王子の頭頂部に「押しボタン」を見つけた令嬢 〜絶対に押してはダメですわ〜
豪華な婚約発表パーティー。
しかし、公爵令嬢ソフィアは第一王子アレンの金髪の頭の上に、小さなスイッチ(赤い押しボタン)があることに気づいてしまう。
(な、何ですのあれ!? お、押したい……めちゃめちゃ押したいですわ……)
アレンに近づき、スイッチを押そうとする令嬢。
「や、やめろソフィア。このボタンは押すと危険だ!」
慌てて逃げる王子。
「問答無用でございます、アレン様」
ドレスの裾を豪快に両手で掴み上げたソフィアは、猛然とダッシュを開始した。
ターゲットはただ一つ。
逃げ惑う王子の金の髪……その頭頂部に鎮座する、真っ赤な「スイッチ」である。
「近寄るな! ペリンチョ、こいつを止めろ!!」
「申し訳ございません殿下。お嬢様の『押したい』という衝動は、国家の防衛システムすら突破いたします」
手帳を広げた執事のペリンチョは、流れるような手際でペンを走らせながら、冷徹に返答する。
「ハッ!!」
ソフィアの鋭い右ストレートが王子の顔面をかすめる。
王子は必死の身こなしでそれを紙一重で回避するが、それこそが令嬢の真の狙いだった。
上半身を大きく反らせて隙だらけになった王子の軸足、その膝裏を目がけて、ソフィアの容姿端麗な脚から容赦のないローキックが叩き込まれる!
ドゴォッ!!!
「ぐわっ!?」
重厚な打撃音が響き渡り、王子の体勢が完全に崩れた。
膝からガクリと床へ崩れ落ち、頭部が無防備にソフィアの目の前へ差し出される。
「かかったわね、殿下!」
「ま、待てソフィア! タンマ、話せば分かる、お願いだから――」
「問答無用っ! 『ポチッ』とな!!」
躊躇という言葉を放棄したソフィアは、王子の頭頂部のボタンを全力で押し込んだ。
『カチッ』
甲高い機械音が響いた瞬間、世界から一切の音が消え去った。
「押し……押してしまったわ……っ! 最高の押し心地……!」
ソフィアが達成感に浸る横で、不自然な格好のまま「押すなああ」の表情でピタリと静止する王子。
宙で跳ねたワイングラスの雫も、風に揺れていたカーテンも……完全に時が停止してしまったのだ。
「……あら?」
ソフィアは首をかしげた。
世界中の時が止まり、静寂だけが支配する会場で、彼女はふと壁の大きな鏡に目をやった。
(……あれ? 私の頭頂部にも、ちっちゃくて可愛いボタンがついてない?)
己の頭頂部に存在する謎のスイッチに、人生で初めて気づいたソフィア。
彼女は三秒ほど真剣な顔で鏡を見つめ……
「まあ、いっか!」
一瞬で己のスイッチへの疑問を捨て去ったソフィアは、誰も動かない静寂の王宮をウキウキと散策し始めた。
……しかし、30分後。
「……暇ね」
時が完全に止まった世界……風も吹かず、音もなく、誰も喋らない。
王子の顔に落書きをしてみたり、豪華なドレスを大臣に着せて遊んでみたりもしたが、あっけなく手詰まり感を迎えてしまった。
「うーん……どうしましょう。このままじゃ一生、誰ともお喋りできないですし」
困り果てたソフィアは、顎に指を当ててう~んと唸る。
その時、ふと先ほど鏡で見つけた自分の頭頂部の小さなスイッチの存在を思い出した。
「そういえば……私のこれ押したら、時が動き出したりしないかしら?」
藁にもすがる思いで、ソフィアは己のつむじへ指先を伸ばした。
自分のボタンを押すのは、生まれて初めての経験である。
『ポチッ』
控えめな音が響く。
世界に光が包まれるか、あるいは爆発でも起きるのかと身構えるソフィア。
……だが、何も起きない。時間は止まったままだ。
「……あら? 失敗かしら?」
そう呟きながら、なんとなく自分の頬に触れたソフィアは驚いた。
「っ……!? な、なにこれ……っ!!」
スベッ……スベスベスベッ……!
吸い付くような弾力! 毛穴という概念すら消滅した、まさに究極のゆで卵肌!
「お肌が……めちゃくちゃすべすべになっているわ……!?」
自分の顔を撫で回しながら大興奮するソフィア。
しかし、冷静になると一つの事実に突き当たった。
「……私のスイッチ、能力の規模小さすぎないかしら……?」
世界を救うでも時を動かすでもなく、ただの「セルフ・エステ効果」。
あまりのショボさに呆然としていたその時……
『おお、哀れな乙女よ……!』
「きゃっ!?」
不意に頭上から光が降り注ぎ、神様が降臨した!
