第五話
本日は二話連続投稿です。(本日一回目)
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『ベン君、私、ずっとあなたのことが好きだった……。私たちは幼馴染だけれど、私はずっとあなたのこと異性として意識しながら見ていた……。私が急にオタクコミュニティーに参加したのもベン君にもっともっと近づきたかったから。それに、ベン君がほかの女性と楽しくオタク話をしているところを見たら嫉妬してしまって……私……あぁ、もーどうかしちゃってるよね。はははっ……』
『薫ちゃん……』
久々にアニメのDVDを見た。しかも先生の家で、二人きりで……。そんな緊張した面持ちのまま、ふと横目で秋田先生を見てみると目を凝らしながら真剣なまなざしでテレビの画面を見ている。秋田先生曰く今年一押しのアニメだとのこと。
ラブコメか……。秋田先生の漫画の参考にはなるかもしれないけれど私が描きたい漫画の参考にはならないな……。
そんなことを思いながらふと携帯の画面を見てみると時刻は午後十時を過ぎていた。
もうそろそろ終わりだよね。どうせ、なんだかんだ言いながらこの二人くっつくんでしょ? 幼馴染がくっつく設定は王道よね。
なんとなくこのアニメを分析してると横から凄まじい音が聞こえてくる。ふと先生の方をちらり見てみると――――
え? 寝てるーーーー?! うそ! さっきまで食い入るように見てたのに……。
グースカといびきをかきながらよだれを垂らして寝ている秋田先生がそこにいた。
私はそんな先生の寝顔を見ながらクスリと笑ってしまう。
横に女性がいるっていうのにいびきしながら寝ちゃって。まぁでも、先生疲れてるんだよね。しっかし先生の寝顔子供っぽい……。いたずらしたくなっちゃうな。フフフッ。
私は近くにあったここに家に似つかわしくない羽毛布団を先生の上にそっとかけてあげた。そして私は足音を潜め、この家を後にする。ドアを閉める前に私は一言つぶやいた。
「おやすみなさい」
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ピッピッ ピッピッ
重い瞼のまま携帯のアラームを止める私。
「う~ん、あともうちょっと……」
そう言いながら私は再び夢の世界へ入って行ってしまった。
『え? 先生、彼女とも付き合っていたの……?』
『いや、まぁ……』
『先生! はっきり言ってよ!』
『……あぁ、つ、付き合っていたよ……』
『じゃ、じゃぁ、私とは遊びだったってこと?』
『そ、そんなわけなんじゃんか! 俺はまりなっちのことが好きだ』
『じゃぁ……どうして彼女と手をつないでいたの?』
『そ、それは……彼女のことも好きだから……』
バサッ!
「な、なに今の夢?!」
私はあまりにもぶっ飛んだ夢の内容に思わず飛び起きてしまう。
もーう、せっかく二度寝したっていうのに最悪の夢見ちゃったじゃない……。
顔に手を当てながらその夢を必死に忘れようとする私。その時部屋の扉が開いた。
ガチャ
「あ、お父さん」
「満里奈、今日ナトリに行くんだろ? 早く準備しろよ。俺午後から用事あるんだよ」
「そうだった! すぐ準備するからあと十分待って!」
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お父さんご自慢のスカイブルーのワゴン車でナトリへと向かう。自宅から車で約二十分ほど走らせると緑色の大きな看板が見えてきた。
「あ、ナトリ、発見!」
「あぁ」
ナトリの大きな駐車場に車を止め、私とお父さんは店の中へと入る。
「わぁー、久々に来たけど何かいろんなものが増えてる気がする! ほら見て! 白くまの抱き枕! 超かわいい!」
私はその枕を手に取りギュッと抱きしめながらお父さんに見せると、お父さんは薄い笑みを浮かべながら私を促してくる。
「確かに可愛いけど、今日は座椅子を買いに来たんだろ? ほらそれは後だ。先に座椅子を買わないと」
「あ、そうだよね。ごめんごめん!」
私はその抱き枕を元の場所に戻し、座椅子コーナーへと向かった。するとそこには――――
秋田先生?!
