第三話 『音だけが、俺を裏切らない』
登校した瞬間、空気が昨日とまるで違った。
「昨日のピアノ、ガチで鳥肌だったよな!」
「誰だよ、あのレベルで弾ける奴」
「音が“学生じゃない”んだよ。プロの音だった」
(…………え?)
最初は聞き間違いだと思った。
でも、耳を澄ますほど同じ話題が教室のあちこちから漏れてくる。
「ここ町Pの曲だったよな」
「学校の誰かが作ってる説あるらしいぞ?」
「昨日のあの生演奏、ここ町Pだったりして」
(やめろやめろやめろ……!!
音楽室のあれ……絶っ対に俺だよな……?)
しかし冷静になれ、俺。
掃除用具入れに逃げ込んだ。
気配も声も消した。
足音も完全にごまかした。
バレるはずが──いやバレてたら困る。
「落ち着け、俺はただの陰キャ。
裏ボスどころか普通の住民だ……」
そう言い聞かせて席に座ると、
窓際の女子が昨日と同じく静かに本を読んでいた。
……と思った瞬間、視線が合いかけた。
(えっ!? 今、絶対こっち見たよな!?
疑われてる!? 絶対ピアノのやつバレた!?)
よく見たら、普通に本を読んでるだけだった。
(……違った。心が滅びゆくところだった……)
今日は“目立たずに生き延びる”だけを目標に授業を乗り切った。
誰にも絡まれず、裏ボス候補として名前も上がらず、何事も起きなかった。
(よし……今日は生き延びた……)
授業が終わると全速力で帰宅。
玄関を閉めた瞬間、酸素の味が変わる。
(……音……音が欲しい……)
PCを立ち上げ、DAWを開き、ヘッドホンをつける。
クリック音。
シンセの柔らかい鍵盤タッチ。
昨日触れたスタンウェイの響きが、まだ指先に残っている気がした。
スタンウェイの音は反則だった。
押した瞬間、部屋の“空気そのもの”が音に変わる。
響きが指先に逆流してくるような感覚。
(……あの音……もう一回触りたい……)
気づけば指が勝手にフレーズを刻み始めていた。
俺は、《ここ町P》という名前でボカロPをやっている。
“ここは○○の町です”の住民から取った。
RPGでいうところの、
「目立たないけど絶対に必要」な存在感が好きだった。
地味でいい。
気づかれなくていい。
その方が安全だから。
SNSを見ると、前に投稿した曲が少し伸びていた。
コメントも増えている。
「最近このPすごい」
「メロディが刺さる」
「次も期待してる!」
(……う……嬉し……!!)
陰キャの脳はこういうときバグる。
コメント欄を更新して閉じて、また開いて読み返すという
努力の方向性が歪んだムーブを繰り返す。
褒められたら天国。
「微妙」とか来たら五分間無音で固まる。
この情緒ジェットコースターを永遠にやってる。
でも今日は異様に捗る。
理由は明白だ。
スタンウェイの余韻が、まだ体内を巡っているから。
俺の曲作りは“直感型”。
時系列無視で思いついた音から並べる。
良いと思った音を最優先で残す。
高いプラグインなんて買えない。
DAW付属のEQと、最低限のシンセだけ。
でも工夫すれば音は化ける。
机に落ちたボールペンの音を録音して、
ピッチいじってリバーブかけて効果音にしたことだってある。
(……自分だけで“世界”が作れる。
それが最高なんだよな……)
そんなふうに没頭していたら、スマホが震えた。
SNS通知──
《ここ町P》が学校内掲示板で話題に。
《学校内でも人気?》
《ここ町P聴いてみた》
《昨日の音楽室、ここ町P説》
(いやいやいや!
なんでそこ繋げるんだよぉぉ!!)
脳内UIが赤点滅する。
【危険度:22% → 48%】
【落ち着け】
【いや落ち着けるか】
(オレはここ町Pだぞ……
“町で案内板の横にいるNPC”だぞ……
勇者に話しかけられるまで無言なんだぞ……)
スマホがもう一度震えた。
DM──
最悪の気配しかしない。
でも開かないともっと怖い。
震える指でタップした。
『裏ボス……さん、かな?
君のピアノ、最高だったよ』
送り主:名前なし
アイコン:真っ白
フォロワー:0
プロフィール:空欄
(…………は?
なんで……なんで“俺の”DMに来るんだ……?)
心臓が爆音を立てる。
【詰み】
【詰み】
【まだ詰んでないけどもう詰んだ気分】
俺は震える手でパソコンに向き直り、
現実逃避のように鍵盤を押した。
──音だけが、俺を裏切らない。
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