第八話
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これはどういうこと? なぜ頭から血を流して倒れているの? 彼は死んでいるの? まさか! 冗談でしょ。じゃぁ、芝居? こんな凝った芝居やめてよね! じゃぁ、彼は誰によって倒されたの? ここには誰がいる…………?
「私……だけ」
今ようやっと状況が把握できた。足がすくんで立ってはいられない。手に持った灰皿は力を失った手から解放されるように床にドンと落ちる。その直後、私も重力に引っ張られるかのように床にぺたりと座り込んでしまった。もうきっと立つことはできないだろう。
まさか……倒れているだけで死んでないよね? 床に倒れた金子を見ると、白目を出している。体の震えが止まらない。
私は犯罪者になってしまったの……?
その時――――
ガチャ!
ドアの開く音が部屋に響いた。勢いよくそれは開かれる。
「茜!!」
え? と思い振り向くとそこにいたのは――――
「ノ、ノボル……?」
「どういうことなんだよ? 説明しろよ!!」
その場で声を張り上げるノボル。状況が全く把握できない。なぜノボルが今ここにいるのか……。
「な、なんで?」
確かノボルは遠征中で都内にいるはずがない……。一言私が言った後、ノボルは怒涛の勢いで話し始めた。
「最近、お前の様子がおかしいと思っていたんだ。俺に隠れて電話に出るし、以前よりもお前は携帯をいじっている回数が多い。ある日のこと悪いと思いながらも茜が風呂に入っている間にお前の携帯を見てみた。そしたら、やけに着信履歴に親父の名前があってな。でも俺の親父とコミュニケーションをとることには特に問題ないなと思っていたんだよ。でもな、メールを見ても親父とのやり取りがものすごく多くて、その内容を詳しく見てみたら、「食事はどこでする?」だの、「次のデートで何食べたい?」だの、まるで恋人同士のメールがそこにあったんだよ! 今日、焼肉店で食事をすることもお前の携帯を見て知った。俺が遠征? 怪我が完治してないのになんで遠征に行かなきゃいけないんだよ? ほんと俺のウソを見破れないなんてお前はバカだよ! 俺は朝からずっと外でお前の行動を見張っていたんだ。案の定マンションから俺の親父と一緒に出ていくところをこの目ではっきりと見たよ。楽しそうに手まで繋いでなぁ……。そしてお前らは焼肉店に入っていった。俺も実はその店に入ったんだ。お前らは奥の席にいたから気づかなかったかもしれないがな。トイレに入るときちらりとお前らを見てやった。でも二人とも気づかず楽しそうに会話しやがって……。二時間ぐらいしてお前らは店から出て行った。それを追うように俺も素早く会計を済まし、店を出たんだ。次はどこに行くのかついて行ってみたら、ホテルの前で立ち止まりやがって、もしかして? と思ったら案の定お前らはそのホテルに入っていった……」
「あぁ……」
言葉にならない。途中から全てノボルに知られていたなんて……ノボルはさらに続ける。
「なんでこの部屋には入れたか気になるだろ? 俺の親父がここにいるって言った後、札束を受付嬢に渡したんだ。そしたらすんなりここのスペアカードキーを渡してくれたよ。ほんと金さえあればなんでもできちゃうんだもんな! ハハハッ。ほんと笑っちゃうぜ……。ハァ……」
最初は力強く言い放っていたものの語尾になるにつれて床に視線を落とし、最後のほうはほとんど聞き取れないくらい小さな声で自嘲気味に何かを呟いていた。
「ご、ごめん……」
私は力のない小さな声でノボルに謝った。
「さぁ、次はお前の番だ。たっぷり言い訳を聞こうじゃないか!」
そう言いながらノボルは私のところへと近づいてきた。すると――――
「え? お、親父? な、なんで……?」
「こ、これは……」
私に言い訳を考えさせてくれる暇もなくノボルは倒れた状態の金子を見つめ、私に質問をする。
「ど、どういうことなんだ? なんで血を流して倒れているんだ? なんでなんだ? お、おい、茜! 説明しろよ!!」
「いや、あの……これには訳があって……こんなはずじゃなかったんだけど……その……待って! 整理させて! 今頭の中がごちゃごちゃになってって……」
するとノボルは見てはいけないものを見てしまう。
「おい、この灰皿……」
そこでゴクリと唾を飲むノボル。
「なんで血がついてるんだよ?」
ノボルの目は瞳孔が開ききっていた。
「それは……ちがうの! 聞いて、ノボル! 私じゃない! 私のせいじゃない! 全部コイツのせいなのよ! 私は悪くない! 悪くない!! 全部……全部コイツが悪いのよ!! お願い! 信じて! 私は無実!」
ノボルは無言で金子の血が付いた灰皿をゆっくりと手に持つ。そしてこんな言葉を呟いた。
「俺は母親に裏切られた。でも親父がいたからここまで頑張れた。でも親父にも裏切られた。そして妻にも……」
ノボルはポロポロと涙を流す。そんなノボルの姿を見て、私は言葉を失った。
「そしてさらにお前は親父を…………俺は一体誰を信じればいいんだ? 誰を信じればいいんだよ? 教えてくれよ……なぁ、俺に誰を信じるべきなのか教えてくれよ!!」
「ごめん……なさい……」
いくつもの涙が私の頬に伝う。私はノボルを裏切った。ノボルの家庭をも壊した。それは紛れもない事実。汚れた、腐れきった生き物。それが今の私。もう私は生きる価値がない。そう思った瞬間座っている私の目の前に立ち、ノボルはこう私に告げる。
「なぁ、茜、死んでくれよ? 死んで罪を償えよ。俺の人生めちゃくちゃにしやがって……」
その言葉に私は一言こう言った。
「はい……」
ノボルは私に向かって灰皿を振り落とす。ノボルの涙が私の顔に当たる。妙に生暖かい涙が私の涙と混ざりあう。そんなノボルの悲壮な顔を目に焼き付け、私は目をつむる。そして――――
ドンッ!!
続く
おはようございます。はしたかミルヒです!
第八話を読んでくださりありがとうございます! もう何が何だかって感じです。ノボルの精神状態が心配になってきますよね(-_-メ) まぁ、でもこれは茜の夢の世界なので、茜がこの夢を破棄すれば……。まぁ茜次第ですね。
次回もお楽しみに♪
ミルヒ




