第四話
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「ここは……」
「ノボル……グスッ……」
「あ、茜?」
私の顔を見て名前を呼ぶノボル。ノボルはようやく目が覚めた。
「ここは病室よ。右肘に球が当たって、そのままノボルは病院に運ばれたのよ。今は痛み止めの点滴打ってもらっているの……」
そう、ノボルは昨日の試合でバッターが打ち返した球が右肘に当たり大けがをしてしまったのだ。
「あぁ、思い出した。本当にひどい悪夢だ……」
ノボルは現実を目の当たりにしたショックからか左手で目を隠してしまう。
「なぁ、茜……」
「……なに?」
ノボルの声は今にも途切れそうなくらいか細い声で私に尋ねてきた。
「これで俺の人生終わりかな……?」
そんな弱音を吐くノボルに私は声を震わせながら必死で訴える。
「……そんなこと言わないで。お願いだからそんなこと言わないで……あきらめちゃ……あきらめちゃダメだよ……」
「このケガ、手術しなきゃ治んないんだよな?」
「うん。でも……でも、手術したらまた野球ができるようになるんだよ……」
「そうだよな。俺、まだ野球続けたいよ……」
ノボルは涙をこらえるのに必死で唇を噛みしめている。そんなノボルの姿を見るのは正直辛い。
「茜……」
「……なに?」
そんな私も涙をこらえるのに必死だった。
「来てくれてありがとう……」
必死で涙をこらえていたノボルだが無情にもそれは頬を伝っていった……。
八月下旬、ノボルは私と球団の後押しもあり、手術することを決心した。そして――――
手術は無事成功した。
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「茜!」
「待った?」
「いや、俺も今来たばかりだから」
「良かった。ノボルが怪我をしてからなかなか抜け出せなくて……ごめんね和夫さん」
「怪我は早く治るのか? 息子にはたっぷり稼いでもらわないといけないからな。ハハハッ」
私は悪い女だ。
ノボルが退院するまでの間、私と金子は幾度かデートを重ねていた。そのうち私は金子に対し砕けた口調で話すようになり、金子も金子で私のことを「茜」と呼ぶようになった。それほど私たちの間柄は親密になったということだ。金子の中で息子に対する罪悪感が消えて行ったと思われる。
「今日はどこでランチしようか?」
「そうだな~、いつも高級レストランで食事してたからたまには庶民的なところで食べたいよな……」
「じゃぁ、目の前にワクドナルドがあるから、そこで食べようよ」
「あぁ、そうしよう」
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店内には楽しげなBGMが流れている。私は手際よく店員にチーズバーガーとビッグバーガーのセットを頼み、会計を済ませ、席取りをしてくれた金子のところまでそれを運ぶ。
「おごってもらっちゃって悪いな」
「ううん、このくらい私に払わせて」
今日こそはコイツから内部情報を聞き出さなくちゃ……。そう、私は未だに金子からちゃんとした証拠をつかめていない。何度かデートして聞き出そうとはしたのだが、なぜかうまく聞き出すことができなくてこのままずるずる来てしまった。証拠がつかめれば早く弁護士のところに行くのに……証拠がつかめれば早くコイツのもとから去れるのに……。
「う~ん、やっぱりこういう食事もいいよな~。久々にハンバーガー食べたけどうまいよ!」
「そうだね……」
「ん? 茜どうした? 何かあったか?」
「え?」
「さっきから難しい顔してるから……」
あっ、いけない! 顔に出てしまってる! 私のバカ! 何を深く考えているの? さり気なく、あの事件のこと聞けばいいじゃない。こんな表情ばかりしてたら怪しまれちゃう……。
そして私は気づかれないように金子を見ながら薄い笑みを浮かべた。
「いや、ノボル、回復してくれればいいなぁって……そう思ってただけ」
「アイツは、回復するさ。すぐに退院できると思うぞ。あのくらいで選手生命がダメになるなんてエースとして失格だからな」
そう言い、ハンバーガーを頬張る金子。
はぁ、どうやってあの事件の話を切り出そうか……いきなり話し出しても変に思われるし……。
するとコーラをストローでズズッとすすったあと金子の方からこう切り出してきた。
「茜のお母さんって食品部門の最高責任者だったんだろ?」
「うん、そうだけど」
「じゃぁ、あの事件が発覚する前に知ってたんじゃないのか?」
「いや、前にも言ったと思うけど本人は全く何も兄の方から聞いていなかったと言ってるわ」
「そうか? 兄妹仲がいいからてっきり知ってるもんだと思ってたけれどなぁ」
…………何よそれ? まるで私のお母さんも共犯者みたいな言い方じゃない? もしかして自分のやったことを棚に上げといてお母さんに罪を着せようとしてる? 冗談じゃない! 私のお母さんに変な罪を着せないで!