先生は一生懸命に座椅子を吟味していた。そしてライム色の座椅子を見てにこりと笑っている。私は気づかれないように秋田先生の背後に向かってそぉーっと近づき、そして声をかけた。
「ワッ!」
「うわぁーー!!」
先生が目をまん丸くし思わず後ろへ仰け反る。
「先生、おはようございます!」
「山田さん! もーう、驚かさないでくれよ~。心臓に悪いだろう?」
「あ、ごめんなさい」
「ん? ……?!」
そんな秋田先生は私の後ろにいたお父さんにも気づき、声には出さなかったもののまたもや驚愕の表情をあらわにしていた。するとお父さんが一歩前に出てきて先生に挨拶をする。
「こんにちは、満里奈の父親です。いつも娘がお世話になっております」
「こ、こんにちは……」
こんにちはと言いながらもなぜか身構える秋田先生。
何で先生、怖がってるんだろう? まぁいっか。
そんな先生を置いといて私は、ライム色の座椅子を手に取りそれを運ぼうとしたとき先生は私に声をかけてきた。
「山田さん、仕事用に使う座椅子なら俺が買うよ。俺今日、山田さんが使う座椅子を買いに来たんだから」
先生ってばほんとに気遣い屋さんなんだから……。
そんなことを思いながら私は首を横に振る。
「先生、私は作業道具は全部自分でそろえたいんです。だから座椅子も作業するための道具の一つなので、もちろんこれも自分で買います」
「いや、でもこれを山田さんが買うのは……」
その時、私の後ろにいたお父さんが先生に声をかけてきた。
「秋田さん、満里奈に買わせてやってください」
「え……あ、そ、そうですか……」
そう言いながらまたもや恐怖におののく秋田先生。
何をそんなに怖がっているんだろう? ってか汗かきすぎでしょ……。顔から雨が降ってるよ……。
私とお父さんはレジの方に向かいライム色の座椅子を買う。
あ、しまった白くまの抱き枕買ってもらうの忘れた。今更お父さんに言うのもなあ……。まぁ、また今度でいっか。
無事に座椅子を買い終え、私たちは店を出た。その時、お父さんがこんなことを私に尋ねてきた。
「今日は秋田さんの漫画の手伝いはしなくてもいいのか?」
そんなお父さんの質問に残念そうに答える私。
「うん、もう仕上げ段階だから一人でも十分なんだって。私が手伝うのはまた来週だよ」
「でも仕上げだって一人でやるより二人でやった方が効率的だろ?」
「まぁ、確かにそうだけど……」
するとお父さんはすでに店から出ている秋田先生を見つけて彼の肩をポンポンと叩く。振り向いた瞬間またもや身構える秋田先生にお父さんはこう言った。
「すいません、うちの満里奈が今日も秋田さんの家でお手伝いをしたいと言ってるんですが、いいでしょうか?」
そんな言葉を発するお父さんに私は慌てふためいてしまった。
「ちょ、ちょっと、お父さん!」
しかしそんなことは心配無用だったらしく秋田先生は上ずった声になりながらも承諾してくれた。
「も、もちろんいいですよ。山田さん……いや、ま、満里奈……さんが良ければ」
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コンコン コンコン
午後一時、私は家の戸を叩く。その時なぜか私は口元をほころばせてしまう。
なにニヤニヤしちゃってんのよ、私のバカ! ただ先生のお手伝いにし来ただけなんだから!
そう自分に言い聞かせながらも左手に持っていた白い箱を見てまたニヤリとしてしまった。
先生、喜んでくれるかな?
そう思っていると戸が開けられた。
ガチャ
「こんにちは」
そう言いながら私は軽くお辞儀をする。
「あ、ど、どうぞ、入って」
秋田先生は頬を赤く染めながら手で中に入るように合図をしてきた。
私は地べた置いていた座椅子を右わきに抱え玄関に入る。すると先生は私から座椅子をひょいと取り上げ部屋の中へと運んでくれる。
「ありがとうございます」
そんな秋田先生を見て再び笑みをこぼしてしまう私がいた。
……っといけない! 靴脱がないと。
部屋に入るともうそこには汚い部屋など存在しなかった。
私のために部屋の掃除をこまめにやってくれてるのね……。そんなことを思いながら私は左手に持っている白い箱を秋田先生に渡す。
「先生、家で作ってきました。お茶うけにどうぞ」
「おっ、サンキュー!」
そう言って嬉しそうにニコリと笑みを浮かべながらその箱を受け取る先生。
「あ、今お茶入れるから先に座って待ってって。一緒に食べよう」
「はい」
先生がお湯を沸かしている間に私は今日買ってきたライム色の座椅子に早速腰を下ろす。
うん、いい感じ! リクライニングもバッチリね!
