第一話
『♪♪♪ ゆけ! 僕たちの未来のために! 走れ! あの風に乗っ~て! 厨二病でも無問題! だって厨二病だから! ねっ! ねっ! ♪♪♪』
「ゆかりんゆかりんゆかりんりん!! ヒャッホー! ヤッベー! 超可愛い!」
リビングにある大型テレビでアイドルのライブDVDを見ながら大はしゃぎする直人。その様子を見てダイニングテーブルの上でため息をつく母親。
「はぁ……なんでこうもうちの子たちは……直人は漫画にアニメ、そして最近はなんだかわけのわからないコスプレアイドルに夢中だし、芽衣子は芽衣子でもう二十七だというのにクマのぬいぐるみをずーっと手放さず持ってるし……ちょっと、あなた! 聞いてる?」
「あぁ聞いてるよ~」
「ウソ! あなたからもなんとか言ってちょうだい! 私じゃ、手におえなくて……」
「いいじゃないか~。好きなことしてるっていいことだぞ~」
「もーう! お酒なんか飲んでないで真剣にあの子たちのこと考えてよ!」
ケース4:両想いになりたい(直人&くるみ編)
「梅子ー、ちょっと手伝ってちょうだい! ……梅子?」
「もーう! その名前で呼ばないでって言ってるでしょ! 私はその名前を捨てたの! 私の名前は横山くるみよ!」
「はぁ、あなたのおばあちゃんが一生懸命考えてつけてくれたっていうのに……ゆかりお嬢様を見習ってほしいものだわ……」
「ゆかりお嬢様? あぁ、潰れた会社の元お嬢ね。ってか母ちゃん……いや、ママってば未だに彼女のことお嬢様だなんて言ってるの? ハァ、呆れた……もう彼女はお嬢様でも何でもない人だっていうのに」
そう言ってソファにもたれかかりファッション雑誌をペラペラとめくりながらテレビを見ているこの女性、横山梅子こと横山くるみは日本を代表するアイドルの一人だ。つややかな赤毛の長い髪をシュシュで一つにまとめている。
「ゆかりお嬢様は心の優しいお方よ! それに今は一生懸命アイドル活動をしてるでしょ! あなたと同業者なんだからアドバイスの一つも言ってあげれないの?」
「私と同業者? バカ言わないで! アイドル活動って言ってもコスプレアイドルなんてやっちゃってるんでしょ? キモオタしかファンがいないなんてほんと哀れだわ! やっぱりアイドルっていうのは、私見たく老若男女みんなに愛されなくちゃ本当のアイドルって言えないわよ!」
そう言いながら肩にかかっていた髪を払いのけるくるみ。
「フフフフッ、今『老若男女』って言えてなかったわよ!」
「もーう! 人の揚げ足取んないでよ!」
■■■
「直人! お待たせ!」
「あ、梅子! いや、俺も今来たところだから」
「ちょっと! 私の名前は梅子じゃなくてくるみだって言ったでしょ!」
「どっちでも同じだよ」
「ひっどーい!」
日曜日、くるみの誘いで直人はショッピングに一緒に行くことになった。
「でも二人そろって休みの日が重なるって珍しいよね!」
「最近お互いに忙しいからな~」
「ほんと、売れっ子は大変よね~! 変装するのも一苦労よ」
そう言いながらにんまりと笑うくるみ。
「ってかそれ逆に目立ってる気がするけど……」
直人はくるみの格好を下から上へと視線を動かし苦笑いを浮かべていた。直人が苦笑いするのもそのはず、くるみはサスペンダー付きのオリーブ色のハイウエストコクーンスカートにブランド物の白いTシャツ。足元はヒールの高いブラウンのグラディエーターサンダル。そこまでは普通なのだが、赤毛の長い髪の上にはつばの広い黒の女優帽子、そしてシャンネルの顔半分を隠してしまうほどの大きなサングラス。そしてそのサングラスの下にあるのは真っ赤に彩られた唇。
「だって私アイドルですから、これくらいしないと! 直人も変装くらいしないとファンがあっという間に寄ってきちゃうわよ!」
「でも一応ハンチングかぶってるし……」
直人とくるみが会話をしているときに二人組の女の子たちが近づいてきた。
「あの……青木直人くんですよね?」
そのうちの一人、中学生くらいの女の子が恥ずかしがりながら直人に尋ねる。
「はい、そうですけど」
「あの……も、もし良かったら一緒にしゃ、しゃ、写真撮ってくれませんか??」
