第七話
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「めいちゃん、実は私転校することになったの」
無事学芸会での遊戯を成功させた十一月からすでに三か月が経った時だった。今日はバレンタインデーなので夢乃ちゃんに友チョコを渡そうと昨日、図書館から借りたお菓子のレシピ本を見て初めて「ブラウニー」というものを作ってみたの。私自身、ブラウニーを食べたことがなかったから本物がどんな味なのか知らないんだけれど、焼き立てのブラウニーを味見程度に少し食べてみたら、自分でもびっくりするほどおいしくできていた。「これは夢乃ちゃんに食べさせたい!」「彼女なら絶対喜んでくれる!」そう思いながら夢乃ちゃん家に行き、それを渡したの。夢乃ちゃんは想像以上に喜んでくれて、すぐに私を部屋に通し、私のために紅茶を淹れてくれた。そんな私の手作りブラウニーを一緒に食べながらの出来事だった。
さっきまで「本当にめいちゃんが作ったの? すっごくおいしい!」と言いながら夢乃ちゃんは何事もないような感じで私とおしゃべりしていたのに……。
突然の告白に、ブラウニーをフォークで刺したまま私は固まってしまった。
「明日言おうと思っていたんだけど、今日めいちゃんがおいしいお菓子を持って来てくれたから、そのついでに言っちゃおう! って、今なら言えるチャンスかなって……」
そう言いながら夢乃ちゃんは薄い微笑を浮かべ三口目のブラウニーを口に運んだ。
「そ、そうなんだ……」
夢乃ちゃんの顔を見るのが急に辛くなり、思わず俯いてしまう。
「前も言ったけれど、うちの親、転勤族だからさ。パパの口から転勤の話を聞いたとき、特に何とも思わなかったよ。あぁ、慣れってすごいよね……」
私は俯き加減で、でも無理矢理に作り笑顔を浮かべながら夢乃ちゃんの話に答える。
「まぁ、親の事情なら仕方がないよね」
「うん……」
「次はどこに行くの?」
「京都だって」
「遠いね」
「そうかな? でも新幹線で行けば二時間ぐらいで着くよ」
「私のおこずかいじゃ、新幹線に乗れないよ」
「そうだよね。新幹線、高いもんね……」
夢乃ちゃんがぼそりと切なげな表情でそう言った直後、夢乃ちゃんの部屋に急に沈黙が襲ってきた。私はどうしていいのかわからずとりあえずフォークで刺したままのブラウニーを口に運んだ。
「家で味見した時はおいしく感じたんだけど、今食べてみたらちょっと苦かったかな?」
私はタハハと軽く笑いながら夢乃ちゃんを見たの。でも夢乃ちゃんは私の問いに首を横に振り、こう言ったわ。
「そんなことないよ。私にはちょうどいい甘さだよ」
そして夢乃ちゃんは私に微笑を浮かべたの。その表情を見た瞬間、私の頬から何かが伝ったように感じた。それが口に少し入る。口の中に入っていたブラウニーとそのしょっぱさが混ざり合い、今度は不思議と甘く感じた。
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桜が舞い散る三月、六年生は卒業式を迎える。体育館では式典が始まり、私たち在校生は椅子から立ち上がり台本に書かれた言葉通りにお兄さん、お姉さんたちを送り出す。
「お兄さん!」
「お姉さん!」
「「「「「「「「「「ご卒業おめでとうございます」」」」」」」」」」
「私たち在校生は、心から今日の門出をお祝いします」
「きっと今、みなさんの胸の中は、六年間の思い出で一杯のことでしょう」
「六年生は、いつも私たち下級生のリーダーでした」
「自分たちの力でどんどん実行に移していく様子に、私たちも来年はこうなりたいものだという気持ちが――――」
つまらない……。本当に卒業式はつまらないもの。毎年、台本に書かれていることを卒業生に伝え、卒業生も卒業生で台本通りの言葉を在校生に伝える。私は今日も含めて四度経験した成果、この台本をすべて暗記してしまっていたの。他の在校生だってそうでしょ? 次にどんな言葉が来るのかすでにもうわかっている。
