第十話
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自分の部屋にあるスタンドミラーに向かってポーズを決める私。
「うーん、いい感じ!」
今日は土曜日。ストレートジーンズに上は紺のパーカー。髪を一つにまとめ黒のキャップをかぶる。このコーディネートは昨日、近所の大型スーパーで買ってきたものだ。
「よし、行こう!」
シンプルなデザインのバッグを持ち私は玄関へと向かう。時刻は午前九時三十分。先週の土曜日と全く同じ時間に準備をしたのに今日は格段に早く準備を済ませることができた。もちろん今日は化粧なんてしない。する必要がないからだ。
玄関口で靴を履いていると、ママが声をかけてきた。
「おはよう、エリカ」
「あっ、おはよ、ママ。今日は朝食食べに来なかったよね? どうしたの? 具合でも悪いの?」
「いえ、そんなことはないのだけれど、ちょっと食欲がなくてね……」
ママは軽く目を伏せ、ふと悲しげな笑みを浮かべる。
「あっ、そうそうちょっとエリカとゆかりに話があるんだけれど、今、どこかに出かけるの?」
「あ……うん、ちょっとね。たぶん昼までには戻ってこられると思う」
「そう。わかったわ。戻ってきたら私の部屋に来てちょうだい」
「う、うん。了解。じゃぁ行ってくるね」
「車には気を付けるのよ。行ってらっしゃい」
そう言うとママは私に手を振り、笑みを浮かべて見送ってくれた。しかしいつもとは違う印象を受ける。どこか寂しげで今にも泣きだしそうな表情。しかしそれを必死で私に隠そうしているのがすぐに分かった。
たぶん事情があるんだよね……でも帰ってきたらわかることだし、今はとにかく駅へ早く向かわなくちゃ。
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待ち合わせ場所は近所の駅前。待ち合わせ時刻は午前十時。私は待ち合わせ時刻の十五分前に駅に着き相手を待った。
「あっ、西園寺さんお待たせ!」
私が待ち始めてから五分後に彼女が到着。黒く長い髪をなびかせながら笑みを浮かべて挨拶をする。ライトブラウンのロングスカートに上は紫のタートルネック、そして二種類のクローバー型のペンダントが目を引く皮ひものロングネックレス。今日も寺田由奈は星野君のためであろうかおしゃれをしていた。
「おはよう、寺田さん」
「おはよう、西園寺さん!」
「じゃぁ、おいしいクレープを食べに行きましょうか」
寺田由奈は不思議な表情を浮かべながら私に尋ねてきた。
「あれ? 純は待たなくてもいいの?」
「あぁ、星野君は、今日、急用ができてこれなくなったんだよね……」
そう言い、私が残念そうな表情を浮かべると寺田由奈も私と同じ表情を浮かべる。
「そっか……まぁでも仕方がないよね。ってことは今日は西園寺さんと二人っきり……親交を深められるチャンスだわ……ねぇ、今日は二人で楽しいガールズトークをしましょうね!」
最初はブツブツ何かを言っていて正直最後の方しか聞き取れなかったのだが私は適当に相槌を打っておいた。
「うん、そうね」
私たちは改札を通り階段を上る。その間寺田由奈が私にいろいろ話しかけてきた。もうここからガールズトークが始まっているのだろうか。
「西園寺さんがお勧めするクレープ屋さんのクレープって普通のクレープとは違うの? ほらずっと前にも西園寺さん、おいしいクレープ屋さんを見つけたから一緒に食べないか? って誘ってくれたでしょ? でも事故があって……まぁ結局行くことができなかったけれど……あっ、もしかして今日はそのクレープ屋さんに行くの?」
「ま、まぁね……」
「やっぱり♪どんなクレープなのかなぁ?」
「えぇっと……し、新感覚のクレープだよ」
