第十話
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午後二時五十分、茜は駅前にあるスターバッグに入る。入ってすぐに茜の大好きなカプチーノを注文しそれを受け取ると空いている二人掛けの席に腰を下ろす。
(はぁ……なんだか緊張してきた)
そんなことを思っていると茜の背中越しから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「いい加減、今月までに十万返してくれる?」
「こ、今月までって、もうすぐじゃんか! そんなの無理だって~! こうなったら俺、体売るしかないよ?」
(あやや……?)
そう思い振り返るとやはりそこには秋田亜弥とメガネをかけた肥満気味の男性が何やら言い争っていた。
(声かける雰囲気じゃないわよね……というかあやや、彼氏いたんだ。でもあややの好みってイケメンマッチョなはずだけど……)
茜は洋子が来るまでその会話に耳を傾けてみることにした。
「何意味の分かんないこと言ってんの? あんたの脂身いっぱいの肉なんて誰も食いたくなんかないわよ! っていうか、あんた私にいくら借金してると思ってるのよ? 十万どころの騒ぎじゃないのよ」
「あぁ、俺肉にされちゃうんだ。そっちなんだ……。違う意味の方だったんだけど……。えぇーと……ハハハッ。俺、十分間しか記憶持たないからさ、言われたことタトゥーで刻んでおかないとな~」
「ミサイル発射まで、ごー、よん、さん……」
「すいません、すいません!」
「う゛う゛ん、五十万よ! 五十万!!」
「ご、五十万も! 俺そんなに亜弥から借りてたっけ? ハハハッ」
(この男、ブサメンなくせに女に金借りるって、ほんと外見も中身も最悪ね……。あやや、この男のどこが良かったのかしら?)
亜弥の好みの男性に疑問を抱きながらカプチーノを飲む茜。
「ハハハじゃないでしょ! このデブ!」
(おっ、あやや、ついに本音を言ったな! がんばれ)
「デブってお前もそのうち俺みたいな体型になるんだって。なんたって遺伝子がそうさせるからな~」
「私はあんたみたいに一日中ヒマして、食っちゃ寝、食っちゃ寝してないから大丈夫よ!」
「あー、言っちゃったよ……。その言い方、俺様をひどーく傷つけたからね。俺は人生をかけて漫画描いてるんだよ。こんな俺でも忙しいの~! あ、忘れてたけど今日四時からバイトもあるんだよ。なっ、忙しいだろ?」
(この男、漫画家なのか。でもバイトしてその上、あややからお金借りてるってことは全然売れていないのね……)
「あっそ! 忙しいのは分かったから、じゃぁなんでそんなにお金に苦労してんのよ? 人生掛けて漫画描いてる割にはまだ結果でてないじゃない」
「いやまぁ、まだデビューして二年しかたってないから、これからだよ。これから有名になるんだよ。ゆっくり焦らずの精神で進むんだ……。うん、俺今いいこと言った!」
それを聞いた亜弥は何かを思い立ったようで勢いよくテーブルを両手でバンッと叩いた。
「一年以内に漫画で稼げないようだったら漫画家辞めて、父さんの言う通りに堅実な職に就いて!」
「は?!」
この男は目を丸く見開き、驚きの表情を見せる。
「ちょ、ちょっと待てって! さっきも言ったけど俺は漫画に命かけてんだよー。 漫画家以外の職なんてこれぽっちも考えたことないんだよ~!」
「そう。じゃぁ、私に今すぐ五十万返して!」
そう言うと亜弥はその男に向かって手のひらを前に出す。
「お、おい今月中に十万ってさっき言っただろう? お前はヤミ金か!」
「気が変わったの! それにそのお金は私の物よ! さぁ、どっち? 今すぐ五十万を私に返すか、それとも漫画家辞めるのか? 決めなさい、英治!!」
「うぅ……でも五十万、今手元にないし……」
「サラ金でもなんでもいいから借りて来れば、返せるでしょ!」
その言葉を聞いて萎縮してしまうこの男。
「やっぱりお前はヤミ金の職員だな……。うぅ、胸が苦しいぃ……。民よ、わしは命がもう長くはない……だから最後にせめて甘えさせてくれ……ウッ!」
「あんた、その歳で中二病……? いいから早く決めなさい!」
「じゃ、じゃぁ……」
