第一話
「ねぇ、知ってる? 中村先輩の伯父ってあの西園寺総一郎なんですって~」
「へー! 驚いた! 西園寺って今も服役中よね?」
「だって三十億ものお金を横領したんですもの」
「あ~、そうだった!」
「中村先輩のお母様も食品部門での最高責任者だったみたいよ。ってことはお母様も横領のこと、事件が発覚する前から知っていた可能性も高いわよね……」
「でもまさか西園寺グループの社長が横領するとは、世の中大変になったものよね……」
ケース5:金子ノボルと結婚したい(茜編)
ここはJAPANテレビアナウンス部。茜はディスクに向かいプロ野球選手の資料整理をしていた。JAPANテレビに就職してから早四年。二十六歳になった茜は今はスポーツニュースの看板アナウンサーとして活躍している。
「茜先輩、おはようござます!」
「おはよう、あやや」
茜と挨拶かわすこの女性、彼女の名は秋田亜弥。茜より二年後輩で茜と同じくスポーツコーナーを担当している。ポニーテールがトレードマークの活発な女性だ。
「ま~た、彼女たち、茜先輩のこと言って……」
そう小声で言いながら窓際で雑談している後輩アナウンサーをねめつける亜弥。
「別に気にしてないわ。もう慣れっこよ」
「でもぉ! そんなこと陰口されて悔しくないんですか? 私は茜先輩のことが心配なんですよ!」
ムゥっとふくれっ面で亜弥は茜に尋ねる。
「だからさっきも言ったでしょ。慣れっこだって。それよりも早く席について資料整理手伝ってよ。シャークスのインタビューは明日なのよ!」
茜は後輩の陰口など大して気にしていない様子で亜弥に仕事を振った。
「茜先輩がそう言うなら別にいいんですけど……」
そう言いながらも亜弥は不満そうな顔で茜の真向かいにある自分の席に着く。茜からシャークスの資料を受け取ると、亜弥はパラパラとその資料をめくり、とあるところでその手を止める。そして嬉しそうな面持ちで亜弥は茜にこう言った。
「あ、ところでシャークスの金子投手、今期も絶好調ですよね! 普通『二年目のジンクス』っていって二年目はあまり活躍できなかったりするのに、彼は違うんですよね~!」
「そうね。彼はコントロールいいから」
パソコンの画面から目を離さずに作業をしながら茜は悠然たる面持ちで答える。
「今年は沢村賞、取っちゃいますかね?」
「まぁ、そうね。このままいけば彼が一番妥当でしょう」
「やっぱり! いや~、彼には頑張ってほしいんだよな~! なんたってカッコいいしぃ~、彼!」
「そうね、カッコいいわね。カッコいいのはわかるから早く手を動かしてくれるかしら?」
「あっ、すいません……つい話こんじゃって……」
そう言いながらもまだ茜に話しかける亜弥。
「ところで金子投手にインタビューを何回もしたら恋が芽生えちゃいますかね? ほらだってピッチャーと年上アナウンサーってよく結ばれるじゃないですか~! だからもしかしたら私にもチャンスがあるかなぁって!」
亜弥は上を見上げながら顔をほころばせていた。
「はいはい、デレっとしないで早く資料整理してね!」
「あ、また私ったら! すいません……」
■■■
(大丈夫だよ、あやや。私にはこの液体があるんだから。この液体を飲めば、おじさまをだました人物に復讐できる……)
茜は自分の部屋の窓から差す月明かりに自身の手に持っている夢の液体の瓶をかざしながら笑みを浮かべていた。
「よし、飲もう……」
その時茜のショルダーバッグからバイブ音とともに星が流れるような清らかなメロディーが聞こえてきた。
「あ、お母さんからだ」
茜はそのバッグからスマートフォンを取り出し、電話に出る。
「もしもし、お母さん?」
『もしもし、茜? いま大丈夫?』
「うん。どうしたの?」
『あなた先日、一人で兄さんのところに行ったんだってね』
「うん、そうだけど……それが?」
『もーう、何で行くときに誘ってくれなかったのよ』
「え? 行きたかったの?」
『行きたかったに決まってるじゃない。もうそろそろ茜と一緒に行こうかなぁって思っていたところだったのに』
「あ~、ごめん……」
そう言いながら苦笑いを浮かべる茜。
(ちょっと、今回は一人で行きたかったなんてお母さんには言えないしね……)
『も~う、じゃぁ、私一人で行ってくるわね』
