第十一話
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『だって心の中ではすでに英治君が私の彼氏だったから……』
『だから私、今だからはっきりと言えるんだ。英治君のことが好き、大好きって……』
これらの言葉が俺の頭の中で何度も交差する。俺は森川さんと会う約束をしてからずっとこう言おうって心に決めていた。もし彼女に告白されたら、ちゃんと誠意をもって断ろうって……。でもまさか森川さんがずっと俺のことを想っていてくれたなんて思ってもみなかったから本当にびっくりしてしまって……それでつい嬉しくて……はぁ、俺今世界で一番バカな男かもな。いまさら断ることなんてできないし……ほんと、俺どうしたらいいんだろ? 俺、人生最大のモテ期に突入してんのになんでこうも辛いんだろう……。
頭の中はもうぐちゃぐちゃだ。
あーーーーーーー!! なんでこんなに俺はもだえ苦しまなきゃいけない?! もーーーーーーーーーう、どうにかしてくれ!!
その時、作業机で悶絶している俺の肩を彼女がポンッと叩いた。俺は叩かれたと同時に彼女の方を振り向く。
『どうしたの?』
まりなっちが俺の異変に気づいて心配してくれている。すかさず手元にあったノートを見せ俺はこう返す。
「いや、何でもないよ。ちょっとネームで詰まったところがあって」
すると彼女は少しホッとしたような表情を浮かべそれから俺に薄い微笑を見せた。そして手話でこう話す。
『今度の日曜日、デートすることちゃんと覚えてる?』
「あぁ、もちろん、覚えてるよ」
『良かった。じゃぁ朝、迎えに行くね』
「わかったよ」
すると彼女はいたずらめいた顔を見せ、俺の服(高校ジャージ)を指差し、こう言った。
『こんなファッションじゃデートしないからね!』
「もちろん、ちゃんとした格好で行くよ」
あぁ、まりなっちの笑顔を見るとほんと和むなぁ。でも、でも俺はこんな笑顔を見せるまりなっちを裏切っている。森川さんに対してもそうだ……。
そんなことを思っていると俺の携帯がゆかりんのあの曲を奏でた。
『夢の中であの人と踊ってるの♪ 夢の中で一緒に笑ってるの♪ 夢の世界が本当だとずっと思ってたけど……でもこれは本物の世界じゃない~』
森川さんだ! そう思った途端、嫌な予感が俺の脳内をよぎる。ど、どうしよ……。
ちらりと俺の後ろにいるまりなっちを見ると彼女は学校で出されたのであろう課題をやっていた。出るべきか、出ないべきか……もし出なくともまたかかってくるだろう。
意を決した俺は机の上にあった携帯を手に取り電話に出た。
「も、もしもし」
『もしもし。英治君?』
「あ、はい」
『い、今、電話大丈夫?』
「はい、いいですよ」
すると森川さんは緊張した面持ちでこう言ってきた。
『も、もしよかったら、こ、今度の日曜日……あの、その……で、デートでもどうかなぁって……』
「……」
一瞬黙り込んでしまう俺。やっぱり、やっぱり俺の悪い予感は当たっていた。
『英治……くん?』
電話向こうの森川さんは俺が黙り込んでしまったのを不思議に思ったのであろう、俺の名前を呼ぶ。
「あっ、はい」
そんな俺は慌てて返事を返した。
『大丈夫? もしかしてその日、都合悪い?』
都合悪いと言っちゃー、めちゃめちゃ悪いんだよ……。でも……森川さんのその残念そうな声を聞くのは辛い……。
俺は何を血迷ったのか次の瞬間とんでもない発言をしてしまった。
「ご、午後からなら空いてます」
『ほんと? ほんとに大丈夫?』
森川さんが驚いたような声で俺に確認をする。
「はい、大丈夫ですよ。はははっ」
なぜか頭をかき、空笑いをしてしまう俺。
『良かったー! 本当にありがとうね! じゃぁ詳細はまたメールで連絡するね』
「はい、わかりました」
『今、仕事中でしょ? ごめんねー、そんな時に電話しちゃって』
「い、いえ、今は大した仕事してませんから」
『うふふふっ。そんな謙遜しちゃって! じゃぁ、お仕事頑張ってね。またね』
「はい、では日曜日に……」
ピッ
…………もうどうにもならなくなってしまった。二人に日曜日にデートに誘われ、しかもそれを両方ともOKしてしまう俺。しょうもない、しょうもないアホだ。アホ? いやカスだろ? 俺は森川さんの告白にOKした時点でカス人間になっちまったんだ……。その時点で俺はもうすでに悪者だ。別にいい人になる必要なんてない……。
もうこうなりゃどうにでもなれだよ!! そうだ、別にバレなきゃそれでいいじゃないか! なにもオドオドする必要なんてないだろ? はぁ、今までなんて俺はバカなことばかり考えてきたんだ? カス人間になっちまったならカス人間としての生き方を全うする! あぁ、俺は最悪なカス、カス野郎だ!!
