第二話『スタンウェイと住民』
入学したばかりで、この学校のことを俺はまだほとんど知らない。
今日は“学校案内の日”。
名前は蕨マナブ。
あがり症で、存在感は限りなくゼロ寄り。
だが──興味を持ったものにだけ、やたら執着心が暴れるタイプだ。
案内係の先生に連れられて校内を歩くと、まず度肝を抜かれた。
動画撮影スタジオ。
照明完備のフォトブース。
編集専用ルーム。
バズった投稿を“公式で紹介する掲示板”まである。
廊下では生徒たちがリングライトを手に自撮りしていたり、
スタジオ前に入室待ちの列ができていたりと、やたらと光が強い。
(いやこれ……普通の高校じゃねぇだろ……
もはや配信者養成所じゃん……)
先生は誇らしげに胸を張る。
「SNSは時代の力ですから!」
(わかるけど! 力の入れ方が異常値なんよ……)
そんなハイテンション施設を見て回るうち、
俺の足は自然と、ある部屋の前で止まった。
──音楽室。
扉のガラス越しに見えた“それ”のせいだ。
(……嘘、だろ)
黒く、深く、光る。
世界的ブランド。桁外れの風格。
スタンウェイのグランドピアノがそこにあった。
「すごいでしょ? 本物です。音楽設備も一流なんですよ」
先生は自慢げだが、俺は別の意味で震えていた。
(触りてぇ……
触りたすぎて指がうずく……!)
だが、みんなの前なんて無理だ。
あがり症なので、触れた瞬間に気絶する自信すらある。
(……放課後。絶対に行く)
その時、もう決めていた。
誰もいなくなった音楽室。
鍵はなぜか開いていた。管理ガバガバで助かる。
「……お邪魔します……」
ひとり、スタンウェイの前に座る。
鍵盤にそっと触れた瞬間、指先にじんわり熱が宿った。
ポロロン──。
「……やば……」
空気が震えた。
生き物みたいに“音”が呼吸していた。
(これ……だめだ……
一音鳴らしただけで、脳が溶ける……)
気づけば、先日アップした自分の曲を弾いていた。
弾くつもりなんてなかったのに、身体が勝手に動く。
左手の構成音を変えるだけで雰囲気が一気に変わる。
スタンウェイが全部受け止めてくれる。
(最高すぎる……
今日だけ……今日だけ……!)
夢中になりすぎて、気配に気づかなかった。
カツ……カツカツカツ……!
廊下から複数の足音。しかも速い。多い。
(……え? 嫌な予感しかしない……)
ガラッ!!
音楽室の扉が開いた。
「今の生演奏!?」
「めっちゃいい音してたんだけど!?」
「誰? 誰が弾いてたの!?」
(終わったぁぁぁぁあああああ!!)
脳内UIが真っ赤に点滅する。
【緊急事態】
【逃げろ!!!!】
【住民は戦闘不能。逃走に全振り推奨】
ここで俺の“RPG妄想”が発動する。
(落ち着け……これは魔王軍の奇襲……
だがNPCの俺は戦えない……!
逃げるのが唯一のスキル!!)
現実の俺は現実の俺で、
掃除用具入れの扉を勢いよく開け──
モップの柄が眉間スレスレを通過。
次の瞬間、雑巾の山にダイブ。
バケツが「ゴワァンッ」と絶望みたいな音を立てた。
「いってぇ……っ!!」
【逃走行動:成功率3%】
【だが今はその3%に賭けるしかない】
【モップによる精神ダメージ:大】
外では生徒たちが騒いでいる。
「いま絶対誰かいたよな!」
「録音しとけばよかった!!」
「この音、絶対プロ!」
(やめろやめろやめろ!
住民は見つかったら死ぬんだぞ……!!)
3分ほどで足音が遠ざかった。
そーっと掃除用具入れから顔を出す。
(あっぶな……
あがり症が命を救う日が来るとは……)
スタンウェイを見て深呼吸。
(夢中になったら、また同じことやる……
気をつけないと……)
それでも、“あの音”が耳から離れなかった。
(……やっぱ俺、音楽好きだ……)
帰宅してパソコンを開き、
さっきの余韻を思い出しながら曲を作り始める。
するとスマホに通知が来た。
──学校SNS掲示板。
《裏ボスの正体は“音楽系”?》
「…………は?」
脳内UIが再び赤点滅。
【嘘だろ】
【いや本当だ】
【やめてくれ】
曲を作るふりをしながら、現実逃避のようにメロディを置いていく。
(頼む……
音楽のことだけは……
バレないでくれ……
だって……これだけは……やめられそうにないから……)
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