第十二話
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駅に向かうとそこにはすでに見覚えのある女性が立ってちらちらと自分の腕時計を見ていた。彼女もまた俺とデートするためにおしゃれをしてきたのであろう、いつもよりも華やかな印象を与えた。彼女は長めのツイードのコートの前を開けており、中の服が見える状態になっている。クリーム色のざっくりとしたニットのセーターに下は明るめのチェックのキュロットスカート。そしてヒールが高めな黒のロングブーツを履いていた。俺は慌てて彼女のもとへと駆け寄る。そして彼女と目が合うや否や俺は頭を下げ全力で謝った。
「ほんと、遅れてすいません!!」
「もーう、マジメに帰っちゃおうと思ったんだから!」
そう言い、彼女は頬を膨らませながら軽く俺を睨む。
「ちょっと用があって遅れてしまいました……マジで反省してます」
「しょうがないなぁ……というか英治君、どうやってここまで来たの? ホームから上がってこなかったわよね。ってことはすでに青山に居たってことでしょ?」
森川さんはふと疑問に思ったようで俺に尋ねてきた。
どうやってここまで来たのと言われてもだな……それはだな……まさか今まで他の女の子とデートしてましたなんて口が裂けても言えるわけないし……。
俺はあれこれ思考を巡らせやっとの思いで出たウソを述べる。
「ちょっと編集者の人とここで打ち合わせしてたんです」
すまぬ、林さん! いつも俺、ウソつくときに編集者の人使っちゃうクセあるみたいなんだわ……。
「へぇ、そっか~。でもいいね、こんな高級な場所使って打ち合わせって。私なんかいつも自宅か近所のファミレスだよ。ふふふっ」
「俺も今日が初めてですよ。いつもは俺も森川さんと同様に自宅かファミレスで打ち合わせですから」
「ん? でもここって英治君の家から遠かったような……普通、お店使うにしても家の近くで打ち合わせするものよね? もしかしてここらへんに引っ越してきたの?」
ギクッ! 森川さんの鋭いツッコミ! さすが同業者、わかってらっしゃる……。
「いや、まぁあの……編集者さんがずっと前から行ってみたかったカフェがあるって、それで俺を誘ってくれて……」
すげー変なシチュエーションだよな……林さんが行きたいカフェがあるからって男の俺を誘ったりとかどう考えてもおかしいし……いっそ林さんをオカマと言う設定にしてしまおうか……。怪しまれるかな……?
俺が不安に駆られながら森川さんの答えを待っていると、森川さんは意外にもあっさりと引き下がった。
「そっか。ねぇねぇ、私も行きたいお店がここらへんにあるの! 早くいきましょ!」
あぶねー! ってか俺のウソっぽい作り話に、森川さんあんま関心なくてよかった。
俺はそんなことを思いながらウキウキした面持ちで歩く森川さんの横について歩いた。しかし森川さんのウキウキな表情とは裏腹に俺は非常にドキドキしていた。かなり顔が強張っていた。なぜって――――
まりなっちに会ったりしないよな……もうまりなっちは遠くに行ってるよな……? お願いだ! どうかまりなっちに会いませんように!
俺は神様に一生のお願いをした。ってかこんなお願いは神様は絶対かなえてくれないよな……じゃぁ、悪魔でもなんでもいいからかなえておくれ!
俺が悪魔かなんかに願掛けをしていると森川さんの足がピタッと止まり、俺の顔を見てある建物を指さす。
「英治君、私の行きたいお店はここよ!」
俺は顔を上にあげ森川さんの指差した方向を見てみると――――
「え?!」
俺の驚きの表情に森川さんも驚く。
「英治君どうしたの? まさかこの店知ってる?」
この店知ってるも何も……
「ここね、今話題のパンケーキカフェなのよ! 外観もおしゃれで素敵よね! 私、一度この店のパンケーキ食べてみたくて! ちょっと並ばないといけないんだけど、いいかな?」
「あ……はい」
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「いらっしゃいませ! に……」
店員の顔が一瞬固まった。そう、さっきと同じ店員だ。気まずそうにする俺。なるべく店員と目が合わないようにするも意識すればするほど目が合ってしまう。
「に、二名様でよろしかったでしょうか?」
しかし向こうも仕事でやっている。一瞬凍りついた表情で俺をにらんだようにも思えたが、すぐさま営業スマイルになり、俺たちを窓側の席へと案内する。……ってさっきと同じ席じゃねーか! この店員やりやがったな……。俺はつい短めツインテールの彼女をちらりと見た。すると彼女の目は俺を見つめ……いや睨んでいた。それもかなりさげすんだ目で……。うぅ、この店員うっかり午前中のことバラさないだろうな……? 俺はハラハラしながらもとりあえず席に着く。
「英治君、何食べる?」
「あぁ、な、何食べましょうか?」
何食べましょうかって……すでパンケーキ食っちまったんだよ。もうパンケーキ食べる気力ない……はははっ。
「ねぇ、このハワイアンパンケーキっておいしそうじゃない? それに当店人気No.1って書いてえあるし! 私これにしようかな? 英治君もこれにする?」
…………俺は硬直してしまった。「さっき食べたんですよね~」なんて言えるわけないし……。う゛う゛ぅ……まぁ、とりあえず笑っておけ。
「はははっ、確かにこれおいしそうですね~」
「おいしそうよね~。じゃぁ、これにしましょうか! あ、それとも英治君は違うパンケーキにして半分こして食べる?」
半分こね……でももうパンケーキはね……あっ!
