第十話
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時刻は十七時半、俺は待ち合わせ場所の駅にいた。十二月上旬、東京も本格的に寒くなってきた今日この頃。
思った以上に寒いな。コート着てきてよかったぜ。
俺が若干寒さに震えながら待ち人を待っていると、遠くから走ってくる赤毛の女性の姿が目に見えた。こちらに近づいてくる。ベージュのハーフコートが彼女の赤毛を際立たせていた。そのハーフコートの下に見えるのは赤紫色の膝丈よりもちょっと短めのスカート。そのスカートに黒のタイツ合わせていて靴は茶色のハーフブーツを履いている。とっても大人可愛いくまとまっていた。って俺何言ってんの……?
「はぁはぁ……ごめんね、うんぐ……待たせたよね?」
彼女は走ってきたせいか、はぁはぁと息を切らしていた。
「いいや、俺も今来たところですから。森川さん少し休んでください」
俺の言葉に笑みを浮かべ首を横に振る森川さん。
「ううん、大丈夫。さぁ、レストランに行きましょう」
「あ、はい」
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「森川さん行きつけの店ってここだったんですね~」
窓側の席に座った俺たちは店員から水とメニュー表を受け取り、俺は店内を見回した。
「うん、私サイゼ大好きだから! あ、もしかしてもっと正式なイタリアンの方が良かった?」
「いや、正直俺、こういうファミレス系のほうが落ちつけるから好きなんですよ」
すると森川さんはホッと胸をなでおろし、「良かった」とつぶやく。
「やっぱりサイゼと言えば『ローマ風ドリア』ですよね!」
そう言い俺はメニューを見ながら出てくる唾液を飲み込んだ。
「そっかー、英治君はドリア派なのね。私はここに来たら絶対、エビのサラダとタラスパ頼んじゃうんだ。あ、せっかくだからワインも頼まない? ここのワイン結構おいしいんだよ!」
「そうですね。ワイン頼んじゃいますか?」
にこにこ顔の森川さんに俺もつい顔をほころばせてしまう。
店員を呼び、まず最初にグラスワインとモッツァレラチーズを頼んだ俺たち。
「なんかサイゼでお酒飲むなんて不思議な感じですね」
「そう? 私は結構ファミレスでもお酒飲んじゃうほうだよ。ってそんなこと言ってる私って大酒飲みに見られちゃうわよね。ウフッ」
そう言って嬉しそうな顔を見せる森川さん。まだワインを飲んでないのに彼女の顔はほんのりピンク色に染まっていた。
「お待たせしました。赤のグラスワインとモッツァレラでございます」
すぐに店員が頼んだものを持ってきた。店員がそれらをテーブルの上に置くと俺たちはお互いグラスを片手に持ち早速乾杯をする。
「じゃぁ、モンバスアニメ化を祝って、かんぱーい!」
「え? そんな乾杯恥ずかしいっすよ……」
森川さんが突然そんなことを言い出してきたので俺は思わず照れてしまった。でもとりあえず俺は森川さんのグラスに軽く自分のグラスを当てる。
カチンッ
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他愛のない話をしながら美味しいモッツァレラチーズとワインに舌鼓をした後、俺たちは自分の好きなものを注文した。森川さんはエビのサラダとたらこスパゲッティ、俺はもちろんローマ風ドリアとそれだけじゃたりないので香味チキンも頼んだ。そして頼んで十分もしないうちに各自頼んだ料理が運ばれてくる。
「う~ん、いい匂い! 早速食べよ!」
フォークを手に持った森川さんは嬉しそうに俺を促す。
「そうですね」
「「いただきます」」
久しぶりのサイゼのドリア。俺はハフハフしながら熱々のドリアを口にする。う~ん、相変わらずうまい! 森川さんも小動物のようにタラスパをチュルチュルと食べていた。
でも正直……これって夕食一緒に食べて終わりじゃないよね?
