第八話
◆◆◆
「おー! ライブ会場はここか!」
秋葉原にあるアイドル専用のライブハウス。今日ここでゆかりんのライブが行われるのだ。
「いや~! ゆかりんのライブ見るの久々だな~! 誘ってくれてサンキューな! ナオちん」
こう言って俺の肩をポンと叩く小太りなこの男。彼は俺のオタク友達であり漫画家をしている秋田イェーガー。(『イェーガー』って明らかに某巨人漫画のファンなんだろうな……でもイェーガーって苗字だよね?)
「よし、イェーガー、俺たちの聖地へ向かうぞ!」
「オウヨ!」
◆◆◆
ライブ開始まで五分前。
「やべぇ……興奮してきたぜ! フンフンフン!」
「俺も! ってイェーガー、興奮しすぎてメガネくもってんぞ!」
そしてついに待ちに待ったライブが始まった。
「みんなーーーーーー! こんばんにゃーーーー♪ ゆかりんでーーーーす!」
「「「「「「「「「「ウォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」」」」」」」」」」」
ゆかりんの登場で会場のボルテージが一気に上がる。
「では早速歌うよ~~~! 『水しぶきキラキラ』」
ミュージックスタートの掛け声とともに前列の人たちはオタ芸を打ち始めた。もちろん俺とイェーガーも打つ! ウォーーーーーー! 燃えてきた!! ゆかりんのために打ちまくってやるぜ!!
「「「「「「「ゆかりん! ゆかりん! ゆかりんりん!! ゆかりん! ゆかりん! ゆかりんりん!!」」」」」」」
♪♪♪夏の太陽が~まぶしくて~水遊びしたくなる季節♪ 君と一緒に海へ行こ~う! そこで青春刻もう! 水しぶきキラキラ♪ 太陽もキラキラ♪ 素敵だね! 輝いてるね! まるで僕たちみたい♪ キラキラ! キラキラ! 水しぶきキラキラ♪♪♪
「「「「「「「「「「キラキラ!! キラキラ!!」」」」」」」」」」」
俺は精一杯の力でオタ芸を打った。打ちまくった。そして間奏に入った時、俺は不意にもゆかりんと目が合ってしまった。
「青木くん……?」
俺を見てなんか小さい声でゆかりんが呟いた。その途端ゆかりんはオロオロしだす。
「どうしたんだ? ゆかりん?! なんか震えてないか?」
そう俺に話すのは汗だくのイェーガー。
「あぁ……」
もしかして俺を見て緊張しだしたんじゃ……そうだとしたらかなりまずいな……二番目が歌えなくなるかもしれない。俺は深呼吸をしてから心を決めた。
「がんばれー! プロ根性見せろーーー! ゆかりんは世界一のアイドルだー!!」
大きな、誰よりも大きな声でこの言葉をゆかりんに叫ぶ。そして俺はゆかりんのためにオタ芸高速Ver.を打った。意識が飛んでしまうほど、となりの人に自分の汗がかかってしまうくらい無我夢中で打ちまくった。
「ウォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「ナオちん……お前ついに壊れちまったか。じゃぁ……俺も一緒に壊れまくるぜ!!」
イェーガーも俺について高速で打ちまくる。そして他の連中も俺に倣い皆一斉に打ちまくった。
「「「「「「「ゆかりん! ゆかりん! ゆかりんりん!! ゆかりん! ゆかりん! ゆかりんりん!!」」」」」」」
そして二番目が始まる。その時のゆかりんの笑顔は永遠に忘れない。俺が今まで見てきた中でそれは最高の笑顔だったから……
♪♪♪夏の海辺が~きれいで~はしゃぎたくなる年頃♪ 君と一緒に海で遊ぼ~う! そこで青春刻もう! 水しぶきキラキラ♪ 太陽もキラキラ♪ 素敵だね! 輝いてるね! まるで僕たちみたい♪ キラキラ! キラキラ! 水しぶきキラキラ♪♪♪
「「「「「「「「「「キラキラ!! キラキラ!!」」」」」」」」」」」
◆◆◆
