白銀の黄昏
アージェント王国の歴史において、私の存在は常に「奇跡」か、さもなくば「呪い」として語られてきました。
先の戦乱の英雄、ユリウス・アージェント国王が、敵国アウレリアの残党である私を、あろうことか正妃として迎えると宣言した時、この白亜の都は空前絶後の反対の嵐に包まれました。
「あの魔女の侍女を、王妃にするなど正気か」 「ユリウス様は、あの赤い目に魅入られてしまったのだ」
貴族たちの冷ややかな囁きは、白亜の宮殿の至る所に満ちていました。けれど、ユリウス様はただ一度として揺らぐことはありませんでした。
彼は王冠を戴くその日、跪く私の手を強引に取り、万雷の反対を沈黙させるような力強い声でこう告げたのです。
「俺は、この女を救うために王になった。世界を敵に回そうとも、彼女の隣が俺の玉座だ」
その日から、私はアージェントの王妃となりました。
ヴァーミリオンの「赤」を心の奥底に隠し、アージェントの「白」を纏う日々。
私たちの夫婦生活は、世間が想像するような華やかなものではありませんでした。
それは、大きな傷を負った二人の生存者が、嵐の後の静かな波打ち際で、ただ寄り添って体温を確かめ合うような、ひどく静謐で、脆い幸福でした。
「……セシリア。今夜は、風が静かだ」
初老に差し掛かったユリウス様が、私室のテラスで私の隣に座りました。
かつての鋭い「刃の風」のような殺気は消え、今の彼を包んでいるのは、夕暮れ時の柔らかな陽光のような温かさでした。
私たちは、多くを語りませんでした。
私が夜な夜な、鍵をかけた地下室でアウレリアの真実を書き記していることを、彼は知っていました。
私が書き終えた日、ひどく赤く腫れた私の目を見て、彼は何も聞かずにただ強く抱きしめてくれました。
彼は、私の魂の半分が、今も海の底でテオドラ様と共に眠っていることを理解し、それでもなお、残りの半分を愛し抜くと決めていたのです。
「俺たちが歩んできた道は、血塗られていたな」
ユリウス様が、節くれだった自分の手を見つめて、ふっと笑いました。
「だが、君と過ごしたこの二十年は、俺の人生で唯一、風が止んでいた時間だった」
「……私もです、ユリウス様。あなたは私の、たった一人の、地上の英雄でした」
それは嘘ではありませんでした。 テオドラ様への狂信的な愛とは違う、穏やかで、深い慈しみ。 私たちは、お互いがお互いの「罪」の証人であり、唯一の「許し」でもあったのです。




