第十三話
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ガチャン
家に帰るや否や俺は布団にダイブする。
「アーーーーーーー!」
言葉にならない声。今でも頭が回らない。自分が情けなすぎて変な笑いまで込みあがってきた。
「あははははははっ!」
……ってバカか。ホントマジ俺ってダメ人間だな……するとバイブとともに携帯メールの着信音がカーキ色のチノパンのポケットの中で響く。ポケットから携帯を取り出し携帯を開くとやはりメールが……
「二通?!」
俺はとっさに体を起こし、なぜか正座した状態でそのメールを開いた。受信メールボックスを開き、一番上のメールを震えた指で押す。差出人は森川さんだった。
『私との約束をたとえ一時とはいえ果たせたことに感謝しております。ありがとうございました。でも会うまでに時間がかかりすぎてしまいましたね。反省しております。では、さようなら。 P.S.同業者としてあなたの活躍を心から願っております。これからも素敵な漫画を描いてください』
「…………」
言葉が出なかった。喉がカラカラで唾もない状態なのに、なぜか俺は喉を鳴らす。
ゴクッ
あぁ、しかしこの文面から見ても森川さんの優しさが身にしみて分かるよ。こんな最低な男に同業者として活躍を願っているなんて……ううぅ……。
俺は涙が出てきた。この涙はおそらく森川さんに対する謝罪の涙であろうか?
俺は涙を拭きながら次のメールを開く。しかしまりなっちからのメールだと思っていたのだが――――
「も、森川さん?」
驚き俺はすぐにそのメールを開いた。
『バカ! 最低! 死んじゃえ! お前のことなんかもう嫌いだー!』
も、森川……さん。このメールが送られた時刻……四時半か。俺と別れてすぐの時間だ……。そうだよな、あんな場面みて感情を抑えきれるわけないもんな……。あぁ、これから俺どうしよう……もう誰とも顔合わせられねーよ……。
そして俺はまた布団に倒れる。その時だった――――
ガチャガチャガチャ バタンッ
「ん? 誰か来たのか?」
俺はその音が気になり玄関まで足を運ぶ。すると足元に二つ折りにされた白いメモ紙があることに気づく。不思議な面持ちで俺はそのメモ紙を拾い上げ開くとそこには――――
『アシスタントやめさせていただきます。いままでお世話になりました。 山田満里奈』
「ま、まりなっち?」
俺は靴を履き急いで戸を開ける。まだまりなっちがこの近くを歩いていると思い、俺はまりなっちを探した。
「まりなっち! まりなっちー!」
彼女に声が届くはずもないのに俺は彼女の名前を叫び続けた。このとき俺は何を思ったのかこの子だけは俺のもとから離れてほしくないと切実に願い、もう一度大きな声でまりなっちの名前を叫ぶ。本当に自分勝手な男だ。
「まりなっちーーーーーーーーーー!」
このあと結局彼女を見つけることはできず、メールを送っても返信は一切来なかった。そしてあれから三か月後――――
俺は次のアシスタントを雇うことなく悶々と日々を過ごしていた。漫画に集中できない。そのせいか、モンバスのランキングはどんどん下がっていき、あの時の勢いはどこへやら今は下から数える方が早いほどに……。アニメのほうも視聴率があまり取れなく、結局一期(十二話)で打ち切りとなった。
「あぁ、もうモンバス描く気しねーや……。レビュー見てもどいつもこいつも酷評ばかりしやがって……何が飽きただ? 何がマンネリ化して面白くないだ? もっと展開に工夫が欲しい? バカ言いやがって。何もわかってない素人が! あぁ! ムカつく……チクチョー! こうなりゃ描いてやるよ! 俺はモンバスをずっと続けてやるんだ! なにせモンバスはステップの看板作品だからな! 俺には立派な編集者がついてるし、それに信頼もある。酷評されても今まで何も言われなかったのが証拠だ。よし、やるぜ! 久々に闘志がみなぎってきた!」
その時だった――――
『水しぶきキラキラ♪ 太陽もキラキラ♪ 素敵だね! 輝いてるね! まるで僕たちみたい♪ キラキラ! キラキラ!』
「吉田さんからだ!」
吉田さんという人は俺の新しい編集担当者だ。林さん同様にモンバスを評価してくれる一人だ。俺は今の気持ちもあってかすぐさま携帯に飛びつく。そして携帯を開き、通話ボタンをピッと押した。
「もしもし!」
『あ、秋田先生ですね。今大丈夫ですか?』
「もちろん、大丈夫っすよ! なんですか? 久々に巻頭カラー描いて欲しいとか?」
俺はウキウキとした面持ちで吉田さんに尋ねる。
『いや、モンバス、もうそろそろ終わりにさせようと思いまして』
「……え?」
『はっきり言って、すでにモンバスの人気は低下してます。なのでこのままだらだらと続けていても意味がないというか……だから再来週号で終わらせることってできますかね?』
「……え?」
思考が停止する。吉田さんは何を言ってるのだろう?
