)
(あぁ、こんなにもジュンイチ君に会いたい思いでいっぱいなのにどうしてこんなにも胸が苦しいのかしら……)
そう思いながらヒカルは憂鬱な面持ちで夕食のから揚げを口に運ぶ。
「ヒカル、そんな顔しちゃってどうしたのよ? 今日はヒカルが好きなから揚げよ」
そんな面持ちのヒカルを見て母親もまた心配そうにヒカルを見つめた。
「ううん、何でもない。ちょっと考え事してただけ」
そう言うとヒカルは無理に笑顔を作りご飯を一口食べ、自分の気持ちをはぐらかした。
「そうだ、ヒカル、お前が高校で女子生徒の制服を着ていると父さんの会社の人が言ってたんだけどそれって冗談だよな?」
ヒカルの父親の英寿がその言葉を発した瞬間、ヒカルはもちろんのこと、母親の京香、妹のあずみまでもがビクリと肩を震わせた。
そんな様子の三人を見て父親は目を点にさせ、きょとんとする。
「何だ、何だ? もしかしてその話、本当なのか?」
家でのヒカルの姿はふわっとした亜麻色のボブヘアにぴったりなユニセックスのブルーの部屋着、そして可愛らしいカエルのスリッパを履いていた。
「そ、そんな話デタラメだよ! そ、そんなこと僕がするわけないだろ」
そう言いながら左手を左右に振り、必死で否定するヒカル。
「そうだよな~! 俺の息子に限ってそんなことするわけないもんなぁ~。そいつ、ヒカルにそっくりな子と見間違えたのかもしれないしな。ほら、お前ってどっちかっていうと中性的な顔してるだろ?」
「そ、そうね、ヒカルは背格好も女の子っぽいからね」
英寿のそんな言葉を聞いてすかさず母親の京香は話を合わせる。
「でもあれだな、もうちょっと男っぽいところあってもいいよな~。確かに見た目、男って感じゼロだもんな! はははっ、そんなんじゃ女子にいつまでたってもモテないんじゃないか?」
英寿はそう言って笑いながらビールを片手にから揚げをパクリと丸ごと口に入れる。
(女子にモテる必要なんかないよ……。ジュンイチ君にだけ好かれればそれでいいのよ……)
そう心の中で嘆きながらヒカルは再び大好きなから揚げを口にした。
パクッ
■■■
月曜日、ヒカルはパジャマから制服に着替える。父親の英寿はいつも朝早く出勤するのでヒカルや妹のあずみの制服姿を見ることはない。
「うん、これでよしっと!」
そう言ってヒカルは姿見の前に立ちスカートをひらりとさせながら自身の姿を見てにんまりと微笑む。そして頭の左側にシルバーの可愛らしい猫のヘアピンをパチンと留め、紺のスクールバッグを手に持ち部屋を出た。
階段をタタタッと早足で降り、洗面所で歯を磨いているあずみに手話で挨拶を済ませ、洗濯かごを持った母親の京香と廊下ですれ違いざまに挨拶をかわす。
「お母さん、じゃぁ行ってきます!」
「行ってらっしゃい! あっ、お弁当忘れないでね!」
「もう持ったよ~ん」
そう言いながらヒカルは玄関でカエルのスリッパから黒のローファーに履き替え、勢いよく扉を開け家を出た。
それと同時にドアについている呼び鈴も軽やかな音色を響かせる。それはまるで――――
カラ~ン!