(この男、どっちを選ぶんだろ? でも彼女にここまで言われてるんだから、漫画家辞めるしかないかもね……)
その答えに固唾を呑む茜。
「じゃ、じゃぁ……」
とその時、首にグリーンのスカーフを巻き、タイトなジーンズに白いワイシャツを合わせダークブラウンの髪をなびかせながら歩く綺麗な女性が片手にコーヒーを持ち、茜に声をかけてきた。
「茜ちゃん、ごめんなさい。五分遅れちゃったわね」
「洋子おばさま、お久しぶりです。いえ、私も来たばかりですから」
ニコリと洋子に笑顔を見せながら茜は背筋を伸ばす。
(あ~、正直もうちょっとあややたちの会話聞いていたかったな~。ってかあの男の答えが気になる……)
椅子に腰を掛けるとすぐに洋子は話し始めた。
「早速だけど、茜ちゃん。あなた、金子をえらく疑っているみたいね」
「え?! な、なんでそれを……」
驚きのあまり思わず手に持っていたカプチーノを落としそうになる茜。
「いろんな筋から聞いたのよ。茜ちゃん、悪いことは言わないから金子を疑うのはやめた方がいいわよ」
その言葉を聞き、思わずカーッとなったのを必死で抑えながら茜は反論する。
「そ、そんな! で、でも私の調べた限りでは彼が一番怪しいんです! な、なんでおばさまは金子をかばうんですか?」
その言葉にフッと軽くため息をつき、コーヒーを一口飲んでから洋子は話し始める。
「別にかばってるわけじゃないわ。まぁ、でも金子はそんなことするような悪人ではないわよ」
「な、なんでそんなことわかるんですか? そんなの付き合った人じゃない限りアイツのことなんてわからないじゃないですか?」
すると洋子は軽く笑みを漏らしながらこう言う。
「私、彼と恋人同士だったの」
「え?」
洋子が発した言葉に呆然とする茜。
「といっても総一郎と出会う前の話よ。まぁ、総一郎と結婚したあとにもそういう関係になってしまった事実もあるけれど……」
更なる洋子の衝撃発言にもはや茜は声が出ない。
「私たちはお互いに独身の頃付き合っていたのよ。でも些細なことで喧嘩別れになってね。まぁ原因は私のワガママだったんだけれど。月日は流れて、お互い違う人と付き合うようになり、のちに結婚した。けれどある日ね、偶然街中で彼を発見してね、思わず声をかけたのよ。そしたら彼、ものすごくびっくりしていたわ。でもすぐに笑顔になってね、そこで数分ほど話をしていたの。でもなかなか話が終わらなくてね、お互いに積もる話があるんなら立ち話もなんだから喫茶店でゆっくり話そうってことになって、そこでいろんな話をしたのね。そしたら彼が務めている会社が倒産寸前でこれからどうしようか悩んでいるってことを聞いてね。まだノボル君も生まれたばかりだったし、彼本当に悩んでいたのよ。その時彼はまだ三十歳、私は二十六歳だった。私のおなかの中にはエリカがいてね、それを聞いた私は子供を持つ者同士、少しでも彼の力になりたいと思って総一郎の許可なしに彼を西園寺の会社に就職させたのよ。若気の至りってやつよね。でもその時は彼に対してもう恋心なんて抱いていなかったの。友達として彼を助けたい一心だったってわけ。でもね、最初はそうでもなかったんだけど、会社で彼とともに過ごす時間が多くなればなるほどまた彼に惹かれてしまってね。彼も私と同じ気持ちになってしまったらしいわ」
すると洋子は再びコーヒーを一口飲み、気持ちを落ち着かせてからこう言った。
「そして私たちは罪を犯してしまった。彼を西園寺グループに就職させてから一年が経ったある日、一夜を共にしてしまったのよ。そして私は妊娠した……」
「うそ……」
手を口元に当て愕然とした表情で茜は洋子を見る。
「幾日も幾日も自分を責めた。まだ小さな子供がいるくせにこんなことしてしまって、本当に自分はバカなことをしたと……それで堕胎することも考えたのだけれど、やっぱり私はそんなことできなくてね……思い切って総一郎に本当のことを言おうとした。でもなかなか勇気が出なくて、結局総一郎にはあなたの子だ。って偽ってその子を産んだわ。本当に私って悪女よね……」
茜は声を震わせながらか細い声で言葉を発する。
「も、もしかしてその子って……」
目をつむりながら洋子はその答えを茜に吐露した。
