第八話『軽音部に連れ出された』
日中、授業中も休み時間も、俺はひたすら逗子トオルを観察していた。
昨日みたいに話しかけてくることもないし、ギターリフの話題を出すこともない。
スマホをいじる様子も、妙な動きもない。
(……違いそうだな。
逗子くん、謎の投稿者じゃないっぽい……)
ようやく一息ついたところで、終わりのチャイムが鳴った。
(よし、早く帰って曲つくろ。今日は平和だ――)
立ち上がった、その瞬間。
「おい蕨、いくぞ!」
「えっ……えぇ!?」
「約束通り、アドバイザーな!」
逃げる間もなく、肩をつかまれる。
(つ、捕まった……!?)
【イベント発生】
《強制参加:軽音部の練習》
逃走ルート:消滅
こうして俺は、半ば強制的に音楽室へ連行された。
(ま、待ってくれ……! 右に2歩、左に2歩しかしないNPCが……外に……!?城に、城に呼ばれてしまうのか!!!)
脳内で“RPG的危険信号”が鳴る。
(バグだ……デバッグしろ……デバ――)
修正する暇もなく、音楽室の扉が開いた。
そこに鎮座していたのは、俺の“聖地”。
スタンウェイ。
ピアノというより、魂の置き場。
(あぁ……スタンウェイ様……二日ぶりの再会……)
逗子がアンプを繋いでいる隙に、
俺はそっと鍵盤の蓋に指を滑らせた。
(この手触り……この重厚な木の香り……
やばい、音フェチスイッチ入る……!)
心の中で深呼吸していると、部員たちが集まってきた。
「ディレイ強すぎるかな?」
「テンポ、もっと走らせた方がいい?」
「サビの入り、これで気持ちいい?」
質問が一斉に飛んでくる。
気づけば――口が勝手に答えていた。
「ディレイは強いけどコードがぶつかってないから良いと思う……。
ボーカル前に出したいなら、ギターの中域カットかな……。
テンポはいいけど…… Bメロに“揺らぎ”があるとサビでドカンと盛り上がるかも……。」
口が止まらない。
スタンウェイの存在が背中を押してくる。
「……なるほど!!」
「ヤバい、全部的確すぎ!」
「すげぇ……お前ほんと……いや、プロかよ!」
(む、村の外で褒められてる!?
なにこれ……心が……あったかい……?)
褒められるたび、胸の奥がポカポカしていく。
授業中の緊張とは違う。これは、素直に嬉しい。
(……俺、褒められたいのか……?
モブ中のモブ、住民が褒められて……いいのか?)
ギターの音、ドラムの響き、スタンウェイ様の余韻。
音楽室全体が生きているように感じた。
いつも避けていたこの場所が、
今日は少し――居心地がいい。
(逗子くんは謎の投稿者じゃなさそうだな。
あぁ……今日、来てよかった……)
その時だった。
扉の向こう、窓ガラス越しに“宿屋の娘”の姿が見えた。
こっちをチラッと見て――そして、すぐに立ち去っていった。
(……見られた? いや、たまたま?)
心臓がまた、早くなる。
でも、もう前みたいに“怖い”だけじゃなかった。
(……バレたら困るけど……
誰かに見られるって、ちょっと悪くないのかも……)
村小屋への帰り道。
イヤホンで逗子たちのデモ音源を聴きながら、
俺は小さく笑っていた。
【幸福度:+15%】
【自覚なき承認欲求:発動中】
面と向かってここまで褒められたのは、
蕨マナブにとって――生まれて初めての経験だった。
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