第九話『迫りくる影』
軽音部との会話は、蕨にとって生まれて初めて「世界が自分を肯定してくれた」ような時間だった。
好きな音楽を語り合い、誰かの役に立てた。胸が熱くなるほど、嬉しかった。
――だが、その余韻は長く続かなかった。
放課後、ふと開いた掲示板に、新しいスレッドが立っていた。
《裏ボスは “ボカロP” らしい》
たった一行。
しかし蕨には、文字の向こうから細い針が刺さるような感覚が走った。
文章のリズム。無駄に几帳面な言い回し。
やっぱり――どこかで、見たことがある。
(……誰だ、これ。クラスにいるか?)
胸がざわつく。
ほのかな疑念は、徐々に濃い影になって広がっていく。
(止めなきゃ……! 本当にバレる……俺が“ここ町P”だって……!)
蕨は、謎の投稿者に名前をつけた。
“勇者御一行”。
一人かもしれないし、複数かもしれない。
それに、蕨は勇者が嫌いだ。住民の家に勝手に入ってきて、容赦なく話しかけ、勝手に家のものを持っていく。鍵なんてかけても全く意味をなさない。
休み時間、肩に刺さるような視線を感じて横を向くと――
宿屋の娘。例の眼鏡の子。
目が合った。
彼女は一瞬で視線を逸らし、そそくさと自分の席に戻っていく。
(……勇者? いや、偶然? いやいや、まさか……)
疑いはまだ弱い。けれど、“知ってるのでは”という予感が、じっとりと背中に張り付いた。
その日から、蕨の脳内は非常事態に突入した。
授業中――先生の声は入ってこない。
(勇者御一行……お前らどこに潜んでる……)
クラスメイト全員のSNSをチェックし、
話し方のクセを探り、
音楽に詳しそうな発言がないか見張り、
授業中も斜め後ろ、さらにそのまた隣まで視線を走らせる。
蕨の想像の中で、ドット絵の住民(蕨似)が自宅の小屋から飛び出し、村中を歩き回っていた。
住民は家々を覗き込み、
「おーい、勇者御一行おるかー? 返事せえやー!」
と声を張り上げる。
村長の家を無断で調べ、
武器屋の裏を覗き、
井戸の中にまで顔を突っ込むが――
返事はゼロ。
「おかしい……村におらんならダンジョンか? いや、城か?フィールドで金策やっとるのかー!!」
そこで住民は突然立ち止まり、天を仰ぐ。
「……名称、“アサシン御一行”に変更したほうが合ってる気がするな」
ブルブル、
リアル蕨は即座に首を横に振り、それを否定した。
(ダメだ、それじゃ世界観が崩れる!!)
住民はしょんぼりと肩を落とし、再び村を走り回った。
再び現実へ、
SNS授業の時間。周囲の生徒たちのアカウントには少しずつフォロワーが増えていく。
「やった、三人増えてる〜!」
「こっち五人!」
そんな明るい声の中、蕨のアカウントは――
フォロワー0。
まっさらな荒野のように寂しい。
(……知っとる。分かっとる。だが今は、勇者御一行の情報を……!)
しかし――
この日一日、そして次の日になっても、
勇者御一行の正体につながるものは、なにも見つからなかった。
(なにも……分からない……!)
まるで視線の外側から、誰かに狙われているような気配だけが強まっていく。
別の角度から、別の誰かが、もっと鋭い言葉を投げてくるかもしれない。
(どうする? どうしたら……!)
焦りだけが、じわじわと胸を締め付けていく。
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