第四話
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「このお店……」
私は嫌な気持ちから解放されたいがために街をふらふらと歩いていた。私のショルダーバッグからルルがひょっこりと顔を出す。ルルが落ちないように軽く手で支えながら歩いている途中、何気なく目に入った古びたお店が気になり思わず足を止めてしまった私。
「このお店って、もしかして……」
目を凝らしながらよく見てみると外壁と同じ色のごくごく小さな字で「Dream Shop」と書いてあった。
「やっぱり……」
私は寺田さんに起こった不思議な出来事と私の夢をかなえてもらえるのかどうか尋ねてみたく、意を決してこの店に足を踏み入れた。
カラ~ン
木製のドアをゆっくりと開けると呼び鈴が軽やかに店内に響き渡った。
「ごめんください」
緊張した声色で私なりに精一杯声を出し、店員を呼ぶ。すると店の奥から見たこともない緑色の艶やかな長い髪をなびかせながら白衣を着た女性がゆっくりと歩いて、私に微笑を浮かべながらやってきた。近くまでくるとその女性は足を止め、丁寧に私に深々をお辞儀をしこう言った。
「いらっしゃいませ、ドリームショップへようこそ」
「こ、こんにちは」
いまだに緊張感が抜けなく、顔の表情が固まってしまう。
「青木芽衣子様でいらっしゃいますね?」
「え? な、なんで?」
なんでこの人は私の名前を? そう頭に疑問符を浮かべていると私の表情を読み取ってか彼女は薄い微笑を浮かべこう述べた。
「私はお客様の情報をなんでも存じております。青木芽衣子様、二十七歳、高校三年生。現在一軒家で父、母、弟と四人暮らし。弟は青木直人様。大人気の売れっ子モデル兼俳優でございますね」
「そ、そうですけど……」
そこで私は思った。直人がここのお店で家の情報を話したのかなと……。
「も、もしかして弟の直人が?」
「いえ、青木様の弟様からは何も聞いておりません。ここは夢を売るお店、ドリームショップでございます。お客様の情報はお客様の夢をかなえるために必要不可欠でございますから。さぁ、青木様のかなえたい夢をおっしゃってください」
ニコリと私に微笑みを浮かべながら私のかなえてほしい夢を尋ねる店員。しかしその前に私にはこの謎を解いておく必要があった。寺田さんのためにも。
「そ、その前に聞きたいことがあるんですけど」
「何でしょうか?」
緊張しながらも私はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「このお店に寺田由奈さんという方が夢をかなえに来たと思うんです」
「はい、確かに寺田様はここで夢の液体を購入……いえただでお渡しいたしました」
「過去に戻る液体を受け取り、彼女は夢をかなえるためにその液体を飲んで眠りにつきました。彼女が過去の夢から目覚めると現在はいつの間にか一年後に飛んでいました。しかし彼女は学校に行くまで気づかなかったのです。彼女はそのことを受け止められぬまま、今でもパニックになっています。夢の液体を飲むとなぜ自分が気づかぬまま一年後にタイムスリップしてしまうのでしょうか? 私の弟、直人にはそんな様子は見受けられませんでした」
「……それは……」
私の話を聞いてその女性は下を向き、指を絡ませながら何かを一生懸命考えているようだった。するとそこへ見たことのないような黒い大きな者が店の奥から地を張るような低い声で私たちのもとへとこう言って近づいてきた。
「それは不思議だ。私にもその謎を”是非”教えてくれ、月子」
「ボス?!」
大きな者が来た途端、一気に月子という女性の顔色が変わった。
「なぁ、気になる。早く教えてくれぬか?」
なぜか大きなあの者は不敵な笑みを浮かべ彼女にゆっくりと歩み寄り、そう述べた。
「いや、それはあの……」
彼女の顔はすっかり青くなっている。
「言いづらいことなのか?」
「いえ、そんな……」
彼女はうつむき加減になりながら目をキョロキョロとさせていた。
「早く話せ。真実を!」
すると彼女は意を決するかのように、固く目をつむり、手にこぶしを作りながら言葉を言い放った。
「て、寺田由奈には夢の液体は飲ませていないわ!」
「ほう……」
上から月子を見下ろすような形であの者は軽く笑みを湛える。
「彼女に飲ませたのは栄養ドリンクよ! 彼女にはこの懐中時計を使って過去に戻らせたのよ」
すると彼女は白衣についているポケットから金色の懐中時計を取出し、それを大きな者に突き付けた。そして彼女は緊迫した面持ちで話を続ける。
「これを使えば普通の人間は過去に戻った分だけ現実の自分は年を取る。逆に未来に行けば、行った分だけ若くなる。その名も『逆らいの懐中時計』。私が作ったものよ」
「なるほど。だから寺田さんは……」
すると大きな者は再びニヤリと笑い、彼女にこう言った。
「正しくは私がお前に頼んで作らせたものだ」
「……そうだったわね」
「フッ……。では負のエネルギーは何に使ったのだ? せっかく寺田由奈のためにお前と夢子から吸い取ったものを。一体何に使ったのか気になるなぁ」
「それは……それは……」
ゴクリ
思わず唾を大きな音を立てて飲み込んでしまった私。しかし不謹慎ながらこう思ってしまった。
こ、この話……面白いわ!
