第五話
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「「「「「退院おめでとう!!」」」」」
ノボルが退院の日を迎えた。天候は雲ひとつない晴天日。まるでお天道様もノボルの退院を待ちわびていたかのように私たちに光を照らす。
「ありがとう……これも支えてくれたみんなのおかげだよ」
「手術、本当にうまくいって良かったな! あとは、リハビリだけだ。頑張れよ!」
そう言ったのは、シャークスの間宮監督。
「はい、一日も早くマウンドに立てるように頑張ります!」
今、ノボルの病室にはシャークスのメンバー数人と間宮監督、そして私がいる。
なんで来ないんだろ……。
だがしかし一人、来てもいいはずの人がまだ来ていない。ノボルもおそらく私と同じことを考えているであろう。せっかくの退院だというのに浮かない表情をしていたからだ。
コンコンコン
ノックの音がした。
もしかして……!
「どうぞ!」
私がノボルの代わりに対応する。そして病室のドアが開かれた瞬間、ノボルはとっさにその人の名を口に出そうとしたが……
「おや――」
「ノボル……」
「?!」
私も驚いたのだがノボルは私以上に驚き目を丸く見開いている。「なんでお前がここに来たんだ?」と言わんばかりの表情。
「ノボル……母さん、本当に心配してたんだよ。でも良かった……手術が成功して本当に良かった」
やはり彼女はノボルの母親だった。やけにやつれた面持ちの母親。ノボルの年齢から言って四十代後半から五十代前半なのだろうが、その年齢よりも老いて見えた。そんなノボルの母親が目を真っ赤にさせて泣いている。しかしノボルが期待していた待ち人ではないのは事実。しかしなぜ彼女はこの病院にノボルがいることが分かったのか? 誰にこの場所を教えてもらったのであろう?
「ノボル……肘の具合はどう?」
「…………」
ノボルは母親の質問に答える気は無く、彼女とは反対の方を向き窓の外を眺めていた。そんなノボルの態度を見かねて、私は声をかける。
「お義母さんですよね?」
「はい。あ、ノボルのお嫁さん……初めまして、ノボルの母親です。いつも息子がお世話になっております」
そう言うとノボルの母親は私に深々と頭を下げる。
「茜と申します。こちらこそお世話になっております。さぁ、ノボルの近くに行ってやってください。どうぞ」
私がノボルの母親をノボルのベッドの近くまでエスコートすると、ノボルがこちらを振り向き怒りをあらわにした。
「今更なんだよ……どのツラ下げて来てんだよ! 早く帰れよ! 邪魔なんだよ!」
その言葉にビクリと体を動かし、ベッドまであと一メートルのところでノボルの母親は立ち止まってしまった。
「ノボル……本当にすまない……でも母さん、本当にお前のことが心配で……」
「ノボル、お義母さんがこんなに心配しているんだから……」
しかしそれでもなおノボルは母親との距離を縮めようとはしない。
「なんだよ? 茜もそんなヤツの肩を持つ気なのかよ」
「そうじゃないって! どうしてこんな時くらい仲良くできないの? お義母さんはあなたのことが好きなのよ」
「好きなら……じゃぁ好きならなんで親父を見捨てて違う男の所へ行ったんだ?」
「それは……すまない。ノボルには何も言わずこんなことしてしまってすまないと思っている……」
ガクリと肩を落とす母親。そんな彼女の顔を見てみるとかなり憔悴しきっていた様子だった。
「じゃぁ、お、俺たちはこれで……」
シャークスの四番打者でもありリーダーでもある滝川さんが苦笑いしながら帰って行く。他のメンバーも皆揃って滝川さんのあとについて行った。
「リハビリ頑張れよ」
間宮監督もノボルに励ましの言葉を言ってからその場を去って行く。
「ノボ……」
ノボルの母親がノボルに声をかけようとした瞬間、ノボルはその言葉を食い気味で遮り母親に質問した。
「山田っていう男とはもう別れたのかよ?」
「あ、その…………」
その質問に母親は言葉を詰まらせる。