「はははははっ!」
俺はもうおかしくなってしまい、その場で抱腹絶倒してしまう。するとまりなっちが心配そうな顔で俺を見てきた。
な、なんだよ? そんな目で見るなよ。お前は何も心配しなくていいんだよ。心配したって何も解決なんか出来やしないんだから。
『どうしたの? 何かあった?』
まりなっちが手話で聞いてくる。
「いや、なんでもない。ただ面白いネームが描けて笑ってただけだ」
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日曜日の朝九時、俺は洗面台にいた。髪をブローし、くしでとかす。最後に整えて出来上がり。
「う~ん、デートにはこんな感じでいいだろ」
セットした髪を左右に首を振り、鏡で確認したあと満足げに俺は笑みを浮かべた。今日は上は赤のネルシャツに下はカーキ色のチノパン。決まってるぅ! まりなっちだってこれで文句言わないだろう。
しっかし、モテる男はつらいよな~! でもなんか吹っ切っちまえばそんな罪悪感はないかも知れん。あぁ、これが男の性ってやつなのか! 二十四にして初めて気づいたぜ。まぁしっかし、男ってのはやっぱりこうワイルドに生きなきゃな! ワイルドだぜぃ~。あぁ、なんかすっごい懐かしいセリフ……。
コンコン コンコン
ノックの音が聞こえた。俺は急いで玄関の戸を開ける。
「おっす」
『おはよう』
「おぉ、かわいい……」
目の前に立っているまりなっちの姿を見て俺は思わず声を漏らしてしまう。今日のまりなっちはデートと言うこともあり気合が入っているのであろう、いつもよりもおしゃれをしていた。上はハーフ丈のマスタード色のダッフルコートにそこからちらりと見える赤のタートルネック。下はカーキ色のロングスカート。
うん、まちなっちってばファッションセンスも抜群なんだな。
するとまりなっちがスカートを広げこんなことを言ってきた。
『下、色がかぶっちゃったね』
「ほら、でもペアルックみたいでいいじゃん」
俺がちょっと照れながらそう言うとまりなっちがクスリと笑い俺の発言を指摘する。
『ペアルックって言葉、ダサいよ!』
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俺たちは電車に乗り、南青山へと足を運ぶ。おしゃれな街並みがパリのシャンゼリゼ通りを連想させるかなりハイセンスな街だ。って行ったことないけどな。ここはほら想像で……ね?
「あっ、そうだ! まだ教えてもらってなかったけど、まりなっちが行きたい店ってなんの店なの?」
俺がそう聞くとまりなっちはいたずらめいた笑みを浮かべ、人差し指を口元に当てる。
おー! なんて可愛い動作をするんだこいつはー!
俺はそんなまりなっちを見てつい口元が緩んでしまった。エヘヘ……。するとまりなっちから『キモイ』のサイン……。はい、もうニヤニヤしませーん!
まりなっちはスマホでここ周辺の地図を見ながら目的の店を探す。しかし首をかしげるまりなっち。俺は気になり「どれ?」とそのスマホの画面を見ようとするとまりなっちは頬を膨らませスマホを必死で隠す。そのしぐさもかわええな~。と思ったのだがこのままいくと最後まで目的地に着かない可能性が脳裏に浮かび、まりなっちに本当に大丈夫かと確認を促した。するとまりなっちとある方向を指さす。
「おぉここか! 俺、テレビで見たことあるぞ! ってかすげー行列だな?!」
『美味しいもの食べたきゃ並ばなきゃ! さぁ、行きましょう』
そうまりなっちが手話で話すと、俺の袖を引っ張りそのまま蛇のような行列まで連れていかれた。
正直言って俺、行列に並ぶのって苦手なんだよな……。どっちかって言うと早く食べられるならいくら行列のできる美味しいお店がすぐ側にあっても空いている店に行っちゃうタイプ。まぁ、まちなっちが嬉しそうにしてるんだからこれもこれで悪くないか。
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待つこと二時間、やっと店内に入ることができた俺たち。なんか並んでるだけで疲れてきちゃった。
「いらっしゃいませ! 二名様でよろしかったですか?」
おしゃれなカフェのユニフォームを着た店員が爽やかな笑顔で俺たちを出迎える。「はい」と俺が答えると店員はハンチング帽の下にある短いツインテールを揺らしながら俺たちを窓側の席へと案内した。
「しっかし、おしゃれな店だなぁ」
俺は店内をキョロキョロと見回す。そんな俺を見てまりなっちはクスリと笑い、『秋田先生とこの店、似合ってないね』と手話で話す。
「余計なお世話だよ! それよりも早く選ぼうぜ」
そう言って俺はメニューを開く。そこには色とりどりのパンケーキの写真が載っていた。
「うわ! どれもこれもうまそうだな! さっすが有名なパンケーキ屋だな」
『並んだ甲斐があったでしょ?』
そう言いニコリと笑うまりなっち。
「俺、このフルーツいっぱいのハワイアンパンケーキにするわ。当店人気No.1って書いてるから絶対はずれないと思うし。まりなっちは?」
するとまりなっちは写真を指さし、俺と同じパンケーキともう一つの写真を指さした。
「アメリカンワッフル二種のベリーソースがけ(バニラアイス付き)……ってこれも食べんの?」
なぜか得意げな表情するまりなっちは『当たり前でしょ!』と俺に言い放つ。
いやいや、でもこのパンケーキだけでもすごい量だぜ? ……ってあの時のファミレスでもすごい量食ったからな……全然平気なのかも。コイツの腹ん中見てみたいぜ……。きっと四次元なんだろうな……。おーい、トラエモ~ン!