そう言って思い切り頭を下げる女の子。
「あぁ、もちろんいいよ!」
直人は彼女の頼みに快くOKした。しかしその横で思い切り唇を噛みしめながらその様子を見ている人間が一人……
「え?! い、いいんですか?」
「じゃあ三人で撮ろうか?」
「「はい、お願いします!」」
二人は元気いっぱいな返事をする。
「じゃぁ……あ、梅子、悪いんだけど撮ってくれる?」
そう言いながら女の子が持っていたスマートフォンをくるみに渡す直人。
「な、なんで私が……」
その近くでその女の子たち二人がひそひそと耳元で話し合っていた。
「もしかして、このきれいな人、横山くるみちゃんかな?」
「えー? でも直人くん、さっき『梅子』って言ってたよ?」
「でもくるみちゃんの本名かもしれないじゃん?」
「まさかー! くるみちゃんが梅子だなんてありえないよー! そんなおばあちゃんみたいな名前、くるみちゃんには絶対似合わないもん!」
「だよね……でも似てるんだよな~……」
そう言いながら一人の女の子はくるみの顔をちらりと見た。
「ギギギギギギィ~~~」
その話を聞いていたくるみは激しいほどの歯ぎしりをする。
「梅……子?」
その様子を見て直人はくるみの顔を覗きこんだ。
「行くよ、直人!」
ムッとした表情を直人に見せて早足でこの場を去るくるみ。
「お、おい! ちょっと待てよ! せめて一枚!」
直人はそんなくるみのあとを同じく早足で追いかけた。
「あのー! 私のスマホ! ……すいません! あぁ、行っちゃったよ……」
■■■
「少なくとも誰かいる前で梅子って呼ぶなって言ったでしょ!」
「悪い。つい昔っからのくせで……」
人目のつかないところまで行き梅子は直人をたしなめた。
「もう、今度から気を付けてよね!」
ため息交じりに注意を促すくるみ。
「わかったよ……」
「じゃぁ、早く買い物しましょ!」
仕切りなおしたようにくるみは直人の手を取りカツカツとヒールを鳴らし歩いた。
「うめ……いや、くるみって機嫌治るの早いな……」
「なんか言ったかしら?」
「いや、なんでもないです……ん? ちょっと梅子!」
何かに気づいたようで直人は急に足を止めた。
「だーかーら! 梅子じゃな……」
くるみの言葉を遮り直人は話をしだした。
「こんなところに店なんてあったっけ?」
「最近できたんじゃないの?」
興味なさそうにくるみが答える。
「でも店の外壁からして最近できたようには思えないけど……」
「きっとわざとそういう風にしてるのよ! 古く見せるデザイン! 違う?」
「う~ん、そうかな……ちょっと気になるから入ってみようよ!」
「えー! いやよ! 私は、ブランドショップに行って服やアクセサリーを買いたいの! そんな怪しげな店に寄る時間なんてないわ!」
くるみは明らかに嫌な顔をしブランドショップに早く行きたいと主張する。
「じゃぁ、梅子じゃない……くるみはブランドショップに行っていいよ。俺はこの店入るから」
そう言って店に入ろうとする直人の腕をつかみ、むくれる顔をするくるみ。
「ちょっと! なんでせっかくのデートで別行動なのよ!」
「デート……?」
その言葉に不可解な表情を浮かべる直人に対してハァーと深いため息をつき、くるみは何かあきらめたような顔を見せた。
「んもう! しょうがないわね! わかったわよ。私も入るわ、この店に!」
「え? いいよ。別に無理しなくても。くるみはくるみの行きたいところに行って。ほら携帯もあるし、連絡とろうと思えばすぐとれるだろ?」
「はー?! 私がせっかく一緒に入ってあげるって言ってあげてるのにその態度はないんじゃない??」
プンプンと怒るくるみに対し直人はくるみの態度をよく理解できないでいた。
「いや、俺は別に……」
そんな直人の言葉を遮りくるみは怒りながらも直人の手を取り店の中に入る。
「ほら! 入るわよ!」
つづく
お久しぶりでございます! はしたかミルヒです!
さて今回から直人&くるみ編がスタートしました。果たしてこの二人はドリームショップに行って何をかなえてもらうのでしょうか? お楽しみに♪
ミルヒ




