深き海の底より
光の届かない場所を、人は暗闇と呼び、恐れるのでしょうか。
けれど私にとって、ここは安らぎに満ちた揺りかごです。
深海の底にあるこの都は、硝子と珊瑚でできていて、見上げれば遥か遠くに、太陽の光が揺らめくのが見えます。 かつて私が生きていた地上。
そこで、人々は私たちのことをこう呼んでいるそうですね。
「悪魔と契約し、世界を火の海に変えた『深紅の薔薇』の一族」と。
否定はいたしません。
父、バルバロッサ大公の犯した罪も、私たち一族が纏っていた傲慢なドレスも、すべては事実ですから。
けれど、歴史書には決して記されない真実があります。
なぜ、私たちがそれほどまでに「赤」を求めたのか。
なぜ、私が最後に海へ身を投げたのか。
ねえ、セシリア。
私の愛しい、たった一人の友人。
あなたは今も、地上のどこかで、私のために祈ってくれているのですね。
あなたの焚くお香の香りが、潮の流れに乗って、ここまで届いていますよ。
どうか、泣かないで。
これからあなたが語るのは、悲劇ではありません。
これは、運命という冷たい鎖に繋がれた私たちが、それでも懸命に手を伸ばし、愛を知った日々の記憶なのですから。




