表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この学校には“裏ボス”がいる。  作者: Rockston.
第一章 裏ボスの苦悩
15/17

第15話『巻き込まれていく日々』

 文化祭の準備が本格的に動き出して一週間。

 校舎全体が、まるで巨大なライブハウスの控え室みたいな熱気に包まれていた。


 そんなある放課後、逗子が突然、真剣な顔で蕨の前に立った。


「蕨。ちょっと話いい?」


 教室に残っていた生徒たちが練習道具を抱えて出ていく中、

 逗子だけが靴の先をつつきながら落ち着かない。


(……珍しいな。逗子が緊張してる)


 そう思った瞬間、彼は勢いよく切り出した。


「スタッフ、やってくれないか?」


「……スタッフ?」


「文化祭ライブの。裏方ってマジで重要なんだよ。

 音響とか段取りとか……お前しか頼めないっていうか……頼みたい」


 そこには一切の軽さがなかった。

 優勝を本気で取りに行く覚悟が滲んでいる。


 蕨は少しだけ迷い、そっと目をそらして息を吐いた。


「……裏方なら、いいよ」


 人前に出なければ大丈夫。

 それに、逗子たちの“本気”を見てしまったらもう断れなかった。


「マジ!? 助かる! お前しかいねぇと思ってた!」


 逗子が子犬みたいに喜び、隣で鵠沼も誇らしげにうなずく。


(……まぁ、裏方だし)


 胸の奥の小さな不安を押し込めながら、

 蕨は文化祭準備の濁流へと巻き込まれていった。


 そこからの日々は、驚くほど忙しく、そしてどうしようもなく楽しかった。


 逗子たちはステージ構成を何度も練り直し、

 蕨は隅で音合わせを聞きながら、


「ここのテンポ、微妙に走ってる……かも」

「サビ前、もう少しタメ作ったほうが……映える」


 と、必要最低限の声量で助言する。


「これだわ!」と即座に反応してくれるのが、またどうしようもなく嬉しい。


 そしてなぜか――宿屋の娘も、毎日のように音楽室前の角から顔を覗かせた。


「きょ、今日も来てたの?」

「(小声)見張りだよ。危なそうな人、いなかったから安心して」


 蕨は思わず想像してしまう。

 城へ呼ばれた住民オレを、城門の影から必死に見守る宿屋の娘――。


(……危なくはないと思うけど)


 けれど、その必死さが微笑ましくて、何も言えなかった。


 学校中が音と光にあふれ、

 昼休みに動画撮影が始まり、

 放課後の廊下は機材置き場になる。


 文化祭という名の戦場へ向けて、

 全校が同じ方向へ突き進む一体感すらあった。


 ただ一つだけ、どうしても気にかかることがあった。


 ――“勇者御一行”による謎の投稿が、完全に止まっている。


 最初は二、三日に一度は来ていた挑発めいたメッセージ。

 ふと、その独特の口癖を思い出す。


 胸の奥に小さく刺さるものがあった。


 けれど、すぐに今日の光景がよみがえる。

 みんなで笑って、音を合わせて、夜遅くまで準備して――。


(……まぁいっか。今は楽しいし)


 蕨はスマホをポケットに戻した。


 ここ最近の蕨は、驚くほど平穏で、そして満たされていた。


 スタッフとしての仕事は増え、

 逗子や鵠沼は心から信頼してくれる。


 宿屋の娘は毎日のように見守ってくれる。


 クラスメイトも、蕨の位置を自然に受け入れてくれていた。


 まるで“普通の高校生活”が自分にも訪れたみたいで、

 その錯覚が少しくすぐったい。


(……悪くないな、こういうの)


 放課後の教室で、バンドが笑いながら音を鳴らしている。

 その音を後ろから支える自分がいる。


 誰にも正体がバレず、みんなとふざけて、

 練習終わりにアイスを買って帰る日だってあった。


 ――なんだこれ。めっちゃ平和じゃん。


 陰キャの自分が表に出すぎている気はしたけれど、

 それでも、この日常に少しずつ慣れ始めていた。


「音楽やっててよかった」


 文化祭の熱は日に日に高まり、

 蕨の胸の奥の“幸福”もゆっくり積もっていく。


 そして、その温度に安心しすぎて――

 目の前に迫る危機に、気づく力を失っていく。


 ――この平和は、長く続かない。


 そんな当たり前の結末を、

 まだ、誰も知らない。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

よろしければ、率直な評価や、感想をいただければ励みになります!より良い作品が創れるよう、頑張ります!

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