第六話
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次の日俺は軽い練習をした後、帰りに銀行に寄り母さんの口座に五十万円を振り込んだ。
母さんの病気が早く治りますように……
そう思いながら銀行から出ようとした瞬間――――
「母さん!」
「ノ、ノボル!」
ブランドものだと思われる花柄のブルーのワンピースにブルーのちょっと高めのヒール、そしてブランドものに鈍感な俺でもわかるシャレルンのバッグ。今日の母さんはいつにも増しておしゃれをしていた。
「今日の母さん、おしゃれだね~!」
「え? まぁ……そうかい……?」
母さんは照れ隠しなのか少し戸惑っているように見えた。
「あ、そうだ、たった今、母さんの口座にお金振り込んだよ」
「ノボル~! いつもいつもありがとう……」
そう言い、俺に深々と頭を下げる母さん。
「ちょっとー。やめてくれよ! 俺たち親子じゃないか!」
「そうだけど……息子にここまでしてもらうと私も負い目に感じるんだよ」
「母さん……」
俺は、母さんの横に行き肩を抱きそして慰めた。
「負い目に感じることなんてないよ、母さん。今まで母さんは精一杯俺を育ててくれたじゃないか! 子供が親に恩返しをする、親孝行だよ。これって普通のことだろ? なっ?」
「ノボル……」
「じゃあな、母さん」
俺が母さんの肩を二、三回ポンポンと軽くたたきながら去ろうとした時、母さんが俺を引き留めた。
「ノボル!」
「ん? なに?」
すると母さんは申し訳なさそうにしながら俺にこう言う。
「あの……ノボルにたくさんお金をもらっておきながらこんなこと言うのは本当に辛いんだけど……」
すると母さんはしばらく黙ってしまった。
「なんだよ? もったいぶんなよ」
「あの……び、病院代、足りそうにないんだ……」
「え?」
「最近、その……薬が増えてさ……それに診察料も上がっちゃって……い、今もらってる分だけではなかなか足りなくなってきてんだよ……」
「大丈夫なのか? 母さんの病気、どんどん悪化してんのか?? 今、通ってる病院じゃなくて違う病院探してやろうか?」
俺は心配になりながら母さんの顔を覗いた。
「いや、あの……とりあえず今の病院で治療を続けてみようと思うんだよ……はははっ、大丈夫。だから、あの……」
母さんが俯きながら再び申し訳なさそうに俺に言う。
「あぁ、わかったよ。あと十万で足りる?」
「ノボル……本当にありがとう……十分だよ、それだけで十分足りるよ」
母さんはぱぁっと明るくなった顔を俺に見せそれから俺の手を握り礼を言ってきた。
「ちょっと待ってって。ATMで十万振り込むから」
「助かるよ」
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「ただいま」
しーん……
俺が帰ってきたとき、家の中には誰もいなかった。
茜は仕事か……
そのとき、リビングテーブルの上に置いてある白いメモ用紙が目に入った。
そっと手に取って何が書いてあるのか見てみる。
「…………」
俺の頭の中は真っ白になった。なぜなら――――
『しばらく距離を置きましょう。 茜』
茜の字は小さく可愛らしい字。しかしいつもの茜の字のはずなのになぜかその字は冷たく感じた。
「茜……なんで……俺、昨日あんなこと言ったからか……」
俺はすぐに茜に電話をかけた。が……呼び出し音はなるのだが一向に出る気配はない。時間を置き二、三回電話をかけてみたのだが結局一回も出てはくれなかった。
茜のやつ、やっぱり怒ってるのか……?
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昼寝をし、夜の六時半を回ったところでお腹がすいてきた。
「茜~! メシは何時?」
………………
「はっ!」
茜がいないことに気づく。
そうだ。茜いないんだった……
ついいつもの癖で食事の時間聞いてしまう俺……
何か作ろうと思い冷蔵庫を開けて中を見てみるが、野菜とウインナー、そして梅などの保存食品だけだった。俺の腕ではその冷蔵庫に入っている材料だけで料理を作ることはとても困難を極めた。
「あっ、母さんいるかな……」
母さんに何か作ってもらおうと思い隣の母さんの部屋に行く。
ピンポーン
インターホンを押してしばらく待ってみたが母さんが出てくる気配はない。
あれ? いないのかな……?