『王子の頭のスイッチは【世界時間停止ボタン】じゃ。あれを解除し、世界に時を取り戻すには……魔王の頭頂部にある【時間停止解除ボタン】を押すしかないのじゃ!』
「魔王の頭にボタンが!?」
神様は仰々しくうなずくと、ソフィアの手に光り輝く一本の剣を握らせた。
『この「聖剣」を授けよう! さあ勇者よ、魔王城へ向かい、世界の時を動かすのじゃ!』
「ええっ!? でも私、魔王城の場所なんて知りませんし、徒歩で行くなんて面倒……」
『心配ご無用! 今日は特別に【神様スペシャルサービス・魔王の目の前へ直行便】を適用してやろう! ほれ、行ってこいっ!』
「ちょっと待って、心の準備が――」
神様が指を『パチン』と鳴らした瞬間、空間が歪む。
「神様スペシャルサービス・魔王の目の前へ直行便!」の指パッチンとともに、ソフィアが飛ばされた場所……
そこは魔王城の玉座の間……ではなく、まさかの【魔王の着替え部屋】だった。
「……あら?」
目の前にいたのは、威圧感あふれる漆黒の魔王……ではなく、まさかの【フリル付き勝負下着】で固まっているおネエ魔王だった。
瞬間移動のタイミングが最悪すぎたのである。
「いやんっ!?ちょっとアンタ誰よ急に!! 見ないでぇぇぇッ!!」
両手で下着を隠しながら、乙女のような悲鳴を上げた、まさかの男魔王おネエである。
「いや、あの、事故なんです!私はただ頭のボタンを……」
「うるさいわねぇ! 乙女の着替えを覗くなんて万死に値するわよ! ちょっと待ちなさい、今すぐ着替えるから!!」
魔王は超スピードで超重厚な暗黒の鎧を身に纏うと、顔を真っ赤にして叫んだ。
「恥ずかしさで死にそうだから、アンタを灰にして記憶ごと消し去ってやるわ―――ッ!!」
魔王の手から放たれる、城ごと吹き飛ばすレベルの超巨大な暗黒魔導波!
「きゃああああっ!?」
パニックになったソフィアは、逃げる間もなく自分の頭の『お肌すべすべボタン』を無意識にポチッと押してしまう!
ズガガガガガガガッ!!!
爆音とともに直撃した暗黒魔導波。
しかし……
「ツルリンッ!!!!」
なんと、ソフィアの極限までツルツル・すべすべになった肌に触れた瞬間、魔王の攻撃が摩擦ゼロで全て「ツルッ」と滑り、すり抜けていった!
「えっ……!? 攻撃が……滑ったの……!?」
呆然とする魔王。
ソフィア自身も自分のツルツルな頬を触りながら首をかしげる。
「えっ……私、全然痛くない……?」
「く、屈辱だわ……! おネエのプライドにかけて、アンタだけは絶対に許さないんだから! 見なさい、アタシの真の姿を!!」
狂乱した魔王が、禍々しいオーラを纏いながら叫ぶ。
「真の姿っ! 『第二段階・変身』―――――」
魔王が大きく両腕を広げ、変身の演出で一瞬無防備になった……
その隙を、脳筋令嬢は見逃さない。
「ハッ!!」
「えっ? ちょっと待っ……」
変身が終わる前に、ソフィアは聖剣を構えて全力ダッシュ!
ドレスの裾を翻し、無防備な魔王のへ容赦ない一撃を叩き込む!
ドカァァァン!!
「変身中に攻撃するなんて……反則よぉぉぉ―――っ!?」
おネエ魔王は哀れな悲鳴を上げながら、そのまま倒れたのだった。
「ふぅ……あぶなかったわ」
ソフィアは聖剣をしまって魔王に近づくと、頭頂部の真っ赤なスイッチを見下ろした。
「『ポチッ』とな!」
ソフィアの指先がボタンを押し込む。
『カチッ』
ゴゴゴゴゴ……!
世界に「音」と「空気の揺らぎ」が戻ってきた!
静寂が破れ、止まっていた時間が再び動き始める。
「やりましたわ! これで世界は元通りね!」
満足気にソフィアは、神様スペシャル直行便の残留神力を勝手に使い、王宮へと舞い戻ったのだった。
王宮に戻ると、そこにはローキックを叩き込まれて倒れていた王子と、止まっていた時間から解放されたドレス大臣に人々が騒然としていた。
「ソ、ソフィア……!? お前、一体どこへ……!?」
脚を押さえながら立ち上がるアレン王子。
ソフィアはふぅと息を吐くと、しおらしく両手を前で重ね、深々と頭を下げた。
「皆様、お騒がせいたしました。もう二度と、あんな無茶な真似(人の頭のスイッチを押すこと)はいたしませんわ」
「そ、そうか……わかってくれたならいいんだ……」
しおらしいソフィアの態度に、王子も胸を撫でおろす。
そこへ有能執事、ペリンチョが歩み寄ってきた。
「流石はお嬢様。魔王を退治し、止まった世界の時を取り戻すとは……まさしく『伝説の勇者』にふさわしいご活躍でございます」
「ペリンチョ……見ていたの?」
「はい。お嬢様のお肌がスベスベになり、魔王の攻撃をツルリと弾いた瞬間も、すべて当家の記録に収めさせていただきました」
ペリンチョはお辞儀をし、アレン王子へ向かって深く頭を下げた。
その瞬間……
風がふわりと吹き抜け、ペリンチョの綺麗に整えられたオールバックの髪が、ほんの少しだけ乱れた。
(……あっ)
ソフィアの目が、爛々と怪しい光を放ち始める。
見えてしまったのだ。
ペリンチョの頭頂部、髪の隙間にひっそりと佇む……見たこともない漆黒の【謎の押しボタン】を。
(……押し……押し込みたい……っ! 王子の赤ボタンでも、魔王のボタンでもない……あの漆黒のボタンは一体どんな押し心地なの……!?)
うずく指先……
先ほど「もう二度としない」と誓ったばかりの口元が、ニヤリと歪む。
「……お嬢様?」
頭を上げたペリンチョが、ソフィアの視線に気づいてピクリと眉を跳ね上げた。
「大変申し訳ございませんが……そのお顔は……非常に嫌な予感がいたします」
「ねえ、ペリンチョ……」
ソフィアはドレスの裾を再び豪快に持ち上げ、一歩を踏み出した。
「……ちょっとだけ。 ……ちょっとだけ押させて?」
「お……お嬢様―――――っ!?」