まりなっちの腹の中について疑問を感じながらも俺は店員を呼び、飲み物とパンケーキとまりなっちの分のワッフルを注文する。すると五分もしないうちに店員が飲み物を運んできた。俺の目の前にはオレンジジュース、まりなっちの目の前には紅茶が置かれる。
「なんか、こんなおしゃれなパンケーキ屋で時間を過ごすのもいいかもな」
俺が笑みを浮かべながらオレンジジュースをストローで飲むと、まりなっちが再びクスリと笑い、『秋田先生とストローって似合わない』と話す。……俺ってストローとも相性悪いのかい?
まりなっちが紅茶に砂糖を入れスプーンでかきまわし、一口ススゥっとすすると、俺の漫画のことについて話し始めた。
『あの、モンバスについてちょっと言いたいことがあって』
「ん? モンバス? なんかあった?」
俺は何気なしにまりなっちに聞く。
『ちょっと言いづらいんだけど最近のモンバス、マンネリ化してない? 似たような戦闘シーンが何度もあるし……というか戦闘シーンが始まるまでのくだりとか、戦闘シーンが終わった後の話も何度も同じようなシーンを繰り返してるような感じを受けるのだけれど……もうちょっと……』
そこで俺はまりなっちの話を遮る。
「わかってないな、まりなっちは少年漫画のことを。少年漫画、特にアクションヒーローものは話を繰り返すものなんだよ。アクション漫画に子供たちは何を求めるのかと言えば、戦闘シーンだ。戦闘シーンがすべてなんだ。何度も迫力のある、そして時には過激な戦闘シーンを何度も描くことで子供たちはその漫画にのめりこむんだよ」
『それは分かるけど、あまりにも同じことの繰り返しだと子供とはいえ飽きられるんじゃないのかなって……』
「ありえない、このままで十分。その証拠にアニメ化までされたし、漫画の売り上げも順調だ」
俺がそう言った途端、まりなっちは黙ってしまった。
「まりなっち、俺の漫画を心配してくれるのはとってもありがたいことだけど俺の方が漫画に関しては詳しいんだ。それにちゃんと編集者さんと打ち合わせして一話一話の内容を決めてるんだよ。だから心配無用。まちなっちは俺のアシストしてくれればそれでいいから」
『うん。でも私がさっき言った言葉、頭の片隅にでも入れておいてね』
こいつはほんとわかってないな……。まぁ、でもここで言い争いしたところで何のメリットも無いし……俺はそう思い、一言「わかったよ」と言っておいた。すると区切りのいいとこで店員が俺たちの前にパンケーキを運んできた。
「お待たせいたしました! ハワイアンパンケーキとアメリカンワッフル二種のベリーソースがけでございます」
そう言いながら店員は、まりなっちの目の前にハワイアンパンケーキ、そしてなぜか俺の目の前には、そのパンケーキとワッフルが置かれた。って、逆だから! と思ったが店員には言わず、店員が去った後にワッフルをまりなっちの前に置いてあげた。ほら、俺って気遣いある人間だからさ! 女子って他人に大食いとか思われたら嫌だろ?