すると彼女は再び手を白衣のポケットの中に入れ、今度は小さな紫色の瓶を取り出した。
「何に使ったのか……」
彼女はスポンッと軽い音を出しながら小瓶のふたを開け、そして大きなあの者に言葉を放った――――
「それは……それは……あなたを殺すためよ!」
ピチャ!
彼女があの者に向かって勢いよくかけた液体は見事にあの者の顔面に命中した。
「これで終わりね」
彼女は薄い微笑を浮かべあの者に背を向ける。「この液体は甘くておいしいなぁ」
「……え?」
彼女があの者に一度向けた背中を不可思議な表情を浮かべながらくるりと元に戻した。
「この液体は甘いと言っているのだ」
「はっ……」
彼女はあの者にかけた液体の色を見て口に手を当て言葉を失う。
「これは何のジュースだったかなぁ? オレンジジュースだったか? それともりんごジュースか? あ、そうだ……」
そして黒い大きな者は彼女の首根をひょいと軽く掴み、空中へと高く彼女をつまみ上げた。
「月子、思い出したぞ。この味はマンゴージュースだ!」
「もうだめだ……」
彼女の一言がこの部屋に響き渡る。
そして彼女はあの者によって消された。
「夢乃、ごめんね……」
消える直前にか細い声でつぶやいた言葉。しかし私にははっきりと聞こえた。
店内は一斉に静まり返る。
「マンゴージュースではなく、ぶどうジュースのほうがよかったかな? ははははっ」
大きな者はまだ顔に残っているマンゴージュースを布でふき取りながらそう言った。
「液体を取り換えた……?」
思わず口から漏れてしまった言葉。
「そうだ。私を殺そうとして月子が作った液体は紫色だったからな」
「彼女は、月子さんはどこに消えたんですか??」
すると大きなものは私の顔をやさしげなまなざしで見つめ、満面の笑みを湛えた。
「時空だろ? 芽衣子、こんな時に冗談なんて言うなよ。お前はすべてわかっているはずだ」
「わ、私は何も知りません。もちろん、彼女のこともあなたのことも」
でもこのお店は……なにか……あぁ! 思い出そうとしているのに出てこない! でももう少しで記憶がよみがえるような……。
私が心の中で必死にこのお店についての記憶を思い出そうとしていると大きな者がなぜか悲しげな顔を私に向ける。
「芽衣子に知りませんと言われるなんてな……」
「え? でも本当に本当に私、あなたのこと……」
すると大きなものが深くため息をつき、自嘲気味に笑いながらこう言った。
「まぁ、いい。だからと言って芽衣子を嫌うようなことは絶対ないからな。お前は俺の命の恩人だ。さぁ、芽衣子がここの最後の客だ。かなえて欲しい願い事を言ってくれ」
「最後の客? この店、なくなっちゃうんですか?」
私がキョトンとした顔で大きな者を見るとその者は切なげな表情を浮かべうつむき加減でこう言った。
「あぁ、芽衣子の願いをかなえたらこれで終わりだ」
なぜかその者の浮かべる表情を見ていると、どこかで見たことあるような自分の中でとても懐かしい感覚を覚えた。
彼になら言いたいこと言える気が……。
「じゃぁ……」
そう言った後、私はショルダーバッグからルルを取り出した。そして大きな者にルルを見せる。
「……ほう、懐かしいなぁ」
懐かしい……?
