第十二話
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「パパ! お願い。このままだとパパの会社が倒産しちゃう! だからもう一度経営を見直してみてよ」
夕食時ゆかりはいただきますの代わりに総一郎にその言葉を発した。
「ゆかり、仕事のことはパパに任せてお前は目の前の食事を早くいただきなさい」
「でもどうしてゆかりはパパの経営に不満があるの?」
洋子は頭に疑問符を浮かべながらゆかりに質問をした。
「夢の中の私の未来でパパの会社がすでに倒産しちゃってるから……だからそれをどうしても阻止したくて……」
「あなた、これだけゆかりが忠告するということは、もしかしたら本当に何かあるかもしれないわ……」
洋子は総一郎の方を向き不安げな顔をしながら話す。
「おいおい、お前までもか……あのなぁ、自分で言うのもなんだが私は経営のプロだ。ゆかりの夢の中では私の会社がそうなったのかもしれないが今この世界は現実だ。夢じゃない。私は自分の会社を絶対潰したりはしない。むしろ世界一の会社を目指すつもりでいる!」
総一郎が力強い言葉で家族に訴えかける。
「そうよ! ゆかりもそしてママも不安になる必要なんてないのよ! 会社が倒産だなんて不吉な話考えるだけ無駄よ」
唯一エリカだけが総一郎の言葉を信じた。しかしなぜかエリカはもじもじしながら総一郎の方をじっと見ている。
「ん? エリカ、どうした?」
もちろんエリカの視線を見逃すはずもなく総一郎はエリカに尋ねた。
「あのねぇ、パパ……ちょっと相談があるんだけど……」
「何だい? 言ってごらんなさい」
「で、でもここで言うのはちょっと……」
「あら、ママに隠し事?」
洋子は笑いながらエリカに聞く。
「い、いやそんなわけじゃないんだけど……パパ、食事が終わったらちょっといい?」
「もちろんいいとも。じゃぁ食事が終わったら一緒にパパの部屋に行こう」
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「ご馳走様でした! ささ、パパ行こう!」
「はいはい」
エリカは相談のため総一郎とともに総一郎の部屋に行ってしまった。今、この食卓の間にいるのはゆかりと洋子だけ。
「ゆかり」
「ん? どうしたの?」
「ありがとう」
「え……? ありがとうって……?」
ゆかりは洋子のその言葉を聞き心底驚いた。なぜ洋子が急にゆかりにお礼を言い出したのかゆかりにはまったく理解できなかったからだ。
「ママね、パパの会社の責任者の一人としてゆかりに気づかされたわ。常に経営危機を持っていないといけないのに、正直絶対潰れるわけがないと自負していたわ。そう、のんきにしていたのよ……ゆかりのおかげで調べないといけないことが増えたわ。もちろんちゃんとパパにも言うつもりよ。本当にありがとうね」
「ママ……」
(あの夢も無効になったことだし、パパの会社が確実に潰れるということは無くなった。うん、これで大丈夫かな……)
ゆかりは洋子の顔を見て安堵の表情を浮かべた。
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パーティー当日。ゆかりはすでに持っているドレスに身を包み西園寺家の別館にあるパーティー会場に立っていた。
「ゆかりー!」
そこにやってきたのは姉のエリカ。
「なーに? それいつのドレスよ?」
そうゆかりに言ったエリカは全身ピカピカに着飾っていた。
「いつのドレスって言っても去年買ったばっかりのドレスだよ」
「まぁ! 去年?? そんな時代遅れのドレス、私は絶対着れないわ。どう私のドレス? 新作よ! 新作なのに三十万円って安いでしょ?」
(まーた始まったよ。お姉ちゃんの自慢大会……)
自慢げにドレスを見せつけるエリカに対してゆかりがため息交じりにこう答えた。
「お姉ちゃん、もしかしてパパに相談があるって言ってたのは、ドレス買ってもらうおこずかいをもらうためだったんでしょ?」
「失礼ね! 違うわよ! ってかその前にドレス買うためのお金はママに内緒でこっそりくれたんだけどね。ってなことで全然違う相談したんです!」
「もう、ちゃっかりしてるんだから……んで何の相談したのか聞いてもいい?」
「え? いや、た、大したことないわよ。あ、そうそうゆかりに聞きたいことがあったんだ」
エリカは、ゆかりに質問をされた途端急にそそくさしだし、話をはぐらかした。
「あ、あのさ……あの店あるでしょ?」
「あの店って?」
疑問符を頭に浮かべるゆかり。
