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ドリームショップ ~あなたはどんな夢を買いたいですか?~  作者: はしたかミルヒ
ケース5:金子ノボルと結婚したい(茜編)
49/109

第三話

■■■


 翌晩、ノボルがいないことをいいことに私と金子は夕食を中華レストランで一緒にとることにした。すなわちこれが私と金子の最初のデート。私は仕事があったので、一緒に目的地まで行くことはできず、直接レストランの中で会うことにした。

 時刻は七時十分。待ち合わせ時刻よりも十分遅れてしまった。私は息を切らしながら店の中に入り窓際の席に座っているグレーのスーツ姿の金子を見つける。金子も私を見つけると手を振り笑みを浮かべた。


「茜ちゃん! お疲れさん」

「すいません、お待たせしてしまって!」


 そう言いながら早足で金子のいる席に向かい、金子の真向かいに座る。


「いやいや、茜ちゃんは人気アナウンサーだからね。忙しいのは当たり前でしょ。何飲む? とりあえずビール? あ、こういう時はワインのほうがいいのかな?」

「いえ、私ビールのほうが好きですから。ビールで」

「そ、そうだな! 無理してワイン飲むこともないか! ハハハッ。なんかこういうの初めてだから、何をどうしたらいいのかわかんなくってさ」

「いつもどおりでいいんですよ。私はいつもの和夫さんが好きなんですから」


 私の言葉を聞き、恥ずかしくなってしまったのかすぐに視線をそらし頭をガシガシかく金子。


「い、いや~、そんなこと言わないでくれよ~。て、照れるだろっ」

「フフフッ、和夫さん、かわいい」


 そんな会話をしているうちに黒いベストを着てピシッときれいに横分けされた髪型のウエイターがやってくる。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 金子は緊張した面持ちでメニューを見ながら注文をする。