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「はぁー、食べたね。美味しかった~!」
森川さんは口を拭きながら満足そうな笑みを浮かべる。
「そうですね。美味しかったですね」
ってか森川さん、いつ本題に入るんだろ? まさかほんとにこれで終わりじゃぁ……
そう思いながら不安な表情を浮かべる俺に森川さんは急に真面目な顔になりゆっくりと話し始めた。
「あのさ、今日、英治君と一緒に食事したのにはわけがあって……あの日の約束……覚えてるかな?」
来た! やっぱりこの話をするために森川さんは俺を誘ったんだよな。
俺は軽く深呼吸をして心の準備を整えてから森川さんの顔を見てこう言った。
「はい、もちろん、覚えています」
「あの日、英治君に告白されて私、本当にうれしかったんだ。だからすぐにでもOKしたかった。でもあの時はいくら同人誌で活躍してたとはいえ、プロとして私はまだまだお尻の青い新人漫画家だった。もし英治君とすぐにお付き合いしてたらきっと漫画に集中できなかったと思うし、今の私がなかった気がする。だから時間が欲しかったの。あの時は偉そうに『英治君が売れっ子漫画家になったら付き合いましょう』なんて言ったけれど、あれは英治君のためではなく私自身のために言った言葉だったの。自分の漫画がもっとたくさんの人に読まれるように……ちゃんと立派な漫画家になるまでの間は付き合わないって。だから、あの……あの時のことまず謝りたくて……」
そう言うと森川さんは、俺に頭を下げて小さな声でこう言った。
「ごめんなさい……」
「いや、そ、そんな謝ることじゃないっすよ」
その言葉に俺は慌ててしまう。正直俺はあの言葉を思い出しながら売れっ子漫画家になるために頑張ってきた。頑張ってこれた。あの言葉がなければと思うと、もしかしたら今の俺は存在しなかったのかもしれない。俺はついこんな言葉を発してしまう。
「俺はあの言葉があったから前に進めたんです。これは森川さんのおかげです! あの言葉がなければ俺はとっくに挫折してました。それに結果がすべてじゃないですか? 森川さんも俺もその言葉があったからこそ漫画家としてお互い成功しましたし! だから……だから謝んないでください! 逆に俺にお礼を言わせてくださいよ!」
「英治君……」
「俺がここまで来れたのは森川さんのおかげです。ありがとうございました!」
俺は森川さんに感謝の言葉を述べ頭を下げた。そしてゆっくりと顔を前にあげると、森川さんは顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「ほんとに、ほんとに英治君はいい人だね……」
「そ、そんな……お、俺はどうしようもないヤツですよ」
俺が目線をそらし照れながらそう言うと森川さんは首を横に振り薄い微笑を浮かべながら「ちがうよ」と答える。そして数秒の沈黙の後彼女は目線を下に向けながらこんなことを話し始めた。
「あのね、私、英治君と会わない間、ずっとずっと英治君のこと想いながら漫画描いてたんだ。その時に私思ったの。あぁ、私ってば英治君のことがこんなにも好きなんだなって」
ってことは、森川さんは…………
つい俺は疑問に思っていたことを口走ってしまう。
「え……? じゃ、じゃぁ、森川さんはその間に誰一人とも付き合っていなかったんですか?」
すると彼女は頬を紅潮させながらコクリと頷きこう答えた。
「だって心の中ではすでに英治君が私の彼氏だったから……」
「……」
顔を真っ赤にしてしまう俺。
信じられない……。森川さんがずっとずっと俺のことを片時も忘れずに、しかも好きでいてくれて……それにこんなこと今までの人生で初めて言われた。もう一生言われない言葉だよな……。
すると森川さんは話を続けた。
「だから私、今だからはっきりと言えるんだ。英治君のことが好き、大好きって……」
俺はゴクリと音を立ててつばを飲み込んでしまう。そして森川さんは居住まいを正した後、深呼吸をしゆっくりとその言葉を述べる。
「英治君、もしよろしければ……私と付き合ってください」
わかっていた。森川さんにこういわれることは十分分かっていてちゃんと心の準備をしてきたのに……俺は今、別の人と付き合っているって言うつもりだったのに……なのに俺は――――
「はい」
彼女の告白を受け入れてしまった……。本当に俺はどうしようもないヤツだ。
その時の彼女は天使のような笑みを浮かべていた。まるであの時のまりなっちと同じように……。
つづく
こんにちは、はしたかミルヒです!
第十話を読んでくださりどうもありがとうございます!
英治、森川さんの告白を受け入れちゃいました……。まりなっちのことはどうするつもりなのでしょうか?
次回もお楽しみに♪
ミルヒ