こんな送る言葉なんて、本当の気持ちじゃない……。送る言葉は伝えたい人にだけ伝えればいいのに。心がこもっていない言葉なんてないほうがマシ……。私は六年生よりも夢乃ちゃんに感謝の気持ちを伝えたい。
「みなさんのご活躍を心から祈っています」
「「「「「「「「「「祈っています」」」」」」」」」」
「それではお別れにこの歌を送ります」
「旅立つあなたへ……」
すると五年生の男子が指揮棒を持って在校生の前にある台の上に立ち、女子が体育館に置いてあるピアノのほうに向かい腰を下ろす。そして卒業生のための歌は歌われた。
桜が散り舞う頃 私たち出会った
ケンカもした時も あったけれど
ふと透き通った青い空を見て 心が洗われる
雲が揺れ、鳥が舞う 未来に向かうかのように
空を飛ぶ鳥、空に浮かぶ雲 そこにひらり花が舞う
夢に向かい飛び立てよ その夢がかなうまで
私はこの歌を六年生のためではなく夢乃ちゃんのために歌った。卒業式に涙を流したのは今日が初めてだった。
桜が散り舞う時 旅立ちの日が来た
あのころのことを思い出すと 涙が出てくる
一人ひとり 夢を抱き 未来へといざ飛び立つ
翼を付け、あなたは発つ その夢を現実にするため
空を飛ぶ鳥、空に浮かぶ雲 そこにひらり花が舞う
夢に向かい飛び立てよ その夢がかなうまで
今、別れの時 でも怖くなんかない
私たちは 負けない強さ持っているから
あなたが成功する瞬間 空を見上げて
最後のフレーズは誰よりも負けない声で大きく、大きく歌った。
「今、別れの時 でも怖くなんかない 私たちは 負けない強さ持っているから あなたが成功する瞬間 空を見上げて!」
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「めいちゃん、そんなに六年生が卒業するのは悲しいの?」
「どうして?」
「だってほっぺに涙の跡が残っているから」
そういうと夢乃ちゃんはクスクス笑う。卒業式が終わり、いつも通り二人で下校する通学路にはたくさんの桜の花が舞っていたの。
「ち、ちがうよ! 別にこれは六年生のために泣いたわけ――」
「はいはい、わかりましたよ!」
夢乃ちゃんは私の言葉を途中で遮り、再び笑いながら私の顔をのぞき見るの。
「ほんとだって! この涙は……」
「この涙は?」
夢乃ちゃんがニヤニヤしながら私の言葉を復唱して答えを促す。私はとたんに口をつぐみ、俯いてしまった。
「夢乃ちゃんって何日にこの町を出るんだっけ?」
私は小さな声で涙のわけの代わりに夢乃ちゃんにいつ出ていくのかを尋ねた。
「来週の土曜日だよ」
「土曜日か……新幹線で?」
「ううん、車よ。お父さんが運転するの」
「そっか。何時に出発するの?」
「朝の7時。ちょっと早いよね」
夢乃ちゃんはそのあとに「起きられるかが心配だよ~」と言いながら軽く笑って見せた。
「大丈夫だよ。そういう時って早く起きれるものだよ」
そう言いながら私も夢乃ちゃんに薄く笑いかけた。
「確かに、そういうもんだよね。来週は晴れるといいな」
「そうだね、雨降りの日に旅立ちたくないもんね」
「悲しくなっちゃうからね……」
その直後、突風が私たちを襲った。夢乃ちゃんはスカートをはいていたのでそれがめくれあがり、キャンディーの模様が入った白いパンツが思いっきり見えてしまったの。黄土色のチノパンを履いていた無傷の私は、急いで夢乃ちゃんを囲んだわ。
「大丈夫?」
「もーう、いやだ~~~」
夢乃ちゃんは顔を真っ赤にさせ、もう突風が過ぎ去ったにも関わらずいまだにスカートを押さえていたの。
なんだかそれが妙におかしくて今度は私がクスクスと笑ってしまったわ。すると夢乃ちゃんはほっぺたをプゥーと膨らます。
「もーう、笑いごとなんかじゃないよ~~~」
続く
こんにちは、はしたかミルヒです!
第七話を読んでくださりどうもありがとうございます!
みなさんは卒業式に何の歌を歌いましたか?今回この歌詞を書いているときに学生だった頃のいい思い出、苦い思い出がよみがえってきました。
では、明日はケース 9,5最終話を投稿いたします。
お楽しみに♪
ミルヒ