『あ、すいません、ちょっと今、急ぎの電話があるみたいなんで、一旦切りますね。では』
ツー ツー ツー ツー
そして俺の代表作、『モンスターバスター シュート』は最終話を迎えた。
『修人、やっと地球に平和が戻ってきたんだね』
『あぁ、それもこれも俺の大切な仲間のおかげさ。ありがとう、杏子』
『私は、何もしてないわ。ただ修人を守りたかっただけ』
『そんなこと言うなよ。照れるじゃないか! あ、あのさ、て、て、手、繋いでもいいか……?』
『ウフッ、どうしようかな? でもあなた、真凛とも仲良かったわよね』
『え?』
『私知ってるわよ。見ちゃったもん。あなたと真凛が抱き合っているところ』
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「うわー!」
バサッ
英治は目を開けるとともに飛び起きる。自身の体は汗でべちょべちょに濡れていた。時刻は午前六時五十分。七時にセットしておいた携帯のアラームより先に目覚めてしまった英治。
「あっ……なんだ夢か……しっかし、なんちゅー夢見てたんだ俺は?」
そう呟くと英治は頭を犬のようにブルブルっと左右に振りながら目を覚まそうとする。そして大きなため息をつき再び英治は呟く。
「でもマジ、夢でよかった。はぁ、夢でこんなに疲れるって初めての経験だな。こんな夢、もし現実だったら俺、マジで自殺しちゃうよ…………ん?」
英治はあることに気づく。
「はっ! もしかして!」
とっさに英治は立ち上がり作業机に置いてあった小瓶を手に取った。
「まさかこの液体のせいで……」
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街の片隅にある一軒の小さな店。この目立たない小さな店にほとんどの人は気付かない。しかし夢を叶えたいと強く願うものだけが気づく不思議な店。
カラ~ン!
「いらっしゃいませ! ドリームショップへようこそ! って大丈夫でございますか?」
「はぁ、はぁ、はぁ……こんな朝早くからすんません!」
あのあと英治は自宅から走ってここ、ドリームショップに来たのだ。夢の液体の瓶を返すために……。
「この瓶、返しに来ました。これを返せば契約を破棄できるんすよね?」
「そうでございますが、秋田様の場合はキャンセル料が発生しますのでまず先に五十万円いただけますでしょうか?」
すると夢子は手を前に出す。
「あっ、そうだった……」
「今、お手元に五十万円お持ちではございませんでしょうか?」
「手元にも通帳にもそんなカネ無いっす……」
そう言いながら英治はガクリと肩を落とした。
「さようでございますか。では大変申し訳ございませんが夢の液体の契約を破棄することは……」
残念そうな顔をする夢子の言葉を遮り英治はわずかな希望を胸に抱き尋ねる。
「ほ、本当に破棄しない限り、あの夢は現実になっちゃうんですか?!」
「さようでございます」
「そんな~、マジかよ……」
俯きになりながらこんな言葉を呟く英治に夢子は不可解な表情で質問をしてきた。
「しかし、秋田様の夢は売れっ子漫画家になること。それを現実にするのをなぜ嫌うのですか?」
「だ、だってよ! 売れっ子漫画家になるのはすごくいいことだけど、女関係でいろいろ問題が発生してそのおかげで何もかも上手くいかなくなって……」
「そうでございましたか……でもしかし、契約は契約ですので」
「うぅ……はぁ、もう俺は生きていけねーよ……」
その時、呼び鈴を鳴らしながら店の扉が開かれる――――
カラ~ン
「一体アンタはいつまでこの私に迷惑かけるつもり?!」
「あ、あ、亜弥?!」
英治は驚きのあまり思わず仰け反ってしまう。そんな英治を気にも留めず亜弥は夢子に近づく。
「はい、五十万。これでいいんでしょ?」
そう言い、バッグから五十万円を出しそれを夢子に差し出す亜弥。英治同様、夢子も思わぬ展開に目を丸くする。
「あ、はい……しかし本当にこれで……」
そう言いながら夢子は英治の顔を見て確認を促す。
「ちょ、ちょー、亜弥! 一体全体これはどういうことなんだよ?」
しかしそんな英治の質問を無視し、亜弥は英治に詰め寄った。
「英治! こんな液体で簡単に売れっ子漫画家になろうなんてバッカじゃないの?」
「あ、いやまぁ……それはだなぁ、いろいろ訳があって……って、俺の質問に答えろよ!」
しかし亜弥はまたもや英治の質問を無視したまま話を続ける。
「自分の力で夢かなえろっちゅーの! アンタ、私に言ったでしょ! 俺、才能あるって! 才能あるって自負してんならその才能をちゃんと開花させなさいよ!」
「…………ありがと」
突然の英治の礼に亜弥は困惑する。
「え? きゅ、急になによ?」
「あんなこと言っておきながら本当は俺のこと応援してくれていたんだな……」
「あぁ、まぁ……」
そう言うとくるりと英治に背を向けて腕を組みながら亜弥はこう話した。
「アンタ、漫画しか特技ないじゃん」
「う゛っ……それってほめてんの?」
「漫画しかないなら漫画で食べていくこと以外何があるっていうのよ?」