「いらっしゃいませ! ドリームショップへようこそ!」
「ここは……?!」
店の外見とは裏腹にショッキングピンクの上に黒と白のうずまき模様が描かれた内壁。それを見た途端目を丸くさせるヒカル。そしてまた夢子の格好を見てヒカルは口をあんぐりさせていた。
「ここは……ゴスロリ系のショップですか?」
そんなヒカルの質問に「フフフッ」と笑い声を出しながら夢子は笑顔でこう答える。
「いいえ、加藤様、ここはゴスロリショップではなくドリームショップでございます」
「ドリームショップ……?」
ヒカルは夢子の言葉に首を傾げ不可解な表情を浮かべた。夢子は再びニコリと笑いヒカルに説明する。
「はい、このドリームショップは店名通り、夢を売るお店でございます。ウフッ♪」
「夢を売る……?」
その言葉を発しながらヒカルは先ほどと同じしぐさをする。そんなヒカルの様子を見てクスリと笑い、夢子はほかの来客にも言っているこの言葉を述べた。
「はい、さようでございます。では加藤様のかなえたい夢をおっしゃっていただけますか?」
「え? え? いきなり……ですか?」
当然ヒカルは困惑する。
「加藤様のかなえたい夢はなんでもかなえて差し上げますわ。さぁ、ワタクシにおっしゃってください」
「そ、そんな急に…………」
口ではそんなことを言ってたヒカルだがすでに一つのかなえたい願いが頭の中で駆け巡りそれをいつ口に出すべきか悩んでいたのだ。
(夢……それは物心が付いた時からずっと思っていたこと。それは…………)
「女の子になりたい」
「え?!」
ヒカルが心で呟いたセリフをそのまま夢子が声に出す。なぜこの店員は自分の夢を知っているのかわからないヒカルは驚愕の表情で夢子をただただ見つめていた。
「ですわね。ウフッ♪」
「ど、どうして……そ、それを……?」
やっとの思いで口を開いたヒカルは夢子という人間がどういう人間なのか不思議で仕方がなかった。
(なんで、どうして私の夢がわかるの? それに彼女……私の名前を最初から知ってた……)
「ウフッ。気になりますか?」
「え?!」
「私はある日を境に人の心が読めるようになりました。でも超能力者ではございませんよ。ワタクシはただの……」
その時、なぜか夢子が言葉を詰まらせる。それと同時に彼女は表情を曇らせた。その言葉の続きが気になるヒカルは夢子の言葉を復唱し続きを促す。
「ただの……?」
すると夢子はコホンと小さく咳払いをしニコリと笑みを湛えながらこう答えた。
「ワタクシ、ただの人間でございますから」
「はぁ……」
(絶対に普通の人間じゃないことは確かだよね……。でもこういう人だからこそ本当になんでも望み通りの夢をかなえてくれるのかも)
しかし夢子は俯き切なげな表情を浮かべながらヒカルの夢に待ったをかけた。
「加藤様、その加藤様の夢なのですが、まことに残念ながら人間の身体そのものを変えてしまうことは、万物の法則に反する行為なのでございます」
「じゃぁ、私は男として生まれてきた以上、やはり男としてこの体を受け止めて行かなければいけないということですね……」
そう言うとヒカルは落胆しがっくりと肩を落とした。しかしすぐさま姿勢を元に戻し、髪を触りながら自嘲気味に空笑いをする。
「はははっ、そ、そうですよね! 女の子になりたいだなんてそもそもあり得ない夢なのに! な~に本気になってんだろう……」
最初は元気に話していたものの、次第に頭が下を向き最後の方はあまり聞き取れないくらいのか細い声で魂を吐き出すかのようにぼそりと呟いた。
「そうですわね、加藤様を女性に変えることは今の加藤様自身をすべて否定することになってしまいますからね。つまりそれは加藤様ではなくなってしまうということ……」
「ですよね……。わかりました! まぁでも自分の夢を誰かに聞いてもらっただけでも幸せです! それに店員さんは私の気持ちをちゃんと受け止めてくれましたし! もしこの気持ちをお父さんに言ったらどうなるのか……ってどーでもいいことですね! ごめんなさい。では失礼しました」
そう言うとヒカルは夢子に向かって一礼し、この店から去ろうとした。しかし夢子はヒカルを引き留める。
「お待ちくださいませ、加藤様」
「え?」
夢子のその言葉にすでに背を向けていたヒカルは振り向き彼女を見た。すると夢子は不敵な笑みを浮かべ悪魔のささやきともいうべきか、ある提案をヒカルに伝える。
「女性になれないならば、加藤様を女性と認めてくれる世の中にしてしまえばいいとは思いませんか?」
「…………」
突然の提案にヒカルの思考は停止してしまう。
「そのような世界にすれば、加藤様のご家族、お父様でさえも加藤様を女性だと認めてくれるのでございます。グッドアイディアだとは思いません?」
そう言い右手の人差指を頬に当てウインクする夢子。
「た、確かに言われてみると……」
(私を女性だと認めてくれる世の中……。お父さんはもちろんのこと、ジュンイチ君も私のことを女性だと認めてくれる……。ということはこの願いがかなうならすぐにでもジュンイチ君に会うことができる!)
「て、店員さん!」
背筋を伸ばし緊張気味に、しかしその声色には覇気があふれていた。そんな姿のヒカルを見て再び微笑を浮かべる夢子。
「はい、なんでしょう?」
「私、その夢を買います!」
続く
お久しぶりです、はしたかミルヒです!
とうとうケース8まで来てしまいました。意外に早かったかな……。ケース8は女の子になりたいと悩む少年(少女というべき?)ヒカルの話です。どうぞ最後までお付き合いくださいませ<(_ _)>
ではまた明日!
ミルヒ