って別に普通のクレープ屋のクレープなんだけどね。でも安心して。そのクレープ食べられるかどうかわかんないから……
そのあともクレープの話題をする寺田由奈。
「私クレープ大好きだから、西園寺さんがおいしいクレープ屋さんに連れて行ってくれるって聞いたときは本当にうれしかったんだよ! あぁ~、これから楽しみだなぁ♪ 今度は絶対にそのクレープ食べたいし!」
「そ、そう。楽しみにしててね」
そんなに嬉しそうにしなくても……
本当に寺田由奈は嬉しそうにこれから行くと思っているであろうクレープ屋の話をする。
そして私たちは駅のホームに着く。電車が来るのはあと五分後。
「どうしたの? 西園寺さん。汗、すごくかいてない?」
寺田由奈は私の顔を心配そうにのぞき込む。彼女の言う通り、私はこれから起こることについて落ち着いてなどはいなれなかった。もう冬だというのに汗で中のシャツはビチョビチョに濡れている。
「え、えぇ、大丈夫よ」
そう言いながら平常心を保とうとする私。
「ならいいけど……もし具合が悪かったら遠慮せずに言ってね」
寺田由奈はまたもや天使のような微笑みを私に向けた。でも油断しちゃいけない。この女は何を考えているのかわかったもんじゃないから……時計を見ると電車が来るまであと三分前。ドキドキしてきた。もう心臓がはちきれそうだ。また再び寺田由奈が話しかけてきた。
「あっ、そうそう、西園寺さんの趣味って聞いてもいい?」
「……おしゃれをすることかな……」
はっきり言って今のこのタイミングで質問しないでほしい。今は質問に答えてる場合じゃないんだから……
「わー! 西園寺さんらしい! いつも素敵な物を身に着けて学校に来てるもんね。あっ、じゃぁクレープ食べたら、一緒に服とかアクセサリーとか見て回ろうよ!」
キャッキャキャッキャと横で嬉しそうに話す寺田由奈。本当にあんたは私と一緒に遊んで楽しい時間を過ごせるとでも思っているのか? そうこうしているうちに電車が来るまで一分を切ってしまっていた。
呼吸を整える。大きく息を吸い込みそして思い切り吐く。これを二回繰り返す。
「西園寺さん、どうしたの? もしかして息苦しい?」
いちいち寺田由奈は私の体を心配してくる。なんで? と聞き返したくなるくらいに。いぶかしげに思いながらも私は笑顔でちらりと寺田由奈の顔を見ながら返事をする。
「ううん。大丈夫。心配してくれてありがとう」
ん? コイツ何か考え事でもしてる?
寺田由奈も寺田由奈で緊張している様子で何か言いたげな表情をしている。寺田由奈が何を私に言いたいのか問いただしてみたいところだが……その時、暗闇から二つのライトがどんどん近づいてきた。私は緊張が最高潮に達し、寺田由奈が何を私に言いたいのがこの時点でどうでもよくなってしまった。そして私はさりげなく寺田由奈の背後に立つ。再び深呼吸をする。しかし今度は音を立てずに軽く息を吸って吐く。
そして私の中のカウントダウンが始まった。
あと十秒、
きゅう
はち
なな
ろく
ご
よん
さん
に
いち……
私は目いっぱいの笑顔を浮かべ寺田由奈の耳元でささやく。
「さようなら、ゆなっち♪」
私は思い切り彼女の背中を押した。
押そうとした。いや……押したかった……
なのに!!
「あれ? このネックレス……」
彼女は自分の足元にある何かを拾った。その拍子に私の体のバランスは崩れる。前のめりなった私の体は重力に負け下へと……
「え! 待って……」
「キャーーーー!!」
大声で叫ぶ寺田由奈。急ブレーキの音がホーム全体に響き渡る。だがしかし……
私、この直後どうなるの? ねぇ……うそでしょ? これは夢だよね……?
つづく
こんにちは、はしたかミルヒです。
第十話を読んでくださりありがとうございます!
エリカは一体どうなってしまうのでしょうか?エリカ編最終話までもう少しです。
お楽しみに♪
ミルヒ




