第九話
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「三十八度五分か。高いね……辛くない?」
「このくらい大丈夫ですよ……」
休憩室で山本さんが私の体温を測ってくれた。
「ゆかりちゃん、今日はもう休もう。監督に言って姫子のシーンは明日に回してもらおうよ」
「で、でも、そんなことしたらみんなに迷惑が……」
「あのね、具合が悪いのに演技する方がみんなに迷惑がかかると思うよ。無理しないで。なんなら病院に行って薬もらってこよう」
「う~ん……」
私が納得のいかないような表情をとると山本さんが私を諭した。
「ゆかりちゃん、君にとって一番大事なのは君の身体だよ。体を壊したら元も子もないんだよ。ちゃんと演技がしたいんなら、今は休むべきだと思うね」
「わかりました……」
「よし、じゃぁ、このまま病院に行って来よう」
トントントン
私と山本さんが同時に立ち上がろうとした瞬間ノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼します。ゆかりちゃん、具合はどう?」
そう言って心配そうに入ってきたのは青木くんだった。
「青木くん……?」
「ゆかりちゃんのことが心配で来たんだ。というか全然芝居に集中できなくて……」
青木君ははにかみながら答えた。
「青木くん……優しいんだね」
あれだけ頭が痛かったのに青木くんのはにかんだ笑顔を見ると痛みを忘れてしまう……私も思わず顔がほころんでしまった。
「なんだか私、青木くんの顔を見たら元気になっちゃった!」
「わー! なにそれ? カッコいい男子が来たら急に調子よくなっちゃって!」
山本さんがニヤニヤしながら私をからかう。
「なっ! なに言ってるんですか?? 別に私は……」
「ハハハッ! いいって、いいって! 何も言わなくていい!」
「山本さんのイジワル~! ゴホッゴホッ」
「あれ? もしかして咳も出てきちゃった?」
その時青木くんは私の顔を覗いてきた。
ひぇ~~! 顔近いって! 青木くん! ちょ、ちょ、もうだめ~~~!!
そして案の定熱もあったせいか私は目を回し――――
「ゆかりちゃん?! え? え? しっかりして!! ねぇゆかりちゃん!!」
「ちょ、ちょ、救急車!!」
なんか私、ふわふわ浮いてる感じ。空飛んでるのかな? 気持ちいいなぁ……あれ? この感じ……前にも経験したような……
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天井が白い。この味気ない天井の白さ……
「あれ? ここは休憩室じゃ……ない?」
「はぁ……気が付いたみたいだね。ここは病院だよ。」
「え? 病院? ……はっ! そうだ、私目を回して……やばい、そこから全く記憶ない……」
「そりゃそうだよ。ゆかりちゃん、気を失ったんだもん」
山本さんの話によると、青木君が私の顔を覗き込んでから数秒後に気を失ったとのこと。そして私は救急車で搬送され、今病室にいるのだ。我ながらなんと情けない……
「青木くん、すごく心配してたよ。でも大事なシーンがあって、というか夏目優香ちゃんに無理やり連れていかれて泣く泣く現場に戻って行ったけど」
「優香ちゃんね……って優香ちゃん何か言ってませんでした?」
「え? 何かって? 別に何も……でもすごいのが気を失ったゆかりちゃんを見ても顔色一つ変えなかったんだよ。僕が逆に聞きたいんだけど優香ちゃんと何かあったの?」
「何かと聞かれても……正直私もわかんない」
なんで優香ちゃんが怒ってるのか……現場入りした時は全然怒ってなかった。というかいつもの優香ちゃんだったけど……でも少し位心配してくれたって……
そう思った瞬間、急に悲しくなってきてしまった。
「ゆかりちゃん? どうしたの?」
「なんか目にゴミが入ったみたい」
そんなことを言うと山本さんは苦笑いを浮かべ右手を左右に振る。
「いやいや、そんなごまかし、今の時代じゃきかないよ! やっぱり優香ちゃんのこと?」
「うん……」
私が頷くと山本さんが上を向きながら答えた。
「もしかしたら、優香ちゃんも青木くんのことが好きなのかもしれないね~」
「え?! 優香ちゃん青木くんのことが……ってか優香ちゃんもって! 私は別に青木くんのことなんて……」
「だからゆかりちゃんのこと敵対してるんじゃないのかな? まぁ、十代の女の子たちによくあることだよね」
山本さんが笑みを浮かべながら私の顔を見る。
「ってか私も青木君のことを好きな前提で話さないでください!」
結局一時間後に病院を出てそのまま家に帰った私。私はね、すぐにでも撮影現場に駆け付けたかったんだけど、まだ熱があるからダメって山本さんに言われて今日一日だけ家で大人しくしていることに決めたの……って決めたものの、結局二日間寝込んでしまった……何でこんなに自分、体弱いんだろう? もっと高い栄養ドリンク飲めばよかったのかな?