俺はこの時いいことを思いついた。意を決してそのことを森川さんに告げる。
「お、俺、実は甘いものが苦手で……」
「あっ! そうだったの?! ごめんなさい……。でも我慢しないで言ってくれればよかったのに」
「はははっ、ほんとすいません……」
最初っからこう言えばよかったのに! 俺ってバカだなぁ。ってことで俺はエッグベネディクトにしよう……と思っていたのだが森川さんがあることに気づく。
「あれ? でも学生の時、英治君いっつも購買でプリン買ってたような……」
ギクッ!
この人めっちゃ記憶力良くないか? 確かにそうだよ。俺、プリン大好きだもん♪ って早速ウソばれちまった……。
「はははっ、プリンだけは特別で……はははっ」
俺、何回空笑いすればいいんだ? しかも服、汗でだくだくだぞ……。しかしそんな俺の発言に森川さんはプッと吹き出す。
「なにそれ~? 甘いのが苦手なのにプリンだけ特別って聞いたことないよ~! ほんと英治君てギャグマンガでも描けばいいのにー」
「はははっ、ギャグマンガ描けるかな、俺」
「描けるよ! たぶん今描いてるモンバスよりうまく描ける気がするよ。だって英治君、センスあるもん!」
モンバスよりうまく描けるって……モンバスは俺の代表作なんですけどね……。
俺が苦笑いを浮かべていると森川さんが俺に何を頼むか尋ねてきたので、先ほど心の中で決めていたエッグベネディクトにすることを告げた。
ってかエッグベネディクトって食べたことないんだけど、これって甘いもんじゃないんでしょ?
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「はぁ~、お腹いっぱい! 超おいしかった!」
森川さんは満面の笑みを浮かべながら残っていたコーヒーを飲み干す。
「英治君のはおいしかった?」
「はい、ソースが濃厚で……えぇ……まぁ、よくわかんなかったけどおいしかったです」
すると再び森川さんは俺の発言に吹き出し、笑いながら俺を咎めてきた。
「もーう、よくわかんなかったってちょっと凹むんですけど~! もっと気のきいたセリフ言わないと! せっかく有名なお店で食べたのに、連れてきた甲斐がないんだから~」
午前中は気の利いたセリフ言えたんですけどね……。しっかし俺は今日、二度も同じお店に二時間並んで窓側の席に座りここで食事をしたんだ。なにリピートしてんだか。なんか今日はもう疲れちまったよ。俺がそんなことを思い出しながらウトウトし始めた時、森川さんが席を立った。
「さて、もうそろそろ行きましょうか。って英治君、今寝てなかった?」
「いや、寝てないっす! ちょっと考え事をしてただけで……」
「ふふふっ、も~うウソばっかり。英治君のウソはほんとわかりやすいんだから! そうよね、忙しい中での久々の休みなのに私のためにデートに付き合ってくれて……なんかごめんね」
最初こそは笑いながら話していたものの、最後には切なげな表情を浮かべる森川さん。俺はガタリと椅子を鳴らしながら席を立ちこう言った。
「あ、いや、そんな謝んないで下さいよ! 今日のデートすっごく楽しかったですから。ほんとに今日はありがとうございました!」
「うふふっ。私も楽しかったよ。っていうかもう過去形になってる! これでデートが終わりだなんて短すぎるでしょ!」
「あ、確かに……ははははっ」
俺たちは会計を済ませ、店を出た。
「じゃぁ、今度はどこに行きましょうか?」
俺は正直言って緊張しまくっていたせいか、食事した後に一気に眠気が襲ってきたのだが、それを必死でこらえ森川さんに尋ねた。すると森川さんは――――
「もう、今日のデートは終わりにしましょ」
「え?」
俺は顔をきょとんとさせる。
「無理しないで。明日からまた大変になるんでしょ? 週刊誌の忙しさは私、経験したことないけれど、すごく大変なのはよくわかるし。だからもう今日は家でゆっくり休んで。デートはまた今度しましょ!」
「森川さん……」
森川さんの優しさが目に染みる。この人は同業者だからだけではなく、本当に人に対して思いやりのある女性だ。
こんな素敵な女性が俺の彼女だなんて本当に世の中って不思議なもんだな。
「じゃぁ、駅に行きましょうか?」
彼女は俺に笑顔で話しかけた。俺もそれに応えるように笑顔で返す。
「そうっすね」
すると森川さんが頬を染め視線を下に落としたままこんなことを言ってきた。
「あ、あの……も、もしよかったら……て、て、手でも……つながない?」
森川さんのその言葉、そしてそのしぐさに俺は思わず胸がキュンとなってしまった。
や、ヤベェー! 超、超可愛いんですけど!! 何だよ、その表情? まるで漫画のヒロインが主人公の男子に告白するときのシーンじゃんか!
