第六話
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午後六時四十分、隣の部屋のチャイムを押す。
ピンポーン
ガチャ
「和夫さん、こんばんは」
「茜! おっ、その色似合うね。薄ピンク色って言うのか? 黒いリボンがアクセントになってって小柄な茜にぴったりのツーピースだな!」
「ウフッ。ありがと! でも今日のはワンピースよ!」
「そ、そうか? もう、似合えば何でもいいんだよ! じゃぁ行こうか」
「もーう、投げやりなんだから~」
私たちはノボルの遠征中を利用して都内にある超有名な焼肉店で食事をすることにした。私たちの住むマンションから徒歩十分ほどのところにある。七時に予約してあるので十分に間に合うだろう。
「いやぁ、秋だからか日中は暑いけど、やっぱり暗くなると冷え込んでくるなぁ~」
「そうよね、なんだかんだ言っても夏はあっという間に終わっちゃうのよね……。冷え性のせいかすぐ手も冷えちゃうし」
「なぁ、て、手なんてつないでみるのはどうだ? あったかくなると思うけど……」
そう言った金子は照れながらも手を差し出してきた。私は微笑を浮かべその手を軽く握る。
「和夫さんの手すごく温かいわ。まるであなたの心を表しているみたい」
「ハハハッ、でもそれ逆じゃないのか? ふつう手の冷たい人は心が温かいって言うぞ。だから茜は心が温かい人なんだよ」
その言葉を聞き、つい私は複雑な表情をしてしまった。
「そう…だといいけど……」
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「いらっしゃいませ!」
時刻は午後七時ちょうど。店内は大勢の客でにぎわっていた。女性スタッフに予約したことを伝えるとその女性はにこやかな顔をし、席へと案内してくれる。
「席はこちらになりますのでどうぞおかけください」
和やかな雰囲気のスタッフにそう言われ掘りごたつ式座敷に腰を下ろす。金子は座ると同時にスタッフにビールを二杯頼んだ。スタッフはまたもやにこやかな顔で「かしこまりました」と言うと一分足らずでビールを持ってきた。
「ここの雰囲気、なかなかいいわね」
「そうだな。焼肉屋って感じしないし、おしゃれだよな~」
店内のあちこちを見ながら私たちはスタッフの持ってきたビールを手に取る。
「じゃぁ、乾杯といきますか?」
「えぇ、そうしましょ」
そして金子は照れながらもビールを持つ手を上に揚げこう言った。
「俺たちの愛に乾杯!」
そして私もこう言う。金子に聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で。
「最後の夜に乾杯」
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カルビ、ロース、ハラミ、そして私の大好きなホルモンが網の上でジュージューと心地よい音を奏でていた。その音が私たちの食欲を刺激させる。金子は待てないようで「牛は生でも大丈夫なんだよな?」と言いながら生焼けのカルビを箸でつかみ、私の返事を待たぬままそれを口に入れてしまった。
「うんまい!」
その言葉と同時にビールをグビグビっと飲む。私もそんな金子を見て、うらやましく思い、思わずまだしっかりと焼けていないカルビをニンニクの効いたたれにつけ、それを口に運んだ。
「おいしぃ~! なにこれ? 超やわらかい!」
口に入れると肉とは思えないほどにほろほろっと溶けていき、あまり噛まないうちに口の中の肉は消えてしまった。
「ここの肉は絶品だな! こりゃ~ビールが進むよ!」
そう言い残りのビール一気に飲み干した後、スタッフを呼び追加で再びビールを頼む金子。
今日はペースが早い。このままたくさん飲めばいい。飲んで飲んで、饒舌になったところを見計らってあの事件のことをコイツの口から吐かせればいい。そのために今日の夕食は金子の大好きな焼肉にしたんだ。そしてこれも持ってきた……。
私はバッグの中にあるボイスレコーダーを手で撫でる様に触りその感触を確かめていた。
準備万端。いつでも話してオーケーだよ、和夫さん。そんなことを思うとつい顔が二ヤけてしまう。
「どうしたんだよ? ニヤニヤしちゃって~。美味しい肉食べて顔がほころんじゃったか~? ハハハッ。俺も気分がいいよ! ほら茜ももっと食べて、もっと飲んで! 俺はもう一杯ビールいっちゃうよ~!」
これはいい! 金子は完全に上機嫌だ。あと二十分くらいしたら、あの話を持ち出そう。
そう思っている最中に金子の方から私の家族について尋ねてきた。
