第十一話
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チュンチュンチュン
ある水曜日の朝、すずめの鳴き声で目を覚ますゆかり。
「う~ん……青木くん……はっ!」
掛け布団をバサリと上げ自分の体を起こした。そして横に置いてあった携帯の日時を確認する。
「あっ! 今の世界だ……自分の未来から戻ってきたんだ」
現実の世界に戻ってきた実感がまだわかないゆかりであったが朝食の時間が迫っていたので、下に降りることにした。
「「「「「おはようございます。ゆかりお嬢様」」」」」
お手伝いさんたちが一斉にゆかりに頭を下げて挨拶をする。
「皆さん、おはようございます」
そこへ姉のエリカが口をへの字に曲げながらやってきた。
「おっそーい!! 早く席についてよ! 私もうお腹ペコペコよ!」
「ごめーん!」
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父親の総一郎がいつも通りに食事の開始を促す。
「ゆかりも来たことだし、ではいただきますか」
「「「「いただきます」」」」
ゆかりがちょうどオムレツを口に運ぼうとしたとき、総一郎がはっと思い出したように娘たちに話し出した。
「あ、ところでエリカにゆかり、二人に伝えなければいけないことなんだが来週の土曜日、うちの会社の皆さんとここでパーティーをすることになったからお前たちも出席するんだぞ」
「パーティー? ちょっとパパ! なんでもっと早く言ってくれないのよ! 美容室行ったり、ドレス買ったりしなきゃいけないじゃない! 時間全然ないじゃない! も~う……あ、あとでそのためのおこずかいちょうだいよね!」
「そうか? 時間に余裕をもって言ったつもりなんだが……」
エリカがプンプンとふくれながらもパーティーに参加するのはまんざら嫌ではないようだ。一方でゆかりの方はと言うと――――
(パーティーか……ちょっと面倒くさいなぁ。でもパパの顔もあるし……ん?! このパーティーってもしかして……)
「青木くん!!」
ゆかりが目を丸く見開いて青木直人の名前を叫んだ。家族全員が一斉にその言葉を発したゆかりを見た。
「青木くんって誰よ?」
エリカが頭に疑問符を浮かべながらゆかりに質問する。しかし聞えていないのかその質問を答えずにゆかりは興奮気味に総一郎に尋ねる。
「パパ! パパの会社の人に青木さんって人いない??」
「青木さんね~。もちろんいるが……」
「やっぱり?!」
「でも青木という名字はたくさんいるからね~。どの青木さんだい?」
「どの青木さんって言われても……わかんない……」
「もしかして青木くんって人のお父様がうちの会社で働いているのかい?」
「そうなの。でもわかんないんじゃ仕方ないよね……」
「ゆかり~、その青木くんって子のこと好きなんでしょ?」
エリカがニヤニヤしながらゆかりに聞いてくる。
「な、何言うのよ! ち、ち、違うって! ちょっと知りたかっただけ」
ゆかりは顔を真っ赤にしながらエリカに抵抗した。
「ゆかりも水臭いなぁ。そういう恋愛相談はこの姉のエリカ様に言ってくれればいいものを~」
(おしゃべりなお姉ちゃんに相談なんかしたもんなら、世界中にそのこと知れ渡っちゃうよ……)
「あっそうだ! パパ!」
また何かを思い出しゆかりは総一郎に訴えかける。
「今度はいきなりどうした?」
「パパ、よく聞いて。このままだとパパの会社は倒産する!」
「「「え??」」」
総一郎だけではなく母親の洋子、エリカまでもがゆかりの発言に驚き皆ゆかりの顔を見た。
「いや、これ本当のことだよ! だから……」
「ゆかり」
ゆかりがまだ何か言おうとしてるのを遮り、総一郎がゆかりに注意を促す。
「パパは家族のため、会社で働いているみんなのために一生懸命働いている。だから倒産するなんてまずありえない。ゆかりは何か話を盛り上げるつもりで言ったのかもしれないがこういう冗談はよくないとパパは思うな」
続けて母親の洋子もゆかりに言い聞かせる。
「そうよ。この場を盛り上げたい気持ちもわかるけれど、そういう冗談は心臓に悪いわ」
「でも、夢の液体を飲んだあと私の未来をみたけれどうちの会社がすで倒産してるんだよ……これは信じたくはないかもしれないけれど紛れもない事実なんだよ……」
「ゆかり! ここは現実の世界なのよ! 何をそこまであの変な液体の効果を信じるつもり?? あんたホントに頭おかしくなったんじゃないの? はぁ……朝からそんな縁起の悪いをと言わないでよ!」
エリカが信じられないというような顔つきとため息交じりの発言を聞いてゆかりはしゅんと落ち込んだ。
(でも、真実なのに……誰も信じてくれない……どうしたら信じてもらえる?)