「えぇっと、び、ビール二つと、この、こ、広東こうとうコースを……」

「ビール二つと広東かんとんコースでございますね」

「え? かんとん?」

「和夫さん、『こうとう』じゃなく『かんとん』ですよ」


 きょとんをしている和夫に私は小声で正しい読み方を告げる。そのとたん和夫の顔色は耳まで赤くなってしまう。

 そして和夫は俯き、顔を赤くさせたままウエイターにもう一度注文を告げる。今度はごく小さな声で。


「す、すいません……ビール二つと広東かんとんコースを……」


 ウエイターはにこりと微笑み、「かしこましました」と深々と頭を下げると、颯爽とその場から去って行った。


「フフフッ、和夫さん、ものすごく緊張してるでしょ?」

「いやぁ、だってこんな高級な店で中華なんて食べたことないから。たいてい中華食べるったら近所の定食屋だしな……」


 そう言いながらポケットからハンカチを取り出し和夫は額の汗をぬぐう。


「着るもんとかもよくわからなくって、とりあえず家にあった背広着てみたんだけど……」

「フフフッ、とっても素敵ですよ!」

「茜さんこそその白いワンピース、とっても……似合ってるよ」


 照れながら私の服装をほめる金子。


「ありがとうございます! でもこれワンピースじゃなく、ツーピースですよ!」

「あ、そ、そう! ハハハッ。俺、そう言うの疎いからよくわかんなくって……」


 そうこうしているうちにきれいな琥珀色のビールがテーブルの上に置かれる。


「では、和夫さん、ビールが冷えているうちに乾杯しましょうか?」

「そうだな! えぇと、何に祝って乾杯しようか?」

「それはもちろん……」


 そう言うと私は金子の目を見つめこう答える。


「私と和夫さんの初デートに乾杯」


  ■■■


 「いや~、このエビチリ最高だな~!、さっきのフカヒレのスープも絶品だったし。うまいうまい!」


 金子はエビを頬張り、口の周りにチリソースをつけながら私にここの料理のおいしさを伝えてきた。


「本当においしいですね~!ここは都内でも有名の中華レストランですからね」


 黙々と食べる金子。エビチリを食べ終えた後、はしを持つ手を止め、ナプキンで口をふくとフゥーと満足そうなため息をつきこんなことを言ってきた。


「茜ちゃんと高級レストランでこんなにもおいしい料理が食べれて幸せだよ。ノボルも一緒だったら良かったかもなぁ」

「私は和夫さんと一緒にこうやってお食事ができてそれだけで幸せです」

「そ、そうか? こんなオヤジと食事して楽しいんかなぁ~。ハハハッ」

「私、和夫さんぐらいの歳も恋愛の範疇はんちゅうですよ」

「…………」


 私が金子を見つめてこんな言葉を発すると再び金子は顔を赤くさせ、フッと下に視線をそらす。

 さてどの頃合いを見てあの話をしようか……そう思っているとカートがコロコロと車輪の音を響かせながら私たちの座っている席に向かって近づいて来た。


「お待たせいたしました。本日のメインディッシュ、子豚の丸焼きです」


 食事を運ぶそのカートの上にはあめ色に光るうつぶせになったそのままの姿の子豚が真っ白い皿の上にドンと乗っていた。耳や鼻やくるっと丸まった尻尾がそのままの状態でついているので正直、拒否反応が出てしまう。

 うぅ……なんか食べたくないな……。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずかウエイターは手際よく、子豚の表面についている皮をナイフで切り始めた。どうやらこの料理は北京ダック同様、皮をメインで食べる料理らしい。


「おぉ。すごいなぁ~」


 金子は子豚の丸焼きを見て感心しているのかそれともウエイターの手際の良さを見て感心しているのかはわからないが感嘆の表情を浮かべていた。

 ウエイターは小皿に肉を少量に盛り、その上にあめ色に輝く皮をきれいに乗せる。そして私たちのテーブルの上に出来上がったそれを私と金子の前にそれぞれ置いた。


「マスタード、もしくは当店特製のソースをつけてお召し上がりください」


 そう言うとウエイターは一礼し、カートを押してこの場を去っていく。彼の一つ一つの動作は本当に華麗でうっとりしてしまいそうだ。


「おいしそうだなぁ~。さていただきますか!」


 初めて見る料理に目を輝かせながら金子は箸を手に取る。私も子豚丸ごと一頭来た時は正直引いたのだが、こうやって切り分けられ小皿にきれいに盛られると、さっきまでの拒否反応がウソのように薄らいでいく。うん、おいしそうだ!


「いただきます」


 箸で皮を一枚取る。そしてここの店特製の茶色のソースに絡めていただく。


「ん?! おいしい!」


 私は思わず声に出してしまった。


「うんまい!」


 金子も私と同様、おいしさで顔がほころんでいる。つい本来の目的である大事な情報をこの男から聞き出すことを忘れてしまいそうになっていた。

 いけない、早くコイツから横領事件のことを聞かないといけないんだった。そう思い二枚目の子豚の皮を食べ終え、口の中の脂をビールで流し込んだ後、私はさりげなくそのことを口に出してみた。


「あ、そうだ、和夫さんって、西園寺グループに勤めてたって聞いたことあるんですけど……」

「あぁ、そうだよ。でも何で知ってるんだい?」


 金子の質問に少々焦りつつも平静さを保ちながら答える。


「いや、私、一応アナウンサーですからこういう情報も報道局から入ってくるんです」

「なるほどねぇ。怖いもんだねぇ」


 そう言い軽く笑いながら子豚の皮と肉を一緒に口に運ぶ金子。


「西園寺グループのどの部門で働いてたんですか?」

「俺? 俺は、会計部門で働いていたんだ」

「会計部門?」

「あー! 今俺の顔見て、コイツがホントに事務屋? って思っただろう!」

「い、いえ……」


 と言いつつも金子の言ったことが図星だったので私は言葉に詰まってしまった。だって見るからに事務やるような感じじゃないし……どっちかっていうと整備工場で顔にオイルつけながら整備してそうな……。


