第十一話
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「ではこの英文を誰に訳してもらおうか……おっ、星野わかるか?」
「はい!」
ガタン
「はっ!」
ここは教室……今は、英語の授業……?
星野君の威勢のいい返事と椅子が引かれる音で目が覚めた私。
これは夢……あの悪夢は夢だったのね。ハァ……なんてひどい夢だったの……
吐息を洩らし、私は安堵の表情を浮かべた。
でもほんと夢でよかった……でもめちゃくちゃリアルな夢だったな……
そう思いながらも星野君の顔をちらり見る。相変わらずの美少年ぶりだ。
はぁ、何でこんなにカッコいいの? 星野君私に気づいてくれないかな……
だがしかし星野君は英文を訳した後、私と目も合わせずに着席した。
「星野、よくできた! 完璧な訳だ。では次にこの英文を――――」
まぁ、今授業中だしね。集中している星野君を邪魔しちゃ悪いし……
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そして英語の授業が終わり休み時間に入った。私は隣の席の星野君に話しかける。
「星野君、この前テレビでやってたくるみちゃん特集見た?」
しかし私の顔を見向きもせず星野君は席を立ってしまった。
「星野君?」
私、星野君に何かしたっけ……?
仕方がないので私はマナと数人の女子のところへと行く。
「ヤッホー! ねえねえ何の話してるの?」
私は勢いよく後姿のマナに飛び込みマナの肩をもみながら話しかけた。ところがマナも私の話を無視する。マナまで……? でもなぜか不可解な会話をマナたちはしていた。
「今日の帰りも、エリカ家によって行かない?」
「うん、そうだね。エリカに会ってあげないと寂しがるしね……ってか私も寂しいけど……」
どういうこと? 私ならここにいるのに……
そう思い、私は再びマナに話しかける。
「マーナ! 一体何の話してんのよ? 私はここだちゅーの!」
だがしかし、私の発した言葉に対して何の反応も示さない。
なんで……? なんだが無視というよりも私の存在がもういないみたい……
キーンコーンカーンコーン
四時間目が始まる鐘が鳴る。不安な気持ちに駆られながらも歴史の先生の言葉で席に着く。
「授業始まるぞー! 席に着けよ!」
星野君……私のほうを見て! 一瞬でもいい! お願い……その瞬間星野君は私のほうに顔を向ける。そして私の机に視線を落とす。
すると星野君は口元で何かを呟いた。よく聞こえなかったけれど、もしかしたら私の名前を読んでいたのかも……だって何か三文字の言葉を言っていたみたいだから……
そんな星野君を見ているうちに涙がこぼれてきた。
「星野君、私はここだよ!」
私は授業中にもかかわらず大声で叫ぶ。しかし星野君にはこの声が届いていなかった……というか大声で叫んだにもかかわらずみんな普通に授業に集中していた。もちろん先生も淡々と授業を進めている。私のほうなんて誰一人見ていない……
私はもういない存在なの?
「はっ」
その瞬間、誰かの視線を感じた。その視線の方向を見る。
「寺田……由奈?」
そう、あの寺田由奈と視線が合った。彼女は目を真っ赤にさせている。よしここは思い切って寺田由奈に声をかけてみよう。どうせ授業中に大声出したところで誰も気づかないし。
「寺田さーん!」
私は藁にもすがる思いで寺田由奈の名前を呼ぶ。
しかし――――
あれ? 気づいていない? でもさっき確実に目が合ったよね……? もう一度寺田由奈をじーっと見つめるが彼女は目をこすりながら黒板に書かれたことをノートに書き写すことに集中していた。
さっきのは気のせいだったのかな……憎い相手でもせっかく自分を気づいてくれる人がいると思ったのに……ねぇ、神様。この世界はどうなっているの? もしかしてドッキリ? そうだ! ドッキリなんでしょ! みんな私を驚かそうとしているのよね? そうよね……何かドッキリなんだ、これは。
そう思い、私は思い切り椅子を引き席を立った。
ガタン
「みんな、もういいよ! 私もうわかっちゃったから! 何これ? ちょっと遅めの退院祝い? ありがとう! でもね、もう私は、この世で一つしかない超スペシャルな義足があるの! 健常者の人と同じくらい歩けるし、走ることだってできる! 今更そんな退院祝いなんてしてもらわなくても結構! ねぇ……だから……も、もうこんなドッキリやめて……」
強い口調で言ったものの声の震えは止まらなかった。
しかし案の定、授業は何事もなく進められていた。
「えぇ、1929年にニューヨーク証券取引所で株価が大暴落し――――」
「なんで……もう一体、一体どうなってるのよ! 誰か助けて……もうこんな世界嫌だよーーーーー!!」
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パチリを目を開けるエリカ。彼女のパジャマとベッドのシーツは汗で濡れていた。
