第二話
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カラ~ン
店のドアについているベルの音が二人をこの店の世界にいざなう。
「な、何この空間……?」
顔をひきつらせながらも店の内装をまじまじと眺めるくるみ。
「うわ~! オカルトっぽくって面白い! これで店員がゴスロリだったら最高だな!」
一方の直人はこの店の内装に驚くも、顔が満面の笑みになっていた。
「なにワクワクしてるのよ……?」
そんな直人にくるみは怪訝な表情を浮かべる。そこに夢子が笑顔を振りまきながらやってきた。
「いらっしゃいませ! ドリームショップへようこそ!」
「……ゴス……ロリ……」
夢子の格好を見てつばをごくりと飲む直人。今日の夢子のファッションはスカートがふわりとなったゴシック調の丈の短いワンピースに黒と白のストライプのニーハイソックス。髪はいつも通りのツインテールだが、その髪を結ぶのは黒いレースのリボン。そして頭の上にはメイドがつけていそうなリボンを結えて装着するタイプのヘッドドレスを付けていた。もちろん背中にはいつも通り蝶の羽を付けている。
「うわー! ゴスってるよ! ロリってるよ!」
直人はこの店に入って今日一番の興奮を見せる。
「な、何興奮してんのよ?! バカ!」
そんな直人の様子を見て怒りをあらわにするくるみ。
「青木様でいらっしゃいますね?」
夢子が直人の顔を見てにこりと微笑みながら尋ねた。
「そ、そうですけど、何で俺の名前を……?」
「青木様のことはなんでも存じておりますわ。ウフッ♪」
そこでくるみが割って入る。イライラした面持ちで腕を組み片足とタンタンと鳴らす。
「バカ! あんたは芸能人なのよ! 知られてて当然じゃない! あんたも占い師もどきかなんか知らないけどそんな変なこと直人に言わないでくれる?」
すると夢子が珍しく顔を傾かせきょとんとした表情でくるみに尋ねた。
「あのぉ……恐れ入りますがどちら様でございましょうか……?」
「……」
その質問に驚き目を丸く見開くくるみ。しかし、変装をしていたことを思い出し、帽子とサングラスをさらりと取る。
「これでどうかしら?」
不敵な笑みを浮かべくるみは上から目線で夢子に聞いた。しかし夢子は再び顔を傾かせ戸惑いながら答える。
「はぁ……どうかしらとおっしゃられましても……てっきり青木様だけがご来店するものだと思っておりましたので……」
「な、な、な……なに? わ、私のことを知らないですって?!」
くるみはあまりの驚きに顔を強張らせ後ずさりしてしまった。
「申し訳ございません」
夢子は深々とくるみに頭を下げる。
「んんんんんんんん!! もーーーーーーーーーーーーーーーーーーう!!」
「ど、どうした?」
怒り心頭で雄叫びの声を上げるくるみに直人の表情は完全に引きつっていた。
「直人! 早くこの店から出るわよ!」
怒りをあらわにしながらくるみは直人の腕を引っ張る。
「ちょ、ちょっと待ってよ! まだこのお店が何のお店か知らないし」
そう言いながら直人は夢子の顔をちらりと見た。すると夢子は笑みを浮かべ直人にこう言う。
「そうでございますわね。この店が何の店かまだ申しておりませんでした。この店、ドリームショップはお客様のお望みの夢をかなえて差し上げる店でございます。ウフッ♪」
「夢をかなえてくれる店?」
直人が夢子の言ったことに対し疑問符を浮かべた。同じくくるみも直人の腕を離し不可解な表情を浮かべる。
「はい、それで青木様のかなえたい夢はなんでございましょうか?」
「それって本当の話……?」
直人はまだ信じられないと言った様子を見せる。
「もちろんでございます!」
それを笑顔で返す夢子。
(ちょっと試しに言ってみていいかもな……)
そう思い半信半疑のまま直人は夢子に自分のかなえたい夢を伝えた。
「ゆ、ゆかりんと両想いになりたい!」
その言葉を発した途端、カァっと顔を赤らめる直人。
「ゆかりんとはコスプレアイドルのゆかりんさんのことでございますね。かしこまりまし――」
「ちょーっと待った!!」
夢子の言葉を遮りそこに割って入ってきたのはもちろんこの人。
「ちょ、ちょっと何なの?! いっぱい突っ込みどころあってどこから話していいのか頭がパニックになっちゃってるんだけど! えぇっとまずは……夢をかなえてくれる店って何? アンタ、正気で言ってる?」
両手を上げ興奮気味に話すくるみは夢子に疑問に思っていることをぶつける。