「フン。やっぱりな。そう言うことだと思ったよ。口では俺に謝っておいて、あんたは何一つ変わってない」
ノボルの母親は俯き肩を震わせている。もう黙ってはいられないと思い、私はノボルを叱咤した。
「ノボル! 今はそんなこと関係ないでしょ! なんでお義母さんが心配しているのに素直に感謝しないのよ? お義母さんを泣かせて楽しい? それで心が晴れるとでも思っているの?」
しかしノボルには私の声が届かない。ノボルは涙ぐみながら母親を指さし私にこう言い放った。
「茜になんか俺の気持ちがわかるかよ? 俺はコイツに見捨てられたんだぞ! こいつはもう俺の母親でも何でもないんだよ!!」
もうダメだ。よっぽど言ってやろうかと思った。というか喉までその言葉が出かかっていた。
あんたの母親よりあんたの父親のほうがよっぽど悪いことしてる! って……。
でももちろんこんなことノボルやノボルの母親の前で言えるわけがない。言ったら修羅場になることは明明白白たる事実……でもこのことだけは言える。
「ノボル、もっと真実を見て! 人の意見なんかに流されないで!」
「な、なんだよ?」
「ノボルは人に流されやすいんだよ。だから騙されやすい……」
その言葉を聞き、ノボルは思わずベッドから立ち上がった。
「そ、それどういう意味だよ?!」
「私、もう行くね……」
するとノボルの母親は私を引き留めたいのか悲しげな顔で私を見つめる。
「茜さん……」
きっと今のノボルと二人きりになるのは気まずいと思ったのであろう。その気持ちはよく分かるので私は彼女に声をかけた。
「お義母さん、もしよろしければ一緒に帰りましょうか?」
「あ、はい……」
病室のドアを開け、出る際に私はちらりとノボルの顔を見る。私の言葉が胸に刺さったのかノボルは俯いたままこちらを見ようとはしなかった。
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病院の廊下をペタペタとスリッパを鳴らしながら歩き、出口へと向かう私とノボルの母親。しかしなぜかノボルの母親の動きがせわしない。私は思わず声をかける。
「どうなさいました?」
「あ、いや……」
そう言い彼女は軽く笑みを浮かべた。しかしやはり彼女は落ち着かない様子で廊下を歩く。その時ノボルの母親の足が止まった。数歩前に出てしまった私はとっさに足を止める。すると彼女は申し訳なさそうに私にこう言った。
「あの……大変申し訳ございませんが、茜さん、やっぱり先に行ってください……」
「やはり何か用事でも?」
「あ、はい……ちょっと知り合いがここで入院しているもので様子を見に行きたいなと思いまして……」
「あぁ、そうですか。お友達の方ですか?」
私は何気なしに質問すると彼女は一瞬戸惑いの表情を見せ、そして苦笑いを浮かべてからこう話す。
「まぁ、お友達というかその……」
あぁ……この一言でわかってしまった。思わず納得した表情を浮かべるもすぐに表情を変え、平然とした面持ちでこう返す。
「わかりました。では、お先に失礼します」
そう言うと私はノボルの母親に向かって一礼をし、病院を後にした。
ノボルの親子関係って本当に複雑なんだな……。その点私は親子関係については何にもトラブルはない。そう言う意味では幸せ者なのかな? でもあんな偉そうなことノボルに言っておいて私もノボルを騙してる。それにお義母さんよりたちが悪いかもしれない。だって……ノボルを利用して、偽装といえど彼の父親と付き合ってるんだから……。もうこんな人をだますようなことをしたくはない。だから次で決着をつける! もう最後にするんだ。そのためにも準備しておかなくちゃ……。全てが終わった時、ノボルに何もかも話そう。彼ならきっとわかってくれるだろう。きっと……。
本当にごめんねノボル……あともう少しだから……。
続く
こんにちは、はしたかミルヒです!
第五話を読んでくださりありがとうございます!
茜の言う通りノボルの親子関係はかなり複雑です……。これから茜も含めこの家族は一体どうなるのでしょうか?
次回もお楽しみに♪
ミルヒ




