第九話
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あの日から二日後に父の葬式が行われた。あの日の出来事を思い出すたびにこれが夢だったらどんなにいいか……と何度も何度もその思いに駆られた。
そして再び月日は流れ、二か月後、私は意を決してある人物に手紙を書くことを決める。
確か遺品の中にお父さんの手帳があったはず……。
そう思いながらお父さんの遺品の中から手帳を探す。
あっ、あった!
手帳の住所録を指でなぞりながら探すと私の探していた人物の住所を見つけることができた。その住所をさっそく自分のメモ帳に書き写す。
この人にちゃんとお父さんの気持ちを伝えなきゃ……。葬式にも来ていないということは知らなかったってことだし……。教えてあげればよかったんだけど……でも私……。
そんな罪悪感に駆られながら私はその人物への手紙を書き終えた。
これで……たぶんわかってくれるはず……。あとはこれをポストに入れるだけ……。
私は早速出かける準備をし、ショルダーバッグにその手紙を入れた。
じゃぁ、行ってきます……。待ってってね……。
そう心の中で呟きながら私は薄い笑みを湛え、お父さんの遺影を見た。
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平日の午後の駅はさほど混雑していないので助かる。私は最寄り駅のすぐ横にあるポストにその手紙を投函し、そのままその足で駅の中に入り片道切符を買った。ホームに入り十分ほど待つと鈍行列車がガタゴトと音を出しながらゆっくりとホームに入り停車する。それに乗車し私は海辺の小さな町へと目指す。
う~ん、磯の香りがほのかにしてきた……。
電車を乗り継ぎ約三時間ぐらいだろうか? 駅員さんが人目を引くようにとペンキで無理して派手にしようとして、結果失敗したような小さな駅に私は苦笑いを浮かべながら下車し、駅の近くを走っていたタクシーに乗り込みそのまま海辺へと向かった。
タクシーから降りるとそこはやはり十二月。人っ子一人もそこにはいなく、ただ肌を刺すような冷たい潮風だけが強く吹いていた。私はコートを脱ぎ靴も脱いだ。そしてゆっくりと海に向かって足を前に進める。チャポッ チャポッと足に水が跳ねる。
一歩一歩がとても冷たくまるで氷の上を裸足で歩くような感覚だった。そんな冷たさに歪む顔もまた潮風に当たってとても痛かった。でもそれよりもなりよりも地平線の向こうに行けばお父さんに会えるかもしえないという思いの方が強く、そんな痛みにも耐えることができた。
待ってってね、お父さん……。
そう心の中で唱えながら私は海の向こうに見える地平線へ向かって歩みを進める。
茜色に染まる夕空と紺碧の海。とても美しいコントラストだった。もう冷たさなんて微塵も感じない……。海と一体になっていく感覚を生まれて初めて私は体験した。
私を支えてくれたみんな……今までどうもありがとう……。
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「あれ? 手紙が届いてる。誰からだろう? しかも母さん宛だ」
「ノボルー! ご飯出来たよ!」
「今行く!」
「母さん、郵便受けに母さん宛の手紙が入ってたよ」
「あら、こんな可愛らしい封筒に……でも差出人が書いてない……。一体誰からだろうね?」
「手紙の中に書いてあるんじゃない? 見てみなよ」
「だね。どれどれ」
ビリビリ ガサッ パラッ
「あっ、この字は!」
『拝啓 金子和歌子様
十二月、めっきり寒くなりました今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?
いきなりの手紙で驚かれたでしょう。しかし私は和歌子さんに伝えたい気持ちがあり、その一心でペンを握りました。まず先に和歌子さんに謝らなければなりません。何故ならば和歌子さんに未だに伝えていなかったことがあるからです。それは……私の父親、山田龍二は不慮の事故により亡くなったことです。本当はそのことを和歌子さんにも伝えたかったのですがあまりのショックからか私は失声症になってしまい(すなわち声が出せなくなってしまったのです)和歌子さんにこのことを伝えることができずにいました。二か月以上もたったのに今まで何も言わず日々を過ごしていたことに対して申し訳ないことをしてしまったと大変悔やんでおります。本当にごめんなさい。そして以前私が父親が和歌子さんのことを「金づるとしか思っていない」と言い放ちましたがそれは全くのウソです。最初はそのつもりで和歌子さんと付き合っていたらしいですがだんだんとあなたに本当に惹かれて行ったようです。父が生前、こんなことを泥酔しながらも言ってました。
「和歌子、愛してるぞ」と……。
今まで嘘をついていてごめんなさい。今だからはっきりと言えます。
父はあなたのことを本当に愛していました。
ではこの辺で筆をおかせていただきます。
敬具
山田満里奈
追伸:久々に手紙を書いたので上手く伝わったかどうか心配ですが……
「そうだったんだ……」
「母さん? それで手紙は誰からだったの?」
「え? あぁ、昔清掃会社で一緒に働いてた女の子からだよ。大したことない内容さ。ささ、はやく昼食いただこうじゃないか。ご飯が冷めちまうよ!」
「そうだな、おなかぺこぺこだし!」
アイツめ……やっぱりあいつのことは…………
上の世界から見ていたけれどやっぱり私は金子和歌子が嫌いだ。
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ブルルルルッ ブルルルルッ
携帯のバイブ音が私に七時を知らせる。
朝……。私は……生きている。
目を覚ました満里奈は天井をぼんやりと眺める。
そっか、これは夢だったんだ……。夢だったらよかったのにって夢の世界の私が言っていたけど……本当に夢で良かった。でも私、なんでこんな夢見たんだろう……?
そう思った瞬間満里奈は何かを思い出し、目を見開く。
はっ!
満里奈は体をくるりと回転させうつぶせの状態から上半身だけを起こしベッドの棚に置いてある小瓶を手に取る。
そうだ、私この液体を飲んだんだった……。もしこのままあの店に行かなかったら……今の夢が現実になる!
つづく
こんにちは、はしたかミルヒです!
第九話を読んでいただきどうもありがとうございます!
やっぱり案の定、夢の中の出来事は最悪のものとなってしまいましたね……(-_-メ)
次回、満里奈編最終回です。満里奈の現実の未来は幸か不幸か? お楽しみに♪
ミルヒ