もう一度押してみる。
ピンポーン
やはり出てくる気配は全く感じない。
母さん、留守か……
仕方ないので俺は近くのコンビニで弁当を買うことにした。
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俺の住んでいるマンションからコンビニまでは歩いて五分ほど。コンビニに入ると外とは一転、クーラーがとても効いていて半袖だった俺の腕には鳥肌が立った。
何にしようか。焼肉弁当……いや、やっぱりカツ丼か。
そして結局当たり障りのない幕の内弁当とペットボトルのお茶を選びレジに向かう。その時――――
「ノボル!!」
どこかで聞いたことがある低い声……もしかして――――
俺は声のある方に顔を向けた。
「!?」
お、親父?? な、なんで……
俺の顔は一瞬で真っ青になった。もちろん声も出なくなっている。
「ノボル……お前……まさかこんなところで会えるなんて……ううっ……」
なぜか親父は顔を真っ赤にしながら感極まり泣いていた。
しかしこの親父、なぜ俺を見て泣いている?
「ノボル……俺はずっとずっとお前に会いたかった……ううっ……」
会いたかった? 若い女を作って、妻子を残し自分から勝手に出て行ったくせに?
ふざけるな!!
よくもまあのうのうとそんなことを言えるもんだ思い、俺は心の中でその言葉を発した。
俺は何も言わずそのままレジに向かい精算する。しかし親父が俺のあとについてきた。
「ノボル……」
俺は相変わらず無視を貫く。
「お弁当は温めますか?」
「はい、お願いします」
「かしこまりました。ではお先にお会計を致します。七百円になります」
「千円でお願いします」
「はい、三百円のお返しございます。もう少々お待ちくださいませ」
ピーッ、ピーッ
「お待たせいたしました、どうぞ」
「どうも」
「ありがとうございました~」
俺と店員の会話と店内で流れている音楽だけがこの場の空気を埋めていた。
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「ノボル!!」
店を出てすぐ、親父に呼び止められた。だがやはり俺は無視を貫き、早足で歩き続ける。
「待ってくれ! 話したいことがあるんだ!!」
「!?」
親父が俺の腕を力強く掴んできた。しかしそれを勢いよく振り払う俺。
「ノボル……もしかして和歌子が俺のこと悪く言ってたのか……?」
その言葉を聞きとっさに怒りが込み上げてきた。
「ふざけんな!!」
「ノ、ノボル……」
俺の怒鳴り声にびっくりする親父。近くにいた野良猫もビックリしたようでその場から素早く逃げた。
「意味分かんねーこと言うんじゃねーよ!! 母さんがお前のことを悪く言うのは当たり前だろ! お前のやったことをよーく考えてみろよ! もう二度と俺の前に現れるな! 俺とお前は赤の他人だ!!」
俺は怒り任せに言いたいことをすべて吐いてしまった。
「お前の母さんが何て言ったのかは分からないが、別れを切り出したのは和歌子の方だ」
「??」
一瞬耳を疑ってしまう俺。
親父が女を作って勝手に家を出て行ったって話じゃ……まさか母さんがウソを? いや、そんなわけない……
頭の中が少し混乱しながらも俺は反論する。
「そんなウソに引っかかるほど俺は子供じゃない。たとえ母さんから別れを切り出したとしても女を作ったあんたに原因がある!!」
「お、女?」
親父はきょとんと眼を丸く見開いている。
「とぼけんなよ。この女好きが!」
「お、俺は女なんか作ってないぞ!! 和歌子はいったいお前に何て言ったんだ?? 好きな人ができたから出て行ってくれと言ったのは和歌子の方だ!」
「??」
頭が真っ白になってしまった……何も考えられない。思考能力が停止する。
「なぁ、ノボル。お前と話し合いたい。そしてお前の誤解を解きたい……お前ならすぐに分かってくれるはずだ」
「……るせー……ウルセーよ!!」
そして俺は走ってこの場から去って行った。
「あ、ノボル!!」
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なんなんだよ……なんであんなこと言ってくるんだ……
俺は走りながら親父の言葉を思い出す。まさかあんなこと言ってくるとは思ってもおらず、いまだに俺は混乱していた。一体どっちが本当のことを言っているのか……?
でも……俺は母さんを信じたい……
つづく
最近ネコが欲しくて仕方がない はしたかミルヒです!
ネコ可愛いですよね~!犬派か猫派に分かれると思うんですけど私は断然ネコ派です!(ってか犬って今まで飼ったことないんですよね...笑)飼ってみたら犬も好きになるのかな?
ってなことで第六話を読んでいただきありがとうございます!
ノボルのお母さん、明らかに怪しいですね~。これからノボルのお父さんも含めてどんな展開になっていくのでしょうか?
お楽しみに♪