第四話
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「今日も早く帰らないとっ」
帰りのホームルームが終わりゆかりは身支度を済ませ帰る準備をしていた。
「ゆかり~! 今日一緒に遊ばない?」
そう声をかけるのはゆかりの友達、本宮エイミー。モデル顔負けの長い手足と日本人離れした彫りの深いきれいな顔立ち。また彼女も筋金入りのお嬢様なのだ。ちなみに彼女の母親はイギリス人で現在は東京で『GIMMICK』というアパレルブランドを立ち上げている。
「エイミー、ごめ~ん! 私、今日からバイト始めてさぁ、しばらく遊べそうにないんだぁ……」
「バイトぉー? まーたなんで?」
エイミーが不思議そうな顔をする。
「ちょっと欲しいものがあって……それを手に入れるのにバイトしてるんだぁ。へへへっ」
頭をかきながら照れくさそうにするゆかり。
「ゆかり偉いね~! 私ならすぐパパに甘えちゃうのに~」
「ってなことで、本当にごめんね! また誘ってね!」
「もちろん! ゆかりこそ頑張ってね! バイバイ!」
「バイバイ! また明日!」
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「やっばーい! また午後の部も遅刻しちゃいそうだよ~!」
学校の帰り道、ゆかりは全速力で走りながら自宅を目指す。
「ただいま帰りました! すぐ準備します!」
「ゆかりさん、お帰りなさいませ」
そう挨拶するのは今日子さん。その今日子さんは手に黒い衣装のようなものを持っていた。
「それ……なんですか?」
「これはゆかりさんの仕事着です。これからこれを着て仕事をしてください」
そう言われて渡されたのは――――
「うわ~! これってメイド服だよね!? なんかコスプレみたーい! それに超かわいいし!」
ゆかりがその服を広げる。すると今日子はゆかりを注意した。
「ゆかりさん、それは仕事着です! 遊びの衣装なんかではありませんよ。早く着替えて仕事してください!」
「あ、すいません! 今すぐ着替えてきます!」
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「やっぱかわいい~!」
ゆかりは鏡を見て自分のメイド服姿にうっとりしていた。
「一度、こういうの着てみたかったんだよね~。でも今日子さんたちのメイド服はうぐいす色なのに、私のだけ黒のメイド服。なんでなんだろ? でも黒の方がメイドの感じがでていて素敵よね~!」
トントントン
ゆかりが自身のメイド服姿にキャッキャと喜んでいるとドアの向こうからノックの音が聞こえてきた。
ガチャ
「失礼します。ゆかりさん、着替えたのなら早く下に来てください!」
バタン
ゆかりの前に三秒だけ現れて叱咤した後すぐ去って行ったのはゆかりの指導係の華子だった。
「確かに、こんなことしている場合じゃないよねっ!」
ゆかりは慌てて下に行き、華子のもとへ飛んでいった。
「ゆかりさん、今日は午前も午後も遅刻しましたね」
華子が眉間にしわを寄せてゆかりを咎めた。
「す、すいません! 今すぐ仕事に取り掛かります!」
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「も~う、せっかく朝、きれいにしたばかりなのにもう汚れてきてる……」
ゆかりは廊下を拭きながらぶつぶつと文句を漏らしていた。
「ゆかりさん、でもこれが私たちの仕事なのですよ」
ゆかりは声のする方に顔を向けると華子が真剣な面持ちでそう言ってきた。
「確かにいつもはそんなこと気にも留めずに生活していたけれど、その陰でお手伝いさんたちが一生懸命掃除していたんですよね……」
「わかっていただけましたか? 西園寺家の皆様が気持ちよくこの家で生活できるように私たちは日々皆様の奉仕をしているんですよ」
「華子さん……本当にありがとうございます。今だからこそお手伝いさんたちの仕事の大変さ、そして私たちにとってとっても重要なことをしているのに気づきました」
ゆかりが華子にぺこりと頭を下げて感謝の気持ちを述べた。
「あら、いやだ! そんな急に感謝されても戸惑ってしまいますわ……」
顔を真っ赤にさせてオロオロとしてしまう華子。
「と、とにかく……こ、ここを早くきれいに拭いてくださいね! では私は別の場所を掃除してきますので……」
華子はまだゆかりの言葉に動揺し、顔を赤くしながら、早足でこの場を去って行った。
「はい、かしこまりました!」
(華子さん、今日子さん、お手伝いの皆さん、本当にありがとう……)