するとまりなっちはスマホを手に取り、パシャパシャと撮影を始める。女子って食べ物撮るの好きだよな。して、その写真をあとでFBとかラインとかに載せるんだろ? 載せてどうするっちゅーんだよ? 自慢するのか? SNSやってない俺にはさっぱりわからん。まぁでも、確かにここのパンケーキは写真を撮りたくなるような豪華さだよな……。
そう言いながら俺は目の前のパンケーキを眺めた。
程よい大きさのパンケーキが三つ重なっており、そこに色とりどりのフルーツがたくさんちりばめられている。そしてさらに生クリームがこれでもかってくらいにデーンとパンケーキの上に乗っかっていた。
まさにホワイトクリスマスって感じの生クリームだな……。カロリー高そっ! ってこんな俺でもカロリー気にしちゃう男子なんで。ほら成人病とか怖いでしょ? そんな俺の心配をよそにまりなっちは目を輝かせながらパンケーキを口へと運んだ。
「う~~~~ん!!」
まちなっちはよほど美味しかったのか嘆声を漏らしながら食べている。そんなまりなっちを見て俺も我慢できなくなり、ナイフとフォークを手に持ちさっそくパンケーキを口にした。
「うまい!! なにこれ?!」
それは何と言おうか、今までに食べたことないパンケーキだった。家で作るホットケーキとは全然違う、このもっちり感。いいバター使ってんだろうな~と思わせるくらいの芳醇なバターの香り。メープルシロップの味も甘すぎず口に入れるとバターの味とうまーく交わって思わずうっとりしてしまう。それにこの生クリームも思っていたより全然甘くない。生クリームだけでパクパク食べれちゃう感じ。ごはんに乗っけても良し! って違うか……。
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俺たちはこの美味しいパンケーキ(まりなっちはワッフルも)を舌鼓し、しばらく余韻に浸った後会計を済ませ店を出る。店に並んだ時間は二時間だったのに、店の中でパンケーキを食べた時間は余韻の時間を入れても一時間もなかった。まぁ、でもすっげー美味しかったからいいか! ってか今まで俺、パンケーキをバカにし過ぎていたぜ。すまん、パンケーキのパンちゃん。今度モンバスに登場させよう……。敵か味方か? それはお楽しみに♪
『今度どこ行こうか?』
パンケーキのおいしさにまだ浸っている俺にまりなっちは笑顔で尋ねてきた。
「そうだなぁ」
そう言いながら何気なく自分の腕時計を見ると――――
「えーーーー? もう一時なるじゃん?!」
俺は驚きつい声を上げてしまう。
『そうだけど、なにか問題でもあるの?』
そう言ってまりなっちが不思議そうに俺を見てきた。俺は慌てて平静を装いながらもまりなっちに謝る。
「まりなっち、そのー、ごめん! ちょっと午後から急用があるの忘れてた!」
まりなっちは驚きの表情を見せ、やがてそれは切なげな表情へと変化した。
「ほんと、悪い……」
『ううん、急用なら仕方ないよね』
そう話した後まりなっちは薄い微笑を浮かべた。心臓をキュッと誰かにつかまれたような苦しみが俺を襲う。
でも……仕方がないんだ。もう一人も待ち人も俺を愛していてくれるから。って臭いセリフ言っちゃってごめん。くさやのような臭いセリフでした……。
「じゃぁ、そういうことだから。帰るね」
『わかった。じゃぁ、私はこの辺を適当にブラブラしようかな……エへッ』
「なんか、本当すまないな。じゃ、明後日また仕事頼むな」
『うん。じゃぁ、また明後日、バイバイ』
「おう! じゃあな」
そう言い、俺は軽く手を振るとまりなっちに背中を向け早足で森川さんのところへと向かう。
……ってどこで待ち合わせだったっけ? ちゃんと見てなかったな……。
そう思いチノパンのポケットから携帯を取り出しメールを見る。受信ボックスを開き、上から二番目のメールを選択し、そして決定ボタンを押す。
「?!」
え? マジで? 森川さんとの待ち合わせ場所って……
俺は思わず足を止める。なぜならその文面には――――
『こんばんは! 明日のデート(照)の時刻と待ち合わせ場所を伝えますね。
時刻:午後一時
待ち合わせ場所:青山一丁目駅前
以上です。遅刻は許しまへんで~(笑)。明日、楽しみにしています! ではおやすみなさい☆』
待ち合わせ場所って……ここじゃん……。
顔面蒼白になる俺。後ろをちらりと見るとずーっと向こうにさっき別れたまりなっちがまだそこに立っていた。俺が見えなくなるまで見送るつもりなんだろう……。
ヤベェ、どうしよ……? と、とりあえず駅に向かわないとな……。
続く
こんにちは、はしたかミルヒです!
第十一話を読んでくださりどうもありがとうございます!
今回は青山にあるパンケーキ屋さんの場面を書いてみましたが、青山になんて行ったことないのでネットで調べつつもほぼ想像で書いてしまいました(笑) なんかいろいろと間違ってそうだけど一応この話はフィクションなので……許してくださいませ(-_-;)
ってなことで今度英治は午後から森川さんとデートします。でも世の中そう簡単にうまくはいきません。さて一体何が起こるのか?
お楽しみに♪
ミルヒ