「人は見た目じゃないぜ。一応簿記の資格持ってるしな。ハハハッ」


 ビールを三杯飲んだせいなのか上機嫌な金子は皿に盛られた子豚をペロリと完食したのち、残りのビールを一気に飲み干し、追加で再びビールを頼もうとする。


「茜さんもビール飲むかい?」

「いえ、私はウーロン茶で」

「もう飲まないのか?」

「一応明日も仕事ありますし……」


 苦笑いを浮かべる私を見て金子はちょっと残念そうな表情をするもウエイターを呼び、自分のビールと私のウーロン茶を注文した。

 飲み物が届くと金子はくいっとビールを一口飲み、それから私の近くに顔を寄せ小声でこう言いだした。


「今だから話すけど、知り合いのコネであの会社に入れてもらったんだよ。それまでは近所の整備工場で働いていたんだけどな」


 やっぱり。と心の中で思いつつも私は質問をする。


「へぇ……それはいつの話ですか?」

「え~、確かノボルが生まれて間もないころだったよ。そうだよく覚えている。偶然街中で知人を見つけてねぇ、そいつと話し込んでいるうちに仲良くなっちまって、そのままの勢いで会社に入れてもらったってわけさ。俺ってラッキーボーイだろ? ハハハッ」


 その歳でラッキーボーイって言葉はちょっと不釣合いだろ……と思いながらもその知人について聞いてみた。


「その知人って、西園寺グループの社員だった人ですか? 西園寺総一郎の側近とか?」


 すると金子はビールをゴクリと飲み、こう答える。


「西園寺ファミリーの人だったよ」

「やはり総一郎の側近?」

「まぁ、そこは茜さんのご想像にお任せってことで!」


 なんでそこは濁すのよ……? 

 つい苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう私。


「おっ、デザートが運ばれてきたぞ」

「本日のデザート、レストラン光龍こうりゅうの手作り杏仁豆腐でございます」


 そう言ってウエイターが持ってきた杏仁豆腐はまさに寄せ豆腐のような見た目で紅色のクコの実がその杏仁豆腐の白さをグッと引き立てている。杏仁豆腐と上に乗っている三つのクコの実。ものすごく見た目はシンプルなのだが、逆にそれがデザートは別腹! と言わんばかりに私のおなかを刺激させる。

 木でできたスプーンで一口食べてみるとこれが思った以上のおいしさ。口では言い表せないほどクリーミーで、しかしそれでいてしつこくない。むしろ爽やかな後味がまた次、また次とスプーンでそれを運ばせる。


「ヤバい!」


 アナウンサーのくせに、女子高生みたいな言葉を発してしまった私。無意識に出た言葉だから仕方がないと言えばそこまでなのだが……それほどにこの杏仁豆腐は美味しかったわけだ。もちろん金子もこの杏仁豆腐に感激していた。


「こんなうまいデザート初めて食べたよ!」

「今まで食べた杏仁豆腐の中でこれはトップクラスのおいしさだわ! うん、一番かも……」


 この絶品杏仁豆腐に舌鼓したつづみをしながら私は話を戻した。もちろんあの話に。


「西園寺が長い間横領していたことに社員の人たちは気づいていたんじゃないんですか?」

「そうかもなぁ~。知っていた人はいるんじゃないかな? 俺はニュースで初めて知ったけどね」



 …………嘘つき! あんたは最初から知っていた。というか、あんたからおじさまにこの話を持ち掛けたんでしょ? そしておじさまを上手く利用して、おじさまが横領した金をあんたが使ったってわけ。違う? もちろんおじさまもその金を使ったことは事実だけれど、あんたが使い込んだ金に比べるとおじさまは微々たるものだったはず。コイツ、どこまで白を切るつもり……?