そして次の日、俺は勇気を振り絞ってゆかりんをお茶に誘った。高級住宅街にあるカフェレストランは周りの雰囲気によく合い、店内は落ち着いていてシックな雰囲気を醸し出している。先に店に入った俺は窓側にある席を指定し、そこに座って待つことにした。俺が席に着いてから五分後、秋物のツイードジャケットを身にまとったいつもより大人っぽいゆかりんが俺の前に姿を現した。
「あ、青木くん、お待たせ……」
彼女は緊張しているのかジャケットを脱ぎ、はにかみながら席に着く。
「なんか忙しいのに誘ちゃってごめんね」
「ううん、全然! 青木くんこそ忙しいのにわざわざ昨日のライブに来てくれて本当に嬉しかった……ありがとう」
「あぁ、あれは俺が好きで勝手に行っただけだから……でも変なところ見られちゃったなぁ。はははっ」
俺は恥ずかしさを紛らわすために頭をガシガシとかいてしまった。この行為って女性は不快に感じてしまうはずなのについ無意識にやってしまった俺……しかしゆかりんも自身の頭をガシガシとまではいかないがカリカリとかきながら話をしだした。
「正直、信じられなかった。私のライブに青木くんがいて、しかも最前列で私のために応援してくれて……へへっ、本当に本当に信じられないくらいうれしかったんだ……」
ほんのり頬をピンク色に染めて話しているゆかりんを見て俺は思わず顔を伏せてしまった。かわいすぎるだろ! ゆかりん!
「な、なんか頼もうか? 何がいい?」
「あ、じゃぁ、コーヒーで」
ゆかりんはコーヒーが好きなんだ~。と思いながら俺は店員にコーヒーを二つ頼む。その間に他愛のない話をしながら俺はゆかりんの笑顔を堪能した。
「コーヒーお待たせしました」
ブルーマウンテンの濃厚な香りを運んできた店員は俺とゆかりんの前にそれをコトンと置いた。
「う~ん、いい香り! この匂いたまらないよね」
ゆかりんはそういうとそのままコーヒーを口に運ぶ。
「え? ブラックで飲むの?」
ゆかりんはコーヒーをブラックで飲むという衝撃の事実を俺は目の当たりにした。
「うん。コーヒーはブラックで飲む方が豆本来の味がわかるからね」
何という大人な回答。俺は砂糖とミルクをたっぷり入れたい衝動に駆られながらもゆかりんのその言葉を前に、結局ブラックで飲む羽目になった。口にススーゥと入れるとコーヒー豆本来の味と香りが口の中にほわぁと広がる。
「ん? 意外と苦くないかも……」
そうぼそりとつぶやく俺を見てゆかりんはフフフッと軽く笑って見せた。
「もしかして青木くんってコーヒーに砂糖とミルクを入れるタイプでしょ?」
「あ、バレちゃったか。でもこのコーヒー、このままでもすごくおいしいよ!」
「一杯千円の価値はあるね! でもこんな高級なカフェじゃなくてもよかったのに。なんかごめんね……」
「何で謝るのさ? 俺が勝手に決めた場所なんだから、ゆかりんは謝る必要ないし。はははっ」
「ま、そ、そうだよね! はははっ」
そうゆかりんが言った後、急にお互いに黙り込んでしまった。沈黙が広まる。時計が止まったような気がした。言葉を探す俺。でも芸人のように話のネタをポンポン出せるようなキャパは俺にはもっていない。しかしそのうちゆかりんが口を開く。
「あ、あのね……青木くんに一つ聞きたいことがあるんだけど……」
ゆかりんは頬を染めもじもじしながら俺に尋ねてきた。
「な、なに?」
「青木くんとくるみちゃんって……ほ、本当に付き合ってるの?」
俯きながらその質問をするゆかりん。
「まさかー!」
「で、でも……二人仲良いでしょ?」
「あぁ、俺とくるみは幼馴染だからな。小さい時からよく二人で遊んでいたんだよ。でもそれだけ、くるみとは仲のいい友達さ」
「そういうことだったんだ……」
その言葉を聞くとゆかりんはふぅーっと胸をなでおろし、コーヒーを口に運ぶ。
「あぁそうだ、ゆかりんは知らないと思うけどうちの親父、西園寺グループの社員だったんだよ。それからくるみのお母さんも西園寺家で家政婦をしていたんだ」