そんなことを思っていると先生がなぜか紅茶(しかもアールグレイ)と先ほど渡した白い箱を私の作業テーブルの上に置いた。先生も座布団の上に腰を下ろすと早速にこにこしながら聞いてきた。
「あ、開けてもいいかな?」
「はい、もちろんです」
私は恥ずかしく視線をそらしながら答える。私の返事を聞いてその箱をゆっくりと開ける先生。
先生、好きかな? 喜んでくれるかな? あぁ、超緊張してきた……。先生のためにクックパッド見て一生懸命に作ったんだよ……。
先生のごくりと飲むつばの音が聞こえてきた。そして先生はその箱の中を覗き込む。
「?!」
なぜか先生は大層驚いていて、目を丸くさせていた。先生が驚いた表情のまま私に尋ねる。
「こ、これは?」
「初めて作りました。糠漬けです」
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私の作った糠漬けを美味しそうに食べていた秋田先生を思い出すたびについ口元がほころんでしまう。そんな緩みっぱなしの表情のまま私は家の扉を開けた。靴を見てお父さんが帰ってきてることを確認する。
そうだ、お父さんにも糠漬け食べてもらおっと!
そう思いながら私は元気よく食卓テーブルに座っているお父さんの背中に向かって挨拶をした。
「ただいま!」
私の声にお父さんは振り向き挨拶を返す。
「あ、満里奈、おかえり」
「……?」
私に言葉をかけるとお父さんは顔を前に戻し、嬉しそうに札束を数える。すぐにそのお金は怪しいものだと私は推測できた。
「そのお金……どこで手に入れたの? また何かやった?」
するとお父さんは不敵な笑みを浮かべこう言った。
「ちょっと、ある依頼があってな」
「依頼? もしかして午後から用事があるってその依頼のことだったの?」
私が不安げな面持ちで尋ねるとお父さんは「あぁ」と一言だけ言い、また再び札束を数えだす。
「お父さん……」
「ん?」
「あまり変な依頼を受けないほうがいいよ……。そんなことばかりしてると警察に捕まっちゃうよ。もっと最悪なのは誰かに命を奪われる可能性だってあるんだよ……」
私が心配をしてお父さんを諌めたのだが当の本人は心配している様子もなく「はははっ」と笑い再び私の方を向き、こう言ってきた。
「ほんとお前は昔から心配性だなー。俺がそんなリスク犯してまで金を手にするわけないだろ? 俺は知能犯だ。ちゃんと考えてるよ」
本当にリスクがないのかな……。本当にちゃんと考えてるのかな……。お父さん、私をひとりにしないでよ……。お願いだから……。
「あ、そう言えば」
突然お父さんが何かを思い出したらしく私に尋ねてきた。
「和歌子、最近来ないな……。満里奈、お前なんか聞いてるか?」
「?!」
急にそんなことを言われたので思わず肩をビクッを震わせてしまう私。しかしすぐに平静を装い私はこう答える。
「さぁ……。私も何も聞いてないけど」
「そうか」
「あ、夕食作らないと!」
そう言い私はすぐさまこの嫌な状況から逃げ出した。
お父さんにもうあいつは家に来ないなんて言えるわけないよ……。いや、でも言ってもいいのかな……。だってお父さんはアイツを金づるとしか思ってないんだから……。
キャラクターの入った赤いエプロンを付けながらそんなことを考えているとお父さんはニコリと笑いながら私にこう言ってきた。
「なぁ、店屋物でもとろうぜ」
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「わぁー! 特上久びさ!」
今私の目の前にあるのは近所のお寿司屋さんから頼んだ特上寿司だ。赤や白や黄色といった色とりどりで一見統一感がないように思われるが、すし桶の中に入れられることによってそれらが一体となって見えてしまうから不思議だ。そして一つ一つのネタにつやがあってまるで宝石箱に入っている宝石のようにも見えた。
「じゃぁ、食べようか!」
お父さんがそう言ったのと同時に私は「いただきます」と言い、早速黄色の宝石を手に取った。
「お前は絶対ウニから手を付けるよな」
「だってウニ大好きなんだもん!」
そう言いながらシャリに醤油を少しつけパクッといただく。
「ん~~~!」
思わず私は声を漏らしてしまった。口に入れ、ウニとシャリを噛んだ瞬間、ウニの濃厚な甘さが舌から感じられ鼻からほんのりと磯の香りが突き抜ける。
「そんなにおいしいか」
「ヤバいよ! これ超ヤバいよ! お父さんもウニ食べてみなよ!」
私は興奮気味でウニをお父さんに進めるもお父さんは苦笑し、ウニではなくトロを手に取りこう言った。
「お前も知ってるだろ? 俺がウニ苦手なこと」
「そうだけど、騙されたと思って食べてみなよ! このウニは絶品だよ! 絶対このウニは礼文産だね」
自慢げにこのウニのおいしさを伝えるも空しく、お父さんはトロをパクリと一口で食べ顔をほころばせながらお茶をズズッとすする。そして私にこう伝えた。
「やっぱりトロが一番だな!」
続く
こんにちは、はしたかミルヒです!
第五話を読んでくださりありがとうございます!
引き続き第六話をお楽しみください(^^♪
ミルヒ