「夢……」
ぼそっとそう言いながら寝ぼけまなこで天井を見る。
「あっ、私の脚!」
急に思い出したようにすぐにエリカは掛け布団をはぎ、自分の左脚を確認する。
「ある……私の脚……はぁ、良かった……」
安堵と同時に今まで見ていた自分の将来の夢を思い出し、徐々に怒りが込み上げてきた。
「百万円払ったのに、私の将来が最悪なものなるなんて……許せない……あの野郎!」
エリカはベッドから飛び出し急いで着替え机の上の夢の液体が入っていた空の瓶を取り、それをジーンズのポケットに入れる。
「あのインチキショップに行ってツインテール派手女にこの怒りをぶちまけてやる……」
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エリカは朝食を食べずに家を出ようとした。そのとき妹のゆかりがエリカに声をかける。
「お姉ちゃん、おはよ!」
「あっ、ゆかり……お、おはよっ……」
(ゆかり、機嫌よくなったみたい……)
いつものゆかりに戻り少し気持ちが軽くなったと感じるエリカ。
「こんな早くどこ行くつもり? みんな待ってるよ。早く食べよっ!」
「ごめん、私それどころじゃなくなっちゃった! 早くあの店に行って文句言わないと!」
「あの店って? まさか……ドリームショップのこと?」
「はっ? ま、まさかそんなわけないでしょ。い、いつものブティックに行くのよ……」
ゆかりが訝しげな表情でエリカを見つめる。
「ふ~ん……でも今、朝の八時半だよ。そんな早くからお店って開いてるの? まぁいいけど……」
「あっ、た、確かに……じゃ、じゃぁ朝食食べてから行こうかな……あはははっ……」
確かにゆかりの言う通りだと思いエリカは苦笑いを浮かべながらダイニングルームへゆかりと一緒に向かった。
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「パパ、ママ、おはよう」
エリカがすでに席についている二人に挨拶をする。
まず母親の洋子が挨拶をし、次に父親の総一郎が挨拶をした。
「おはよう、エリカ」
「おはよう、エリカ。二人とも早く席に着きなさい」
「「はーい」」
エリカとゆかりは自分の席に着く。そしてすぐに総一郎の合図で食事が始まった。
「ではいただこうか」
「「「いただきます」」」
エリカは中央に置かれたパンの山の中から自分の大好きなクロワッサンを手にする。
「じゃぁ私もクロワッサンしよっ!」
そう言いゆかりもクロワッサンを手に取った。
二人で一斉にそのクロワッサンを頬張る。
「「ん??」」
二人同時に首を傾げ訝しげな顔をした。
「なんか、いつものクロワッサンじゃない……」
「お姉ちゃんもそう思う?」
「そのクロワッサンはいつもの有名ホテルのクロワッサンじゃないわよ」
洋子が平然とバゲットを口に運びながら話す。
「え?」
「近所のパン屋さんのクロワッサン。今ママが食べているバゲットもね」
「う゛う゛ん」
突然咳払いをする総一郎。
「でも、なんでいつものホテルのパンにしなかったの?」
ゆかりが洋子に尋ねる。
「ママの横にいる人に聞いてみるといいわ」
「ホテルのパンもパン屋さんのパンも少々味は違うがどちらもおいしいじゃないか」
総一郎はしかめっ面でライ麦パンにバターをつけながら話す。
(やっぱり、パパとママケンカしてるんだ……やっぱり会社のことでかな……)
そう思いながらエリカは黙々とそのクロワッサンの残りを食べた。
(パパとママのことはこれ以上突かないほうがいいかも……)
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食事を食べ終わり、再びあの店に行こうと玄関に行き、靴を履くエリカ。だがそこでエリカはふと夢の中の出来事を思い出した。
(よく考えると、この夢を破棄してしまったら星野君と一生両想いになれないかもしれない……でもこのままあの未来を迎えたいかといわれるとそれは絶対嫌だ。じゃぁ、どうすれば……)
エリカは考えた。もっとも自分の人生がうまくいくルートを。考えて考えた結果――――
プルルルルル……プルルルルル……
「もしもし」
「も、もしもし? わ、私、西園寺エリカだけど……」
「西園寺さん? え? ど、どうしたの?」
「あっ、急にごめんね。ちょっと寺田さんの携帯番号、と、友達から聞いてかけてみたんだけど……あの……も、もし……もし良かったら今日…………クレープ食べに行かない?」
つづく
こんにちは、はしたかミルヒです!
エリカ編、ようやっと終わりを迎えようとしています。(あと二話くらいかな?)
エリカちゃん、この後いったい何をする気なんでしょうか?う~ん……嫉妬心ってホント怖いですね。
第十一話を読んでくださりありがとうございます!
次回もお楽しみに♪
ミルヒ