ゆかりは頭の中で悶々と考えていた時、はっと夢の液体を買った時の夢子の発言を思い出した。
(そうか! あの液体を飲んだから、どうあがいてもパパの会社が倒産するのは事実になってしまう。でもあの液体の入った瓶を返せば……)
ガタン!
「ご馳走様でした! お姉ちゃん、私先行くね!」
「ゆかり、もういいのか?」
「外は、雨が降っているから気を付けて行ってらっしゃいね」
ゆかりは勢いよく立ち上がり急ぎ足でこの場から立ち去った。
(なに? あの子? 何をそこまであの液体を効果を信じてるのかしら……店の人に洗脳でもされた?)
エリカはゆかりの行動が不思議で仕方なかった。
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街の片隅にある一軒の小さな店。この目立たない小さな店にほとんどの人は気付かない。しかし夢を叶えたいと強く願うものだけが気づく不思議な店。
カラ~ン!
「いらっしゃいませ! ドリームショップへようこそ!」
「あー! 良かった……今回はすぐ見つけられて」
ゆかりは安堵の表情で夢子の顔を見た。
「あらこれはこれは西園寺さま。おはようございます。今日来られたということは……」
「店員さん、言ってましたよね。この瓶を夢を見た後に返せば、夢の中の出来事はすべて無効になるって」
「確かに、さようでございますが……西園寺様はアイドルにはなりたくはないとのことでしょうか?」
夢子が不思議そうな顔でゆかりを見つめる。
「いや、もちろん私はアイドルになりたいです! でも父の会社が倒産することは絶対に避けたい。家族のために、そしてあの人のためにも……だから……だからアイドルは自分の力で叶えます!」
力強く言葉を発するゆかりに対し夢子は不安げな顔でゆかりに忠告する。
「なるほど……しかし、自分の力で叶えるとなるとなかなか難しいものがありますよ。アイドルの競争率の激しさは異常なくらい高いことはご存じでいらっしゃいますか?」
「もちろん知ってます。オーディションに行くと必ず何万人という人たちが集まってきますから……」
「ではこの契約を破棄するということはアイドルの夢はほぼ叶わなくなるのはお分かりいただけますか?」
ゆかりは俯く。しかしそれは落ち込んでいるわけではなく一生懸命何かを考えていた。そしてようやっと口を開く。
「でも……私はアイドルになる自信があります! 逆に自分の夢がそうそう簡単に叶うのがおかしいんです!」
「そうですか……わたくし共としては大変残念ではございますが。承知いたしました。ではその小瓶をわたくしにお返ししていただけますか?」
「はい……」
そう言うとゆかりは、ショルダーバッグから夢の液体が入っていた空の小瓶を取り出し夢子に返した。
「確かに受け取りました。では少々お待ちくださいませ~」
夢子はレジまで足早で向かう。そしてレジスターから十万円取り出し再びゆかりの所へ戻ってきた。
「では西園寺様十万円全額お返しいたします。西園寺様がこのお金を受け取った時点で夢の液体の効力は無効となります」
「はい……わかりました……」
ゆかりはつばをゴクリと飲んだ後ゆっくりと夢子が持っているお金に向かって手を伸ばす。そして――――
そのお金に優しく振れる。それからゆっくりと持ち上げた。
(これで、これでいいんだ……あとはパパを説得する。そしてアイドルの夢は自分で叶えれば……)
「ご利用ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
夢子はゆかりにニコリと微笑みながら頭を下げた。
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(ゆかりが出ていった……一体何を話していたのかしら?)
店の陰から顔をのぞかせてゆかりの後ろ姿を見つめるエリカ。そしてゆかりがエリカの視界から見えなくなると店の前に立ち興味深そうに眺めていた。
(すごく気になるわこの店……)
「ウフフフ……西園寺様のお姉さま。彼女の願望は相当お強いですわね~」
水晶玉に映るエリカの様子を見ながら夢子は笑みを浮かべていた。外は相変わらず雨が降り続いている。
つづく
こんにちは はしたかミルヒです。
最近、アットホームコメディ的な小説も書いてみたくて色々と頭の中で考えてるんですが、需要ありますかね? 皆様はどんなお話がお好きでしょうか?やはり今流行りの異世界、転生、チートもの?
ってなことで第11話を読んでくださりありがとうございます!
次回は、ゆかりが父親の総一郎に一生懸命に訴えかけますがその思いは通じるのでしょうか?そして西園寺グループのパーティがついに開かれます。そこで意中の人、青木直人と出会うことができるのでしょうか?ゆかりの未来は望み通りアイドルになっているのでしょうか? 次話でゆかり編終了です。(その予定 笑)
お楽しみに♪
ミルヒ