「えぇ、その子は…………ゆかりよ」
話の流れで洋子の答えを聞く前からわかってはいたはずなのだが、それでも茜は大きなショックを受けた。茜は言葉にならない声を出す。
「あ……あぁ……」
「ごめんね、こんな悪女の話をしてしまって……驚くのも無理もないわよね」
茜は自分を落ち着かせようと思い、カプチーノを手に取るがなかなか手の震えが止まらない。
「あぁ、ずいぶんと話が脱線してしまったわ。話を最初に戻さないと。それでね金子は……」
その言葉を遮るように茜は口を開く。
「ゆ、ゆかりは知っているんですか?」
その問いに洋子は薄い微笑を浮かべこう答えた。
「えぇ、知っているわ」
「え?!」
「私から話したの。ゆかりが十二歳の時。真実を知らされたゆかりは愕然としていた。当然よね。今まで父親と思っていた人が本当の父親ではなかったんだから。でも彼女は時間はかかったのだけれどしっかりと受け止めてくれたわ。それが真実なら受け止めるしかないって。本当にあの子は大人よ。自分の力で何でもやり遂げるし。そして今では立派なアイドルなって……」
「ゆかり……」
茜は目赤くさせぼそりとゆかりの名を呟く。
「さぁ、今度こそ話を戻すわよ! 茜ちゃ……」
するとまたもや茜は洋子の話を遮る。
「おじさまは? おじさまにも話したんですか?」
洋子はその質問にこくりと頷きこう話し始めた。
「そうよね、その話もしないといけないわよね。えぇ、もちろん。ゆかりに話す前に総一郎にも打ち明けたわ。ところが彼、あまり驚いていなくてね、そしたらなんとなくそんな気がしてたよって……。その瞬間私は泣いた。泣いて泣いて彼に土下座したわ。もういっそ殺してくれたって構わないって。そんなことも言った。そしたらいきなりビンタされて、そんなこと子供がいる立場で言うもんじゃないって言われたの……。もう私この人に一生かかっても罪を償うって決めたわ。でもあれから三年後、私たちは離婚して、しかも私は彼を訴えた。そして彼は捕まった」
その話を聞いた茜はぽろぽろと涙を流し、数十秒間の沈黙の後、洋子にこう言い放つ。
「おばさまって最低な人間ですね」
茜が発した言葉を聞き洋子は俯きながらこう言った。
「えぇ、私は最低な人間。人間のくず……」
「私、これで気持ちが固まりました」
そう言い椅子からスッと立つ茜。
「私、何としてでもおじさまを助け出します! そのためにも早く金子を地獄に落とします!」
「茜ちゃん、彼は……金子和夫は無実よ」
「わかってます。金子と恋人同士だったなら、かばいたくなる気持ちわかりますよ。でももうあなたの言葉信じませんから。失礼します」
そう言うと茜は洋子に一礼をし店を後にした。一人残された洋子は悲しげな表情を浮かべこう漏らす。
「いくら調べても無駄よ……。だって私、本当の犯人知っているもの。金子が犯人だというデマを流した人間も……。それを今日言うつもりだったのに……。茜ちゃん……」
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カラ~ン
「いらっしゃいませ、ドリームショップへようこそ!」
「こんにちは!」
茜は洋子と別れたその足でドリームショップへと足を運んだ。ドアを開けると朝の時も茜の対応をした白衣の女性が茜が来ることを予期していたかのようにすでにドアの前に立っていた。
「あら、中村様。もしかして新たな夢の液体をお買い求めでいらっしゃいますか?」
その女性が嬉しそうな表情を浮かべ茜にその答えを伺う。茜は強い視線をその女性に向けこう言った。
「はい、夢の液体をください」
それを聞き、ニコリと笑みを浮かべる女性。
「かしこまりました。では中村様の夢をおっしゃっていただけますか?」
「はい、私の夢は――――」
続く
こんにちは、はしたかミルヒです!
第十話を読んでくださりありがとうございます!
ついに第十話まで来ました! なんかもう謎だらけですね。私も頭の中でぐちゃぐちゃぐっちゃーってなってます(笑)
次回で茜編終わりです。洋子のつぶやいた言葉にあった本当の犯人とは? 茜は今度は何の夢の液体を手に入れたのか?
お楽しみに♪
ミルヒ