俺がそう言った途端、なぜかゆかりんはガタンを椅子を引き席を立った。そして俺に頭を下げてきたのだ。
「ご、ごめんなさい! 父の会社があんなことになっちゃって……」
俺は驚いた。まさかゆかりんが自分の父の会社のことで謝ってくるとは思いにもよらなかったからだ。
「ちょ、ちょっと、なんで謝るのさ? 謝る必要なんて全くないよ。というかゆかりんは関係ないだろう? 人生何が起こるか分かんないんだ。だからゆかりんのお父さんを責めるつもりなんて毛頭ないし……ってか早く座ってよ!」
「……でも本当に申し訳なくて……」
そう言いながらゆっくりと腰を下ろすゆかりん。
「でも親父がゆかりんのお父さんの会社に勤めてくれて俺は本当に嬉しかったよ。ドラマの撮影で『初めまして』なんて言っちゃったけど、実は二年前に一度会ってたみたいなんだよね。西園寺グループのパーティーで。俺はその時、気づかなかったんだけど、くるみと話しているときにずっと視線を俺に向けている女の子がいてさ。もしかしたらその子がゆかりんだったのかなぁって……はははっ。勘違いだったらごめんね!」
するとゆかりんはクスッと笑い俺の顔を見つめる。そのまっすぐな瞳に見つめられ俺の心臓はドクンドクンと音をなす。
「そう。私はずっと青木くんを探していた。そしてあの時、青木くんを探し出したの。でもくるみちゃんと楽しそうに話している青木くんを見てショックで声もかけずに戻っていっちゃったけど……今ではそれもいい思い出……フフッ。私らしいよね」
俺は不思議でならなかった。二年前は芸能活動なんてしていなかったはずなのになんで俺を探していたのか……
「もしかして俺のこと、あの時から知ってたの?」
するとゆかりんは俺の質問に笑顔で答えた。
「うん、私、二年前から青木くんのこと知ってたよ……とある不思議なお店で買った液体を飲んであなたを知ることになったの……」
ゆかりんのその言葉に俺は思わず目を丸くする。
「ゆかりんもあの店に?!」
ゆかりんも俺に負けじと目を丸く見開いていた。
「ということは青木くんもあの店に?」
それからなるほどという顔をし、ゆかりはぼそりとつぶやいた。
「そっか、これでなんとなくわかった気がする」
「ってことは俺たち……」
すると俺の言葉を遮り、俯き照れながらゆかりんは話し始めた。
「私ね、ずっとね……あの時から……あ、青木くんのことが……」
俺はゴクリと唾を飲む。その言葉の続きを聞く前にゆかりんが俺に何を言おうとしているのかもうわかっていた。まったく信じられないことだ。でも俺は昔から決めていたことがある。
それは好きな女の子ができたら、自分から告白すること。
ゆかりんが再び口を開く前に俺はこの言葉をゆかりんに捧げる。俺はガタリと椅子を鳴らし席を立つ。そして深呼吸をし俺は腹を決めた。
「ゆかりん、いやゆかりちゃん、俺は……俺は……ゆかりちゃんが好きだーーーーーーーー!!」
店内にいっぱいに響く俺の告白。当然周りの客も店員も俺に驚きの表情で目を向ける。でも構いやしない。俺はこの後も言葉を続けた。
「もうチャンスを逃したくないんだ! このチャンスを! だからゆかりちゃん……お、俺ともし良かったら……つ……付き合ってください!!」
「青木くん……」
ゆかりんは目を潤ませ俺の告白に答える。その答えはもちろん――――
つづく
こんにちは、はしたかミルヒです!
ついに直人、ゆかりんに告白しちゃいました! ってか直人ってかなりのオタクだったんですね(笑)
さて第八話を読んでいただきありがとうございます!
次回は、ようやっと現実の世界に戻ります。さてさて、二人は空の瓶を戻しに行くのでしょうか? 二人の本当の未来はどうなるんでしょう? 次週で早くも直人&くるみ編完結いたします!
お楽しみに♪