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「二日間お休みして申し訳ございませんでした……」
私は監督の前に立ち目一杯頭を下げて謝った。
「いやいや、そんな謝ることじゃないよ。それよりももう体調は大丈夫なの?」
「はい、もうばっちり回復しました! これで姫子の演技もできると思います」
「あぁ、そう……」
監督はなぜか苦笑いを浮かべながら気まずそうにしている。私は思わず頭に疑問符を浮かべてしまった。その時ふと目線を違う方向に向けるとなぜか見覚えのある女の子がいることに気づく。
「え? あの子って、レイチェルちゃん……?」
レイチェルちゃんも私に気づいたらしく、私の方へ近づいてきた。
「ゆかりさん、お久しぶりです! 元気でしたか?」
「ほんと、久しぶりだねレイチェルちゃん! 私はようやっと元気になったよ。はははっ……レイチェルちゃんは?」
「もちろん元気ですよ!」
「というかレイチェルちゃんもこのドラマに出演するんだね? ごめんね、今まで気づかなかったよ」
私は気まずそうに頭をかきながらレイチェルちゃんに尋ねた。
「あっ、私は急きょ、声がかかってゆかりさんの代役で姫子をやることになったんですけどぉ……ゆかりさんは姫子以外の役をやるんですか?」
と言い途中で監督の顔を見ながら話すレイチェルちゃん。
ん? ちょっと待って! レイチェルちゃん、今聞き捨てならない事言ったよね? 何だって? 私の代役? ってことは姫子を私の代わりにやるってこと? ふ~んそうなんだ……
「ってどういうことなんですか?? 姫子の代役って何なんですか??」
私はまだ状況が読み込めないまま監督の方を見る。状況が読み込めないながらも何か危機迫るものを感じていた。
「あ、いやぁね……実はねぇ、夏目優香ちゃんのお母様がねぇ……ちょっとね……」
監督は明後日の方向を見ながら言葉を濁す。
「優香ちゃんのお母様が何か言ってたんですか? もしかして私の演技が悪いとか?」
「いや、ゆかりちゃんの演技は素晴らしいよ。しかしねぇ、優香ちゃんのお、お母様があんなことを言ってきたものだから……仕方ないというかなんというか……ハハハッ……」
「監督! ちゃんと理由を教えてください! そうじゃないと私、納得できません!」
私の目には涙があふれていた。姫子の役を下された理由を聞きたいのに、監督は言いづらいのかごまかそうとする。
「まぁ、この業界にはいろいろあるんだよ。上の人には逆らえないというかなんというか……き、君も知ってるだろう? 優香ちゃんのお母様は芸能界一の大女優だって。俺は正直言ってゆかりちゃんの姫子の演技は素晴らしいと思うよ。でもでもね、あの人に言われたら言う通りにするしかないんだよ……わかってくれるだろう? 大人の世界には理屈では通せない複雑なことが多々あるんだよ」
唇を噛み俯く私。大人の事情で姫子の役を下されるなんてたまったもんじゃないと思った。悔しいというか呆れるというか私の心の中はぐちゃぐちゃになっていた。
「監督、姫子の役は私でいいんですよね? 私、そのために今日来たんですから。やっぱりゆかりさんで! なんて言わないですよね?」
私の横でレイチェルちゃんが眉間にしわを寄せながら監督に尋ねていた。
「あぁ、もう決まったことだからね。あ、準備しておいてね」
「はぁ、安心した。わかりました、じゃぁ準備してきまーす!」
そういうとレイチェルちゃんは、早足でこの場を去って行った。残された私を見て監督は気まずそうな顔をしている。
「あのさぁ、もうそろそろ撮影始まるからさぁ、ゆかりちゃんには大変申し訳ないんだけど、帰ってもらっていいかな? あはははっ。また機会があればゆかりちゃんを使うからさ! 約束するよ」