華子の後ろ姿を見ていたゆかりの顔には笑みがこぼれていた。
そして二か月後――――
「ゆかりさん、いえ、ゆかりお嬢様。いままでお仕事お疲れさまでございました!」
そう言って、今日子が家政婦たちを従えて一枚の封筒をゆかりに渡してきた。
「これは……」
ゆかりは嬉しそうに今日子に聞く。
「もちろん、ゆかりお嬢様が二か月間働いた分の給料でございます」
「うわぁ! 初めての給料……ありがとう、本当にありがとうございます!!」
ゆかりは感極まり、今にも泣きそうな顔をしていた。
「そんな……お礼を言うのは私たちの方ですよ。ゆかりお嬢様に手伝っていただき本当に助かりました。どうぞ、大切にお使いください」
ゆかりにニコリと微笑む今日子。
「封筒、開けてもいい?」
「もちろんでございます」
そしてゆかりは封筒を開けゆっくりと中身を見る。
「うわっ! いっぱい入ってる!」
「ゆかりお嬢様が働いた分の給料です。当然の額でございます」
「う、嬉しい……私、ここでたくさんのことを学びました。いつも出入りする玄関。何気なく歩いている廊下。毎日入るお風呂。毎日食べる食事。お手伝いさんたちは毎日毎日、こんなにも丁寧に隅々まで掃除をし、丹精込めた美味しい料理を毎日作ってくれている……もしパパからお金をもらっただけじゃこの気持ちずっと分からなかっただろうなって思いました……短い間だったけれど今日子さん、指導係の華子さん、他の皆さんも本当に本当にお世話になりました! 私は今から普通の中学生に戻ります!」
「まぁ、ゆかりお嬢様からそんなこと言っていただけるなんて……西園寺家の皆様に奉仕してきた甲斐があります……」
いつの間にか今日子の目には涙があふれていた。
「ゆかりお嬢様、私からもお礼を言わせてください」
そう言うと華子は一歩前に出てゆかりをねぎらう。
「華子さん。お礼だなんてとんでもない! 私がお礼を言わなきゃいけないほうなのに……」
「いいえ、あんなに厳しくしたのにも関わらず一生懸命に仕事をこなしておりましたね。ゆかりお嬢様は本当に働き者でございます。あぁ、うちの娘にもお嬢様の爪の垢を煎じて飲ませてあげたいですわ」
「え? 華子さんに娘さんがいるんですか?」
ゆかりは目を丸くし驚きの表情を見せた。
「はい、お嬢様よりもちょっとだけ年上の十七歳の娘がおります」
「へぇ! すご~い。友達になりたいなぁ」
(というか華子さんてっきり独身だと思ってた……)
「あ、西園寺家のパーティーにはいつも来ておりますのでその時にお嬢様にご紹介いたしますわ」
「ちなみにお名前は何て言うんですか?」
「梅子です。横山梅子」
「梅子さんか~! 素敵な名前ですね」
「ありがとうございます。私自身もこの名前をすごく気に入っているのですが当の娘はこの名前を全く気に入っていないのでございます。せっかく私の母が付けてくれたというのに……」
そういいながら寂しげな表情を見せる華子。その瞬間この場の空気がどんよりと重くなった。
(あ……何かしゃべらなきゃ! この空気、我慢できない……でも、でも……)
必死に色々と話すことをあれこれと考えるもこういう時に限ってなかなか浮かんでこないらしくゆかりの顔には冷や汗が流れていた。
その時今日子が微笑を浮かべながら口を開く。
「もっと娘さんが大きくなったらその名前を気に入るときが来ると思いますわ。ところで恥ずかしながら先ほどのゆかりお嬢様のお言葉、なぜかラストステージで引退宣言するアイドルを連想してしまいました」
「えっ……先ほどの言葉って……」
ゆかりは頭の中で自身の言った言葉を思い出す。
『短い間だったけれど今日子さん、指導係の華子さん、他の皆さんも本当に本当にお世話になりました! 私は今から普通の中学生に戻ります!』
途端に自分の言った言葉を恥ずかしく思い、両手を頬に当てて顔を真っ赤にするゆかり。その途端重たい空気が一気に晴れる。ここにいる家政婦たちがドッと笑った。
「と、と、とにかく、ありがとうございましたーー」
「ゆかりお嬢様ったら!」
今日子そして華子たちはゆかりが走り去っていく姿を幸せそうに見守っていた。
つづく
こんにちは はしたかミルヒです。
今日は腹痛で目覚めちゃいました...そういう時って必ず夢の中でも腹痛なんですよね(笑)でもほんと死ぬかと思った...(+_+)
ってなわけで第四話を読んでくださりありがとうございました!
次回、ようやっとゆかりは念願の夢の液体を手に入れるためあのお店に足を運びます。無事に手に入れることはできるのでしょうか?
お楽しみに♪
ミルヒ