「……かねさん? 茜さん!」

「えっ?」


 私はハッと我に返る。


「な~に、そんな怖い顔してんだよ? せっかくの美人が台無しだぞ! ハハハッ」

「すいません、ちょっと考え込んでて……」

「でもなんでそんなこと気になるんだ? もうこの事件は過ぎた話だろう? 当事者ならともかく、茜ちゃんは部外者だろう?」


 そう言い終えた後で、金子はハッという顔をする。


「あっ! 茜ちゃんのお母さんって……」

「えぇ、西園寺総一郎の妹です」

「そうかそうか。じゃぁ、いろいろとお母さんから聞いているわけだね?」

「いえ、母はこのことに関しては何も知らなかったと言っております。だから総一郎が捕まった時は大層驚いていました」

「へぇ、驚いたのか……」


 最後の一口分の杏仁豆腐を食べ終え金子はぼそりそう呟いた。ナプキンで口をふいた後、金子は『ごちそうさま』と告げ、伝票を手に取りこう言う。


「さてもうそろそろ帰るとしますか?」

「え? あ、はい……」


 正直聞きたいことは山ほどあった。「会計部門でどのような仕事をしていたのか?」とか、「おじさまと仲が良かったのか?」とか、「もし仲が良かったんならお金のことに関しておじさまから何か相談を持ち掛けられたんじゃないか?」とか……でも今こんなに質問したところで逆に怪しまれるだけだし。今日はこのくらいで終わらせた方がいいのかもしれない。焦らないほうがいい。ゆっくりとじっくりとコイツから横領事件のことを聞き出すんだ。そして、証拠をポロリ吐いたところで弁護士に相談すればいい。そしてこいつを訴える。その未来は近い。うん、焦らずに行こう……。

 金子は私よりも数歩前を歩き会計を済ませようとしていたので、私は声をかけた。


「和夫さん、私が払いますよ」

「いやいや、女性に払わせるなんて荷が重いよ! 任せておきなって!」

「でも……じゃぁ、今回は私が払うってことでどうですか?」

「そんな気にするなって! それにこんなにおいしい料理をたくさん食べれたことだけでも俺は満足なわけだし。それに昨日、パチンコで勝ったから今は懐が暖かいんだ」


 そう言いニヤニヤしながら財布を手に持つ金子に苦笑いを浮かべる茜。

 パチンコって……まぁ、ギャンブル好きそうな顔してるもんね。

 こんなやり取りを長々と続けるのは正直時間の無駄だと思い、私は折れた。


「では、ごちそうになります」

「いいってもんよ!」


■■■


「ありがとうございました!」


 店員の挨拶を背中で受けながら私たちは店を後にした。


「和夫さん、今日はごちそうさまでした。本当に楽しかったです!」

「俺も、こんな若い子とで、で、デートなんて生まれて初めてだから正直戸惑ったけどすごく楽しかったよ」


 そう言い金子は視線を下に向けながら歩き始めた。私は金子とは逆に空を見上げながらこう尋ねる。


「今度はどこに行きましょうか?」

「え? こ、今度? 今度もあるのかい?!」


 金子は驚いた表情で私を見た。


「えぇ、私たちのデートは一度きりじゃありませんよ?ウフッ」


 私はニコリと和夫に向かって微笑む。


「あぁ、そ、そうだよな……デートって何回もするものだよな。ハハハッ。で、でも何度もデートを重ねるとノボルにそのうちバレちゃうんじゃないか……?」

「大丈夫ですよ。試合中に行けばいいんですもの」

「あ、茜ちゃんって、見た目とは裏腹にかなりの小悪魔だね……」

「あら、そう言っていただけて光栄です! でも和夫さんも負けてないですよ?」


 私の言葉に笑みを浮かべながらも金子はこう返す。


「ハハハッ、それどういうことだい?」

「似た者同士ってことですよ♪」


続く

こんにちは、はしたかミルヒです!

なんか今回は”美味しんぼ”みたいな話になってしまいましたね(笑) あれ?ドリームショップって”異世界食堂”だっけ?と思わないように(笑)

ってなことで第三話を読んでいただきありがとうございます!

次回はノボルが右ひじを大怪我してしまった直後の話になります。この話、ノボル編でもやりましたね。

お楽しみに♪

ミルヒ



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