「あの店って、あの店よ! その……ド、ドリームショップ?」
「お姉ちゃんもしかしてそのお店に入ったの?」
「え? いや、その、ち、違うわよ! 入ってなんかいないわよ!」
「じゃぁ、どうしてお店の名前知ってるの? あのお店看板ないよ?」
「え? そ、そう? い、いや違う、か、看板出来たのよ~! きょ、今日ね散歩がてらにあそこ通ってみたら看板あったわよ? ハハハッ……」
(私も今日、学校行く前にあの店に行ったけど看板なかったよね……お姉ちゃん怪しい……)
そうは思っても口に出さないゆかりであった。
「そ、それでね、その店の夢の液体のことなんだけど、それを飲めば……」
「エリカ、ゆかり!」
エリカの質問を遮る声が向こうの方から聞こえてきた。
「「茜お姉ちゃん!」」
「二人とも久しぶり!」
そう言いながらボブヘアで小柄な女性が二人のもとへとやってきた。
「JAPANテレビ、就職おめでとうございます!」
「あら! 情報早いわね!」
「私の情報力はインターネットより早いですよ!」
「お姉ちゃん、それ自慢すること?」
「ちょっと何よ、その言い方!」
「まぁまぁ二人とも~」
二人をなだめる茜と言う人物。すると総一郎が同い年くらいの細身な女性を連れてやってきた。
「あ、こんにちは総一郎おじ様」
二人の姿に気づき茜は頭を下げ総一郎に挨拶をする。
「おや、こんにちは茜ちゃん。JAPANテレビのアナウンサー試験合格したんだって? おめでとう」
「ありがとうございます。おじ様に言われるとなんか照れちゃいますね~」
「こんなオジサンに照れてどうするんですかぁ? 茜さんへ~ん!」
エリカが顔を赤らめる茜に対し訝しげに尋ねた。
「だっておじ様ってすごくダンディじゃないですか? 背も高いし、スマートだし、それになによりカッコいい……キャー! 言わせないでよ、エリカ!」
「もうこの子ったら。兄さんなんかごめんなさいね~」
「ハハハッ、面白い! お前の娘らしいなぁ」
苦笑いを浮かべながら話すこの女性、茜の母親でもあり、総一郎の妹でもある彼女の名は中村佳奈子。
「も~う、おじ様ったら!」
茜が頬を膨らませつつも嬉しそうな顔をしている。
「さぁ、もうそろそろパーティーが始まるぞ。私は、スピーチがあるので向こうに行くけどみんなはそれぞれ楽しんでくれたまえ。では」
「キャー、『くれたまえ』ですって! やっぱりおじ様ってステキ……」
両手を組み目がハートマークになっている茜を見てトホホ顔になるゆかり。
(茜お姉ちゃんって、年上オジサマ好みなのかしら……)
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夕方六時、西園寺グループのパーティーが始まった。
まず初めに総一郎が社員そしてここに来てくれた社員の家族たちに挨拶をする。
「皆さんこんばんは。本日は西園寺グループのパーティーにご参加いただき誠にありがとうございます。社員の皆様には……」
総一郎のスピーチが続く中ゆかりはある人のことを探していた。
(青木くんどこだろう? まだ来てないのかな?)
「なにキョロキョロしてんのよ?」
エリカが不思議そうな顔つきでゆかりに小声で聞く。
「え? あ、いや、ちょっとね……ヘヘヘヘッ」
ゆかりが照れくさそうにしながら話をごまかすとエリカは「は~ん」と言いながら顔をニヤつかせた。
「青木くんとやらのことでしょ?」
「え? いや、ち、違うよ! ってか違わないけれど……」
「なになに? もしかしてこの中にゆかりの好きな人がいるわけ??」
そこに割って入ってきたのはゆかりたちの従姉、茜だ。
「い、いや……まだ好きと決まったわけじゃ……これから好きになるかもしれないけれど……」
ゆかりは恥ずかしさのあまりつい語尾が小さくなってしまう。
「なにモゴモゴ言ってんのよ! ねね、誰なの? 好きな人って?」
含み笑いをしながら面白半分に尋ねる茜。
「茜お姉ちゃん、青木さんって人知ってます? パパの会社の社員みたいなんですけどゆかり、その息子さんのことが好きみたいですよ」
エリカも茜に分けず劣らずニヤけ顔で茜に尋ねる。
「青木さんね……」
と言いながら茜は母親の佳奈子に尋ねた。
「ねぇ、お母さん、青木さんって人知ってる?」
「青木さんねぇ……私の経営する食品部門に青木さんと言う方はいるはずだけど、青木と言う名字は何人かいるからね……下の名前が分からないと何とも言えないわね」
そんなみんなのやり取りも耳に入らずに青木直人を必死に探すゆかり。
(青木くん……青木くんどこ……?)