「亜弥……」
「アンタはね、まだ自分の才能を全部出しきってないのよ」
「え?」
「自分がどのジャンルが得意なのか、また世間はどんな漫画を求めているのかちゃんとリサーチしたことある?」
「それは……」
言葉に詰まった英治に対し、再び亜弥は英治の方を向きこう言い放つ。
「ほら! まだアンタなんにもやってないじゃない! どうして何も調べずに漫画描いちゃってるのよ? 描けばいいってもんじゃないでしょ?」
「いや、でも……」
「アンタの全部の力を出し切ってよ! 私はねぇ、あんたにいくら投資してると思ってるのよ! 投資者を裏切らないで!」
「あ、亜弥?」
「今のお金も合わせて、全部で百万よ。百万! 私はアンタに百万円投資してんの!」
「投資って……俺の漫画に賭けているのか?」
「そうよ。だーかーら! 売れっ子漫画家になったらアンタからたんまりとお金回収するからね! 覚悟しといてよ」
すると英治は目に涙を浮かべ――――
「本当に……本当に、亜弥は……」
そんな英治の姿に驚く亜弥。
「な、なによ?」
「良い姉貴だよ。姉貴、サンキュ……」
「い、いきなり姉貴だなんて……恥ずかしいじゃない! さ、とっとと帰るわよ!」
そう言うと亜弥は英治の袖を引っ張り店を後にした。
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バタンッ
「ご、ご利用……あ、ありがとうございました……」
五十万円を手にしたままその場に立ち尽くす夢子。
「って何がどうなっているのかしら……? 彼女は秋田様のお姉さまってことですわよね……でもなぜお姉さまはこのお店のことがわかったのでしょう?」
すると店の奥から艶やかな緑色の髪をなびかせながら月子がゆっくりと夢子のもとへやってきた。
「夢子さん、私が教えたのよ」
「え? な、何のためにですのよ?」
その質問に月子は淡々と答えた。
「秋田様を潰したくはなかったから」
「でも、そんなことをしたらあのお方が……」
「負のエネルギーはまだたくさん残っているわ。今回も結構収集できたし。心配いらない」
「私が聞いているのはそんなことではなくて……」
「最初は気づかなかったけれど彼は根はいい人だってことがわかった。そんな彼の人生をあの液体のせいで潰してしまうなんて私にはできない。それに彼が寝ている間に随分と負のエネルギーを集めることができたし、これで十分でしょ」
「で、でもですわね! あのお方にバレてしまったら大変なことになるのですわよ、月子さん!」
「あの者は今、寝ているから大丈夫よ。あなただってもし大切な友達が夢の液体のせいで人生がめちゃくちゃになったらどうするつもりなの?」
「そ、それは……」
すると夢子はレジに置いてあるクマのぬいぐるみを見つめた。
「あなた、いつもメモ紙に友達の名前を書いているでしょ? その友達も近いうちにこのドリームショップに足を運ぶのよ。あのお方のターゲットの一人なんだから」
「そ、それは私が何としてでも止めて見せますわ! ……で、でもですわね、私たちはあのお方に借りがあるのです。少なくともあのお方は私たちの命の恩人なのですわよ! お姉さまだって知っているでしょ!」
「ゆめの……いや、夢子さん、私たちはもう姉妹じゃない。ただのサイボーグですわ」
その時夢子のポケットから顔を覗かせていた白いメモ紙がひらひらと床に落ちていった。そのメモ紙には――――
『めいちゃん、会いたいよ……』
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一か月後――――
(もうそろそろ、林さんから電話がかかってくるはずだよな)
英治は座布団の上で即席ラーメンを片手鍋で直接食べながら林さんの電話を待っていた。英治はあのあと、亜弥の言う通り、自分にはどんなジャンルを描く才能があるのか、読者は今どんな漫画を求めているのかを徹底的に研究したのだ。そして研究してきた結果――――
(俺は、ギャグマンガを描く才能があったことに気づいたんだ。それをわからせてくれたのは亜弥、そして夢の中のまりなっちと森川さん。本当に感謝しないといけないな、俺……)
そしてゆかりんの曲が鳴り響いた。
『水しぶきキラキラ♪ 太陽もキラキラ♪ 素敵だね! 輝いてるね! まるで僕たちみたい♪ キラキラ! キラキラ!』
「もしもし!」
『あ、もしもし、秋田先生ですね。今大丈夫ですか?』
「はい、大丈夫です」
『秋田先生の描いた読み切り漫画が意外にも好評でしたのでこの漫画を連載したいと思うんですけど、いいでしょうかね?』
「は、はい! もちろんです!」
END
こんにちは、はしたかミルヒです!
ケース6:売れっ子漫画家になりたい(英治編)最終話を読んでくださりどうもありがとうございます!
次回 ケース7:耳が聞こえるようになりたい(満里奈編)を一月中旬に(上手くいけば16日)に投稿したいと思いますので、その時までお楽しみにしていてください。ではまた♪
ミルヒ