私はそんな金子の言葉に憤りを覚えたが一度心を落ち着かせてから金子に自分の疑問をぶつけた。
「和夫さんの方こそ、伯父から何も聞いていなかったの? ほらだって和夫さん会計部門にいたんでしょ?」
「あぁ、でも仕事って言っても正直大したことしてなかったんだよ。まぁ伝票整理はしてたけどそれくらいかなぁ。ハハハッ」
「伯父とはどのような関係だったの?」
「社長さんとか? さぁ~な。どんな関係って言われても大した話したこともないし……いや、全く話したことなかったわ。ハハハッ。俺はしょせん下っ端だったからな!」
「そっか……」
全く話したことなかった? 嘘ばっかり。こいつの言うことなんて信じない!
「さて、そろそろ行くか?」
そう言って金子が席を立つ。
「え? もう……?」
「ハハハッ、まだ何か積もる話でもあるのか?」
「あ、いや……」
まだ何も情報をつかめていない。聞きたいことはまだ山ほどあるのに……でもここで引き留めてまたこの事件の話をするのも不審に思われるし……残念だけどとりあえずここで終わらせるべきよね。
「そうよね、私もノボルのところにまた行かないといけないし、今日はこれで終わりにしましょうか」
そして私もニコリと笑みを浮かべ、腰を上げた。
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店から出て数歩歩いたところで、私たちは別れの挨拶をする。
「じゃぁ、ここで」
「そうだな、俺はちょっと寄るところあるから悪いけどノボルにすまないと伝えておいてくれ」
「あら、今度は違う彼女とデート?」
私は、金子をからかいながらそう尋ねた。
「まぁ、そんなようなもんだ。ハハハッ」
「冗談よしてよ! 私も怒るときは怒るんだから!」
そんなことを言ってきた金子対し、ふくれっ面をしながら私は金子をねめつける。
「おぉ……女ってのはいつの時代も怖いもんだな。ハハハッ。じゃぁ、そういうことだから」
「わかった。伝えておくわ」
「今日も楽しかったよ! じゃぁな!」
「今度は焼き肉デートでもしましょ」
「そりゃいい! あとでメールしてくれ」
「了解!」
金子は私に笑みを投げかけると、くるりと私に背を向けそのまま向こうへ行ってしまった。金子の後姿を見てため息が出る私。
今日も収穫なしか……。私、今まで何してんのよ? 何一つ重要なこと聞けていない。これじゃ何も進んでないじゃない。時間の無駄よ……。
続く
こんにちは、はしたかミルヒです!
今日は、久々にお寿司を食べに外食してきました! 久しぶりに食べる生魚に感動!マグロのお寿司を一口口に入れると口の中で広がる生魚独特のにおいについ声が漏れてしまいました(>_<) ウ~ン! しかも帰ってきた後に昼寝してその時にお寿司の夢を見る始末(笑)どんだけ寿司に感動しちゃったんだよ……?
ってなことで第四話を読んでくださりありがとうございます!
次回はノボルの退院の日の話になります。これも以前にやりましたが今度は茜目線で……お楽しみに♪
ミルヒ