その言葉を聞いて私は頭に疑問符を浮かべたが自分の伝えたい気持ちを先に言わなければと思い、話を始めた。
「だ、大好きだった友達が長いこと音信不通状態なんです。彼女の名前は三國夢乃ちゃん。私、彼女にもう一度会いたいんです。彼女はどこにいるのか? そして今、何をしているのか……? ルルだって夢乃ちゃんに再会できることを強く望んでいるはず」
ね? ルル……。
「三國夢乃……」
大きな者が夢乃ちゃんの名前を呟く。
「夢乃ちゃん、早く会いたい……」
「ん? 芽衣子、君は記憶をなくしているのか? 芽衣子はすでに知っているはずなのだが……。まぁいい、この話を君にしよう」
そう言うと大きな者はレジカウンターの上に置いてあるクマのぬいぐるみを……って、それって??
「私が夢乃ちゃんにあげたぬいぐるみ!」
私は目を丸く見開き、思わず声を出す。その者は夢乃ちゃんにあげたぬいぐるみのミミちゃんを私に手渡す。
「ミミちゃん……。どうしてここに? それに足が焦げてる……」
私の表情を見て数秒の沈黙の後、その者はゆっくりと言葉を紡いだ。
「三國夢乃、そして姉の三國葉月、彼女たちは父親が運転する車に乗って交通事故にあった。山道での単独事故だ。運転した父親、助手席に乗っていた母親は事故直後に即死。そして二人は……」
「もちろん生きているんですよね!」
生きてほしかった。夢乃ちゃんには夢があるから、アイドルに夢があるからそんなところで人生を終わらせてほしくなかった。
「二人とも一命は取り留めたが、夢乃は頭を強打し、目もつぶされ瀕死状態。それでも手にはそのぬいぐるみをしっかりと握りしめていたんだ。それだけ大事にしていたってわけさ。そして一方の葉月のほうは下半身をつぶされたものの意識はあった。私はすぐに彼女たちを助けた」
「あなたが、あなたが夢乃ちゃんたちを助けた……?」
「あぁ、葉月にこう言ったのを今でも覚えているぞ。『二人を助けてあげよう。さぁ、私のところにおいで』と」
するとその者は妖しげな笑みを浮かべながらこう続けた。
「私は瀕死状態の二人を抱え上げ、二人をこのドリームショップの集中治療室まで連れてきた。葉月は安心してか眠りに入ってしまった。まぁ、そっちのほうが私にとって都合が良かったからな。そして私は二人を――」
「サイボーグにしてこの店で働いてもらうことにした」
「ほう、芽衣子。記憶がよみがえったか」
「彼女たちはあなたによってサイボーク化された。姉の葉月さんには機械の足を取り付けた。一方、夢乃ちゃんのほうは人口眼球を入れ、その眼球で人の心の中を読み取れるようにした。そして二人はサイボーグとして生まれ変わった。その際に名前も変えた。夢乃ちゃんは夢子に、葉月さんは月子に」
「あぁ、私が二人をサイボークにした」
「二人の命を助けた代償にあなたは二人をこのお店で働くことを強いた」
「そして俺のもとで働かせた」
「負のエネルギーを集めるために」
「そうだ、それが等価交換っていうやつよ。芽衣子は本当に才能があるなぁ。なぁ、ちょっと聞きたかったことがあるんだが」
「何?」
「なんで負のエネルギーを集めようと思ったのだ?」
「言葉の響きがいいでしょ?『負のエネルギー』って。それを集めて次の客に負のエネルギーで作った夢の液体を渡す。それを飲んだものは夢の中でかなえてほしい夢を体験できるものの九十パーセント以上の確率で自分の夢が悪い方向に進む。夢はそう簡単には叶わない。それが夢乃ちゃんの言葉だったから」
「なるほどな。しかし質問の答えにはなっていないぞ。私の質問に答えてくれ。なぜ負のエネルギーを集めるのか?」
「理由はないわ。そういう店があれば面白いなぁって思って書いたのよ。ボス」
「私の名前、憶えていてくれたのか?」
「えぇ、もちろん。私の大切な犬だもの」
「芽衣子……」
「昔、ボスに約束したこと覚えている? 私が経営者になって、ボスが店長、そして夢乃ちゃんはここのお店の店員さん」
「あぁ、だから芽衣子の夢をかなえるために実行した」
「私の物語の中でね」
「芽衣子の夢は――――」
「ドリームショップを作ってその液体を飲んで作家になること」
続く
こんにちは、はしたかミルヒです!
第三話を読んでくださりどうもありがとうございます!早くも早くも次回で最終回です。不思議な終わり方なのでわかっていただけるかどうか不安ですけど、最後まで読んでいただければ幸いです。
では明日、17時に♪
ミルヒ