「茜のお母さんは、西園寺グループ食品部門の最高責任者だったろう? じゃぁ茜のお父さんも西園寺グループで何かやっていたのか?」
その質問に薄く笑みを浮かべ私は答える。
「私のお父さんは私が小さかった頃に病気で亡くなっているの」
「そうだったのかぁ。そりゃ、かわいそうに……すまない質問しちまったな」
そう言い、金子はビールをテーブルの上にゴトンと置いた。
「いえ全然、母親との仲は良好だったし、二人で過ごす時間はかけがえのないものだったわ。もちろん父親がいたらもっと楽しかっただろうなって思った時期もあったけど、私は母子家庭で育って十分幸せだった。それにお金にも不自由したことなかったし。母にはものすごく感謝しているわ」
「なるほどな……でも茜が年上好みの理由がこれでわかったよ」
にこりと笑みを浮かべた金子はホルモンをまとめて二つ取りそれを口に放り込む。
「ちょっと、どういう意味よー?」
不本意なことを言われムッとした私は、思わず反抗する。そんな私の言葉にくちゃくちゃと音を立てながらズバリ答える金子。
「きっと茜は父親のぬくもりを年上の男性に求めてるんと思うぞ。そうじゃなきゃこんな歳の離れたオヤジなんて好きになったりしないだろ?」
「……う~ん……」
私は曖昧な返事をしたのだが心の中でその意見に素直に同意した。そう思うとおじさまを私のお父さんと重ね合わせていただけなのかもしれない。ただお父さんのぬくもりが恋しくて……。あぁ、いけない! そんなことしみじみ思っている暇はないんだった! 今日がラストチャンスなのよ。今日で全部こいつに吐いてもらわないといけないのよ! ほろ酔い気分になっている今がチャンスなんだから! さぁ、ここからが勝負。全部吐いてもらうわよ、金子和夫!
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食事も終盤に入り、締めの品をそれぞれ一品ずつ頼む。金子は石焼ビビンバ、私はミニ冷麺を注文した。十五分もしないうちにそれぞれ頼んだものがテーブルの上に置かれる。
「おー、うまそーだ! ジュウジュウ言ってるぞ! 茜もビビンバ食うか?」
そう言いスプーンですくったビビンバを私に差し出す金子。
「いや、私は冷麺だけで十分よ。ありがとう」
そう言って私は麺にスープと具を絡めチュルチュルっとすする。あっさりしていて締めにはもってこいの料理だ。二、三度麺をすすりウーロン茶を飲んだ後、私は話し始めた。それと同時にバッグの中に隠しておいたボイスレコーダーの再生ボタンをぽちっと押す。
「西園寺グループの横領事件の新たな噂話が社内で広まっているのよ」
「へぇ~、どんな噂が?」
その話に興味があるのかないのかよくわからない返事をしビビンバをハフハフしながら食べる金子。そんな金子を見つめ私はゆっくりとこの言葉を言う。
「伯父のほかに共犯者がいるっていう噂」
「ふ~ん、それでその共犯者がだれなのかも噂になっているのか?」
なぜか金子は私の言った言葉に何の驚きの色も示さずメニューを手に取りデザート欄を眺めながら尋ねてきた。
その質問に一言だけ返す私。
「えぇ」
「でも極秘情報なんだろ? じゃぁここで誰って聞かないほうがいいかもな~。というかJAPANテレビの職員が内部情報漏らしていいのか? 漏れたら大変なことになるだろ?」
確かに社内の内部情報を漏らすのはご法度。それはもちろんわかっている。でもこれは私の作り話。社内でそんな噂が流れているなんてウソ。
まずあんたが私の言葉を聞いて焦る様子を見たかったのよ。でもなぜか私の予想を反してあんたは無反応。なかなかしぶといわね、この男。オロオロしているところを上手く狙って一気に攻めるつもりだったんだけど……心臓に毛が生えているのかしら。こうなったら直球で行くしかないのかな……。
私がいろいろ頭の中で思考を巡らせていると、金子はデザートを注文した。
「すんませーん、黒ごまアイスを……あっ、茜も食べる?」
「いや、私はもうおなかいっぱいだから……」
「じゃぁ、黒ごまアイス一つで」
まだこいつは食べるつもりなのか……そう思いながら金子の顔を見る。別に容姿は悪くはないのだがおじさまに比べるとやはり劣って見えてしまう。すると金子と目が合ってしまった。
「ハハハッ、俺の顔になんかついてるか?」
上機嫌の金子に対し私は薄い笑みでこう返す。
「いや、ちょっと見とれてただけよ」
というかこんなくだらない会話しにここに来たんじゃなかった。早くしないと、きっとこのデザート食べたら帰ろうって言うに違いない。早く……早く!
