第三話
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ノボルは泣きながら薄暗くなった空の下のもと自転車をこぎ家路に向かう。
(なんなんだよ! なんなんだよあいつは……母さんはいつでも俺のことを想ってくれてる。あのクソ野郎なんかとは全然違うんだ。俺は母さんを見捨てるようなことはしない! 母さんには絶対に、絶対に幸せになってもらうんだ!!)
そう心に固く誓いながら自転車をどんどん走らせる。
家の近くの公園まで来たことろで、野球帽を被った一人の中年男性に遭遇した。
「ノボル!」
その男がノボルに気づき、またノボルもその男に気づいた。ノボルは自転車を止め、その男はノボルに近づく。
「北村監督!」
「ノボルじゃないか! 久しぶりだな~! 元気にしてたか?」
そう、この男は、少年野球の強豪チーム『ヤングース』の北村監督。ノボルの才能に一早くに気づき、ノボルをヤングースのエースへと導いた張本人だ。
「はい、一応元気でやってます」
「そうか。野球部はどうだ? 先輩たちはやさしいか? ちゃんと投げさせてもらってるのか?」
北村監督は、ノボルは野球部に入っているものだと思い込んでいるらしい。
「え? あ……えっと……」
ノボルは声を詰まらせる。北村監督はそんなノボルの様子に気づいた。
「ん? どうした? もしかして他の部員たちとうまくやってないのか?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
ノボルは野球部に入部していないことを北村監督に言おうか言わないか迷っていた。
(もし俺が野球部に入っていないってことを知ったら監督なんて言うだろう……)
そう色々と頭の中で悩んでいるうちに北村監督は心配そうに口を開く。
「やっぱり……お前、野球部でいじめられてるんだな?」
「え? いや違いますよ!」
「よし、俺が野球部の監督に文句言ってやる! 俺の大事な教え子をいじめるなって! お前の学校って第三中学だよな?」
北村監督がノボルの学校に向かおうとしていたので、ノボルは必死で止めようとした。
「ち、違いますよ! 俺いじめられてなんかいません!」
「な~に! 心配すんな! 第三中学の野球部の監督は三村監督だろ? あいつは高校時代の俺の後輩なんだ! バシッとあいつに言ってやるんだ!」
そういうと北村監督はノボルの制止を振り切り、学校へ向かおうとする。
「監督! 待ってください! 俺、野球部に入っていないんです!!」
ついノボルは北村監督に真実を言ってしまった。
北村監督は驚きのあまり目を見開く。
「……?! ノボル! どうして? どうしてお前ほどの才能がある者が野球部に入らないんだ??」
そう言いながら北村監督は思わず両手でノボルの肩を掴み、揺らす。
「すいません、監督。俺も入部したい気持ちはあります。でも、事情があって……」
「事情……?」
北村監督は不思議そうにノボルを見つめる。
「まぁ、たいしたことないんで……大丈夫です!」
「野球ができない事情なんて大したことないわけがないだろう! お願いだ。俺はお前の力になりたい。だから俺にだけでも言ってほしい……」
「監督……」
下を向きしばらく黙り込んでしまうノボル。
「ノボル。言いにくい事なのか……?」
「あの……恥ずかしいことだからあまり言いたくはないんですけど……」
「もしかして……金銭的な問題か……?」
北村監督はノボルの顔を覗き込む。
「はい……」
一言だけ返事をしたノボルは今にも泣きそうな顔つきだった。
「ノボル……そんな顔するな! なんで今まで俺に相談しなかったんだ? 俺がそのくらいなんとかしてやるから!」
「監督……でも監督に迷惑がかかります。いいんです。別に野球部に入ったからったってプロ野球選手になれるわけじゃないんだし……すいません、失礼します!」
ノボルは監督に一礼をしたあとすぐに自転車にまたがりその場から走り去っていった。
「おい……ノボル!! 俺はお前を見込んでる!! お前なら絶対にプロ野球選手になれる!! 俺の所にいつでも相談に来い!!」
北村監督は走り去っていくノボルの背中越しに大声でそう叫んだ。
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(はぁ、遅くなっちゃったなぁ……早く家にかえらないと母さんが心配する!)
時刻はもう七時を回っていた。一刻も早く家に帰らなければと思い自転車を目一杯漕ぐ。すると見たことのある感じの女性が淡いピンク色のワンピースに白のカーディガンを着てノボルの数メートル前を歩いていた。
(あれ……? もしかして……)
ノボルは自転車の速度を遅め、その女性のそばまで行く。
「あ、やっぱり!」
その女性は、ノボルの言葉に反応し振り向く。
「ノ、ノボル!?」
ノボルは自転車から降り、その女性と一緒に帰り道を歩きながら会話をする。
「そんなオシャレしてるから気づかなかったよ、母さん!」
そう、その女性とはノボルの母親だった。しかしなぜか母親はノボルを見た瞬間から焦り始めていた。
「母さん? どうしたの? 汗がすごいよ?」
「え? そ、そうかい? ちょっと暑いからね~。ハハハ……」
「えー? 今、涼しいじゃん! それよりもこんな時間にどこ行ってたの? それにそんなにオシャレして。化粧もしちゃって、めずらしいね!」
ノボルは思っていることを率直に聞いてみたのだが、母親はなぜか黙り込んでしまった。
「……いや……まぁ……」
「え? 母さん、どうしたの?」
ノボルは不思議そうに母親を見つめる。
「いや……あっ、と、友達の所に行ってたんだよ。ハハハ……」
母親の不自然な笑顔にノボルは不安を抱きながらも一応返事をする。
「ふ~ん……」
「ノ、ノボルこそ遅いじゃないかい。どうしたんだい?」
「あ、ちょっと色々あって……」
ノボルは、あの不思議な夢を売る店に行ったこと、そしてそこで自分の夢を買ったことを母親には絶対に言うまいと思った。
(きっと信じてもらえないだろうし、それにそんな所で三万も使っただなんて言ったらどんな顔されるか……)
お互いに沈黙してしまう。なぜか親子なのに重い空気が流れている。母親はずっと額の汗をハンカチで拭っている。
(母さん? もしかして何か俺に隠し事してる……?)
母親の様子を見てそう思うノボル。しかしノボルはそのことについて問い詰めるようなことはしなかった。
(母さんも色々大変なんだし、言えないことだってあるよな……)
つづく
今更ながら撲殺天使にハマっている、はしたかミルヒです(笑)あれかなりぶっ飛んだ話ですよね~!あんな面白い発想ができるなんて作者さんはかなりの妄想族ですな...(笑)
ところで第三話を読んでいただきありがとうございました!次回は母親との会話を中心に話が進んでいきますのでどうぞお楽しみに♪
ミルヒ