そんなことを監督が言っていたのだが全く耳に入ってこない私。私はボーっとこの場を突っ立っていた。
「あれ? ゆかりちゃんじゃない? 現場にきてどうしたの?」
「?! ゆ、優香ちゃん?」
なんと優香ちゃんが私がいることに気づいたらしく話しかけてきた。
「あれ? 監督ちゃんと言ってくれました? 姫子の役はレイチェルになったって」
「あぁ、言ったよ……」
監督は私を気遣ってか、ごく小さな声で答える。
「そう。ゆかりちゃん、今回は残念だったわね。また機会があれば一緒にお仕事しましょうね! ウフフッ……あらごめんなさい! じゃぁ、私は撮影があるから。サヨウナラ!」
笑うのを一生懸命こらえながら最後には結局笑い、その上ウインクをして去って行った優香ちゃん。正直言ってかなり悔しかった。
一体何なのよ? 私が二日休んだ間に何が起きたのよ? 誰か説明してよ……全然わかんないよ……
しかしその時――――
「監督どういうことですか? 説明してください!」
今現場入りした青木くんが一目散に監督の所へ向かい険しい表情で監督に詰め寄った。
「お、遅かったじゃないか~! 撮影もう少しで始まるよ。早く準備しておいで」
「話を逸らさないでください! ゆかりちゃんがなぜ姫子役を下されたのか知りたいんです! 納得する説明を受けるまで俺は、撮影には入りませんから!」
青木くんが顔を真っ赤にさせ怒涛の勢いで監督に迫る。
「こ、困ったなぁ、青木君まで……いやだから、それはだね~、話せば長くなるけども、お、大人の事情ってものがあるんだよ……」
監督はまたもや苦笑いをし誰かに助け舟を求めるようにきょろきょろしながら答えた。
「答えになってませんよ監督! 大人の事情って何なんですか?」
「あ、その、あのね……あ~、どうしようかな……困っちゃったなぁ~あはははっ……」
「あ! 直人くんやっと来た! 遅いですよ! みんな待ってるんですからね!」
私の背後から聞えてきた怒っているわりには先ほどとは声色が全く違うその声の主は――――
「あ~、優香ちゃん、ごめんね~! 撮影に入りたいところなんだけどさ、青木くんにちょっと責められちゃって~」
監督は媚を売るように優香ちゃんの側に行った。
「直人くん、一体どうしたの? 早く撮影しようよ!」
優香ちゃんが子犬のような目をして青木くんの顔を覗き込む。しかしそんなアピールも青木くんには通用しないようで――――
「優香ちゃんもそれでいいのかよ? ゆかりちゃんが姫子役を下されたことについて何も思わないのか?」
「え? いや……まぁ……」
途端に優香ちゃんが口をつぐんだ。
気まずい沈黙がこの空間をさまよう。私はもうこの場の空気にたえきれず思い切って声を出す。
「あ、青木くん、ありがとう。でももう大丈夫。もう私は下されたことが決まったことだし、潔く帰る。本当に私の心配してくれてありがとうね」
「ゆかりちゃん! それでいいの?」
「うん……また次の仕事を頑張るよ。あとそれと、青木くんのワタルの演技すっごく好きだよ。だから辞めないでね」
私は青木くんに最高の笑顔を投げかけた。
「ゆかりちゃん……」
つづく
こんにちは はしたかミルヒです!
最近だんだんと寒くなってきました。日が落ちるのも早くなってきましたし、なんだか憂鬱な気分になっちゃいます(+_+)あぁ、冬なんて来なきゃいいのに~(笑)ウィンタースポーツを一切やらない私にとっては冬は不要なのです!(笑)
ってなことで第九話を読んでくださりありがとうございます!
次回はゆかりと直人の関係がグッと縮まります。きっと直人も...
お楽しみに♪
ミルヒ




