第四話
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ようやっと家につく。いつもなら家まですぐ近くに感じる距離なのだが、今日はやけに遠く感じたノボルであった。
ガチャン
家の戸を開け、いつもの癖で誰もいないのに挨拶をしてしまうノボル。
「ただいま」
居間に行くと、一人分の食事が用意してあった。
「母さんは、もう食べたからノボル一人でお食べ」
母親はかすかな笑みでそういうと風呂場の方へ行ってしまった。ノボルは言われた通りに手を洗い、食事が用意されている食卓テーブルに座る。今日は鮭の塩焼きとご飯とわかめのみそ汁だ。育ち盛りのノボルには少し物足りない食事だが文句ひとつ言わずにありがたく手を合わせ、その食事を食べ始めるノボル。
「いただきます」
ノボルは食事をしながら、あの不思議な店での出来事を思い出していた。
(本当にあの店、不思議な空間だった。今でも鮮明に思い出せる。それにあの超能力者の店員……あいついったい何者なんだ? 最後に言った言葉がすごい引っかかってるし)
『金子様はお母様といるよりお父様といるほうが幸せになるかもしれません』
「……ウソにきまってる……」
夢子の言葉を思い出し、ついぼそりとつぶやいてしまうノボル。
「ノボル、ごめんね~。先に風呂に入らさせてもらったよ」
そう言いながら風呂場から戻ってきた母親。母親は化粧も落としいつも通りの姿に戻っていた。
「あ、母さん、いいんだよ、風呂なんか先に入っても」
「そうかい?」
そう言いながら笑顔でノボルの横に座る母親。
(母さんはホントいい人だ。こんな人よりもあんなクソオヤジといるほうが良いって、あの店員の言ったことはやっぱり間違ってる!)
「母さん」
「なぁに?」
ノボルは箸をおき、それから深呼吸をしたあと意を決して母親に夢のことを話し出した。
「母さん、俺の夢はさぁ、プ、プ、プロ野球選手になって有名になって、お金持ちになって母さんを支えたい……」
そう言った後ノボルの顔は耳まで真っ赤になっていた。
「ノボル……あんたって子は……本当に素敵な夢だね」
母親は天使のような笑みを浮かべノボルに寄り添う。
「この夢絶対叶うから。絶対に! 確かなことなんだ!」
ノボルの真剣なまなざしとはっきりと将来の夢を断言する姿に少々びっくりする母親。
「確かなこと……? あぁ! ノボル、やっと野球部に入部届を出すんだね!」
「いや、ちがうよ……」
「え? どういうことだい? だって、野球部に入らないと……」
思っていた答えと違うことをノボルは言ってきたので母親は困惑していた。
「未来になればわかるさ……」
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風呂に入り、歯を磨き、自分の部屋に布団を敷くノボル。そしてあの青い液体の入った小瓶を見つめる。
(これを飲めば、自分の夢が叶う。しかも夢の中で自分の夢を体験できる。よしっ……)
「ノボル!」
夢子から買った液体を飲もうとした瞬間、母親がノボルの部屋に入ってきた。
慌ててノボルはその液体の入った小瓶を自分の後ろに隠した。
「あ、か、母さん。何?」
「確か、今日はノボルのバイト先の給料日だよね……?」
「あっ!」
ノボルはつい、しまったという顔をしてしまった。
「あ、あの、欲しいとかじゃなくて、ただ出たのかなぁって思って聞いてみただけなんだけど……はははっ」
(いくらなんでも手元にある一万を渡して、今月はこれだけだったなんて言ってもそんな嘘は簡単にばれてしまうし。う~ん、どうしたら……)
「ノボル? ど、どうかしたのかい? そ、そんな険しい顔しなくても……」
「あ、いや、あの……今日はわけあって、バイト代渡せないって言われて……でも明日はもらえるはずだから。はははっ」
ノボルはその場で必死に考えたウソを母親の顔色を見ながら話した。
「あぁ、そうなのかい。最近の新聞屋も景気が悪いのかしらね……」
「そ、そうみたいだよ。今はインターネットで何でも調べられる時代だからね。はははっ……ごめん、明日お金渡すから」
ノボルは必死に笑顔を作り、その場をみつくろった。
「なんか急かしてる言い方したみたいですまないね……いいんだよ、それはノボルが稼いだお金なんだから、好きに使いなさい。邪魔してごめんよ。お休み」
「お、お休み……」
バタンッ
襖が閉まられた瞬間、ノボルは思わずため息をついてしまった。
「はぁ……」
(やっぱり母さんには、本当のこと言ったほうが良かったのかなぁ……)
そんなことを思いながら、隠していた液体の入った小瓶を前に出す。
(でも、これを飲んでしまえば……飲んでしまえばこの先幸せな人生が待ってるんだ。そして母さんを幸せにしてやれる!)
ノボルはその小瓶を見つめながら大きく深呼吸をし、そして――――
「ゴクッ」
ついに飲んでしまった。無味無臭で水を一滴飲んだような感じだった。すぐさまノボルは、自分の体に異変がないかどうか調べる。
(今のところ異常はないみたいだな……)
これで自分の未来は保障された。もう何も悩む必要なんてないんだ……そう自分自身に言い聞かせながらノボルは布団に入った。
(どんな幸せな人生を歩めるんだろう。早く寝て夢をみなくちゃ……)
あの液体を飲んで本当に自分の夢が叶うのかという不安と、もし本当に叶えられれば幸せになれるという期待。不安と期待がノボルの頭の中で交差する。そうなると興奮して眠れない。
「ハハハッ……」
興奮して変な笑いが出てしまう。
(自分は幸せになれる。夢を叶えて幸せになるんだ!)
ノボルはあの店員のことを信じたかった、いや、今はもう彼女を信じるしかなかった。そして――――
ノボルは夢の世界へと入って行った。
つづく
最近スライサーで指を怪我したはしたかミルヒです(笑)いつも注意しながら野菜をスライスしてるはずなのにふと気を抜いた瞬間やっちゃったんですよね...
ところで第四話を読んでいただきありがとうございます!次回からはいよいよ夢の中のお話になります。一体ノボルの未来はどんなことになっているのか?ぜひご期待くださいませm(^_-)m
ミルヒ