するとゆかりの目に入ってきた一人の少年。
(あの人……絶対に青木くんだ!)
ゆかりは青木直人のもとに近づく。急いで彼のもとに行きたいのだが、人が多すぎてなかなか前に進めない。つい気持ちだけが前に行ってしまう。
(あれは青木くん! 私の運命の人!!)
「青木くーーー」
名前を最後まで呼ぶ前にふとある異変に気付くゆかり。そこでぴたりと足を止めてしまう。
(あれ……? あの女の人は? 人の陰に隠れて見えなかったけど、あの女の人は……?)
青木直人と仲良く話をしている女性、いや女の子と言っていいかもしれない。
「あっ!!」
呆然とその光景を見つめるゆかり。大勢の人の声と雑音の中から聞こえてくる女性の声。すぐそばにいるわけではないのになぜか彼女の声だけが鮮明に聞こえてくる。
「もう、直人ったら冗談ばっかり!」「私だから怒らないだけでほかの女性に言ったらただじゃすまされないわよ!」「ハハハハハッ!何それ!」「もーう! 大きな声で言わないで!」「バカバカ~! 私と言う彼女がいながら!」
(彼女……? じゃぁ、青木くんの彼女は……)
ゆかりは夢の中での自身のある言葉を思い出した。
『尊敬する横山くるみちゃんのようなアイドルになりたい……』
そして今ゆかりの目の前にいる女性は――――
「日本一? 直人~甘い甘い! 私……横山くるみは世界一のアイドルになるのです!」
「……かりお嬢様~!」
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二年後――――
「スタンバイオッケーです!」
「おっ、ゆかりん、今日のコスチュームも可愛いよ!」
「えへへっ。ありがとうございます!」
(だいぶ慣れてきたけどやっぱライブは緊張するわ~! よし行こう!)
「本日最後のアイドルは、新人ながらただいま人気急上昇、もうオタクどもは分かってるだろ?? そう、それは……ゆかりんだ!!」
会場は小さいながらも一気に熱気に包まれた。
「「「「「「「ウォーーーーーーーーーーーー」」」」」」」
「「「「「「「ゆかりん! ゆかりん! ゆかりんりん!! ゆかりん! ゆかりん! ゆかりんりん!!」」」」」」」
ゆかりは宣言通りアイドルになった。新人ながらファンもたくさんいる。しかしただのアイドルではない。
「みんな~こんばんにゃ! みんなのコスプレアイドルゆかりんだよ!!」
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再び二年前――――
「ふ~ん、なるほど。西園寺様の未来はコスプレアイドルですか~。ウフッ。それもいいかもしれませんね!」
木曜日の夕方、昨日とは打って変わり今日は一日中日が照っていた。そんな中、店内では夢子が水晶玉を覗き込んでいる。
「一つだけ残念なのは西園寺様の意中の相手、青木様とは結局巡り会えない運命になってしまうことですわね……青木様がドリームショップに来ない限り……」
そんなことをしみじみ思っていると店のドアをゆっくりとあける音が聞こえてきた。
カラ~ン
(ウフッ。ようやく来ましたわね♪)
一人の客が恐る恐る足を踏み入れる。
「うわ……何この店……?」
「いらっしゃいませ! ドリームショップへようこそ!」
こんにちは はしたかミルヒです!
ついにアイドルになりたい~ゆかり編~終了しました。なんか腑に落ちない終わり方ですよね...もうちょっとゆかりをおもしろく動かせることができたはずなのに、残念...次回の両想いになりたい(エリカ編)で挽回しようと思います!
では最後にお礼を。ゆかり編を読んでくださり本当にありがとうございました♪次回エリカ編は、11月の初めころに投稿する予定です。(もうちょっと早くなる可能性も!?)
ではではまた夢の世界でお会いしましょう!
ミルヒ