「はい、お客様のどんな夢でもをかなえる店、それがドリームショップでございます♪」
くるみにもニコリと微笑み夢子はその質問に答えた。
「……まったくもって理解できないんだけど……まぁそれは置いといて、直人!」
そう言うとくるみは今度は直人のほうに顔を向ける。
「何あんたこの店員の言うこと本気にして自分の夢告げてるのよ?!」
「いや、俺も半信半疑なんだけど、言うだけならタダかなぁて……」
直人はくるみの迫力に若干引き気味になりながら答える。
「あっそ! それであんたの言った夢は何なのよ?」
「え……ゆかりんと両想いになりたいってこと?」
「なに? ゆかりん? はっ? それ冗談で言ったのよね?」
「いや、一応これ、本気の夢……」
直人はぼそりとくるみに告げる。
「ほ、本気の夢……?」
くるみはわなわなと体を震わせると胸に手を当てながら声を荒げる。
「あんたの彼女はこの私でしょうが!!」
そのくるみの目には今にもこぼれそうなほどの涙が溜まっていた。そんなくるみの様子に戸惑いながらも直人は疑問に思っていることを話す。
「で、でも俺たち付き合ってたっけ?」
「はーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ??」
くるみは直人の言った言葉に衝撃を受け今にも目が飛び出してしまいそうなほどに驚いていた。
「な、な、なんて言った? い、今、なんて言ったの?」
「え? 俺の彼女は永遠にゆかりん……」
「ちがう、二次元の話しないでちょうだい。私の彼氏は誰? 誰なの? 答えて!」
「いや、ゆかりんは二次元なんかじゃないし……うめこ、いやくるみの彼氏は……って誰?」
直人はかなり戸惑い、顔をポリポリとかきながら逆にくるみにその質問を返す。
「し、し、信じらんない……私の彼氏は直人でしょ!!」
「あっ、俺の同じ名前の人?」
「…………」
「どうした?」
「ウグッ……なんであんたはこんなにも鈍感なのよ……」
直人の言った言葉に怒るのも諦め、力が抜けてしまったくるみは床に伏せ悲しげな表情を見せる。
「あ、くるみ、床に手を付けたら汚いよ?」
「……もう私死にたい……」
とここで夢子が小瓶を一つ手に持ち、直人のところまでやってきた。
「お待たせしました! これが青木様の夢の液体でございます♪」
「うわ! きれいな黄色!」
直人がその瓶の中に入っている液体をみて感嘆の表情を浮かべる。
「ちょっと待って!」
その時くるみが夢子の前に立ち、夢の液体が入った小瓶を夢子からむしり取った。そしてそれを眺め夢子の顔を横目で見ながらニヤリと笑う。
「ふ~ん、ちゃんと夢の液体まで作ってあるとは、かなり凝ってるインチキ商売ね」
すると夢子は俯き加減でフッと笑い、顔を上げくるみに笑みを投げかけてこう言う。
「この液体を青木様が飲めば、本当にコスプレアイドルのゆかりん様との恋が実ります」
「あのさぁ、ちょっと引っかかることがあるんだけど、なんで私のことは知らないくせにコスプレアイドルのことは知ってるの? おかしいでしょ? ふつう逆よ?」
くるみは呆れたような笑いを浮かべ夢子に尋ねた。それに答える様に夢子も夢子で満面の笑みを浮かべる。
「なぜって、私はゆかりんさんのファンでございますから! ウフッ♪」
「あっそ、あんたのカッコみたらよくわかったわ。よく類は友を呼ぶって言うものね!」
そう言いながら軽蔑のまなざしで夢子の全身をジロリと眺めるくるみ。
「ほめてくださりありがとうございます♪」
そんなくるみの嫌味な発言を夢子はいい意味合いに変換し、さらりと受け取る。
(ほんと何なのよコイツ……)
二人に聞こえるか聞こえないぐらいの舌打ちをし次にどんな文句を言ってやろうかと考えるくるみ。
「あのさぁ、この液体、毒とか入ってないよね?」
「わたくしは人を殺すことには全く興味ありませんので。ウフッ♪」
「この液体の色、黄色なんだよね……まさかあんたのおしっことかじゃないわよね?」
そう言いながらくるみはニヒルな笑みを浮かべる。
「……え? 今何と?」
そう言い、目をぱちくりとさせる夢子。
「……梅子、それはちょっと下品だぞ……」
はははっと空笑いしながら顔を引きつらせる直人。
「はっ! あの、いや、そんなつもりじゃぁ……なかったんだけど……」
くるみは自分の発言が失言だったことに今気づき、その瞬間彼女の顔はカァーっと真っ赤に染まった。そんな気恥ずかしさに硬直して動けなくなっているくるみを直人はポンッと軽く肩をたたき彼女の顔を覗きながら優しく諭す。
