第七話
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「はぁ~、はぁ~……」
ため息しか出てこない。私はどこかわからぬ暗い夜道をただただトボトボと当てもなく歩き進めていた。途中で足を止め私は顔を上にあげる。なぜか今は夜空を眺めたい気分だったのだ。暗い空にマンションの窓からの灯り。数えられる程度の数個の星。そんな夜空にぽっかりと浮かぶ半月。数分間見つめる間に先ほどの出来事が私の頭を駆け巡った。
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「あ、ありがとう。な、なんて言っていいんだろう。俺、女性から告白されたの初めてだからさ。ハハハッ」
私の告白を聞いた後、頭をポリポリとかきながら秋田先生は若干早口で言葉を発した。
「なんか、こんなこと急に言っちゃってごめんなさい……」
「いや、まりなっちが謝ることないんだって。てかすごくうれしかったし……」
そして先生が話した直後、一気に沈黙がこの部屋を襲う。
「……」
私はもう何も言うことができずにいた。下を向き手持無沙汰の両手の指を適当に絡める。早くこの場から逃げ出したい気分でいっぱいだった。早くいつもの雰囲気に戻ってほしかった。すると再び秋田先生が俯きながらゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「も、もう一度言うね……。こんな俺なんかを好きになってくれてありがとう。マジでほんと嬉しかった。で、でも……」
「でも」という言葉が出た瞬間、私は先生が何が言いたいのかを悟ってしまった。
「俺には好きな人が……」
「わかりました。ご、ごめんなさい、ほんと急に変なこと言っちゃって! あ、もうこんな時間! お父さん、心配するから私帰りますね」
先生の言葉を途中で遮り私はタハハと笑いながらそんなことを口走ってしまった。急いでジャケットを羽織り、「お邪魔しました」と早口で言いながら頭をペコリと下げ玄関へと向かう。すると私の背中越しから先生の声が聞こえてきた。
「お、送るよ!」
私は振り向かずに「いえ、大丈夫です」とだけ、今にも泣きそうな声で答えた。
そう、私の目には涙が溜まっていた。それこそ針で涙袋をツンと突いたら破裂してしまいそうなほどに……。だからこそ秋田先生の方を振り向かずに……いや、振り向けずにいたのだ。そして私は彼の家の扉をバタンと閉め夢遊病者のようにフラフラと彷徨い歩いた。
夢だったらよかったのに……。このシーンすべてが夢だったら……どんなに良かっただろうに……。
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風がビューッと音を鳴らし、まるで私のコートを脱がせようとばかりに私の体に強く吹き付ける。ここでふと『北風と太陽』の童話を思い出してしまう。
「ほんと、最近めっきり寒くなってきちゃったよな。北風に裸にされる前に家に帰らなくちゃ」
そう言いながら私は上にあげていた顔をもとに戻し再び勘だけを頼りに家路へと足を動かし始めた。
その途中、軽くため息をした後私はポツリこんな言葉を口にする。
「でも……これでよかったんだよね。悔いなんてないよね。想いを伝えることができただけで十分だったよね……」
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家に帰り、リビングにある時計を見ると時刻は午前二時を回っていた。
わぁ~。もうこんな時間になっちゃってる! お父さんに気づかれないうちに早く寝ないと!
そう思い、冷蔵庫の中からミネラルウォーター取り出し、それを自分専用の可愛いキャラクターが描かれたガラスコップに入れる。しかしそのコップを持ち上げた瞬間手が滑ってしまい――――
「あっ!」
ガッチャーン!
無情にも大きな音を家中に響かせてそのコップはスイカ割りをした直後のスイカのごとく勢いよく割れた。
その状況にただただ「ヤバい、ヤバい」と繰り返し呆然とする私。私のお気に入りのコップが大きな音を出して割れてビックリしてしまったということもあるのだが、それ以上に「お父さんを起こしてしまった。どうしよう?」という思いの方が何十倍も強かった。その時なぜか家の戸が開かれる。
ガチャ
「お、お父さん?!」
「お~う、ま~りな! ただいまぁ~~~~」
お父さんはへべれけに酔っ払っていた。おぼつかない足取りで部屋に土足で上がろうとするお父さん。
「ちょっとお父さん! ちゃんと靴脱いで!」
そう言いながら慌ててお父さんのところに駆け寄り、私は靴を脱がせ、私より何十倍も重いお父さんを抱きかかえながら部屋へと運んだ。
「わりぃ~、水! 水くれないか~?」
顔を真っ赤にし目をトロ~ンとさせながらお父さんは裏返った声で私に水を催促する。
「はいはい、ちょっと待ってってね。今あげるから」
私はそう言うとやっとの思いでお父さんをソファの上に寝かせ、流し台の上に置いてある先ほどのミネラルウォーターをコップに入れお父さんのところまで運んだ。
「お父さん、水持ってきたよ」
反応がなかったのでお父さんの顔を覗き込むようにもう一度言う私。
「お父さん……って寝てるし……」
仕方がないので私はコップを近くのテーブルの上に置き、毛布をお父さんにかけてあげた。
「も~う、世話が焼けるんだから……」
そう言いながらも私はそんなお父さんの寝顔を見てつい微笑んでしまう。
「あ、そうだ! 割れたコップ片づけないと!」
そうして私は流しに向かおうとしたとき忘れもしないお父さんの寝言が私の耳に聞こえてきた。
「和歌子~~~! あいしてるぞぉ~~~!」
「え?」
振り返るとお父さんは口をモグモグさせ気持ちよさそうに寝ている。
「グゥー グゥー……」
お父さん……やっぱりあの女のことが……。
続く
こんにちは、はしたかミルヒです!
第七話を読んでくださりどうもありがとうございますm(__)m
満里奈編では、満里奈が英治に告白するも断られてしまうという話にしました。満里奈ちゃん、こんなかわいい子なのにねぇ~。ってでも二股されるより全然いいか!
ってなことで明日もお楽しみに♪
ミルヒ