「俺ちょっと聞きたいことあるんだけどさぁ」
すると私の焦る気持ちが高まる中、金子は真面目な面持ちで私に尋ねてきた。
「何?」
私は一言だけでその質問を促す。
「茜って何で俺の息子と結婚したんだ?」
その真剣なまなざしに私は思わず音を立ててつばを飲み込んでしまった。髪を撫でながらその質問に私は平静な面持ちで答える。
「ノボルのことは大好きだったわよ。もちろん今でも。でも三人で食事をしたり、和夫さんと時を共にしていくうちにだんだんと和夫さんに惹かれてしまったのよ。ノボルには本当に申し訳ないと思ったのだけれど、この気持ちを抑えることができなく……」
「でも最初から茜は年上好みだったんだろ?」
金子は食い気味に言葉を発する。
「え? あ、いや、まぁ、その……」
金子のその言葉に私はしどろもどろとなってしまった。その通り、私は物心がついた時からおじさまみたいな人と結婚したいと本気で思っていた。それは今なお変わらない事実。ましてやノボルのように年下の男性と付き合うなんて想像もしたことがなかった。しかしそんな心とは裏腹に現実の私は六つも年下の彼と結婚している。
「なんか変なんだよな。茜の行動」
ドキリとする私。額から汗が流れてくる。そんな私をよそにスタッフが金子にアイスを持ってきた。
「お待たせいたしました。黒ごまアイスでございます」
「どうも。茜も食べるか? 暑いんならアイスでも食えよ。おいしいぞ」
ニヤリと笑い、私をもてあそぶかの表情を浮かべ金子はアイスをスプーンですくう。
「いえ、結構……」
「そうか? おいしいのになぁ」
そう言っておいしそうにアイスを食べる金子。
「あのさぁ」
口の中のアイスが溶けた後、金子はせわしなく動いているスタッフを眺めながらこう言ってきた。
「俺たち恋人同士だっていうのに、体の関係はおろかキスもしたことないよな?」
「?!」
その言葉を聞き私は完全にうろたえてしまう。
どうしよう? ずっと今まで避けてきたこと……やっぱりこいつは不自然に感じてしまった……。はぁ、もう……今日は私が攻めて全てを吐かせるはずだったのに、逆に攻められてどうするのよ? どう答えればいいのよ……?
「もしこの関係に意図があるならすぐにでも別れたい。ノボルがかわいそうすぎるだろ?」
そう言い、またもや不敵な笑みを浮かべる金子。
「いや、そんな意図があって和夫さんと付き合ってるわけじゃ……」
私の声はだんだんと小さくなっていき、語尾は自分の耳でも聞き取れないほどだった。
「じゃぁ、帰りにホテルでも寄っていくか?」
「?!」
その言葉に動揺を隠せない私。
「本気で俺たち付き合っているんだろ? ならそれくらいもうしてもいい頃合いだろ」
「…………」
言葉を詰まらせてしまった。もう私の逃げ道はないのだ。俯いたまま考えること三十秒。そして私は決心する。
「えぇ、行きましょう。ホテルへ」
続く
こんにちは、はしたかミルヒです!
第六話を読んでいただきありがとうございます! この話、完全に昼ドラですね……苦笑。 ラノベ的な話じゃねぇ~な!って書いてから気づきました(-_-;)まぁ、私、昼ドラ大好きなんで(笑)ご勘弁を……m(__)m
次回、ホテルに向かった茜と和夫。茜は一体どうなってしまうのでしょうか? 和夫に体を許してしまうのでしょうか?
お楽しみに♪
ミルヒ