「もう、店員さんを困らせるようなことはやめろよ。なっ?」
「う゛う゛う゛……」
くるみは苦虫を噛み潰したような顔をし直人から視線を逸らした。
「では青木様、この液体をお買い求めになりますか?」
夢子は再び直人の前にその小瓶を見せる。
「おぉ! これを飲めば、ゆかりんと両想いになれるんですよね?」
「はい、さようでございます。就寝前にその液体をすべてお飲みください。そしてそのままお休みください。そうすると実際に青木様の将来の出来事が夢の中で体験できるのでございます。もし万が一、体験後にお気に召さなければ、次の日にその空になった瓶をわたくしにお戻しください。その瓶と引き替えに青木様にはお支払いいただく金額全てお返しいたします。しかしその時点で青木様との契約は無効となりますのでご了承ください」
「なるほど……じゃぁ夢が気に入らなかったら瓶を返せばいいんだ」
「さようでございます」
「気に入らなかったらお金が戻ってくるのか……じゃぁ、買ってもいいかな……ちなみにその液体はいくらなんですか?」
「えぇ、いくらにしましょうか……」
そう言いながら夢子は顎に人差し指を当て、考え込み始めた。
(値段って決まってないんだ……)
しばし考えること四十秒。
「青木様の夢の値段、決まりました!」
「いくらですか?」
そう尋ねると直人は夢子の顔を見つめる。
「十万円でございます!」
「十万円ね……ってゆかりんと両想いになれるなら十万円は安いよ!」
目を輝かせながら直人は早速財布から十万円を取り出そうとしたがその時――――
「ちょっと待って!」
またもやくるみが二人のやり取りに割って入ってきた。
「私も夢の液体とやらを買うわ!」
その言葉に夢子は驚きやや困惑の表情を浮かべた。
「だって、自分のかなえたい夢を夢の中で体験できて、しかもその夢が気に入らなかったら無効にすることもできるんでしょ?」
「さようでございますが……」
「じゃぁ、買うわ!」
そう言うと夢子の顔を見ながらニヤリと笑うくるみ。
「では、お客様のかなえたい夢はなんでございましょうか?」
その質問に間髪入れずにくるみは答える。
「直人と両想いになりたい」
その言葉を言い放ったくるみはまたもや不敵な笑みを浮かべた。
「え?! ちょっと待ってよ! お、俺と?! で、でもそれっておかしくなるんじゃ……」
直人は、くるみのかなえたい夢にかなり困惑している様子だ。
「ちょっと実験してみたくてね! ウフッ♪」
そう言いながら夢子の顔を見るくるみ。
「ねぇ、店員さん、私の夢もかなえてくれるわよね?」
くるみのかなえたい夢を聞いてしばらく考え込んだあと夢子は顔を上げ、くるみに笑みを投げかけた。
「はい、もちろんでございます!」
「ちょ、ちょっと、俺の夢はどうなるんですか?!」
それを聞いて慌てて夢子に近寄る直人。
「ご安心ください。青木様の夢はかなえて差し上げます」
「でも私の夢もかなえてくれるんでしょ?」
ニヤリと笑いながらくるみは夢子に尋ねる。
「先ほども申しあげました通りでございます」
そう言いながらくるみに微笑み返す夢子。
「ちなみにお客様、お客様のお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」
「ほんっと、失礼な店員ね! 私の名前も知らないなんて、恥だと思いなさい! まぁ、いいわ。私の名前は、横山くるみ」
すると夢子はニヤリと微笑を浮かべ、くるみの顔をじーっと見つめながら確認をする。
「横山くるみ様ですね。それでお間違いありませんでしょうか?」
「間違えなわけないでしょ!」
「フフフッ。かしこまりました。では横山くるみ様の夢の液体を早急に作り、お持ちいたしますのでしばらくお待ちいただけますか?」
「フッ! もちろん、何時間でも待ってあげるわよ」
夢子が店の奥に入った後、直人はくるみに恐る恐る尋ねた。
「お、おい、俺の未来は二股男になるのか??」
「バカ! ここで『はいそうです!』なんて言える女いるわけないでしょ!」
「でも俺の願いもくるみの願いもかなうなら自然とそうなっちゃうだろ?」
「私がそうはさせないわよ。ぜったい直人は私だけのものになるんだから!」
手を腰に当てニンマリと口角を上げるくるみ。一方で直人はその横でぼそりとつぶやく。
「……お、俺は……ゆかりんのほうが……」
「何か言った?」
「……」