俺は軽く呼吸をし、それから彼女の手をそっと握った。
「も、もちろん、いいですよ……」
握った途端、手が一気に汗ばむ。
こ、これはヤバい……。「イヤー! 手がぐちょぐちょ! 気持ち悪い! 離してよ!」とか言われないよね? 俺はそんなことを思いながらドキドキしていると森川さんがクスッと笑った。しかし途中から再び顔を赤く、いやもっと真っ赤にさせながらか細い声で俺に話す。
「ウフッ、手を握ってから承諾するって順番が逆よ! …………い、いきなりでびっくりしちゃうじゃない……」
ヤバイヤバイ! しぐさがいちいち可愛い……。俺の中の何かが抑えきれなくなりそう……。落ち着けー! 落ち着けってば俺!
お互い緊張した面持ちでゆっくりと歩く。そして俺たちは駅へとまた、来た同じ道を戻る。
しかし俺の悪い予想を裏切らない展開が起きる――――。
悪魔が微笑んだ? それとも神様が罰を下した?
ボトンッ
最初に気づいたのは森川さん。森川さんは何気なく後ろを振り返り、ぼそりと俺に呟く。
「ねぇ、なんか向こうにいる女性、私たちを見てバッグ落としたまま呆然としているけど……大丈夫かな?」
「え?」
森川さんの発言に俺は後ろを振り返る。
「はっ……!」
上はハーフ丈のマスタード色のダッフルコートにそこからちらりと見える赤のタートルネック。下はカーキ色のロングスカート。
そう、その女性は間違いなく俺のもう一人の彼女だった。俺は思わず森川さんの手をパッと離し、声を上げる。
「ま、まりなっち!」
彼女は俺と目があった途端、急いでバッグを拾い上げすぐさまこの場から去っていった。
「あっ、ちょっとまっ……」
ふと気づく。このまま追いかけたら、俺の隣にいる森川さんはどうする? というか森川さんは今、何を思っている? 今の状況、ただ事ではない。一体この状況をどうすればいいのか……全身から血の気が失せる。もう絶対に解決できっこない……。
そんな俺は冷や汗をかきながら恐る恐る森川さんの顔を見た。
「…………」
森川さんは今の状況を理解できないままぽかんと口を開けていた。そして俺の顔を見て今何が起きたのか一言で俺に答えを促す。
「どう……いうこと?」
もちろん俺はその問いに上手く答えることはできるはずもなく――――
「あ、あの……その……ですね……」
下を向いたまま俺は言葉を必死に探したがそれでもやはり言葉は見つからない。俺はとうとう口をつぐんでしまった。
そうだよな……森川さんにしたら俺が女性を見た途端いきなり手を離され、知らない女性の名前を叫ばれて……。どう弁解すればいいんだろう……。あぁ、一応このことは言っておいたほうが……
「か、彼女は俺のあ、アシスタントなんです……」
俺は今にも消えそうなほどのか細い声で答えた。森川さんは俺の答えに淡々と言葉を返す。
「そう。でも彼女の表情を見る限りあなたとの関係は仕事仲間以上の感じを持ったけれど……彼女、明らかに私を見て動揺してた……」
「あ……それは……」
もう、誰か俺を殺してくれ。今すぐにでも……俺、もうこの状況に耐えられん……。
すると森川さんは一言だけ俺にこう言った。
「わかったわ」
「…………」
森川さんが駅に向かってカツカツとブーツを鳴らしながら俺のもとから去って行くのを感じ取る。俺はもう森川さんの顔を見ることはできず、話すこともできず、ブーツの音だけが俺の耳の中で響き渡っていた。
俺にとって今日、人生最悪の日となってしまったわけだ。
続く
こんにちは、はしたかミルヒです!
第十二話を読んでくださりどうもありがとうございます!
やっぱりこうなってしまいますよね……。「二兎を追う者は一兎をも得ず」ですね。
英治君、反省したまえ!
ってなことで次回で英治編、最終話となります!
最終話をどうぞお楽しみに♪
ミルヒ