「うん、ごめん。今度行くときは一緒に行こう」
『絶対よ!』
「わかったって。あ、そうだ、前に教えたくれたこと、ほんとなのよね?」
『えぇ、まぁ、社内で流れていた噂だけどね。だからと言って変に首を突っ込むのはやめなさいよ』
「わかってるって。でもお母さんのその情報で私の気持ちが少し救われたんだ。ありがとね」
『どういう意味よ? フフフッ、変な子ね。じゃぁ、もう遅いから切るわよ』
「うん。じゃぁ、またね。おやすみ」
『おやすみ』
ピッ
通話終了ボタンをタッチすると、茜は深くため息をついた。
「ハァー。早く約束を果たさなきゃ。だっておじさまと約束したんだもの……」
そう言いながら茜は先日長野刑務所で伯父の総一郎と面会したことを思い出す。
□□□
『茜ちゃん、ありがとう。君だけだよ、そんなこと言って私を励ましてくれるのは』
『だって、だって本当におじさまが全部悪いわけじゃないんでしょ! 私知っているわ! おじさまに横領するように示唆して、そいつも会社のお金を使ったって!』
『フッ。茜ちゃん、本当に私なんかをかばってくれて嬉しいよ。でも、私が横領したのは事実。その金を私的なことに使ったのも事実なんだ。だから私は罪を犯したことには変わりない。あの当時は経営が悪化していてね。でも正直その現実を知るのが怖かったんだ。少しだけならと思って無断でグループ会社の金を使ったのさ。それがみるみる膨れてしまって気が付いたら三十億……本当にバカだった』
『それで洋子おばさまに訴えられたんですよね』
『あぁ、経営が悪化していたときに私たちの関係はもう冷めきっていたんだ。ゆかりにはつらい思いをさせてしまった』
『エリカが亡くなられたあと、何か月もたたないうちに離婚でしたもんね……』
『洋子が私に愛想が尽きたのも今ならよくわかるよ。訴えられて当然だったんだ』
『おじさま……で、でも! おじさま一人だけに罪をかぶせるなんて、私、私……それが許せないんです! それになぜ洋子おばさまは、おじさまだけを訴えたのか……本当におばさまはおじさま一人で全てやったと思ってるんですか? 私にはそう思えなくて……何か裏があるような……』
『茜ちゃん、洋子は何も悪くない。彼女は正しいことをした。決して洋子を恨んだりするようなことはしないでくれ』
『恨んだりなんかはしませんけど……でもなんか突っかかるものがあって……』
『悪いのはすべて私だ。それで十分。だろう?』
『グスッ……そ、そんなのヤダ……嫌です!!』
『茜ちゃん……』
『私は絶対にそいつの尻尾をつかんで刑務所にぶち込んでやりますよ! 私本気ですから! これは復讐です!!』
『復讐って……』
『だから……だから約束してください! 私が復讐を果たせたとき、おじさまがここから出てきたら、わ、わ、私と……け、け……結婚してください!!』
□□□
(勢いであんなこと言っちゃっておじさまの返事も聞かずに帰っちゃったけど、でもこれでいいんだよね……)
そして茜は、ブルーハワイのような海と空を想像させる鮮やかな青色の液体を飲んだ。
ゴクッ
「ん? 何の味もしない。本当にこれ効くのかな?」
そう言いながら空の瓶を眺める茜。
(まぁ、でもこれで金子ノボルとさえ結婚できればあとはスムーズに事が運ぶはず……)
茜は薄い笑みを浮かべると、空の小瓶を月光が差す窓辺に置く。
「さて、寝ますか」
そう言うと茜は「ウーン」とうなり、両腕を上げながら背伸びをし、それからベッドに入った。
(私の未来の夢は金子ノボルと結婚をして、それから、あの男を刑務所に入れること。そしておじさまと……一緒に暮らすこと……)
先ほど窓辺に置いた小瓶が月明かりに当たりキラキラと神々しい輝きを放っている。まるで茜の未来を諭すかのように…………。
「早く幸せになりたい……」
そう呟きながら茜は深い眠りに入っていった……。
続く
お久しぶりです。はしたかミルヒです!
ケース5:金子ノボルと結婚したい(茜編)第一話を読んでくださりありがとうございます!
ドリームショップ とうとう半分まで来ましたね。しかもケース5はちょっと大人な話になりますね。茜は一体、誰を復讐するつもりでいるのか? なぜ彼女は金子ノボルと結婚する液体を手に入れたのか? 謎は深まるばかりです。
では次回もお楽しみに♪
ミルヒ