直人が無言で目を伏せたまま苦い顔をしていると夢子が夢の液体が入った小瓶を手に持ってふわりふわり踊りながらやってきた。そしてくるみの前まで来ると夢子はその小瓶をくるみの前に出し微笑みながらこう言った。
「横山くるみ様、大変お待たせいたしました。これが横山様の夢の液体でございます♪」
くるみは自身の夢の液体を見つめるもあまりにも毒々しいくらいの真っ赤な液体を見て懐疑する。
「この液体……まさかあんたの血じゃ……」
「そんな、とんでもございません! この液体は横山くるみ様の夢をかなえる液体でございます」
「そうだよ、くるみ。人間の血ってこんなに真っ赤じゃないよ」
「こいつが人間かどうかも疑わしいでしょ」
そう言ってくるみは夢子の顔をジロリと見た。
「そんなご冗談はさておき、横山くるみ様、夢の液体の飲み方についてもう一度ご説明いたしましょうか?」
「いいっちゅーの。もうわかってるって」
「かしこまりました。ではお会計のほうを……」
「十万でしょ?」
何回も同じことを言わなくていいわよ。と言うような表情を見せ、財布からゴールドのクレジットカードを取り出すくるみ。
「もちろん一括で!」
そう言うとくるみはそのクレジットカードを夢子に突き出した。
「横山様、おあいにくですが……」
「あ? もしかしてカード使えないっていうの? 信じらんないんだけど! 今の時代、カードで払うのは常識でしょ?」
「いえ、クレジットカード払いはできます。しかしこの液体の値段は十万円ではございません……」
「え……? じゃ、じゃぁいくらだって言うのよ?」
「横山くるみ様は想定外のお客様でして早急に作りました結果、時間外の人件費なども込めまして……」
夢子の言い方にイライラしたくるみは夢子に急き立てる。
「まどろっこしいわね! 早く値段を言いなさいよ!」
「三百万円でございます」
「……?」
一瞬夢子が何を言ったのか自分の耳を疑ってしまうくるみ。そんな様子を見て夢子はくるみの顔を覗く。
「横山さま?」
「ちょ、ちょっとたんま! 今、頭ん中、整理するから……」
状況がよく呑み込めないながらもくるみは精一杯考える。
「えぇっと、直人の夢の液体は十万で私の夢の液体はさ、さんびゃくまん……?」
そう言うとくるみは夢子の顔を見つめ、目だけで確認を取る。すると夢子はニコリと笑い軽く頷いた。
「はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
くるみの壮絶な叫びは決して大きくはない、かといって小さくもない店内に響き渡った。そしてくるみはようやっと夢子が何を言ったのか気づく。
「ちょ、ちょっと、い、一体どういうことよ……? 説明してちょうだいよ!」
「はい、先ほども申しましたが、横山くるみ様は想定外のお客様でして早急に作りました結果、時間外の人件費なども込めましてこのようなお値段にさせていただきました♪」
「う゛ぅ……し、信じらんない……」
しかしその様子をみて直人は安堵の表情を浮かべていた。
(これでくるみは諦めて帰るよな……)
嬉しさを隠しきれずニコニコしながら直人はくるみに近づく。そして嬉しさを押し殺し悲しい表情を浮かべ直人は一生懸命に演技した。
「これじゃぁいくらなんでも高くて手が出ないよな。しょうがないよ……」
「か、買うわよ……」
「……え?」
その言葉を聞き一瞬固まる直人。
「ありがとうございます! では現金と引き換えに夢の液体をお渡しいたしますので、お会計のほうよろしいでしょうか?」
「わかったわよ……」
くるみは唇をかみしめながらゆっくりとゴールドのクレジットカードを夢子に渡す。しかしその手は小刻みに震えていた。
(直人と一緒になれるのなら……他の女に直人を奪われるくらいなら……)
夢子は微笑を浮かべながらそのカードを受け取ろうとしたその時くるみは夢子だけにしか聞こえないような声でぼそりとつぶやく。
「ぶ、分割で……」
つづく
こんにちは! はしたかミルヒです! 本日は二話連続投稿にしました。なぜって? 一話だけじゃ、読んでる人は「この話盛り上がるのかよ?」って疑問を抱かれてしまうのではないかと思ったからです!(笑) 第三話は明日投稿いたします。
夢の液体を手に入れた二人。しかし二人の夢を同時にかなえることは、不可能。やはり、直人が二股をかける展開になってしまうのか? それとも夢の液体は二人の夢を同時にかなえてくれることができるのでしょうか?
お楽しみに♪
ミルヒ




